歩き続ける
私は今、歩いている。
どこに向かっているかはわからない。
もう私には居場所がない。
私は両親に捨てられたのだ。
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私には母親、父親と一人の姉がいた。
裕福な家庭に生まれ、そのまますくすく育っていく……と思っていた。
私は特にこれと言って得意な物がなかった。
勉強は普通。運動も平均よりはできない。
容姿もそこそこと言った感じでごくごく普通の小学生だった。
そんな私とは正反対に、私の姉は完璧だった。
勉強では常にクラスでトップ。運動もスポーツテストでA判定。
容姿はクラスの半分の男子から告白されたことがあるほど綺麗で、どこをとっても完璧な中学生だった。
そんな姉を私はとても尊敬していたし、すごいと思っていた。
――あの日が来るまでは。
私も小学生を卒業し、中学一年生、姉が中学二年生になった。
中学生になって最初のテスト。自分的にはまあまあ頑張った。
が、全てのテストが平均点±ニの範囲に収まっていた。
家に帰り、親にテストの結果を見せる。
いつもだったら「頑張ったね」とか、「次も頑張ろうね」などと言われるが、その日は違った。
「ふーん、あなたのお姉ちゃんはこの時期のテストは全部九十点以上だったんだけどなー」
その日から私に対しての態度が今までと完全に変わった。
何をしても「お姉ちゃんは――」と姉と比較されるし、だされるご飯が私だけ違っていたり、単純に暴力を振るわれたり――いじめられていた。
姉は最初は私のことを慰めてくれていたが、いじめがエスカレートしていくにつれて母親側につくようになった。
家にいるのはいじめられるから嫌だけど、学校にいる時間は楽しい。
友達はまあまあ多かったし、恵まれていた。
そんな私にも家での楽しみがあった。
絵を描くことだ。
絵を描いている時が一番好きな時間だ。
家にいる時は基本的にずっと絵を描いている。
その甲斐があって中学生の絵のコンクールで金賞を取ることができた。
その報告ぐらいはちゃんと親にしようと思って絵を持って親の前にいく。
「お母さん!お父さん!私、絵のコンクールで金しょう……」
ビリビリビリと嫌な音が響く。
言葉を言い終わる前に破かれてしまった。
「こんなことしても将来お金にならないでしょ?勉強する気がない子はうちにはいりません!」
といわれ、お母さんとお父さんに持ち上げられ外に放り出された。
絵を破かれたショックと心の底からいらないと言われ、精神が崩壊していた。
―――――――――――――――――――――――――
それからどれぐらいが経ったのだろうか。
道とも言えないような道を永遠に歩き続けた。
前から光が見える。そっちに向かって力を振り絞って歩く。
一気に明るくなったかと思うと、そこは高層ビルが立ち並ぶ都会の街だった。
それがそのときの私の意識がある最後の景色だった。
目が覚めると、そこはどこかの部屋だった。
「あ、おかあさーん!やっと目覚めたよー!」
知らない声がする。甲高い女の子の声だ。
「あらほんとね。おはよう」
声の方を振り返ると、背の高い女性が立っていた。
私は状況が全く掴めずにポカーンとしている。
「君ー、街中で倒れてたんだよ?よかったねぇ、私ら医者の家の前で見つかって。」
どうやらここは全く知らない他人の家のようだ。
清潔感のある部屋、真っ白なベッド、心配そうに見つめる3人の人。
どこかの家族に拾われたらしい。
「ねぇねぇお母さん、このお姉ちゃんこれからどうするの?」
女の子が言う。
「そうだなぁ、とりあえず君、名前はなんで言うんだい?」
父親らしい男性が言う。
私は、「響希」と答える。
すると、その男性が、
「わかった、響希ね。俺の名前は武田宣親、こっちは俺の妻の美紀、こいつは今小学六年生の彩乃だ。とりあえずよろしくな」
「よろしく、響希ちゃん!」
