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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
27/92

27 発見

「おめでとぉ」「お疲れー」

 と、大地の可愛らしい微笑みと優しい声、薫の無感動で控えめな声。それが交互に、白いテープを切ったトップランナーの背中に掛かる。


 薫と大地は、ゴールの両端に立って、ゴールテープを握っていた。女子の3レースが終えた後に、彼らにやっと出番が回ってきた。もちろん彼らがしなくとも担当者はいたのだが、お情けでその仕事を譲ってくれたのだ。

 男子もいよいよ最終レースだ。球技大会の最高潮への期待が否応なしに最終レースへの声援を盛大にすることだろう。

 既に決着が見えている勝負なら、観戦者をここまで熱くはさせない。自分たちのクラスの勝敗はさておき、優勝候補は2年F組と3年B組で同点トップだ。その二クラスが偶然にも最終組で顔を鉢合わせる。


「おい、お前、どっちが優勝だと思う」

「えー……Fっしょ。ホラ、バスケ部で速い奴いただろ?」

「ばっか、3Bのサッカー部集団の先輩ら、マジはえーって」

「……じゃぁ賭けるか?」

「さぁて、2Fか3Bか」



 ――奇しくも、それは藤堂と佐々木の所属するクラスであった。





 大地は、数分前から不機嫌で黙りがちになった薫をちらと窺い見る。ツンと見当違いの方向へ顔を向けて、あくまでレースには興味のなさそうな顔をする。


(どうしたんだろう、カオ……さっきからずっとこんな調子……)


 大地はこっそりため息をつき、反対側にいる薫のもとへ歩く。巻き取った白いテープの端を、黙ったまま差し出した。


「あ、ああ。ありがと」


 取って付けたような口だけの笑みを浮かべて、テープの端を握った。


(……怒ってる……のかな)





 時間は女子のレースが終わった直後にさかのぼる。


「次は、十分後に男子リレーが始まりますぅ。……選手の方は集まってくださぁい」


 長浜の気の抜けた声が、学校中のスピーカーを通してリレー出場者を呼び出した。余りにも品の無い声に、薫は苦笑した。


「これで佐々木も来るよな。その時に、さっきの謝ろう」

「ん?」


 なんでもない、そう言って薫は選手待合場所に向かって走り出した。


「え、ちょっと! カオ! もうすぐ始まるのに、どこ行くの!」

「友達に話がある!」

「ちょっとお~……、」


 大地の控えめな制止も振り切った薫の背中は、どんどん小さくなる。




 集合場所には、既に3Bが揃っていた。藤堂ら2Fはまだのようだった。

 彼らは円陣を組んで何やらごそごそと相談をしている。佐々木が何かを言うたびに他の三人は足を踏み鳴らして声を挙げる。

 運動をしている者独特の心地よい緊張状態が彼らの筋肉を覆っていく。薫は、少し離れた場所から彼らの様子を見守っている。

 佐々木も含むサッカー部の連中は堂々と悪事を犯すことで知られていたが、今回のリレーはどうやら真剣に行うようだ。そもそも、シンプルな400メートルリレーでは小細工の施しようがない。差がつくとしたら、純粋な足の速さ以外にはバトンの受け渡しの巧拙だろう。


「絶対勝つぞテメーらあ!」

「おおお!」


 その叫びと共に彼らは円陣を解いた。


 薫は近づき、大きく腕を回す佐々木に声を掛ける。


「佐々木!」


 頭に巻いていた臙脂のタオルは既になく、乱雑に乱れた髪がゆらりと揺れた。

 振り返った佐々木の瞳は、薫が続けたかった言葉を奪い去った。


「……なに、」


 妙に感情の抑えられた静かな声だった。それは薫を急速に冷静にさせる。


(……俺は馬鹿か……。なんで競技前の集中している時に余計なことを言おうとしているんだ)


「別に。ちょっと通りかかっただけ。……リレー……頑張れよ」


 佐々木は数秒の間黙っていた。無様に戸惑う薫の瞳から少しも目を逸らさぬまま。

 佐々木の喉仏がこくりと上下するのがはっきりと解った。すると、それがまるで自分の感覚であるかのような錯覚を覚え、自分の喉に無意識に触れる。

 やがて彼はふうと長いため息をついて、ガシガシと頭を掻いた。


「――……薫ちゃんさ、」

「……何」

「やっぱ、俺のこと全然解ってねーな」

「……は?」


 佐々木は頭に手を当てたまま、つと薫に背中を向ける。

 程よく細くて締りのある腰を顕にさせながら、佐々木はジャージの上着を乱暴に剥ぎ取った。何も言わずに、後ろ手で薫にそれを渡す。


「これ、預かってて」


 サッカー用のサラリとしたTシャツと例のハーフパンツ姿になると屈伸を始めた。

 一方薫は立ち去り損ねていた。やはり今、「ゴメン」が言いたいのだ。


「……まだ?」


「何か用がある?」という続きを省略した短い問いだった。

 つっけんどんな態度に薫は面食らう。いつだって佐々木は、感情に素直な人間だ。それを傍でずっと見てきて、知っているはずだった。


(佐々木の、この程度の雑な人の扱いは見慣れているのに。――なのに、どうしてこんなに俺は動揺してるんだ?)


 背後で薫が固まっていることなど露知らず、彼は追い討ちをかけるような言葉を浴びせ掛ける。


「悪いけど……薫ちゃんの声、……今は、聞きたくない」



 その時、下らない発見をしてしまった。「佐々木はいつだって、薫には全力だった」


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