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王子様でもメンチカツを食べます

 朝、廊下ですれ違う生徒達は一様に私の顔を見て一驚する。


「おっはよー成美っち!……ってどうしたのその顔!」


 私の姿を見つけ背後から抱きついて来た百花ちゃんが、顔を覗き込み絶句する。


「おはよ……昨日全然寝られなくてさ。あはは……」


 昨日はトンくんの正体が八城くんだった衝撃や何故もっと早く教えてくれなかったのかという怒り、この9年間で膨れ上がった理想のトンくん像と現実のトンくんとの乖離等々……

 一言では言い表せない複雑な気持ちがない交ぜになって私を襲った。

 お陰ですっかり寝不足になってしまい、メイクでは隠れない程のクマと充血した目、顔色は悪く悲惨な見た目になってしまっている。


「大丈夫なの?体支えるよー」


 ヨロヨロと歩く私を小柄な百花ちゃんが懸命に支えようとする。


「ありがとう。でももうすぐ教室だから大丈夫だよ」


 教室に入ると何人かの生徒が居る中、窓際で談笑する八城くんと純くんの姿が目に入った。


「トンくん……」


 私は無意識にその名を口にしていた。

 すると百花ちゃんは興奮した様子で私と純くんとを交互に見る。


「えっ何なに?やっぱり純くんがトンくんだったの?」


「ううん、純くんじゃなくて……」


 私はその言葉に頭を振り、八城くんの方を指差す。

 百花ちゃんはその指が差す方を見て、眉をしかめた。


「んん?純くんじゃないとしたら……えーと……まさか、八城くん?」


 コクリと頷くと、百花ちゃんは思わず「ええっ!?」と大声を上げる。


 その声に気づき、こちらを向く八城くんと目が合った。

 八城くんはこちらに近づいてきて、おずおずと声を掛ける。


「おはよう。成……安堂さん、井上さんも」


「おはよう……」


 昨日の気まずさからか私は素っ気なく返事してしまう。

 そんな私達の醸す空気を知ってか知らずか、百花ちゃんは陽気に話し出す。


「おはよー八城くん。いや……トンくんか!9年ぶりだって?まさか同じ高校に入って再会出来るなんて運命じゃなーい?」


 百花ちゃんはハイテンションのまま、八城くんの背中をバシバシと叩く。


 「あはは……そうかもね。イテッ……ちょっ、井上さん力……強い」


「何?朝から漫才のツッコミ練習でもしてるの?」


 後ろを振り返ると、今登校してきたらしい芹菜が首を傾げて私達を見ている。


「セリセリ丁度良かった!実はトンくんの正体は八城くんだったんだよ」


 百花ちゃんが後から来た芹菜に状況を説明する。


「ふーん……で?折角トンくんに会えたのに、成美は何でそんな顔してるの?」


 ドキリとする。


 今……私、どんな顔してる?


 私は八城くんに悟られまいと顔を背け、芹菜と百花ちゃんの手を引く。


「あっちで話そう?ごめんね、八城くん。また後で」


「あっ……安堂さん」


 八城くんは咄嗟に手を伸ばすが、私に触れることはない。行き場のなくなった手はゆっくりと引き戻された。



「どうしたの成美っち……トンくんに会えて嬉しくないの?」


 百花ちゃんの問い掛けに私はポツリポツリと話し始める。


「分からないの。会えて嬉しい筈なのに……それよりも何で9年も全然連絡くれなかったの?とか……突然現れたと思ったら第一声がメンチカツ買っちゃったって……何よソレ!?もっと他にあったでしょ!とか色々考えちゃって」


 止めどなく溢れてくる感情を私は吐露する。


「今までトンくんと再会する場面を何回も妄想したのに、そのどれとも違うの。全然ロマンチックじゃなかった!……何より実際のトンくんに会ったら、あれ?私がずっと好きだったトンくんってこんなだっけ?って思っちゃった……トンくんはいつも王子様みたいにキラキラしてて、背景には薔薇が飛んでる筈なのに!」


 最後の方は訳の分からない事を言っているとは自分でも思うが、少なくとも私にはそう見えていたのだ。そんな力説する私を2人は唖然と見つめる。


「な……なるほど?セリセリはどう思う?」


「思い出のトンくんを神格化し過ぎ。王子様だってメンチカツくらい食べるでしょ。勝手に期待して、勝手に幻滅して……八城くんが可哀想。ホント初恋を拗らせると厄介ね」


「ヴッ……」


 何処までも辛辣な芹菜の言葉がグサリと胸に突き刺さる。


「セ、セリセリー……止めたげて!成美っちのHPはもう0よっ」


 「そうだそうだ!」と私は涙目で訴える。


「はぁ……とにかく成美、このまま逃げてても埒があかない。1度八城くんと話した方がいい」


「確かに、それは言えてるよねー。折角会えたのに、このままじゃ絶対後悔するよ」


 2人の諭すような言葉に私は暫く唸る。


「うーん……分かったよ。頑張って話し掛けてみる」



 そう決意し、物陰からジッと八城くんを見つめるのは本日何回目だろうか……


「ねぇ、琢斗……成美ちゃん、今日凄くこっち睨んでくるけど。何か怒らせる事したの?」


「分からない……でもこれ以上嫌われたく無くて、不用意に近づけないんだ」


 八城くんと純くんの間でそんな会話をされているとも知らず、私は話し掛けるタイミングを図り続ける。



「何やってるの成美。私は話せと言ったけど、覗きをしろとは言ってない」


「分かってるよ?分かってるけど!タイミングが……」


「2人とも何やってるのー?次は体力測定だから着替えなきゃ!グラウンドに集合だよ?」


 百花ちゃんが私達を呼んだのをこれ幸いとばかりに、私はその場から逃げる。


 そんな私を芹菜が冷ややかな目で見ているが、知ったこっちゃない。




 体力測定の授業が始まり、男女で分かれてそれぞれの種目を計測していく。

 男子はハンドボール投げ、女子は50m走からのスタートだ。


「今日は暑いねー。成美っち日焼け止め塗った?貸してあげるよー」


「うん、ありがとう」


 百花ちゃんから日焼け止めを受け取り、空を仰ぎ見る。

 春の日差しとは言え、周りには何も遮るものは無く、燦々と輝く太陽は徐々に私の体力を奪っていく……

 寝不足な事も相まって一瞬ぐにゃりと視界が歪んだ気がした。


 その時、ふざけてハンドボールを投げて遊んでいた男子の集団から「うわっ」と声が上がる。


「成美危ない」


 芹菜の声に振り向くと、ボールが眼前に迫ってきていた。


 あ……ぶつかる!


 そう確信し、咄嗟に目を瞑る。その瞬間、必死に私を呼ぶ声が聞こえた。


「成美ちゃんっ!」


 バシンッ


 ボールが何かにぶつかる音がしたが、衝撃は一向に来ない。

 私はゆっくりと目蓋を開けると、目の前には八城くんが立っていた。


 もしかして……守ってくれたの?


 安心したのと同時に、意識が薄れていくのを感じる……


 八城くんが何かを言っているが、朦朧とした状態の私は答えることが出来ず、そのままドサッと倒れ込んだ。


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