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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
31/92

31 『後夜祭』 その1

「ううわ、さっむ!」


 佐々木は身をすくめて、ぐるぐるに巻いたマフラーに顎をうずめた。まだ十一月ではあるが、夜分は身を切るような冷たさが節々に凍みる。

 佐々木と薫の防寒具はマフラーだけで、藤堂はマフラーの他にコンパクトなPコートを着込んでいた。防寒として、と言うよりはファッション用らしいそのコートが彼の助けになっているかどうかは気になるところ。きっと彼にとっては、身に着けるもの全てが「機能より装飾」なのだ。

 自転車をこいでいるせいで、晩秋の冷気は強力になって三人に襲い掛かる。明るいところで三人の顔を見れば、鼻の頭が真っ赤になっていることだろう。


 南口公園は歓楽街を抜けてすぐのところにあった。

 そこまであと百メートルといったところで、既に学生らの上ずった歓声が聞こえてくる。サッカーはもう始まっているようだ。

 街灯が数本立っただけの明るさで、フットサルよりも小さなコートを作って彼らは遊んでいた。噴水や大きな公衆トイレ、遊具などが揃った比較的大きな公園は、ボール遊びを可能にした。しかし、幼児や年配の人間も利用するので球技禁止ではあるのだが。

 凍えている三人に対して、プレイ中の彼らは半袖であったり、あるいは半裸であったりした。ジャージ姿も見える。思ったよりも多くの人間が集まっているようだ。

 さすがに、ホテル代わりに公園を使用している高校生の姿は、今宵は無い。


「おお、佐々木! 遅かったな!」


 3年F組の皆川が、立ち止まってこちらを見た。彼の口元からは、白いもやが上がる。熱を発している証拠だ。彼は上半身を裸にして走っていた者の一人だった。おまけに、スラックスの裾をたくし上げている。


「お! 薫姫に昌平じゃんか! 珍しいなー。ささ、入れ入れ!」


 と、足踏みをしながら手招きをする。藤堂はぺこりとお辞儀をし、薫は了解の意味をこめて手を振った。どうやら自分は歓迎はされたみたいだ、と安心する。

 

「直哉! どっち負けてる?」と佐々木。

「いまは、2-3で二年が勝ってる」


皆川は腕を擦り擦り答えた。さすがに、動くのをやめると寒くなるのだろう。


「ううわ、だらしねえな! 三年が負けててどうすんだよ! よし、俺三年のチームな!」

「あたりめーだろ、俊は三年だし」


 佐々木は、乗り捨てるように自転車から下りると、ブレザーとマフラーを適当に放り投げた。

 既に始まっている『後夜祭』に向かって駆け出した。


「ああ、ああ。キタネーな俊は。ブレザーとかもっと丁重に扱えよな」


 文句を言いつつ、薫は彼の落した物を拾っては砂を払い落とした。藤堂がその傍で微笑んでいる。


「真野先輩はやらないんですか、サッカー?」

「食ったばっかりだろ。食休み。タッチ鬼にでもなったら参加するよ」


 藤堂は冗談だと思ってくすくす笑ったが、薫の知る限り、実際に彼らの遊びの締めは「タッチ鬼」だった。それもパンツ一丁で走り回るのだ。「この季節だし、いくら阿呆の集まりとはいえ、さすがにそれは無いだろう」と踏む。


「藤堂は? サッカーするんじゃないのか?」

「先輩がしないなら俺もやめとこっかな、」

「気ぃ使うなよ。お前、クラスの二次会すっぽかしてまでサッカーしに来たんだぜ?」


 薫はことさら軽快そうに笑った。

 二人は入り口のすぐ傍の古びたベンチに腰を下ろした。しばし、黙ってサッカーもどきを見るともなしに見る。背もたれに寄り掛かって完全に弛緩している薫に対し、藤堂はどこか固い姿勢で前を向いていた。


「……先輩。俺、佐々木先輩にリレーで負けました」

「……は? 藤堂のクラスが優勝だろ?」


 薫は不審に思って藤堂の横顔を見る。淡い光が彼の頬を白く照らす。その陰影を見るに、冗談を言っている様子ではない。


「違います。俺、最後で抜かれたんですよ、佐々木先輩に。あのハプニングがなければ、彼が優勝するはずでした」

「……ああ、そう言うこと」


 あの場面には藤堂もいたのに、佐々木にだけ「勝て」と言った事に対して少し後ろめたい気分になる。しかし、それは佐々木には逆効果をもたらしたのだが。

 藤堂は淋しげに笑った。


「俺、男の癖に小さいでしょう」薫の肯定も否定も求めずに、先を続けた。

「これでも足には自信があったんです。さすがに大きな大会では太刀打ちできなくて諦めたんです。でも、走るのもスポーツも、大好きなんです」

「仕方ないよ、相手が悪かった。佐々木はこの学校で一番速い。でも、それはみんな知らない。あいつがサッカー部だからな」

「でも、真野先輩は知ってる」


 小さな沈黙が降りる。


「……俺、本当はすごく悔しいんです。この小さな体じゃ、大好きな競技で何の役にもたちはしない。漫画や物語と現実は違いましたよ。なにしろ女の子より小さいんです。……笑えますよ、こんな俺の夢って、スプリンターだったんです。三種競技とかできちゃうような。身長だって、もっと伸びるって思ってました」


 普段のにこやかな藤堂からは想像できない、自嘲のムードが漂っていた。薫は切り返しに戸惑う。適当に打ちやることもしたくなかった。


「……佐々木先輩みたいな人が羨ましいな」

「でもあいつ阿呆だし勉強できないし」

「俺も勉強できませんよ」藤堂は少しだけ笑みを見せた。

「勉強なんて……量次第で何とかなるんです。そういうんじゃあないんです。もっと、覆しがたいことで、俺はあの人に敵わない」


 覆しがたいこと……か。薫はそう呟いて、前かがみに姿勢を変えた。


「例えば俺は、あの人みたいに、好きなものを好きだと言えない。『好き』だなんて感情、語る資格を持たないんです」

「資格? 難しく考えるなあ」


 藤堂はサッカーに目を向けたまま、こくりと頷く。彼が一言一言を紡ぐたび彼の輪郭が薄れていき、夜の闇に溶けていってしまいそうな気さえした。思わず、彼の肩を揺すりたくなる。


「それでいいんです。俺は自分の気持ちは隠しても、他人の気持ちは消費するんです。それは俺を狡猾にしました。隠すことで……解るんです。みんなの気持ちが。……解ると、彼らに求められている通りの行動を取れる。逆に、怒らせたければ明後日の行動をとってしまうんです」

「そんな……面倒な」

「面倒なことじゃないです。多かれ少なかれ、みんなそうしてますよ。人は常に誰に対しても、『こうしてほしい、ああしてほしい』って思ってるんです。その通り動いて、ズルしてるだけです」


 藤堂は口の端だけの笑みを見せた。


「じゃあ、俺の希望も解るの?」

「……ええ」


(真野先輩は、俺が『良き後輩』であることを望んでる。――だから、俺は何も言わない)


 その一方で、今こうして傍にいる薫の肩口を掴んで口付けることも、好きだと伝えても、おそらく薫はどちらにも酷くは驚くまい。

 ……そしてきっと、明確な答えもくれないだろう。

 

(それが、すごく怖いんだ)

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