ヤマンバギャル最強ぢゃん
開店してから2時間ほど経過し、ちょうどお昼時になった。
「お待たせしました。マリンさんの特製カレーです!」
そう言って私はお客さんの目の前にカレーの入った白いお皿を置く。
舞凛さん曰く、これにはシーフードがたくさん入っており、鼻に抜けるスパイスの香りと程よい辛さが食欲を増進する自信作だそうだ。このカレーを作るために、わざわざインドまで出向いて1年間修行もしたらしい。
「わー!美味しそう」と、お客さんは出てきたカレーを見て目を輝かせるが、私の方に視線を向けるとヒソヒソと声を掛けてきた。
「ところで……あの、カッコいい男性店員さんは居ないんですか?」
「あー……彼は今、休憩中でして。すみません」
別のお客さんからも何度も繰り返しされる同じ質問に、私は苦笑しながら答えた。
あの後も純くんがビラ配りをしたおかげもあって、店内は女性客で賑わっていた。
しかし当の純くんは先程昼休憩に入り、何やら電話を掛けながら店の外へと行ってしまったため、お客さん達はガッカリしている。
うぅ……あからさまにガッカリされてるって分かるのが辛い……
「では、また何かあればお呼び下さい。失礼します」
私はこの空気に耐えきれず、早々にその場を離れた。
「えっと、このかき氷が1番テーブルで、このカレーが……あっ、10番テーブルの人が呼んでる!と思ったら3番テーブルがお会計だ!どどど、どうしよう!」
お客さんの所から戻って来てみると、あちこちから掛かるお客さんの声に百花ちゃんが目を回しながら狼狽えていた。
「百花ちゃん落ち着いて。百花ちゃんはレジの方をお願いできる?私はホールの対応するね」
「わ、分かった!流石肉屋の娘。成美っちが居て助かったー」
私がアワアワと慌てる百花ちゃんを宥めて指示を出すと、少し落ち着いたのか百花ちゃんはレジへと向かって行った。
アハハ……誉められるのは嬉しいけど、肉屋は関係ない気がする……
「さてと、私も行きますかっ」
パンッと両頬を叩き、気合いを入れた私は料理をお盆に乗せてそれぞれのテーブルへと向かう。
流石にお昼時の店内は忙しく、もうすぐ舞凛さんの知り合いが手伝いに来てくれる手はずになっているらしいが、まだその人は現れない。
そんな中、チャラそうな見た目をした男性客3人組が店にやって来た。
1人は耳や鼻に沢山ピアスを付けており、もう1人は両腕にタトゥーを入れ、最後の1人は赤髪で目を覆うほどの長さがある前髪を掻き上げ、店内を見渡している。
「うわっ、女子ばっかりじゃん。オレら場違いな感じ?」
「いいじゃん。周りが女の子ばっかりなんてナンパし放題じゃね?」
「お前それで成功した試しねぇだろー」
ゲラゲラと下品な笑い声が店内に響き、他のお客さんも遠巻きにそのグループへと視線を送る。
「いらっしゃいませ!3名様ですか?こちらにどうぞ」
百花ちゃんがその3人を他のお客さんとは少し離れた席に案内した。
「君可愛いね。中学生?」
「え?いや……高校生ですけど……」
3人の内の赤髪の男が百花ちゃんに声を掛ける。
「ごめんごめん。小さくて可愛いかったからさー。じゃあ、あっちの子も高校生?」
そう言って赤髪の男は私の方を指差した。
「何だよ、お前早速ナンパかよ?」
「お前年下が好みだもんなー」
「いいじゃん。あの手の大人しめな子はちょっと強引に押せば案外いけるもんなんだよ」
またしても下品な笑い声を上げ、3人はこちらを品定めするような目で見てくる。
っていうか普通に会話が全部聞こえてるんですけど!
貴方みたいなチャラ男にいくら言い寄られても、誘いに乗るわけないじゃん!
