18 本部テント異常アリ
暢気な第二グラウンドから一転、藤堂は本部に残って各種目の進行状況をノートに書きなぐっていた。その傍では長浜恵美が退屈そうに、海から岩に上がった人魚のようなふざけた格好でパイプ椅子に寄りかかっている。真正面のグラウンドで行われているソフトボールには目もくれない。
「ねー、そんな忙しそうにすること? それ」
「暇ならバレーボールの手伝いに行ってきて。それか第二体育館の手伝い」
藤堂は長浜に顔も向けずに答える。その横顔からは染み出すような不機嫌が感じられる。
「やだよ。だって、昌ちゃんの隣がいいし」
「だったら、黙ってそこで放送原稿作ってよ」
長浜は、長い髪を耳に掛けてため息をついた。
「それもヤダ。書いた傍から昌ちゃんが文句言うんだもん、二度手間じゃん。……って言うか、何そんなカリカリしてる訳? 珍しくない? そんな昌ちゃん」
「……忙しいからだよ。だから、手伝ってってば」
長浜と藤堂は、文化祭の執行部でも顔馴染みだ。彼女の仕事のサボり癖は今に始まったことではないのを知っているため、あえて彼女に任せる仕事は無かった。
(とりあえずさ、どっか行ってくれないかな……)
「忙しいならお荷物先輩呼べばいいじゃん。どうせあのヒトらサボってんでしょ。あの役に立たない二人、なんで執行部に入ったんだろ」
「……そうかな、先輩のおかげで、忙しくても和んだよ……、」
「はぁ? むしろ、佐々木先輩のせいで仕事遅れたし、真野先輩もあいつのカバーすら出来なくてさぁ……。昌ちゃんも、馬鹿みたいにヘコヘコしちゃってさ、ホント、あの二人何なの? 役・立・た・ず!」
藤堂は、顔を上げて長浜を見つめた。その顔は微笑んでいるのだが。
「……うるせーんだよ」
綺麗なカーブを描いていた口元からは、表情と不釣合いな言葉が飛び出した。長浜は、戸惑って眉根を寄せた。いい気になって滔々と語る彼女を黙らせるのに十分な一言だった。
「……メグちゃんが『役に立たない』なんて言える? メグちゃんが一番あの二人にヘコヘコしてたよね。反吐が出そうだよ、君みたいなベタついた後輩面下げてる女ってさ」
彼女は目を丸くして藤堂を見た。
「……何、言ってんの? 気持ち悪い」
藤堂が彼女に毒を吐くのは初めてだった。
「そう言えば。急に大人しくなったよね、きみ。前は気色悪いほど二人にくっ付き回ってたのに、ちょっと前から避けてるよね?」
藤堂の作った微笑が、見る見るうちに更に濃い悪意に塗り固められていく。長浜が硬直していくのを楽しみ、とどめのように彼女の耳元で囁いた。
「それはさあ、きみが使い捨てのゴミだからだよ」
舐め上げるような悪意に満ちた視線と嘲笑とを、長浜に向けた。
「何で知ってるかって? ……見てれば解るよ。馬鹿な人間のすることなんて大体想像つくもん」
侮辱されて真っ赤になった長浜は、間髪入れず藤堂の頬に平手打ちをかました。見事に入ったその一撃は、パアン、と乾いた音を立てた。ウェーブのかかった髪の隙間から、猫の目は妖しく光る。
「……いたいなぁ。もし、グーで殴られたらちょっとは見直したのに。平手打ちだなんて醜い攻撃、どうもありがとうね」
「死ね、このチビ!」
そう言い捨てた長浜は、自分の座っていたパイプ椅子を蹴り倒して走り去った。その一部始終は誰の目にもとまることはなかった。
去っていく女の後姿を嘲っていた藤堂だが、急に自己嫌悪にさいなまれる。
「……またやっちゃった。最近の俺、子供っぽいよ……」
反省のため息をつきながら無線のマイクのボタンを押した。
「執行部藤堂です。長浜恵美は今フリーです。足りない部署に回してやって下さい。以上です」