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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
1/92

1 佐々木俊

 横田との離別から一晩明けた火曜日。薫は予定通り登校する。

 家を出て一歩。身を刺す空気に気を取られた。

「……あれ、こんなに寒かったかな」 

 東京に比べて、この街は寒い。その寒さは気候的なものではなく、人口密度からきているような気がした。自転車のタイヤが滑る国道のアスファルトからも、数多く踏まれていないようなぎこちなさを感じてしまう。

 こうして、多くの高校生が華やかな大都市を思って受験勉強の日々を過ごすのだ。


◇ 


 教室には、体温の高そうな高校生たちがひしめいている。シャツをやスラックスを脱ぎかけにして無駄話に興じ、時々上がる上機嫌な叫び声が冬に近い秋を明るく染める。

 薫は、第二時限目の体育への憂鬱な気分を抱えながら、体育着をロッカーから引きずり出した。体育が嫌いなのではない、動くことが面倒なだけだ。

 女子がいなくなった教室で、男子が着替えるのがお決まりだった。男子専用の更衣室は存在しない。

「か~おるちゃん!」

 そんな薫の教室に、一足先に着替え終えた、隣のクラスのお調子者・佐々木俊(ささきしゅん)が大声を上げながらやってくる。

 この「第一高校」では男女別・二クラス合同で体育が行われる。3Aの薫のクラスは、佐々木ら3Bと組んでいる。

「重いって、やめろよ~、」

 のしかかってきた佐々木と笑いながらじゃれあうのも、いつものことだ。

 佐々木は薫にとって、いわゆる親友でもなければ一緒につるむ仲でもない。佐々木はサッカー部の友人とつるみ、薫は一人でいることが多かった。それでも佐々木は薫をいたく気に入っているらしく、しばしばちょっかいを出してくる。数少ない、気楽で付き合いやすい友人の一人だ。

「いいじゃん。(さみ)ィ寒い寒い。カイロになって」

「今から着替えるんだって。大体、お前、着替え早すぎ」

 佐々木は体育のある曜日には制服の下に既にジャージを着込んでいる。この高校の運動部員だった者の習性だ。彼は元サッカー部員だ。

「じゃあ手伝うからさあ、」

 構わず佐々木は薫のシャツのボタンを外し、シャツを脱がせる。一方で薫はズボンのバックルを外している。そんな気を許した薫に、いつもの様に佐々木はTシャツの中に手を突っ込み、直に肌に触れてくる。冷たがったりくすぐったがりする薫をからかうのだ。

 ところが、今日に限って薫は笑うどころか体を弾ませた。思わず、小さく声が漏れるその変化を、佐々木は見逃さなかった。

「え……おいおい。何だよ、今の反応、」

 横田の指を思い出したのだ。赤面している場合じゃないと、佐々木を押しのけて背を向ける。

「……くすっぐってーからやめろって、」

 真顔になった佐々木は、薫のTシャツの裾をぐいっと持ち上げる。ほんとうに、彼には遠慮というものがない。隠したものはすぐに暴かれる。背中の白い肌には、消えかけた赤の花が所々散っていた。

「おい、これ……」

 咄嗟に佐々木の手を払いのけた。

「……キスマークだよ。聞くなよ、無粋だな。……サヤカに付けられたんだよ」

「……サヤカさんが付けた? こんなマーキングみたいな真似したことねーだろ」

 いつものひょうきん者の面はどこかに落としてきたかのように、無機質な視線を薫にぶつけた。蔑んでいる、ともとれる乾ききった目と声だった。冷や汗が流れるようだ。

「何でもいいだろ。関係ないだろ」

「誤魔化すな。俺の手への反応は何だよ。その痕は何だよ。……女じゃないんだろ」

 衝撃のあまり、音が響くほどに息を思い切り吸い込んでしまった。それが肯定の証となる。どうしてその発想になるのか佐々木に問う前に、彼は眉間の皺を深くして「マジかよ」と呟く。

「やっぱり。お前、男としたんだ」

「……なんで……、」

 何で解るんだよ、そこまでははっきりと問うことが出来なかった。

 佐々木は薫のTシャツを再び掴んだ。その腕を逆に掴んで、不躾な暴きの手を止める。声を落として切り返すことしかいまはできなかった。

「……そうだとして、何が悪いんだよ。別に……ただ、一度してみたかったんだよ。バラすか? 触れ回れよ、ちんどんやみたいに。『真野薫はホモです変態で~す』って。気持ちわりいんだろ、運動バカで童貞の佐々木くんは」

 開き直って強がったが、しかし、佐々木も退かなかった。

「……うるせーよ。バラして欲しいのか? いいぜ、『真野薫は男も女も、来るもの拒まず啼かせて啼きま~す』ってか?」

 カッと頭に血が上る。

「黙れよ」

 そのまま怒鳴りつけたかった。状況が許せば殴りたかったかもしれない。しかし、クラスメートの視線が何時の間にか集中していることに気付いてもいた。

「お前ら喧嘩? 珍しいな。」「何コソコソ言い合ってるんだよ。女がらみかぁ~?」

 方々で自分たちに声が掛かっているのだ。

「な、何でも無い!」

「何でも無くねえだろ、なぁ、3Aの皆さん聞いて驚くな、この男、………んんんん!!」

 かろうじて佐々木の口を封じたが、クラスメートたちはそれでは収まるはずがない。ざわざわと調子に乗って騒ぎ始めた。一度火がつけば沈静化を待つまでしばらくかかる。むしろ別の場所に火をつけるのが妥当だ。

(……仕方ねーな。)

「俺、女にフラれましたぁ!!」

 精一杯おどけて、真実の片一方を告白した。とたんに、クラスメートたちは、どっと雄たけびを上げながら、「ざまあみろ」だの、「調子乗るな」だの、「おめでとう」だの、ちっとも励ましの気持ちがこもらない言葉を浴びせかけた。それでも、顔は同情に満ちていて、肩を叩いて元気付けようとしてくれるのだ。

 そんな渦中の薫を、佐々木だけは冷静な目で見据えていた。3Aの男子達がそうして馬鹿騒ぎをしているうちに、彼は姿を消した。

 一難は去ったが、それでも何と無くすっきりしない。そのまま彼は、クラスメートらとグラウンドに降りていった。



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