私はチャラ男達の話を聞かなかった事にして、接客を続ける。
「あの、お客様……店内でそのような行為はお控え願います。ご注文がないようでしたらお引き取りを……」
百花ちゃんが困ったようにチャラ男達に声を掛けるが、彼らの行動はヒートアップする一方だった。
「何?この店は気に入らない客が居たら追い出すの?」
「それはまずいんじゃない?動画撮ってSNSに上げちゃおうかなー」
ピアスの男が百花ちゃんに向かってスマホを向けて動画を撮り始める。
「ちょっと、やめて下さい!」
百花ちゃんが手で顔を隠し、嫌がる素振りを見せた。
それを見て私は咄嗟に百花ちゃんと男達の間に割って入る。
「何してるんですか!百花ちゃん、ここは私が変わるね」
「でも……純くんも今外に出てるし、何かあったら危ないよ」
百花ちゃんが私の腕を後ろに引っ張りながら、耳元で静かに抗議する。
「危ないのは百花ちゃんも一緒だし……百花ちゃんは一応舞凛さんに伝えて来てくれる?」
私がそう言うと百花ちゃんはしぶしぶ「分かった……」っとこの場を離れた。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
私が改めてチャラ男達に向き直り、注文を聞くと、チャラ男達はさっきの事など無かったかのようにメニュー表に目を通す。
「今度は君が相手してくれるの?んー……じゃあマリンさんの特製カレー3つね」
「このマリンさんっていうのは店長さん?美人なの?」
「オレ少し厨房見えたけど、スゲエ美人がいたぜ!絶対マリンさんに間違いねぇよ!」
多分それは芹菜の事だろうが、そうとも知らずチャラ男3人組は勝手に盛り上がっている。
「マリンさんの特製カレー3つですね。お待ちください」
私は注文を厨房へ伝えるため、席を離れた。
「……!良かった、成美っち帰ってきた」
厨房の方へ行くと、百花ちゃんと芹菜が心配して、私の事を待っていた。
「成美、何かされたら言って。私がトドメを刺す……」
そう言った芹菜の手には包丁が握られている。
「ちょっ!?恐い、恐い!私は大丈夫だから、それは置いとこう?ねっ?」
どこか目が据わっている芹菜を慌てて止める。
「……冗談よ」
そう言って芹菜は厨房の中へ戻って行ったが、芹菜の冗談は冗談に聞こえない。
っていうか、トドメ……?トドメってことは、その前に誰かがあの3人をボコボコにするってこと?
私はふと隣を見てみると、両手にスプーンとフォークを握りしめ、何やらブツブツ言っている百花ちゃんが視界に入った。
「まずは腹を一突き……いや、やっぱり首かな……?最初の一撃が肝心だから……」
「も、百花ちゃーん!?ホラホラ、レジでお客さん呼んでるよ!?」
物騒な事を呟く百花ちゃんを正気に戻し、私も仕事へと集中することにした。
なるべくあのチャラ男達に関わらないように……
そう思いながらその後も他のお客さんの対応をしていると、さっきのチャラ男達が近づいてきて、あっという間に囲まれてしまった。
「えっと……お客様、何かご用ですか?」
私がそう尋ねると、赤髪の男が一歩前に出て距離を詰めてくる。
「何で全然オレらの所来てくれないのー?ずっと話したくて待ってるんだけど」
そう言って赤髪の男は全身をなめ回すように私を見下ろしてくる。
うっ……正直気持ち悪い。
「すみません。今忙しいので……」
実際に客足は途切れること無く、私達は他のお客さんの対応に追われている。
「じゃあさ、仕事の後でいいから会おうよ。連絡先教えて」
「えっ……と、今スマホも持ってないので」
こちらがやんわり断るも、尚も赤髪の男は「電話番号くらい分かるでしょ」と食い下がってくる。
「いや、ちょっと……」
こうもぐいぐい来られると、男慣れしてないことが裏目に出て、どう対応して良いか分からない。
