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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
38/92

38 図書館

第二部開始です! ひゅう。

「『私たちは、あらゆる倒錯者の快楽主義を是認し、インファンティリズムを讃美する』」


 薫は今、学校の図書館で立ち読みをしている。昼休みのことだ。その薫の傍で、誰かが喋った。


「……え?」


 思わず、自分の読んでいた本を閉じて周りを見る。書架と書架の間は暗くて狭い。薫のいる列には誰もいなかった。


「わ!」


 パタ、と音を立てて、目の前の本の列が崩れた。と同時に、反対側の空間が覘いた。大学ノートを横にした程度の隙間だ。


「よお、薫姫」


 と、その隙間から3Fの皆川直哉の笑顔が現れた。


「……なんだよ、皆川かよ。どこから声がしたのかと思った。で、何、今の妙な言葉は」


 皆川は、隙間から手を伸ばし、薫が読んでいた本を差し出すように促す。手渡すと、初めの方のページを開き、とある一行を指差した。


「『血と薔薇』宣言。心強い言葉だと思わないか?」

「……俺が倒錯者だって言いたいのかよ」


 おまけに快楽主義者だ、と言いたいのか。少し、むっとする。彼には、佐々木との艶めかしい場面を見られてしまっている。

 しかし、皆川は肩をすくめて首を否定に振った。


「それに関して。御託があるけど、聞きたい?」と、本を振りながら言う。

「……別に」著者は結局、理論だけを振りかざしているに違いない。そう決め付ける薫だった。

 ふむ、と皆川は唸る。

「澁澤に足穂、ついでに、三島。薫、こういうのが好きなわけ?」


 ぱらぱらページを繰りながら聞いてくる。「こういうの」と言うからには、彼はそれらの作者の本を読んだことがあるのだろうか。

 この男はスポーツマンであり、好色であり、いい加減でもあり、そして勤勉でもあった。相反するような要素を同時に抱え、何より、常識人で計算高かった。そして皆川は、計算の上で「秀」を隠さない人間だった。


「いや、別に。てか、前の二人は知らない。それより、なあ、『異邦人』って本探してるんだけど、どこにあるか知ってる」

「外国文学は向こうの書架。分類法ってもんがあるだろ。それか、検索結果を見れば明らか」


 と、入り口付近の検索用コンピューターを指す。少し呆れた調子だ。


「お前、文系だろ。しっかりしろよ」

「文系だからって本が好きなわけじゃない」

「でも良いのか、こんな時期に暢気に本なんか読んでて」


 薫が小脇に抱えた『カラマーゾフの兄弟』の上中下巻を目に入れて問う。貸し出し期間をとうに超えての返却だ。つい先日読み終えたところだ。

 「この時期」とは、センター試験まであと一ヶ月を切ったところ。生徒の多くは最後の足掻きをしているところだ。もしくは、準備を終えて無理をしない程度に別の作業に入っている。薫は後者だった。

 それでも、後回しにできる読書は控え、少しでも数をこなすことが求められているはずだ。


「いいんだよ。今読まなきゃいけないんだ」

「なんだ? そんなに読みたいのか。……まあ、いいけどさ」

 と肩をすくめる。更に、きょろきょろと辺りを見渡す。

「……『暴れん坊将軍』はいないのか?」

「ああ、俊のこと。……さすがに12月だし、あいつも勉強してんだろ。最近は殆ど絡んでこないぜ」


 薫の言葉通り、佐々木は最近、薫の前に姿を現さない。彼がやってこないのもなんとなく淋しいものがある。


「一緒じゃないのか。マジか……」皆川は首を捻る。

「何が」

「あ、いや。……で、どこ受けるんだよ、お前ら」彼にしては妙に歯切れが悪かった。

「なんで俺と俊がセットなんだよ。俺たちは私立だから適当に受けるよ。お前は推薦だっけ?」

「ああ。でも、地方都市の大学だしな」

 薫は顔を顰める。

「生意気言うなよ。住めば都、建築科で旧帝大。サイコーだろ」 

「まあな、」と皆川は苦笑した。

 しかし、彼の不満もある意味でもっともだ。訳ありで、国内最難関の国立大学を諦めたという噂がまことしやかに囁かれていた。


「……有り難い話だよ。頑張ってるよ」


 皆川は、東北圏の優秀な国立大学へ推薦入学だ。この地区からその大学へ向かうのは珍しい。多くの者が新旧の都、東西の中心、あるいは地元周辺の大学を目指す。

 薫はサヤカと同じ東京の私立大学を第一志望として勉強を進めていた。十分に合格圏内ではあった。

 佐々木の進路に関しては、今のところ何も聞いていない。薫は開示したのに、彼からの情報は入ってこない。少しだけ、裏切られている気分だ。

(……って言うか。なんで俺が俊の進路を気にするんだよ。阿呆らしい)

 もうこちらからは何も聞かないぞ、と心を決める薫だった。


「で。何で皆川はココにいるんだ?」


 第一高校では、勉強ならば自習室に向かうのが普通だ。この図書館は、今の彼らのように僅かに談話する者も存在する。グループワーク向けだ。


「俺は、本を借りに来た。市立図書館では借り出されてて無かったからな」


 第一高校と最寄り駅の間には、立派な市立図書館がある。そこを勉強の根城にしている受験生も少なくない。近辺の中高校生も集う。

 薫はふうん、と気の無い返事をする。しかし、何故か皆川は探るような目付きをしてくる。


「俺はさっき、市立図書館にいた」と、繰り返す。

「……へえ」薫も気の抜けた返事を繰り返す。

 その薫の態度に痺れを切ったように、隙間に顔を近づける。


「お前、市立図書館にいなかったか? 私服で」

「……はあ?」


 薫は間の抜けた声と顔で、正面の男の顔をまじまじと見た。もちろん、今日は平日で学校も通常通りだ。間も無く冬季休暇が近く、生徒のサボリが目立つことを除けば。

 そんな、今日の午前中の授業をサボったことを明らかにした皆川。その件をそっちのけにして、薫のことを問いだそうとしている。もちろん、薫はずっと朝から学校にいた。


「人違いだろ。今の時期、出席足りてる奴は学校休んで図書館行ってるからな。俺はもう、出席ヤバイしサボらないよ」


 薫はこの三年間と言うもの、可能な限りのサボリというサボリを繰り返し、怠惰と言う怠惰を貪った。そのツケを今払わなければならない。みなが悠々と学校をズル休む時期に、せっせと通いつめるのだ。


「んん? ……そうかな。薫だと思ったんだけど。お前みたいに綺麗なやつはなかなかいない」

「はあ。そんなにこだわることか?」


 皆川は、迷ったように目を泳がせた後、小さな声で囁いた。


「『薫らしい人物』が男と一緒にいたんだよ、市立図書館で。そんで……俊がそいつに……絡んでた。厄介なカンジに」

「……は?」

「んで、俺が止めに入る前に、俊は警備員にしょっぴかれた」

「…………は?」


 薫の長いまつげがぱたりと一度、上下に動いた。

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