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再会(琢斗視点)

 学校からの帰り道、僕はとある場所に向かっていた。幼い頃何度も通った道を、懐かしい気持ちで歩く。

 商店街を進むと、赤い垂れ幕に白字で安堂精肉店と書かれた店を見つけた。

 お肉の入ったショーケースの向こう側では成美ちゃんのお母さんが、昔と変わらない笑顔で接客をしている。


「おばさん、お久しぶりです。覚えてますか?琢斗です。」


 僕が近づき挨拶すると、おばさんは一瞬キョトンとするも、すぐに思い出したのか僕を見て破顔する。


「琢斗って……トンくん?まぁっ、こんなに大きくなって!入学式で名前を聞いた時はまさかと思ったけど、やっぱり日本に帰って来てたのね。お母さん……清香(さやか)さんはもう体調いいの?」


「はい、お陰さまで大分良くなってます。あっ、メンチカツ5個下さい」


「はいよ!1個おまけしておいたからっ」


 そう言っておばさんは、熱々のメンチカツが入った袋を渡してくれる。


「そうだ、成美とはもう話せたの?あの子トンくんに会えて喜んだでしょ?」


「あー……実はまだあまり話せてなくて」


 僕がそう答えた時、店の奥の方から「ただいま」と成美ちゃんの声が聞こえた。


「成美帰ったの?早くおいで!トンくんが来てくれてるわよっ」


 おばさんが急に成美ちゃんを呼びつけ、僕は内心焦る。


 ま、待って下さい!僕がトンくんだって成美ちゃんは多分知らないんです!


 少し小走りで駆け寄ってきた成美ちゃんは、僕の姿を見た瞬間固まる。



「え……八城……くん?」


 そこへ空気を読まないおばさんが声を掛かる。


「やぁね、そんな他人行儀な呼び方じゃなくて……昔みたいにトンくんって呼べばいいのにー」


 成美ちゃんはまだ信じられないという顔で僕の事を凝視する。

 この沈黙に僕は耐えきれなかった……


「成美ちゃん久しぶり。ほら、みて!メンチカツこんなに買っちゃったー」


 違う……!絶対それは今言うことじゃないだろ、僕!?

 そんなことよりも言わないといけない事があるはずだろう!


 僕も頭がプチパニック状態になっており、変な発言をしてしまった。


「トンくん?……本当に八城くんがトンくんなの?」


 微かに震えた声で成美ちゃんが問いかける。彼女の表情は驚きや悲しみ、怒りにも似ていたが、そのどれとも違っていた。

 僕は一気に現実に引き戻され、懸命に彼女の表情を読み取ろうとする。


「うん……そうだよ。久しぶりだね」


「学校で話してた時、私の事気づいてたの……?」


 成美ちゃんは俯きながら尋ねた。


「うん、成美ちゃんも成長して大分見た目が変わってたけど……多分そうかなって思ってたよ」


「なら、何でっ……」


 そう叫び、顔を上げた彼女の瞳は潤んでいた。


「……!」


 僕が何か声を掛けようとする前に成美ちゃんは踵を返し、静かにこう告げた。


「ごめん、突然でビックリしちゃった……今日は帰って」


「……分かった。また学校でね」


 僕はおばさんに頭を下げ、足早に店を後にした。

 


――――――――――――――――――


 ――ガラガラガラッ


「ただいま」


 かなり築年数の経った母屋の玄関引戸は立て付けが悪く、大きな音を立てて開いた。

 同時にダダダッと廊下を駆ける音が近づいて来る。


「お帰りー琢斗!」


 僕はその声の主に向かって嗜める。


「純、廊下を走ったらまたお祖父ちゃんに怒られるよ?」


「平気平気。今お祖父ちゃんは道場で稽古中だから。あれ……この匂いはもしかして成美ちゃん家のメンチカツ?」


「そうだよ。純が食べたいって言ってたから」


 そう言って僕はメンチカツの入った袋を差し出す。


「やった!丁度お腹空いてたんだ。ありがとうっ」


 純は僕の手にあった袋を受け取ると、リビングへと駆け込んだ。

 やれやれと肩を竦め、純を追いかける。


 純とは母親同士が姉妹で、謂わば従兄弟にあたる。今は母親達の実家である、祖父の家にお世話になっている。母屋の横には道場が併設されており、祖父の斎藤道山(さいとうどうざん)は柔道の師範だ。


