10 執行部の面々は
数日後の放課後、執行部の顔合わせが行われた。球技大会実行委員会執行部用に宛がわれた狭い生徒用会議室が、今や彼らの総本山だ。
佐々木の予想を裏切って、仕事人間どころかお祭り人間の集まりだった。それでも、薫と佐々木以外は全員1・2年生で構成されていて、二人は完全なる客員状態。
今日の藤堂は、目玉がぎょろついた赤いハートのワッペンが縫い付けられたチャコールのセーターを着込んでいる。まるで体育着か何かのように自然に身に付けているが、学校指定のセーター以外を着ることは校則違反だ。白い襟は生意気そうに立ち上げられていて、パーマの掛かった髪とうまいこと調和している。右側の毛は耳に掛けられて、色っぽさがある。
その彼がてきぱきと場を纏め上げているのはなんだか違和感がある。
彼は実行委員全体を見渡して頷いた。
「執行部はこの10人です。仲良くやりましょう! 今日は僕らだけだし、緩く自己紹介でもしようか。じゃぁ、一年生からね」
促された一年生は、最年少らしく、控えめに入り口付近で椅子に座りもせず佇んでいた。空いている椅子に座ってね、と藤堂が微笑む。
「1Eの山田です。よろしくお願いします」「1Dの今川です。頑張ります!」そうして、各々が短い自己紹介を繰り返していく。佐々木は、臆面無く大あくびを繰り返して、下級生をびくっとさせる。そんな中、一人の女生徒が長々と挨拶を始めた。
「あたしは、2Cの長浜恵美です! 実行委員に入ったのも、昌ちゃん…藤堂くんがいるからなんですけど、あ、文化祭の時からの繋がりで! だから、執行部で一緒になれてラッキーとか思ってます。そして、基本的に仕事出来ない人間なんですけど、与えられたら精一杯頑張りますんで、よろしくお願いします! あ、ちなみに、甘いもの大好きです!」
一同、静まり返って彼女を眺めた。
長い髪はストレートで、化粧もしっかりするタイプの女生徒だ。短いスカートからは運動を経験したことのなさそうな白くやわい足が覗いている。ネクタイを締めずに第二ボタンまで開けたシャツからは、シルバーのアクセサリーが光を放っている。間違いなく、この学校では異端者の部類だ。模範生徒とは言いがたい。
佐々木は薫の耳元で囁いた。いかにも佐々木の好きそうな容姿だ。
「な、あの子、かわいくね?」
「……『私』を『あたし』と発音する女は信用ならねーって」
いよいよ本格的な内容に変わると、犬系の笑顔だった藤堂は、きりりとした猫科の表情に変わっていった。その変容は心強かった。と言っても、薫と佐々木は特に発言も無く困ることも無く過ごした。後輩達が丁重に扱ってくれたおかげだ。
「そろそろ切り上げましょう。放課後を長々と使うのもよくないし。なるべくこれからは昼休みを使おう」
受験生の自分らに配慮した事だと理解し、藤堂に笑みを送る。彼ははにかんでそれに応えた。
◇
佐々木と薫は、決まりごとのように並んで昇降口を出た。日の短いこの季節、すでに空には星が煌いていた。近所の家からかぐわしい夕飯の匂いが漂ってくる。
「な。今からおでん食いにいかね?」
佐々木は斜めに掛けたスポーツバックを叩きながら提案してきた。
「あ、いいね。腹減った」
「え! 先輩たち、寄り道するんですか? あたしも行きたーい!!」
甲高い声が飛んでくる。背後から声を掛けてきたのは、せんの長挨拶娘、長浜恵美だった。
ズッと妙な音がしたので彼女の足元を眺めると、ローファーのかかとを穿きつぶし引きずっているのだ。細部に配慮が行き届かず、あるいは意図的におろそかにして着崩す女子が苦手だった。少なくとも、サヤカは制服を清楚に着こなしてこその美しさがあった。顔の美醜を差し引いても、まっすぐな着こなしの方が美しいというのが彼の信条だ。その点、長浜はことごとく薫の美意識に反した。
一方、佐々木は色めきたって彼女を見下ろした。彼にとってはどこをとっても美点に違いない。彼に言わせれば、「ショートカットや長いスカートは女じゃない」などという強烈なフェティシズムをもつ。
「俺のチャリ乗れよ。連れてってやんよ」
「ホントですか! ありがとうございます!」
この隙に自分だけでも帰宅しようとした。が、佐々木がそれを許さない。
「薫ちゃん、何帰ろうとしてんだよ。一緒に行くだろ」
「あ、やっぱ金ねーし」
「やーだー! じゃあここでキスしちゃうから。恵美ちゃんにそんなとこ見せていいのかな?」
「えー! 佐々木先輩キモーい!」
「ほら、キモイってよ?」
お前が言われてるんだよ、と佐々木を小突いて彼らにしぶしぶ従うのだった。
駐輪場から校門に向かう途中で、自転車を押す藤堂に鉢合わせた。彼はいつものようににっこり笑ったが、余りに笑顔が上手いので少々構えてしまう。
彼の顔の右側で、街灯の白い光を反射した何かがきらりと光った。近づくにつれ、それはピアスのせいだと気づく。ピアスも校則違反だった。右側の髪だけを耳に掛け、わざわざ違反物を見せびらかしているような彼の意図が、薫には解らなかった。
「お疲れ藤堂」
「お疲れ様です、真野先輩」
藤堂は、綺麗に手入れされたローファーを履いていた。少し、好感度が上がる。
そこにべったりと粘着質な長浜の声が響く。
「ねー、真野先輩、聞いてくださいよ! 佐々木先輩信じられない! あたしのこと乗せるって言ったくせに、荷台付いてないんですよ! そしたら、立って乗れって! パンツ見えるじゃないですか~! 最低ー!」
はは、と乾いた笑い声が辛うじて出てきた。さもなくば知るか、と言いたいのを寸でのところで飲み込んだ結果だ。
長浜は藤堂を目にすると、駆け寄って飛びついた。相手が藤堂というだけで、妙に色気のない平和じみた図になる。彼が小さいからだろうか?
「昌ちゃん! 一緒におでん食べに行く?」
「え、あ、俺? あ、うん。先輩達がよろしかったら」
「来いよ、藤堂。親睦会、親睦会」
佐々木は、背の低い藤堂の髪をくしゃりと片手で揉んだ。長浜は、今度は薫に駆け寄る。
「真野先輩、乗せてください。佐々木先輩使えないんで」
そりゃねーだろ、と佐々木は長浜の頭に軽い拳骨を落とす。
「いいけど。鞄、籠に入れて」
「ありがとうございまあす」
長浜が薫の自転車の籠に入れようとすると、藤堂がその鞄をひったくって自分の籠の中に入れた。
「後輩の俺がいるのに先輩に女の子を任せるなんて駄目ですよ。俺が恵美ちゃん乗せます。ね、恵美ちゃん、俺の自転車でもいい?」
気にしなくていいのに、と薫が言っても藤堂はかぶりを振る。彼女は、藤堂の小豆色の洒落た自転車の低い荷台にまたがった。スカートがぐしゃりとつぶれるのもお構い無しだ。白い太ももが根元まで顕になり、下着が見えそうだ。薫は急いでそこから視線を外す。
佐々木はあざとくそれを見咎めた。
「おいおい恵美ちゃん、それこそパンツ見えるだろ」
「見せてるんです~!」
その日からだ。
佐々木と長浜は、随分と仲良しになったのだ。