5.新しい花
ロサ属にはヒリアーエ以外にも何人かの長老がいて、一族の政を話し合いと時には武力で行っているらしかった。婚姻の披露目の前日、ルゴサという女性の長老がアケイシャの客間を訪れた。
「アケイシャ様、明日のご準備は滞りなくお済みでして? 他国から客が来ると言っても我らロサ属に付き従うものばかりですから、それほど気にされることはございませんわ」
くるくる渦巻く濃い桃色の髪を結い上げ、大きな眼は暗い茶色。小柄だががっしりと威厳のある姿のルゴサはかなり年上のようだ。
「ええ、ルゴサ様。わたくしのような他国ものがどこまで受け入れていただけるものかわかりませんけれど、粗相のないようにいたします」
ルゴサは満足げに頷いて「ようございましたわ。それにしても、奥方様をお迎えになってそのお披露目も済まないと言うのに、もう次の側室候補の姫君を連れて来られるなんてねえ、ヒリアーエ様のなさりようは同じ一族のものとしてもちょっと理解が及びませんわ。アケイシャ様には何かお話がございました?」
「いい…え、わたくしは何も聞いておりませんわ……側室候補ですか?」
「それはもちろん奥方様に堂々と言えることではございませんよねえ。なんでも、砂漠の国からペルシカの姫君をお連れになったそうですわ。一応、ロサ属ではあるようですが、私共とはまるで違ってますのよ、お姿もしきたりも……ですが、確かにお綺麗な姫君でしたわ」
ルゴサが声を落として舌なめずりしそうな口調で告げてくる。そんな話、わざわざ聞かせなくてもいいでしょうに……いや、これはわざと話しているんだわ。わたくしを動揺させたいのね。
「こちらに輿入れするときに、ヒリアーエ様とはお話ししておりますのよ、ロサ属を安定的に治めていくためにこれからも側室を置くであろうと。それに、もともとわたくしが嫁いだのも純粋に政治向きのためですもの。一族が豊かに栄えるために必要だということでお迎えになったのでしょう。わたくしはそれに異をとなえるつもりはありませんわ」
「ええ、ええ、アケイシャ様がしっかりしたお気持ちでいらっしゃることは理解していますとも。あちらの姫君はずいぶん虚弱な方だそうですから、いくらお励みになったところで新しい品種を望めるのか疑問だと私は愚考しておりますけれど……あら、これははしたないことを申しましたわ」
ルゴサは嫌な笑い声をあげ、一族に伝わる首飾りを「明日のお披露目にお付け下さい」と置いて帰って行った。
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翌日、朝から磨き立てられドレスを着付けられてルゴサが持ってきたアンティークの首飾りをつけたアケイシャは、豊満な大地の女神のようだった。上質な白く透ける生地を花びらのように何枚も重ね、足元まで覆っているのに歩くと脚線美がチラチラと見える。デコルテをぐっと広く開けて豊かな胸元を出し、透明で虹色に輝く宝石をいくつも嵌め込んだ豪華な首飾りが引き立つようデザインされた、美しいドレス。
コルセットをつけず豊かなボディラインを強調せよという前代未聞の注文をされたデザイナー達はさぞ頭を抱えたことだろうが、素晴らしい結果を出してくれたようだ。頭には、銀の台座にアケイシャの目に似た金の宝石を嵌め込んだティアラを着けている。
ヒリアーエが部屋まで迎えに来て、型通りにエスコートし広間へ歩いた。
広間の一段高くなった席に座り、各国からの賓客を待つ。長老達や重臣、側室達が周囲を取り巻き、口々に挨拶を述べた。
アケイシャは視線を落としたままそっと周りに目をやった。ほとんどの重臣や側室とは一度は面識がある。見慣れないものがいるとしたら、例の「砂漠の国から来た新しい側室」だろう。
その時、場違いな明るい笑い声が耳を打った。思わず目をやると驚くほど美しい娘が長老達に囲まれて笑っている。白い肌に印象的な金の眼、目の周りにはっきりと太く赤いラインを引いている。こんな化粧をするものはロサ属にはいなかったから、異国の風俗なのだろう。折れそうに細い腰、ヒラヒラした淡い紅色のドレスには銀糸の刺繍がふんだんに入っており、見るからに高価そうな装いだ。艶やかな赤い巻き毛を結いもせず背に垂らし、銀の髪飾りで軽く留めている。しかし、そのデザインは___ヒリアーエの花、繊細な一重のバラだった。
「今日は体調が良さそうだな、アーミュティースよ。そのドレスもよく似合っている」
不意に夫が声をかけた。わたくしには一言もなかったのに?