「今日は友達と遊ぶから遅くなるんじゃなかったの?」


 僕が尋ねると、純はメンチカツを頬張りながら何でもない事のように言ってみせる。


「んー?何か飽きたし……もういいかなって。抜けて来ちゃった」


「それ大丈夫なの?皆心配してるんじゃ……」


 僕の心配を余所に、純は余裕の表情で笑う。


「大丈夫だよ。ちゃんと迷子の飼い猫が居たので、飼い主探してきます。後は皆で楽しんで。ってメッセージ送ったし」


「嘘までついて……そういうのやめなよ」


 僕の嗜める声も、咎める様な視線も純は全く気にしていない。純は昔から気分屋で、僕も大いに振り回された内の1人だ。


「俺の事はいいんだよ。で、成美ちゃんとは話したの?彼女、琢斗が昔の幼馴染みだって気づいてなかったでしょ?」


 純は興味津々とばかりに目を輝かせ、尋ねてくる。


「しょうがないよ。僕だって最初成美ちゃんの事分からなかったし。僕は昔と比べて結構体重増えちゃったからね」


 僕は苦笑しながら、ポンポンと軽くお腹を叩いて見せた。


 対して9年ぶりに見る成美ちゃんはビックリするほどキレイになっていた。

 あんなにコンプレックスに感じていた体型も今や見る影も無く、元々可愛い顔立ちだったのが痩せて更に際立っていた。


「それはアンジーの食事療法につき合ってたからだろ?琢斗の努力の証だよ」


 純は一気に真面目な顔になり、「気にするな」と続ける。


「うん……でも成美ちゃんもきっと驚いてたなぁ。何度もトンくんなの?って聞かれたし」


 僕の顔を見た瞬間、凍りついた彼女の顔を思い出し自嘲気味に笑う。


「ふーん。昔から琢斗がよく成美ちゃんの話をするから、どんな子か興味あったけど……案外普通の子だよねー」


 純はもうこの話に興味を無くしたようで、携帯ゲーム機で遊び始める。


 純はああ言うが、成美ちゃんは他人のために一生懸命になれる子だし、きっとダイエットしたのだって相当の努力があったに違いない。

 僕があの日憧れた、輝かしい姿は今も変わってないようで安心した。


「ところで、琢斗は何か部活入るの?」


 その問いかけに僕は即答する。


「うん、調理部に入ろうと思ってるよ」


 僕はアメリカでのとある出来事をきっかけに管理栄養士になるという目標が出来た。

 そのため少しでも料理に携わり、経験を増やしていきたいと思っている。


「そっかぁー。俺はどうしようかな。母さんとお祖父ちゃんからは、やることが無いなら道場に顔を出すように言われたけど……俺向いてないし」


 純のお母さん……つまり叔母さんもアメリカで柔道のインストラクターをしていたが、一から柔道を学び直したいという思いで、叔父さんをアメリカに残して日本に一時帰国している。

 純も一緒に日本へ行くと聞き、僕も成美ちゃんに会いたいがために両親を残して日本へと付いてきた訳だが……


 9年も音信不通で今さら幼馴染み面して現れても、彼女にとっては迷惑しかなかっただろうか……?



「あー!折角日本に来たのに……何か面白い事起きないかなぁ」


 純は頭の後ろで腕を組み、口を尖らせてぼやく。


「純、悪いこと考えてないよね?……成美ちゃんにちょっかい出さないでね?」


 ただでさえ今微妙な関係なのに、更に拗れては困ると純を牽制する。


「失礼だなぁ……心配しなくても、成美ちゃんに興味はないよ」


 ニコニコと笑って否定するが、逆に胡散臭い。


 はぁ……明日から成美ちゃんは僕と話してくれるだろうか。


 今日の別れ際の成美ちゃんの態度を思い出し、僕は深くため息をついた。


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