23 お調子者の腹の中
肩を怒らせて本部テントを後にした薫を、口をへの字に曲げた泣きそうな顔で佐々木は見送った。その数秒後、何のためらいもなく地面へと転がる。額に腕をぼとりと落とし、その隙間から椅子に座る後輩の背中を刺すような眼差しで見た。
「……なぁ、藤堂ちゃんよぉ、」
「ノーコメントです」
斜め後ろに感じる、先輩の視線。咄嗟に筆に目線を落として、彼らの一連のやり取りへの無関心を装った。
「ああ!? 俺が何か言う前から発言拒否ってどういう了見だよ、年下の癖に」
「たかが数ヶ月の違いでしょう? 小学生みたいな屁理屈こねないでくださいよ。それに、先輩が浪人したらおれと同級生になりますよ」
「縁起でもねーこと言うな!」
そうして怒ったかと思うと、佐々木は上半身をおこし、膝を折ったまま土下座をするように地面におもてを伏せた。藤堂は居心地が悪そうに頬を人差し指で掻く。
「……あの……佐々木先輩は阿呆だから言っておきますけど。同じ執行部のチームメイトとして余りにも自覚ない行動と、迷惑が彼を怒らせたんですよ。解ってますよね」
「解ってるよあほう……」
「……解ってるんですか」むっとした表情になった。
「解ってるから余計にショックなんだよ! ……薫ちゃん……いつもだったら、こんな時は『ギャハハ』って一緒に笑ってくれるのに。……ジョークなのに。どうしてあんな生真面目に怒ったんだろう……」
藤堂は頬を赤らめて鼻の下をぽりぽりと掻いた。
「それは、おれに迷惑をかけて申し訳ないって思ってるって言うか、おれに影響されたって言うか」
「……ハァ? 馬鹿じゃねーの」
醒めきった佐々木の瞳が、ぽかぽかと照っている実行委員長の頬を氷点下に冷やしてしまった。会話は折れたつららのように地面に突き刺さる。
ワァワァとにぎやかなサッカーへの声援が二人の沈黙の間を埋める。
しかし一分も経たないうちに、沈黙に痺れを切らした佐々木が不機嫌な声をあげはじめる。もそもそと起き上がって胡坐をかく彼は、その膝に肘を乗せて頬杖を付く。
「……なぁーんか納得いかねぇ」
不貞腐れた口ぶりで、子供のように頬を膨らませている。
「納得いかないのは佐々木先輩の動きですよ、おれにとってはね。全く、最近の貴方ときたらどこかおかしい」
「んん? 何言ってンだ? 俺はいつだって自分の気持ちに忠実な人間だ!」
藤堂が以前の佐々木を知っているような口ぶりにも、彼は全く気付かないのだ。
「ふーん。……じゃあいいですけど。……おれは知りませんからね」
「お前に気を使われたら俺も終いだよ」
「気なんか使ってませんよ。貴方が脱落するようならそれで結構。どの道、賭けは有効ですからね」
「……可愛くねー奴」佐々木は言った。
先ほどブーイングを挙げたクラスの生徒らがひときわ大きい歓声を上げた。ホイッスルが明るく空気を切り裂く。
ゴールが決まったようだ。
◆
結局、三位決定戦が始まっても、薫が本部テントに帰ってくる気配は無かった。
やがて、3B対1Bの決勝戦が始まり、佐々木は選手としてグラウンドに立つ。トラックを見渡しても、本部に目をやっても、薫の姿はどこにも見当たらなかった。
佐々木は歯軋りをして、あらん限りの力を体に溜め込んで、大声で叫んだ。薫の名を。クラスメートは笑った。「いつものネタだ」と。
しかし、周囲の反応は彼には全く届いていない。
狂おしいばかりの彼の激情を誰が知ろうか。薫でさえ、解っていない。伝えても伝えても、海に如雨露で水を撒くような手応えの無さなのである。どこまででも進めそうな気になっては、薫が全く明後日の方向を見ていることにも気付く。佐々木にしてみれば、薫に主体性など無かった。
「そもそも、何とも思っていないのではないか」。その不安が漫然と横たわる。押せば抵抗なく反応するであろう薫の、その肌に、心に、瞳に、自分の想いを刻みたかった。拒絶でも良い、自分の行為への心がもっと欲しかった。
――「絶対勝てよ、俊」
半ば機械的に言ったその声を頭に響かせ、佐々木は体をグラウンドに馴染ませる。