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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
21/92

21 佐々木と大崎

 大崎と佐々木は、パタパタと走っていく薫の後ろ姿を黙って見送っていた。

 バランスのいい細身は美しく、元々色素の薄い彼の髪は光を吸い込んで蜂蜜のように甘く輝いている。その髪が走る動きに合わせて跳ねる様は、無垢な少年のようだ。

 その脳内で何が飛び交っているかは知るよしもない。「何やら綺麗で儚い少年だ」と、彼を見ただけなら、そう思うことだろう。

「……やっべ……腰抜けるかと思った。超気持ちいい」

 先に口を開いたのは佐々木だった。野性的に口元を腕で拭いながらそう呟いた。目線は薫に預けたまま、さっきまでの繋がりを確かめるように唇に指をそっと這わせる。それは半ば無意識の動きだった。頬が桃色に染まっているのは、サッカーのせいだけではないようだ。息も少し乱れがちである。

 と見受けるや、彼は急に頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「はぁ〜……。マ・ジ・で! 薫ちゃん可愛い。あンな無防備に走ってる姿見せられたら、俺、後ろから飛び付いて押し倒して噛み付いて、……犯してえー!」

 座り込んだまま、半裸の少年は上空に向かって大声を放った。

 最後の獣じみた咆哮に大崎はビクリと肩を緊張させ、一歩彼から退いた。そこでやっと、側に佇む大崎に佐々木の注意が向いたようだ。ぐりっっと音がしそうなほど強く彼女に振り返る。

「なぁ、涼ちゃん。薫ちゃんをその気にさせるにはどーしたらいい!?」

 大崎は眉毛を寄せて、佐々木の言葉に対する疑問を表した。

「……は? 『その気』って、いわゆる『その気』? あんたらが?」

「うん。今の見たら解るでしょ、俺、薫ちゃんが好きなんだよ」

 佐々木は隠しも取り繕おうともせず、あっけらかんと言い放った。

 面食らったのは大崎だ。しかし、一度目を丸くした後は、段々とその目尻に笑みが溜まってきている。「安心」の表情にも似ている。彼女は少しだけ楽しそうに腕を組み直した。

「……別に、普通にいけるでしょ。真野、さっきはノリノリだったし」 

「うっそ! あれノリノリなの? 俺、ちょっと調子乗りすぎたかと思ったんだけどさ、……だって薫ちゃんとのベロチューは初めてだぜ〜」

 照れて頭を掻く佐々木を、大崎は苦虫を噛み潰したような表情で見上げた。大崎にとっては余計な情報らしい。

「……よく言うよ。お互い貪りあってたくせに……」

「ええ~……じゃぁ、俺、いけるな、……うん。いけるわ、俺!」


 そこに、グラウンド整備の手伝いをしていたサッカー部の後輩らしき男子生徒が、佐々木の脱ぎ捨てた運動着を手渡しにやってきた。大崎にも軽く会釈する。

「先輩、応援してますよ! 決勝頑張ってください! この試合、多分1Bが勝ちますよ。ほら、石川のいる。生意気なんでつぶしちゃってくださいよ! なーんて……」

 少年ははにかみながら冗談を言っている。手渡される紺のシャツは、綺麗に土埃が落とされている。どうやらサッカー部員の間では、佐々木は信頼の置ける格好いい人間であるようだ。

「おう、まかせとけ! 球技大会ルールはハンデどころか利用し放題だからな! 実行委員の俺が言うのもナンだけど!」

「先輩、実行委員ってガラじゃないですよ! むしろいつも委員や審判に喧嘩売ったりして……」

 ばつが悪そうに笑った佐々木は彼からシャツを受け取ると、彼の胸板をコン、とノックするように叩いた。

 少年が立ち去ると、佐々木と大崎は卓球場へ向かった。

 佐々木は再び臙脂のタオルを頭に巻いて、縁日で焼きそばでも焼いている青年のような格好になっている。端から見ると二人は華やかで、似合いのカップルと思ってしまうだろう。

「……なんか意外。佐々木って、ああいう風に男の仲間内の信頼が厚い奴で、女好きに見えてたんだけどなぁ。男が好きだったんだ」

「いや? 女の子めっちゃ好きだけど? で、涼ちゃんは一番可愛いよ!」

「うるさいな! ……要するに、佐々木はバイなんだ」

「んなの、言葉で言われても知らん」

 ふーん、と大崎は興味なさげに鼻を鳴らした。

 はた、と佐々木は立ち止まった。

「……やっべ。薫ちゃん、本部行ったよね……。うっかりしてた。藤堂がいるじゃん!」

「藤堂昌平? 何がやばいの?」

 佐々木は、勢い込んで大崎の両肩をつかんだ。

「あいつ、俺に言ってきたんだよ! 『おめーに薫はやらねーよ!』みてーなことをさあ!」

 すると大崎は、ぐっと顔をしかめた。

「は? 真野の奴、女の子だけにとどまらず、男も抱え込んでるの?」

「ばっか! そんなこと言ってる場合じゃねーよ! 俺、本部行ってくる! 卓球場の仕事は任せたわ!」

 言うなり佐々木は大崎の頭を乱暴に撫で、もと来た道を逆走していってしまった。

「ちょ、ちょっと、」

 残された大崎は途方に暮れて、イノシシのように真っ直ぐな彼の軌跡を眺めていた。近くを歩いていたり、休憩を取っていた者たちは、全力疾走する佐々木を奇異の目で見守った。

 一部を見ていた者は、どうにも佐々木と大崎が睦まじい関係であると勘違いしたようだ。球技大会の後、まことしやかにそんな噂が流れたのだった。

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