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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
22/92

22 混乱をもたらす男

 グラウンドでは既に準決勝の第二試合が始まっていた。

 薫が昼休憩を取ったのは一般の生徒よりも遅い時刻であって、更に藤堂や佐々木らが休憩を取るべき今は既に二時を回っていた。

「藤堂、休んでないんだろ。俺、代わりにやっておくし、昼飯食って来いって」

 相変わらず生真面目に本部テントに居座って仕事をしようとする藤堂に声を掛けた。何故か地面に転がっているパイプ椅子を起こして彼は腰掛ける。

「大丈夫です。つまめるもの持って来たんで!」

 両手を胸の前で振りながら、焦って答える。そう言う彼の傍にはスポーツドリンクと栄養補助食品しか置かれていなかった。薫は絶句する。

「――まさか、それで済ます気? おっまえ、本当に真面目だな」

 自分もメロンパン一個で済ませたので、腹が満たされていない。もう一度、何かを腹に入れなければならない。藤堂も、スナック菓子のような食べ物では気合が入らないだろうと気に掛かる。

 頭の後ろで手を組んだ。本部に来たはいいが今一自分の必要性が解らなく、手持ち無沙汰だ。藤堂はそんな自分に何も言わず、黙々とペンを走らせていた。

 トラックの直線部分と、設えたサッカーコートのセンターラインが垂直に交わった先が本部席の位置だった。中央の砂のグラウンドに対し、リレートラックは全天候の舗装がされてあり、レーンも5つは揃っている大した設備だった。サッカーの試合中、生徒らはトラック上に座り込んで応援をしたり、そこを移動通路として用いている。

 さすがに昼休憩もとうに取り終わった一般生徒らは身が重そうで、だらだらと寝転びながら試合を観戦している。応援に熱が入るのも試合をしているクラスのメンバーくらいなものだ。それでも準決勝ともなると、多くの人間が集まってトラックに人の列を作り出している。

 そんな、秩序正しい風景を壊すものが現れた。それは決まって佐々木だ。

 臙脂の頭に巻いたタオルですぐに彼と判明する。卓球場へ向かっていたはずの佐々木は、聞きたくも無い大声を上げながら第一グラウンドの隅にその姿を現した。その叫びが薫の名を呼ぶものなのだから、性質が悪い。

 大きなため息を吐き出す。

「……藤堂。俺、あいつにちゃんと言ったからな……仕事しろ、って」

「……ええ。解ってます……」

 藤堂の声は佐々木へのイラつきに震える。

 もちろん、彼はトラックを回って本部側へ来るなどと言う律儀なことはせずに、試合中のコートを突っ切ろうとセンターライン上を走り出した。

「おいおいおいおい、まさかだろ……」

 コート上の選手は呆気に取られ、観戦中の生徒らは違和感にざわめいた。その男の首にはしっかりと実行委員の証、委員証がぶら下げられている。

「勘弁してくださいよ……佐々木先輩」

 藤堂と薫は、目も当てられない、と言った様子で額に手を当てて頭を垂れた。

 試合中のボールが佐々木の目の前で飛び交い、こともあろうに、佐々木はそのボールをどちらかのチームへパスしてしまった。

 途端に、トラックのカーブ付近で固まっていた、揃いのオリジナルTシャツを着込んだ生徒の集団が立ち上がって一斉にブーイングの声を上げた。

「今のナシだろー!」

「部外者入ってんじゃねーよ!」

 それに佐々木が噛み付かないはずがない。

「うるっせええええーんだよ一年坊! 黙りやがれ!」

 急に進行方向を変え、ブーイングを挙げた生徒らのほうへ飛び掛るように駆け出した。

「俺の愛を邪魔すんならおめーらもぶん殴る! サッカーがなんだってんだああああああ!」

 その自己中心的な叫びが響くや否や、場を収めるためだろう、藤堂が堪らず本部席から飛び出していってしまった。その勢いを物語るように、彼の座っていたパイプ椅子はゴロンと後ろに大きく倒れた。




 この混乱で、試合は一時休止でセンターラインからの再開だ。

 トラックではまだぶすぶすと生徒らの不満が燻っている。クラスの名誉を賭けた戦いだ、当然かもしれない。球技大会とは本来、学年の上下も関係無く対等に公平に戦うものだ。先の一年らの抗議は至極真っ当であった。しかも、決勝進出を決める戦いなのだ。

 本部テント内で、佐々木は薫に正座を強いられていた。

「……佐々木。お前が今首に引っさげてるのは何だ。名札か? 違うだろ?」

「解ってるよぉ。何もそんなに怒るなよ、」

 藤堂は、佐々木にねちねちと嫌味を言ってやろうと思っていたのだが、薫が率先して叱り付けていた。出る幕の無くなった藤堂は、拍子抜けして再び大人しく席についていた。

 それでも、横目で二人の様子を観察している。

「馬鹿野郎! 実行委員が場を乱してどうするんだよ! それに、三年にもなってみっともねー真似すんな」

「だから、冗談だって、」

「冗談は一・二年に任せておけ!」

「ちょっと薫ちゃん、怒りすぎだろ? 俺、薫ちゃんに会いに来たんだよ、」

 薫は顎を突き出して佐々木を見下ろした。

「誰も会いに来いなんて言ってねえよ。卓球をみてこい、って言ったんだよ。……ああ、そうかよ。お調子者なだけだけだと思ってたけど、いい加減な奴だったんだな、俊は。よぉぉぉく解ったよ。お前は仕事はしたくないんだな? もう、何もしなくていい!」

 そう言って、佐々木の委員証を引っ手繰った。

 正座した佐々木と驚いた顔の藤堂を残したまま、薫は卓球場へと足を向けた。


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