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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
25/92

25 一億人の法則

 佐々木ら男子の前に、女子の選抜リレーが組まれている。女子の各クラスの選抜選手がくじ引きでレースの順番とレーンを決める。

 リレーはリレーで担当の実行委員の部署があるので執行部は特に仕事は無かったが、閉会式に向けた準備に忙殺されている。大地を引き連れて卓球の開場から戻ってきた薫は、その下級生らの勢いに圧倒される。


「ああ! 真野先輩! いいところに!」「藤堂先輩が練習しに行ったんで大変ですぅ」と、一年生。


「げ……なんか面倒くさそうな仕事がたまってる……」

「……なんかめっちゃ忙しそうだね……」


 大地と薫は若干引き気味になって本部テントの手前で呟いた。


「あ、真野先輩、こっちはいいんで。リレーに回ってもらえますか?」


 薫らに背を向けてパイプ椅子の上で三角座りをしている女子がふてぶてしく指示を出した。長浜恵美だ。

 薫の助力を求めた一年生はぎょっと固まったが、長浜は一向に構わない。

 薫は忘れていたが、彼女は副実行委員長だ。その依頼は、明らかに厄介払いの意味をもつものではあったが、反論する理由も無い上に、このテントにいるよりはリレーの補助の方が遥かに楽そうではあった。二つ返事で了解した。


「長浜。俊……佐々木が戻ったら、話があるから俺ンとこに来るように伝言してくれる」


 すると、長浜はしらけた顔だけをこちらに向けた。口には棒つきキャンディーが含まれている一方で、右手では賞状の宛名を記入している。彼女は意外と達筆だった。

 頬をキャンディで膨らませながらもごもごと喋る様は、薫を完全に快く思っていない証だった。


「……佐々木先輩、サッカーの試合終わってからここ帰ってきてませんよ。もうバックレるんじゃないですか」

「まさか。あいつリレー出るだろ。……まぁ、来たときはよろしく」


 彼女はそれには返事をせずに、口から飴をポンと引き抜いた。


「……真野先輩。先輩は佐々木先輩のこと好きですか」


 それは少し唐突過ぎる質問だった。


「……好きだけど?」


 今度はあからさまに睨みつけられた薫は、たじろぐ。


「じゃぁ、彼のためになることを言えますよね? ……佐々木先輩って、結構一・二年の女子に人気あるんですよ。その先輩が報われない恋をしているらしいんです。そんなのって、時間の無駄だと思いません? 彼を好きな子はいっぱいいるのに」

「さぁ……。そんなの佐々木の勝手だろ」


 この段階になってようやく、佐々木と長浜の例の問題に自分が無理やり担ぎ込まれてしまっていることに気が付いた。薫は慎重に、会話の区切りを探し始めた。しかし、長浜はかえって会話を続けたがっているように、饒舌になった。


「……そうですけどぉ。先輩、『一億人の法則』って知ってますか」


 知らない、と薫はぞんざいな口ぶりで答えた。


「人間って、結婚適齢期がありますよね? その間に結婚までできる運命の人間と出会えるかどうかって話なんです。その間に出会える可能性のある異性を大よそ一億人として。もし、一人の人間に振られたら、その人は運命の人じゃないんです。その人間に拘っている暇があるなら、残りの99999999人の内の別の異性と出会ってみるべきなんです。おんなじ意味で、適当に付き合うくらいならさっさと別の人間と出会うべきなんです。……そう、佐々木先輩に教えてあげてくださいよ。くだらない人間相手に、……結婚なんか出来ない人間相手に時間を掛けている場合じゃないって」


 こういった下らない意味の無い話は、横田が好んでしそうな話だった。


(……アイツが語ったら、きっと面白い話だったろうに)


 そんな話を、自分への嫌味のために用いた長浜が気に食わなかった。握った拳に思わず力が入り、苛立ちで心が熱くなった。


「……その話さ。そっくりそのまま返してやるよ。そんな法則で割り切れないことだから、悩むんだろうが。悩みたくないから、法則を慰みにしているんだろうが」


 更に何か攻撃的な言葉を吐こうとしたところで、傍にいた大地が腕を引いた。


「……あのさ、そろそろ女子のリレー始まるみたいだし、行ったほうがいいよ、カオ。俺も手伝っていいかな?」


 その小さな暖かい手は薫を冷静にさせた。人の目にさらされるのが嫌いな大地が、そこまで言って宥めようとしている。薫は頭を振って、大地に「大丈夫だ」と目線で伝えた。


(でも、もう一言……)


「長浜……それ、面白い話しだし、佐々木にも教えておくよ。ただし、ちょっとだけ突っ込ませてもらえば『一億人』じゃ足りねーよ。『二億人』だよ」


 そういい残して、薫は大地の腕を引いて本部テントを離れていった。

 長浜がどんな表情でそれを聞き取ったかは、分からない。





 薫に強引に引きずられている大地は何故かにこにこ笑っていた。


「……何笑ってんだよ、大地」


「いやぁ? やっぱりカオはすぐ怒ってこそカオだなぁ、と思ってさぁ」

「馬鹿にしてんのか」

「違うって!」口元に緩い拳を当ててくすくすと笑った。「……怒った顔が可愛いなぁって」

「だから、それ、馬鹿にして……!」


 むきになって食いかかるのを、大地は人差し指一本で制した。彼はいつだって柔らかで母性的だ。


「でもさ、『二億人』ってどういうこと?」

「……運命の相手とやらが『異性』とは限らねーじゃねーか」


 大地はその少女のように綺麗な瞳をぱちぱちと数回しばたかせる。薫の顔を覗き込むと、彼はつんとそっぽを向く。大地は、にんまりと微笑んだかと思うと、ぶっと噴出した。それから我慢していたかのように、体を揺らしてきゃらきゃらと楽しそうに笑い出した。

学校でこんなにのびのびとした大地を見るのは初めてで戸惑ってはいるものの、くすぐったいような気持ちにもなる。


「な、何笑ってんだよ大地! 俺、おかしいこと言ってねーだろ!」


 薫の腕を振り払って、大地は体を縮めて笑った。


「な、なんだ……! カオって意外とロマンチスト……! ……ははは……」

「う、うるさいな!」薫は大地の柔らかな髪の毛をくしゃりと掴んで撫で回した。


 二人がそうしてじゃれあっているうちに、――パン! とピストルが鋭く鳴り響いた。

 途端に、四方から地鳴りのような声援が二人の声を掻き消した。二人は顔を見合わせて動きを止めた。


「あれ……始まっちゃったね」

「……そうだな」


 気付けば、彼らはグラウンドのど真ん中で立ち尽くしていた。

 また、顔を突き合わせて大地と薫は笑った。

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