百花ちゃんもこちらの様子に気づいたようだが、レジ待ちのお客さんの対応でコチラには来れないみたいだ。
「ホラー、仕事忙しいんでしょ?早く教えてよ」
そう言って、赤髪の男は私の腕を掴んできた。
「痛っ……」
強く手を掴まれた痛みで俯くと、自分の足が少し震えているのに気がつく。
自分よりも体格の大きい男性に取り囲まれている今の状況が、小さい頃のいじめられていた苦い記憶を思い出させる。
「や、やめてください……」
私は恐怖で唇を震わせながらやっとの思いで言葉を絞り出す。
「何?聞こえないって」
赤髪の男が少し苛立ったように耳を近づけてくるが、私は顔を真っ青にして俯いている事しか出来なかった。
「ねぇ、あの女の子大丈夫?助けた方が良くない?」
この状況に、流石に周りのお客さんもざわつき出す。
そんな時、店の扉が開いて誰かが入って来た。私はその入って来た人物を見て、安堵の溜め息を吐いた。
「トンくん……」
店の入り口にはトンくん、純くん、林くんの3人の姿があった。きっとトンくんと林くんはバイトの様子を見に来てくれたのだろう。
「え……?何これどういう状況?」
林くんは私がチャラ男達に囲まれている姿を見て、頭に?マークを浮かべる。
一方純くんはこの状況を目の前に、盛大に溜め息を吐いた。
「はぁー……折角男が近寄らないよう俺が頑張って客引きしてたのに……頑張りを返して欲しいよ」
純くんのその言葉を聞いた林くんは憤慨しながら純くんの肩を揺さぶる。
「えっ?それって純お前、お店の中にハーレム築こうとしてたってこと!?何だよソレッ……めっちゃ羨ましいぜッ!これだからイケメンは……」
「……。馬鹿はちょっと黙っててくれる?」
純くんは否定するのも馬鹿らしいという、冷めた目で林くんを見ている。
「2人とも今は漫才してる場合じゃないよ!成美ちゃん大丈夫?何か問題があったの?」
純くんと林くんのやり取りを制止し、焦った顔のトンくんが私のもとへと一目散に駆けつける。
「何だよお前?」
赤髪の男は側に寄ってきたトンくんに視線を向けると、鼻で笑った。
「この子の知り合いか知らねぇけど、おデブちゃんは黙っててくれよ」
「いや、コイツとこの子が知り合いなわけないだろー」
チャラ男3人組はトンくんの見た目を揶揄してゲラゲラ笑っている。
その態度にカチンっと来たが、トンくんは冷静なまま、私とチャラ男達の間に割って入る。
「その手を離して下さい」
「イヤだね」
赤髪の男はトンくんなど全然脅威では無いという風に、余裕の笑みでそう答えた。
「そうですか……ならしょうがないですね」
トンくんはそう言うと、私の腕を掴んでいる男の手首をそっと握る。
「あ?触んじゃねぇ……ッイタタタタッ!?」
赤髪の男は突然悶絶し始め、私から手を離した。それと同時にトンくんも男から手を離すが、さっきまで握っていた男の手首にはくっきりと赤い跡がある。
「ってめぇ……」
「暴力はダメだろ暴力はー」
「コイツその子の知り合いなんでしょ?もうこれは店全体の責任なんじゃねぇの?店長呼べよ、店長。マリンさんをよぉ!」
またしてもピアスの男がスマホで動画を撮りながら店内で声を張り上げる。
「……ッ」
トンくんは自分の行動を逆手に取られ、反論出来ずに、チャラ男達を睨みつける。しかしその背には、しっかり私を匿ってくれていた。
トンくんの様子に、勢いづいたチャラ男達は更に要求をエスカレートしてくる。
「あーあ。手首折れたんじゃね?慰謝料払えよな!」
「その前に謝罪だろ?土下座しろよデブ」
チャラ男達の暴言にトンくんはただ悔しそうに拳を握るだけだった。
「……わかりました」
トンくんは短くそう言うと、チャラ男達の前へと一歩踏み出す。
「……ッ!」
違う!トンくんが悪いわけじゃないのに……
今度は私が助けなきゃっ……
動け!動け、私の足!
