衝突
食事が済んだ後も、私と百花ちゃんはそれぞれドリンクをおかわりしてお互いの趣味の話などに花を咲かせていた。
芹菜?勿論あの後もキビキビ働いている。
「あっ、結構長居しちゃったね。これ以上は迷惑になるし、そろそろ帰ろうか」
店の時計を見ると時刻は14時を回っていた。
「そうだね。あー美味しかった。また食べに来まーすっ」
「ごちそうさまでした。じゃあ芹菜、また明日学校でね」
「毎度あり。またのご来店をお待ちしてます」
芹菜は営業スマイル全開で手を振りながら私と百花ちゃんを見送った。
帰路の途中、百花ちゃんは話題が尽きず、ずっと喋り続けていた。
しかし突然青ざめた表情でこちらを窺ってくる。
「あっ、ごめん。私うるさいよね?調子乗ってつい喋り過ぎちゃうんだ……」
「えっ?全然そんなことないよ。百花ちゃんの話面白いし、楽しいよ?」
それを聞いて百花ちゃんは「良かったー……」と声を漏らす。
「そう言えばさー、香菜さんと話してたけど、成美っちの家はお肉屋さんなんだ?」
「そうなの。他に惣菜も売ってて、看板メニューはメンチカツ。」
「そんなの絶対美味しいやつじゃん。今度絶対買いに行くねっ!あ、私の家こっち方向。成美っちは?」
百花ちゃんが歩みを止め、交差点の左側を指差す。
「うん、待ってるね。私は反対側だよ」
「じゃあここでお別れかぁ。あー、全然話し足りないよー……明日も学校でいっぱい話そ!じゃあ、またねーっ」
百花ちゃんは大きく手を振りながら遠ざかって行く。
なんか嵐みたいな子だったなぁ……
若干百花ちゃんの勢いに戸惑いつつも、彼女のペースに巻き込まれるのも悪くない気がした。
「ふふっ。楽しかったなぁ」
私はさっきまでの友人2人とのやり取りを反芻しながら、足取り軽く自宅へと歩みを進めた。
――――――――――――――――
「ただいま」
玄関を開けると、出掛けるために靴を履いているママと鉢合わせた。
「お帰り成美。丁度良かった。銀行行くの忘れてて、今から行ってくるから店番頼める?」
「うん、わかった」
私が着替えて店舗へと顔を出すと、大きな天ぷら鍋でコロッケを揚げているパパと目が合った。
しかしパパは直ぐに目線を外し、鍋の中のコロッケを凝視する。
もともと厳つい顔なのに更に眉間の皺が深くなる。
「ただいま」
「おう……」
「……」
話が続かない……
「すみません、豚のロースを3枚ください」
「はーい、376gで1055円です」
重い沈黙の中、たまに来る客の対応でなんとか間を繋ぐ。
「成美、コロッケ揚がったぞ」
「うん、こっち貰うね」
私が出来立てのコロッケを店頭に並べていると、パパがおもむろに口を開いた。
「その……どうなんだ……学校は上手くやっていけそうか?」
「え?あー……うん。芹菜とは同じクラスになれたし、新しく1人友達もできたよ」
「……!そうか。あー……もし腹減ってるならコロッケ一個食ってもいいぞ」
何故かちょっと嬉しそうなパパ。
「いいよ、売り物だし。今お腹空いてない」
そう断ると、また不機嫌そうな表情に戻り私を睨み付ける。
「なんだ……またダイエットか?くだらんな」
「そんなこと言ってないじゃん」
「いつも言ってるだろう。あれは脂質が~これは糖質が~って。我が儘もいい加減にしろ!」
「でもさっきのはダイエットじゃなくて、売り物だからって言ったでしょ。しかもちょっと私の声色を真似して言ってくる所が余計にムカつく!」
「なっ……親に向かってムカつくとはなんだ!?」
どうしていつもこうなるのか……
パパと話すと大体口論になってしまう。これが反抗期ってやつなのか……
「ちょっとあなた達どうしたの?ご近所まで声が響いてるわよ?」
ママが慌てた様子で帰ってきて、店先に顔を出す。
「ママもう店番いいよね?私、部屋戻って勉強する」
「成美、話は終わってないぞ」
「パパとじゃお話にならないから」
パパが引き留めようとするが、私は聞かずに家の中へと入る。
「何なんだアイツは!」
「それはこっちの台詞よ。何なのアンタ達……顔合わせる度に言い合いして。アナタも素直に成美が心配なんだって言えばいいじゃない」
「心……配なんてしてねぇよ」
「あらー?成美に内緒で入学式見に行ったのは何処の誰だったかしら?」
「……!成美には絶対言うなよ!これ以上嫌われたら俺は……」
最後に消え入りそうな声で呟くパパの会話は私の耳に届く事はなかった。
「もう!どうしてパパはいつもあんななのっ」
自室に戻った私は、苛立ったその勢いのままベッドへダイブする。
パパはある日を境に、過度に口出しするようになった気がする……
いつだっけ?
あれは確か……
9年前の夏祭りの日。
トンくんとお祭りに行く約束をしてたけど、トンくんは待ち合わせ時間になっても来なくて……
心配した私は家の近所やお祭りの会場である神社を歩き回った。
でもトンくんは見当たらなくて、途中で雨は降るわ、結局お祭りは中止になるわで散々だった記憶がある。
しかももう一度待ち合わせ場所に戻った私は、雨で体が冷えたままの状態で歩き疲れてその場で寝こけてしまい、風邪を引いてしまったのだ。
その後両親が探して連れ帰ってきてくれたのであろう……気がつけば自室のベッドで横になっていた。
何だか夢でトンくんの謝る声を聞いた気がしたが、何に対しての謝罪だったのか……
結局私は4日間寝込み、回復した頃にトンくんが引っ越したことをママから伝えられた。
今思えば、当時は相当パパとママに心配を掛けたよね……
その頃からだ……パパが口煩くなったの……
「ちょっと言い過ぎたかな……」
少しの罪悪感が頭をもたげる。
「トンくんに会いたいな……」
こんな時トンくんなら何て言って慰めてくれるかな……
パパには分かって貰えないけど、今までの私の頑張りを見て誉めて欲しい。
トンくん、今何処にいるの……?
トンくんのあの優しい声を聞きたい。あの太陽のように輝く笑顔が見たい……
そうすれば私のこの沈んだ気持ちも昇華されるのに。
はぁ……と大きな溜め息をつき、私は顔をベッドに埋めた。