17 第二グラウンド異常なし
秋空は高く晴れ渡り、絶好の運動日和だった。11月の寒さも、高く上った太陽が溶かしていくように思えた。開会式場となった第一グラウンドには、紺色のジャージ姿の生徒が乱れなく並んでいる。付け焼刃のスポーツマンシップだ。各クラスの担任は、クラスの列の最後尾に並び、彼らの勝利を祈って目を輝かせている。
全校生徒の前にささやかに設置されている朝礼台の上には、背の低い秋季球技大会実行委員長、藤堂昌平が立ち、開会を告げている。
「……正々堂々、勝ちを掴みにいきましょう。では、最後に、選手宣誓に移ります。各クラスの代表選手、集合」
高らかに、彼の声がグラウンドに響く。ザッザッザッザ、と厳しい砂の音を響かせて、代表者が藤堂の元へ募る。いずれも屈強な肉体を持った運動部に所属する生徒らだった。一糸乱れなく、右手を挙げる。
『宣誓! 我々、選手一同は、スポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々、戦い抜くことを誓います!』
ピストルの鋭い音が、校舎の屋上で鳴り響く。
――やがて、地鳴りのように生徒らの足踏みが始まり、地獄の番犬の咆哮のような数百の雄たけびがこだました。
最初の種目は、男子はソフトボール、女子はバレーボールだ。実行委員の各種目担当者はバタバタとあわただしく走り回り、足りない分は執行部の人間が駆り出された。他の生徒が試合鑑賞をしている間も、彼らは働きずくだ。
薫はと言うと、練習用に開放された第二グラウンドの使用状況の監視に回っていた。次の種目、サッカーに参加する各クラスの選手が第二グラウンドへ練習に集う。ここは、使用テリトリーに関してしばしば喧嘩が起きる場面だ。上級生の不当な占有や、ゴール柵やボールの著しい独占が無い様、キッチリ管理するのが今の仕事だ。仕事というほどたいしたものではないが。
薫がメガホンを首に下げて監視員を務めている一方で、参加種目のある佐々木はこのグラウンドの外周を走り回っていた。……具体的には、リレーの練習をしているようだ。他のクラスの選手がサッカーをしているのを尻目に、四人の3Bの選手がバトンを持って必死の形相だ。バトンパスをしながら、外周を走っている。
やがて、彼らは薫の手前からインターバルをとって歩き始めた。
「おい、俊。今からリレーの練習だなんて余裕だな。サッカーは勝てそうなのか? 何処と当たるんだ」
「はぁ? サッカーなんてしらねえよ! 俺、リレーに命掛けてるから! 優勝すッから!」
「今更練習したってスピードが上がる訳無いだろ。お前ら陸上部いないんだから不利だろ。サッカーやれよサッカー」
メガホンで佐々木の頭を軽く叩いた。
「なあ、薫ちゃん、」佐々木は急に薫を抱きしめる。彼は何時だって人目を気にしない。
「苦しいっての……やめろよな」
「何かよくわかんねーけど、薫ちゃん、俺、お前の為に勝つから」
「ヒトの話を聞けよ……。それに、何の話だよ……、」
彼は硬直する薫を抱きしめたまま耳元で囁いた。
「なあ! 『絶対勝って』って言ってくれよ」
怪訝な表情の薫を急かすように、佐々木はじたばたと地面を踏む。
「いいから! 言わねーとここでキスする!」
解った、解った、といいながら佐々木を引き剥がす。その際、張り詰めた佐々木の目を見て薫はぎくりとした。
「……絶対勝てよ、俊」
意味も分からず言ったが、請求主の佐々木の顔には何の変化も表れない。数秒後、唇を薄く開けてようやく言葉を発した。
「……やべ、たちそう」
「……勝手におっ立ててろ」
佐々木を蹴り飛ばして練習に戻らせた。彼は白色のバトンを振りながらまだ何か叫んでいる。
またどこかの誰かとろくでもない賭けでもしているのだろうと想像する。とめどなく業務連絡を伝える慌てた声が、無線機に繋がった右耳のイヤホンから響いていた。
まだまだ張り詰めた様子の無い第二グラウンドを見回して、隠すことなく大あくびをした。