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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
14/92

14 宣戦布告の挑発

 二人はしばらくそうして抱き合っていた。

「でもよ、」気を取り直したように佐々木はがばりと顔を上げた。表情は元の調子に戻っているので、ひとまず胸をなでおろす。

「友達だからって遠慮すんな。お前に告ってきた女子と同じように俺を扱え、公平に。無理なら無理と言え」

「無理」

「うおい! いきなりかよ! 心の準備が出来てねーよ!」

 佐々木は腕を引き抜いて薫の後頭部を打ちのめした。ところが薫は、微妙に痛む頭を放置して佐々木に食って掛かることを選んだ。

「甘えんな! 珍しくしおらしくなったからって『一回だけならイイよ』なんて女みたいなこと言うか! 長浜と一緒にすんな!」

「だったら男らしく『俺が慰めてやる』って言ってくれよぉ!」

 佐々木は、ケラケラと笑い出した。もう、元にもどったと思っていいだろう。

「……落としてみろよ」

 え、と聞き返す。

「……正直に告白したからって偉くも正しくもねーんだからな。自分の魅力を見せられるかどうか、いかに相手に気持ちよくなる想像をさせるかだからな!」

「……俺が男だから嫌なんじゃないの?」

「それもあるけど、……とにかく、理屈で落とす前に態度で落とせよ。俺を主体的にさせる、って自分で宣言してただろうが。ったく、俊らしくも無いこと言いやがって。この数日、一体何考えてたんだ?」

「そう、だよな……俺、頑張るわ! 実際、薫ちゃんは男とヤったことあるしな!」

「黙れ」

 佐々木はひとしきり笑った後、「は、」と息をはいてまた硬い表情に戻った。

「……なぁ、薫ちゃんは『好き』って気持ちはわからねーかな……?」

「解る……、と、思う」

 いつもの癖で、日に焼けた髪をくしゃっと握りながら未完の笑顔で彼は言った。

「じゃぁさ、スパルタもいいけどさ……ちょっとは甘えさせてくれよ。どんだけ苦しいか、解るだろ」

(好きで、苦しい、って。何だよ、それ。意味がわかんねーよ。)

「じゃぁ……どうして欲しいんだよ、」

 こうしてつっけんどんに聞くことしか出来ない。それがもどかしい。自分のさやしさの無さと思いやりの欠如を憎む。

(……違う。もっと、なんか……優しくしてやりたいのに。)

 佐々木はずるずると床に座り込んだ。

「こっち来て」

 薫もしゃがみこんで目線を合わせると、にこ、といつもの笑みが戻ってきた。

 瞬間、嫌な予感がしたのは気のせいではなく、むんずと首根っこを掴まれて彼の足の間に跪かされた。

「舐めて?」

「……ここが廊下じゃなければな、このバカ俊!」


 ぱた、と小さなスリッパの音。

「……真野先輩、大丈夫ですか!」

 視界の隅に入ったのは、藤堂だった。犬のような格好をさせられていたのだ、ひどく赤面した。

「やっぱり……! 喧嘩っぽい声が聞こえたから……」

 顔を不安に曇らせながらパタパタと可愛い音を立てて走り寄ってくる。何故か彼はいつも来賓用のスリッパを履いていた。

「何やってるんですか、佐々木先輩! 真野先輩を苛めないでくださいよ!」

 藤堂が冗談めかすと、佐々木も素直に「わりい」と薫のからだを離す。本調子の彼なら、冗談か反抗ぐらいはするはずなのだが。

「さ、戻りましょう」藤堂は薫を立たせて腰を捕まえると、数歩手前の執行部室に連れて行く。薫が先に入室すると、藤堂は戸を閉めようと廊下を向く。

 その時だった。

 廊下に佇んだままの佐々木に不敵な笑みを差し向けた。

 ……それは、狡猾そうな猫の微笑だった。おまけに、憎たらしく赤い舌を出して見せた。

「……おい!」

 険悪な顔をした佐々木を放置するように、藤堂はひょいと顔を引っ込めガラリと戸を閉めた。

 佐々木は、彼が差し向けた挑発の意味を瞬時に理解した。今まで自分は彼に『恋敵』と見なされていたようだ。反撃する機会すら逃して呆けていた自分自身に無性に腹が立つ。

 彼は傍の掃除用具入れを、凹みが出来るほど豪勢に蹴りつけた。ガン、と耳障りな音が廊下に響き渡る。荒らいだ彼の気分はそれだけでは発散されず、身の内に不愉快に沈殿している。

 佐々木はその日の会議に再び顔を出すことは無かった。



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