「よろしく!お姉ちゃん!」
三人から挨拶をされる。私は軽くお辞儀をする。
「んでー響希ちゃん、なんで街のど真ん中で倒れていたのか覚えているかい?」
私は前の家で起こったことをある程度全て話した。
「そーれはひどい家族だな……わかった。話してくれてありがとう」
男性――宣親さんはそう言って箪笥の上に置いてある車の鍵らしきものをとって、
「とりあえず今から孤児院に行ってこれからどうするか話し合いたいんだけど……身分証とか持ってる?」
私は首を振る。追い出された時は何も持っていなかった。
「そうか……わかった。とりあえず車に乗ってくれ。」
そう言って私を車のガレージに連れていってくれた。
四人乗りのクルマの後ろに乗り込む。助手席には美紀さん。隣には彩乃ちゃんが座った。
「ねえねえお姉ちゃん!どこからきたの?」
彩乃ちゃんは私に興味津々のようだ。
「私はねー……あれ?」
どこからきたのか思い出せなかった。前の家、前の学校、友達すら思い出せなかった。
頭を抱えて疼くまる。彩乃ちゃんが心配して
「大丈夫……?」
と背中をさすってくれる。
そのまま約十分。目的地に着いた。
『子どもたちの家』と大きく書かれた教会みたいなところだった。
宣親さんと美紀さんにつれて行かれて中にはいった。
中はとても涼しくて、奥からはたくさんの子どもの声が聞こえてくる。
宣親さんと美紀さんは受付のような人と話している。
「そうですね……身分がわからないのでー……一応うちで引き取ることもできるし、養子として引き取ってもらうことも可能ですね……」
受付のお姉さんが話す。
すると彩乃ちゃんが、
「私響希お姉ちゃんと一緒がいい!」
と言ったので、私は武田家に引き取ってもらえることとなった。
市役所で色々な手続きを踏んで、戸籍も作り直してもらった。おかげで来月から学校にも通えるようになった。
武田家の家族として一緒にいることは幸せだった。
彩乃ちゃん――妹がテストをもらって帰ってくる時、何点だったとしても両親は怒らずに彩乃ちゃんのことを褒めてあげる。
私からしても理想の家族だった。
今日は初めて新しい中学校に行く日だった。
教科書とかもないため、リュックがとても軽い。
私のクラスは一年四組のようだ。
学校の校門をくぐり職員室を探す。
校舎は三階建てで、職員室は二階のようだ。
職員室の前でどうしたらいいか分からずにおどおどしていると、一人の先生に声をかけられた。
「あ、君が転校生の武田響希さん?私は四組の担任の中西元輝といいます。今日からよろしくな!」
こちらが返事もしないまま話が進んでいく。
「早速だけど、朝のホームルームの時間に軽く自己紹介をしてもらうから。よろしく!じゃあ……着いてきて!」
返事すらできないまま歩き出してしまった。
歩幅が大きい中西先生に頑張ってついていくと、教室の前についた。
先生からジェスチャーで、呼ぶまで待ってて、と伝えられたので外で待つことにする。
廊下には掲示物がたくさん飾られている。
書道、絵画、工作などのコンクール作品なども飾られている。
様々なものに見惚れていると、中から呼ぶ声が聞こえる。
「今日からこのクラスに転校してきた武田響希さんです!どうぞー、入ってきてー!」
ドアをガラガラと開け、教卓の前に立つ。
人前に立って物事を話すのがとても苦手なため、緊張で声が詰まってしまった。
「っ……、私のな……名前は、武田 ひび……響希って言います……よろしくお願いします……」
本当に簡易的な自己紹介だがとりあえず言えたことにほっとした。
その時、周りから聞こえたくない声がヒソヒソとたくさん聞こえてきてしまった。
「……女だから期待してたのによぉ……普通にブスじゃね?……」
「……それなー……期待はずれだわ〜……」
「……何あの左目の傷……ちょっと気味悪いかも……」
そんな声が色々なところから飛んできた。
私は下を向く。すると先生が
