2.名ばかりの花嫁
翌朝目覚めると夫の姿はすでに部屋になく、侍女たちが温かい湯や香りのよいタオル、贅沢なドレスなどを次々に運んできて身支度をしてくれた。
「こちらのお国では昼間からこんなに肌を出すの? 母国よりずいぶん寒いのに」
「奥方様、わたくしどもの国では身分の高い女性は美しい肌を見せるのが自慢なのでございますよ。奥方様のお姿でしたら皆が見とれますとも」
侍女たちの腕前は確かだったようで、装った姿は自分ながら見とれるほど美しい。着付けてくれた黄みの強いベージュ色のドレスは首や胸元が露出し、上品な色合いながら幾重にも重ねた薄い生地から腕や足がちらちらと見えるデザインである。締め付けのきつい下着はアケイシャの細腰と豊かな胸を強調し、目元を抑え気味に彩る化粧が瑞々しい唇を際立たせて、いっそう扇情的な仕上がりとなった。
「さあ、御髪にこちらの髪飾りをお付けします。ご主人様のお色に合わせた銀色の花を模ってございますよ」
緩やかに結い上げられたハチミツのような金の髪に銀の花がいくつも飾られた。夫の花が咲くときはこんな繊細な一重の花なのだろうか? まったくイメージじゃないけれど。
朝食の間には給仕とメイドのほかは誰もいなかった。
「ヒリアーエ様はどちらに?」
嫌々ながら後ろの侍女に声をかけると、ふと嗤う気配がした。
「ご主人様は普段はお邸にはいらっしゃいません。別邸が幾つかございまして、政務や視察の時以外は別邸の何れかでお過ごしでございます。奥方様をお迎えになりましたので、夜だけはこちらに来られるでしょうが」
最後の一言、必要かしら? 思わず言い返しそうになったアケイシャだが、やっと我慢して何気ない風に「そう、じゃ朝食を運んでちょうだい」と応えた。
自分の血を引く子はすでに複数いると言っていたヒリアーエ。それは周知のことなのだろう。新しい品種作りのためだけによその国から御大層な姫君を迎えることを、快く思わないものが多いのだろうと痛感させられる。
夜も更けてからヒリアーエが寝室にやってきた。
アケイシャは侍女たちがきれいに装わせてくれたドレスも化粧もすでに取ってしまい、薄物の夜着一枚に金髪をゆるく編んで背に垂らしているだけの姿である。さぞや見栄えがしないだろうと自分では思っているが、ふわふわと乱れる金色の髪が細い首筋を彩り、わずかに透ける夜着から細い肩や腰の丸みが見え隠れし、若々しい美しさである。
「1か月後に各国の重鎮を招いて婚姻の披露目をする。ただの顔見世だが、それなりに振舞うことぐらいはできるのだろう?」
「ええ、末席ながら一通りの作法は学んでまいりました。ご挨拶の場は大切ですわ、あなたに恥はかかせないようにいたします」
ヒリアーエはその返事を聞いているのかいないのか、柔らかい体を引き寄せて唇をなぞる。
「披露目の時はそなたを目一杯着飾らせることにしよう、わがロサ属の繁栄を見せつけるように。お上品なドレスなど着せぬほうがよほど見栄えがしそうではあるがな」
「で、では何を着ろとおっしゃいますの?」
アケイシャは精一杯虚勢を張っているが、つい弱々しい声を出してしまった。そこにつけ込むようにヒリアーエが黒い目を光らせてアケイシャの頬を撫でる。
「そうだな、何も着せない___わけにもいかぬだろうから、今着ているもののように、そなたの健康そうな美しさがわかるような服を作らせよう。我がこの女を獲得したのだと、次代のロサも安泰であろうと各国に歯噛みさせるようなものにせねばならぬ」
その言葉の通り、翌日からドレスメーカー、宝石商、靴職人に美容師たちが続々と邸を訪れた。それぞれアケイシャの美を引き立てるデザインのドレス、アクセサリー、靴に化粧、髪型などを提案していく。ドレスのデザインは老舗と新人による血で血を洗う一騎打ちになるかに見えたが、途中で乱入してきたヒリアーエが「奥方のすばらしい健康美を強調するものにせよ。きついコルセットで締め上げるなど以ての外だ」と言いつけたため試合は(いや、話し合いは)翌日に持ち越しとなった。
(まるで品評会に出す家畜の話でもしているかのようね)アケイシャはイライラと考えたが、表情を引き締めて目を伏せていた。
宝石商はドレスのデザインが決まらないと本格的な仕事にならないのだが、ヒリアーエの化身たる一重咲きの銀のバラに宝石を散りばめると決まっているので上質な石の選定に余念がない。アケイシャの眼の色に似た金茶の宝石は多いが、透明感があって強く煌めくものとなると数が限られる。もちろん目の玉が飛び出すようなお値段となった。