15 開会前の静寂
藤堂と佐々木の仲が「水面下で」気まずくなる中、とうとう球技大会は本番を迎えた。
女子と男子では少しずつ種目が異なっていたが、それぞれ人気の球技が選ばれている。
最後の締めはなぜか選抜リレー、という構成だった。『球技』大会にリレーが組み込まれている伝統はたしかにナゾだったが、大団円を迎えるのに最高の種目だというのだから……そういうものなのだろう。実際、全校生徒が舗装グラウンドを囲む中、各クラスの最速が集うこの種目はなかなかの見ものだ。
開会式前の少し間延びした時間に、執行部の使う本部テントで薫と藤堂は二人きりになった。10人が揃う執行部で藤堂と二人きりになる場面は少なく、彼に慣れていないことに今更ながら気が付く。なんとなく、微笑を絶やさず作業を進める藤堂が胡散臭かった。さらに、佐々木の『藤堂はお前を狙っている』という言葉を完全に無視したわけではないので、少し意識してしまう自分に平手をかましたい気分だ。
全ての元凶は横田だ。どうしてくれるんだ、とつかみかかりたくともその術はない。
「真野先輩、いよいよですね!」
「あ、ああ。そうだな。……俺さ、……もう一回無線の調子見てくる」
藤堂の元を離れようとしたのだが、放送部に任せてあります、引き止められてしまった。ええと、と妙な空気感が生まれる。
「仕事は、構いませんので、ただ、……ここに居てください」
最後の言葉の強い調子を受け、意外な気持ちで了承して体を戻した。彼にはいつも甘やかされていたので、彼の強気に触れるとなんだか調子が狂う。その差異を上手く使いこなしているんだろうな、と思うにつけて、まんまと策にはまる自身がなさけない。
薫の小さい戸惑いに気が付いたのか、藤堂ははっとして謝るように目を伏せた。
「……ごめんなさい。本当は、先輩達は勉強でお忙しいのに、毎日、ああしてお仕事手伝わせてしまって……僕の力不足でした」
ところが、見当違いの謝罪ときた。そう言われてしまうと、素直そうに俯く藤堂はただの下級生のようにも見える。
相変わらずパーマの黒髪は右側だけを耳に掛けている。ただし今日は装飾のあるピアスではなく、透明のプラスチックのものに変わっている。ジャージの裾を農作業風にロールアップしているのにも関わらず、身に着けているのが藤堂だと何故か洒落て見えた。
そのまま彼の足元まで落ちた薫の目線が拾ったのは、青髭の代わりに赤髭の生えたジャックパーセル。
(……誰かさんの足元にそっくりだ。)
思わず、ふっと、笑い声が漏れた。
「……やめろって、本番前にそんなこと。第一、執行部やるって言い出したのは俺達だ。それに藤堂は人並み外れて指揮力も統率力もある。俺等みたいなお荷物先輩を上手く使いこなしてたよ」
藤堂は、眉が下がったまま、にこりと笑った。
「そんな……。あの、真野先輩、……」
――その時、
「おーーーい!」
叫ぶ声が、話している藤堂をまごつかせた。
筒状になった模造紙を抱えた佐々木が遥か彼方から声を張り上げながら走ってくる。長いジャージに鋏を入れたお手製のハーフパンツの裾がヒタと波打つ。頭に臙脂のタオルを巻き、前髪を入れ込んでいるせいで柄の悪そうな表情が顕になってしまっている。
「持ってきてやったぞ、藤堂。トーナメント表、」
「……ありがとうございます。……急がせてしまったみたいですね、ゆっくりで構わなかったのに。ごめんなさい」
佐々木にしか分からない嫌味を込めてそう言い放った。彼に向けていたのは、犬のような笑顔ではなくて猫のような冷笑。もちろん、薫には見えないようにやってのけた。
そんな藤堂に佐々木は掴みかかろうとした、が、薫が不意に振り向くので佐々木は手を泳がせた。
「お疲れ。じゃあ、お前戻ってきたし、今度は俺が体育館に………って、何してんの、佐々木」
「いや? 藤堂クンが労ってくれたから、抱きつきたくなっちゃってさ、」
「……藤堂、こいつ見境無いから気をつけろよ。」
薫ちゃん! と、佐々木は睨み付ける。
「えぇ……佐々木先輩そういう趣味の人ですかぁ」
藤堂は冗談に乗ってきたが、残念ながら本当なんだ、と思いながら薫はテントを離れた。
……実は犬猿の仲である二人を残して。