しかし思いとは裏腹に、恐怖に足が震えて思い通りに動いてくれない。
この様子に他のお客さん達も困惑した顔で、どうしたものかとコチラを伺っている。
そんな中、男達の背後から忍び寄る影があった。
「ウチの従業員がどうかしましたか?お待たせしましたァー。マリンでぇーす」
舞凛さんの声に、チャラ男達はニヤつきながら振り返る。
「おっ、来たきたマリンさ――……ヒィッ!?」
振り向いた男達は舞凛さんの顔を見るなり、悲鳴を上げた。
「バ、バケモンだ!」
「山姥!?ここ海なのに!?」
「に、逃げろッ」
芹菜の姿を想像していたであろうマリンさんが全く別の姿で現れたせいで、驚愕したチャラ男達が店の扉へと慌てて向かう。しかし、丁度外からも誰かが入って来たようで……
「お待たぁー。ヘルプに来たっ……ていうか、ここに来る時ヒールが折れてサー。チョベリバなんだけどー」
そこに立っていた人物は舞凛さん同様、黒く焼けた肌に、パンダの様に目の周りを縁取ったメイク。更に額や頬にラインストーンをあしらった……
ヤマンバギャルだった。
「ギャー!?こっちにも山姥!」
「く、喰われるッ」
「ごめんなぁあさい!助けて下さいぃ」
チャラ男達は涙を浮かべ、命乞いをしながら逃げていく。
「はぁ?バケモンって失礼だよネー。この可愛さが分からないとかナイワー。芹菜、塩撒いときなッ」
「了解」
芹菜は海岸を猛ダッシュで逃げていく3人の後ろ姿に塩を投げつけた。
「成美っち!大丈夫?」
百花ちゃんがすぐさま私のもとへと駆け寄ってくる。
その声を聞いて、ようやく緊張の糸が切れたのか、その場にへたりこんでしまった。
「成美ちゃん大丈夫?」
トンくんもその場にしゃがみ、私の顔を覗いてくる。
「大丈夫……ちょっとびっくりしただけ」
「でも顔色が良くない……僕には嘘つかないで」
そう言ってトンくんに優しく両肩を掴まれる。
その肩が小刻みに震えているのに気づかれてしまっただろうか……
「ごめ……私、トンくんの事助けられなくてっ」
「あんなことがあったんだ……誰だって恐いに決まってる。その気持ちだけで十分嬉しいよ」
ヘニャリと笑ったトンくんの顔を見ると、キュウッと胸が締め付けられた……
「ありがとう、トンくん」
私がお礼を言うとトンくんは「どういたしまして」と頷く。
「ハイハイ、皆仕事に戻るよ。お客さん達スミマセンでしたァー。お詫びにジュースを1杯サービスしまぁーす」
舞凛さんが周りを落ち着かせ、事態は収拾した。
「今日は僕達失礼するね。また日を改めて来ても良いかな?」
一波乱あったし、トンくんと林くんは仕事の邪魔をしてはいけないと考えたのだろう。後日また遊びに来てくれる約束をとりつけた。
「えー……帰っちゃうの?ところで琢斗、成美ちゃんの水着姿を見ての感想は?」
「へ……?水着?」
トンくんは目をパチクリさせて、私を見る。
さっきまで、変なチャラ男達に絡まれていてそれどころではなかったのだろう。純くんに言われて、初めて私が水着姿であることに気づいたらしい。
つま先から頭の方へ徐々に視線がズレていくのが分かる。
な、なんだか恥ずかしいな……
水着は可愛いと思うんだけど、トンくんはどう思うかな……?
トンくんの反応が気になって、その顔をチラリと伺ってみる。
「え……?」
こちらが心配になってしまう程、顔を真っ赤に染めたトンくんと目が合った。
連れてこちらも頬が熱くなるのを感じる。
「どうかな?」
「…………」
私は照れながら、トンくんに感想を求めるも、なかなか返事が返って来ない。
トンくんどうしたのかな……?
「ハ……」
あ、やっと口を開いた!
「ハ?」
私はその続きを催促した。
「ハレンチだよーッ!!」
「う"っ!?」
顔を真っ赤にしたトンくんは、自分が着ていた半袖のパーカーを勢いよく脱ぎ、私にズボッと被せた後、何かを叫びながら店の外へと飛び出して行ってしまった……
ハ、ハ……
ハレンチッ!?何でぇ!?
私はあまりの衝撃に、頭が真っ白になる。
「ブッ……クククッ……アハハハッ!!流石琢斗だ。純情ボーイにも程があるでしょ」
何がそんなに面白いのか、純くんはこの日1日、私を見るたびに笑い転げた。
こうして、私の夏休み1日目が終わったのだった。