「はーいじゃあ自己紹介はこれで以上なー。えーっと、空いてる席空いてる席……あ、窓側の一番後ろの席空いてるな!しばらくはそこで授業を受けてくれ。」
私は頷くとそそくさと教室の一番後ろまで歩く。
みんなの視線が痛い。
一時間目は移動教室のようで、ホームルーム終わりのチャイムが鳴るとみんなすぐに教室を出てしまった。
私には何にも知らされてない。とりあえずみんなについて行くことにした。
どうやら一時間目は科学室でおこなうようだ。
科学の先生に転校してきた主を伝え、しばらくは教科書を隣の人に見せてもらうこと、席が教室と同じで窓側の後ろの席になることを話した。
席につき、隣の席の男子に教科書を見せてもらおうと声をかける。
「ねぇねぇ、転校してきたばっかりで教科書がないから……よかったら見せてくれない?」
聞こえる声量で言ったものの反応がない。無視されている感じがした。
前の席の女子にも同じように話しかけるが、全く同じ反応をしてくる。
見せてもらうことを諦めて、一時間教科書がない状態で授業を受け終わった。
授業後、先生のところに行き、教科書をどう買うかの云々や、時間割の表、学校の全体図などをもらった。
教室に戻り席に着くと、机の面に何か掘られていた。
よく読むと、「ブス」と書かれている。
自分の机の周りには誰一人いない。
あ、私これから学校でいじめられるんだ。
そんなことはすぐにわかった。
それからどんどんエスカレートしていった。
上履きを隠されたり、給食の量を異常なほどに減らされたり、机の中に虫をたくさん入れられたり。
先生に相談しても「我慢しなさい」の一点張り。
……もう諦めていた。学校に行くのが嫌になった。
だけど大丈夫、私には安心させてくれる家族がいる。
家族のおかげでテストでも高い点を取ることができたり、学校に行かなきゃと思わせてくれたり……感謝することがとても多い。
そんな中時が流れ、私は中学二年生に、妹の彩乃が中学生一年生になった。
同じ中学なので一緒に登校するようになった。
登校している最中も、
「……あの響希ってやつが誰かと一緒に登校してるぞ……」
「何あの子、どうせ響希の同類みたいなもんでしょ……」
というような声が聞こえてくる。小さい声で彩乃に
「……ごめん」
というも、彩乃には周りの声が聞こえていないようで、首を傾げている。
学校に着いて、一年の教室まで彩乃を送ったら二年の教室へ向かう。
入ってすぐわかる。……私の机がない。
どうせまたいじめだ。……今日は勉強する気が失せたな
と感じたので保健室へ向かう。
体調が悪いという嘘を理由に早退することにした。
家に早く帰ると両親が心配してくれたが、大丈夫と一言だけ言って布団に横になった。
しばらく時間が経ち、彩乃が家に帰ってくると同時に泣き喚いてる彩乃の声が聞こえた。
彩乃は手洗いうがいも忘れて一直線に母親に抱きつく。
涙ぐみながら話している内容を聞くと……どうやらいじめられているようだ。
私と同じような感じで、無視されたり、机に悪口が書かれていたり。
親が
「先生に言ったの?」
というと、彩乃は
「言った。でも、我慢しろとしか言ってくれない……」
と返す。
すると親は、
「そう、じゃあ我慢するしかないわね……」彩乃の頭を撫でる。
この日から親たちの彩乃に対する態度が変わった。
彩乃にとって初めての定期テスト。
中学に入って難しくなるため、彩乃は数学のテストで三十点をとってしまった。
私も同時期にテストで平均は七割近くあった。
家に帰り、まず私がテストを見せる。
「よく頑張ったわね!これからも頑張ってね!」
と言われる。これだけで元気が出て学校に行こうという気分になる。
次に彩乃が今までと同じようにテストを見せる。すると、
「はぁ……三十点ねぇ……こんなに勉強ができないこに育てた覚えはないんだけどなー……」
彩乃は思っていた反応と違かったようで、その場で手を握りしめながら震えている。
「次こんな点数取ったらもううちの子じゃないからね」
私と彩乃で圧倒的に態度が違った。確かに点数の差はあるかもしれないけど、ここまでするか?と思った。
思いながら、自分の経験の中に既視感があった。
彩乃が親との会話を終えると、こっちに向かってきてハグをする。
抱きついた瞬間ものすごく涙を流して体を震えさせていた。
経験したことのある辛さのため、何もいうことができずにただ頭を撫でてあげることしかできなかった。
ある日の放課後、いつも通り帰ろうとしたが、一年生の教室にただ一人俯いて座ってる人がいた。
紛れもない彩乃だった。
泣いている顔の中どこか意を決している。
彩乃はしばらくした後前を向いて教室を出る。
私は彩乃に気づかれないように後ろからついて行く。
普段だったら下駄箱が下のため、階段を降りるのだが、その日の彩乃は階段を駆け上がって行った。
嫌な予感がした。
私も追いかけるように駆け上がる。
屋上の扉が開いている。
外に出る。
後ろ姿の彩乃が靴を脱いでフェンスの近くに立っているのが見えた。
私は大きな声で「彩乃!」と叫ぶ。
彩乃は振り返り、びっくりしたような顔でこっちを見てくる。
「彩乃、早まらないで。一旦落ち着いてはなし合おう」
と抑えようとするも、
「うるさい!お姉ちゃんには何も分からないでしょ!学校でいじめられて、さらには家でもいじめられて、もう私に居場所なんてないの!」
今まで聞いたことのない声量で彩乃は叫んだ。
「……分かるよ、……分かるんだよ彩乃」
と冷静に話す。そのまま続けて、
「私も学校で同級生にいじめられてる。誰に相談しても我慢しなさい、しか言われない。ものすごく気持ちが分かる。私は家でいじめられてない……と思うかもしれないけど、家でいじめられる辛さは前の家族でわかってる。だから彩乃の気持ちはとっても分かる。」
彩乃は黙って下を向いている。私が続けて、
「彩乃が家と学校でいじめられるきっかけになったのは完全な私。私がきたから今までの彩乃じゃ親が満足できなくなった。私がいじめられてて一緒に登校するようになってから彩乃も学校でいじめられ始めた。ここから飛び降りるべきは私だから……」
と言って、私はフェンス近くまで行き、靴を脱ぐ。
「ダメだよお姉ちゃんは死んだら……まだ家に居場所あるでしょ……」
「……私は彩乃がいじめにあう原因になってしまってる。私がいなくなれば全てなくなるの……」
二人の話し合いは続く。
何回かラリーを続けた頃、
私が望んでもいないことを言ってしまった。
「じゃあ……二人で一緒に飛ぶ……?」
この時は正気を保てていなかった。
なんでこんなことを言ったんだろうと後悔している。
私は彩乃に止めて欲しかった……が、現実はそうはいかなかった。
「……いいよ」
私が考える中での悪い返事だった。
彩乃はそういうとすぐに私の手を取り、低いフェンスへと走り出す。
私は力を入れることすらできないまま彩乃に引っ張られる。
フェンスから体を乗り出したとき、私たちは抱き合う体制になった。
体がどんどん落ちて行く。
死んだと思った。
なぜか目が覚めた。
そこは病院だった。
話によると先生が警察と親に通報してくれたらしく、ギリギリ死は免れたようだ。
親は先に意識が戻った私の手を強く握る。
生を感じた。
生きている。
よかった……
続くように横にいる彩乃の意識も戻る。
親は彩乃の方に行き、左右から思いっきり抱きしめる。
なんだ、結局いじめるつもりなんてないんじゃんと思いながら彩乃の方を見つめる。
その時に……彩乃のベットの方からある声が聞こえてしまった。
……聞きたくなかった……聞かなければ良かった……。
「あんなやつ拾ってこなければよかった……」
彼女は歩き続けている。あれからずっと。
山を越えても、谷を越えても、歩き続ける。
川を超えた時、初めて彼女は足を止める。
膝から崩れ落ちた。
みてくれてありがとうございます!




