来たれ夏休み
夏が近づき、段々と蒸し暑くなってきた今日この頃。
2時間目の授業が始まり、大津先生が教室へ入って来ると、教壇へとそのまま真っ直ぐ歩いていく。
生徒達は皆一様に、汗ばむ手を握り絞めその様子を見つめていた。
中には額に汗を滴しながら、険しい顔をしている生徒も居るが、それはこの暑さのせいだけではない。
「それではテストの結果を返却します。出席番号順に取りにきてください」
大津先生の一声により、教室の中がざわざわと騒がしくなる。
皆が順番に受け取りに行くのは、先日行われた定期考査の結果である。
出席番号2番の私も、結果を受け取りに早速自分の席を立つ。
「安堂さん、この調子で頑張ってください」
そう言って先生から渡された紙を受け取り、私は嬉々として席に戻った。
あの日パパとちゃんと仲直りできた事をトンくんに報告して、スッキリした気持ちで迎えたテスト。
学年1位とはいかなかったものの、学年で10位の成績は大健闘だったと思う。
さて、そんな定期考査も無事に終わり、もうすぐ訪れる夏休みに学生達は浮足立っていた。
「全然無事じゃないよー!あんなに皆で勉強したのに、化学のテストは赤点ギリギリだった……」
放課後の教室。百花ちゃんが今日手渡されたテストの結果を握りしめ、机に突っ伏していた。
「もうすぐ夏休みなのにお小遣い減らされちゃうよー」
「それは死活問題だね……」
私は絶望した表情で頭を抱えている百花ちゃんをヨシヨシと慰めた。
そんな私達を横目に、何やらスマホを弄っていた芹菜が口を開く。
「そんなモモチに朗報です。私の叔母が夏休み中に2週間だけ海の家を出すから、一緒に働かない?売り上げによっては給料アップの可能性アリ、休憩時間は勿論海で遊び放題、まかない付き」
「その話乗った!!詳しく聞かせてっ」
芹菜の話を聞いた百花ちゃんは目を輝かせて、勢いよく芹菜の両手を掴む。
「海かぁ、皆で遊びに行きたいな」
唯一の友達だった芹菜は店の手伝いで忙しくて、今まで長期の休み中は1人で勉強してるくらいしかやることがなかったからなぁ……
おかげで勉強は得意になったけど。
でも、今年は違う!
百花ちゃんやトンくん、純くんと友達も沢山いるし、海で遊ぶもよし、夏祭りや花火大会に行くでもよし……
考えるだけで今からワクワクしてきた!
そんな夏休みを満喫しようと意気込む私に、芹菜が当たり前のようにこう告げた。
「あ、成美は既に働く事が決まってるから。叔母さんが絶対連れてきてって言ってる」
「強制なの!?」
2人と一緒に働けるなら、全然それはいい。
だけど人の了承を得ずに勝手に話を進めていくこのスタイル……私の知る限り1人しか居ない。
「お、叔母さんって……もしかして舞凛さん?」
「そう。舞凛叔母さん」
私は芹菜の答えを聞き、頭を抱えた。
100歩譲って、海の家でバイトするのは良いとしよう。しかしこの舞凛叔母さんというのが結構な癖のある人なのだ……
「何だよ、楽しそうな話してんじゃん。バイトすんの?俺も混ぜてよっ」
私達が話しているところに、何処からともなく林くんが割って入る。
「これはお遊びの話じゃないのっ!ミッチーは単に成美っちと夏休みに遊びたいだけでしょ?」
百花ちゃんは林くんをジト目で見ながら、ピシャリと言い放った。
「なっ……!へ、変なこと言うなよなっ!俺は単に皆と過ごせたらなって……」
それを林くんは顔を真っ赤にして、慌てた様子で否定する。
「それにバイト先だって人手が多い方が良いんじゃねぇの?おーい、純、八城ー!」
そう言って林くんはまだ教室に残っていたトンくんと純くんを呼んだ。
「どうしたの?林くん」
トンくんは不思議そうな顔をして、純くんと共にこちらへやって来た。
「いやさ、実は夏休みの話してて……」
林くんが2人に先程までの説明する。
「へぇ、面白そうだね。最近柔道の練習ばっかりで息抜きしたかったんだよね。俺も混ぜてよ」
純くんはノリノリで名乗りをあげる。
芹那はそんな純くんの顔をジーッと見つめた後、ウンウンと頷いた。
「確かにアラムくんがバイトに入ってくれれば集客も見込めるかも……アラムくん、よろしく」
「ハイハイッ!富岡!俺もバイト手伝うよ」
林くんはやる気に満ちた表情で「俺も!」っと手を上げてアピールするが、芹菜はジーッと林くんの顔を見つめると、フルフルと首を横に振った。
「まぁ……お客さんとしてなら、歓迎する」
「おい、何でだよ!顔か?顔で差別すんのか!?」
芹菜に断られ林くんが吠えるが、芹菜は頑として首を縦に振らない。
「そんなに人数は増やせない。人を雇うのもタダじゃないから」
「あと1人くらいなんとかならねぇの?」
「まぁまぁ、そんなに大勢でお店に行っても、迷惑になるし……」
尚も食い下がる林くんをトンくんが宥め、渋々といった感じで林くんはバイトを諦めた。
「僕達はお客さんとして応援するよ。皆頑張ってね」
「絶対バイトが終わったら皆で遊びに行こうぜ!」
トンくんと一緒に働けないのは少し残念だけど、休憩時間には一緒に遊べるし、夏休みは長いもんねっ。
バイトの期間が終わってからでも十分時間はあるだろう。
そして遂に、待ちに待った夏休みが始まった。
夏休み1日目。空は快晴で朝から爽やかな風が吹く、絶好のバイト日和。
そして私と芹菜と百花ちゃんの3人はバイト先である海の家まで、芹菜のお父さんの車に乗せてもらっている。純くんとは現地集合の予定だ。
「おじさん、今日は車出してもらってすみません」
「…………」
私が芹菜のお父さんに話し掛けるも返事が返って来ない。
普段は厨房に籠っていて話した事はないが、遠目から香奈さんと談笑している様子を見たことがある。落ち着いた雰囲気の人で、ニコニコと香奈さんを見つめる表情は優しい印象を受けた。
あれ?聞こえなかったかな……?
「あ、あの……」
「…………の…………から…………」
……ん?
今何か聞こえた?
もう1度声を掛けようとした時、何かボソボソと話す声が聞こえた気がした。
よく聞こえなかったので、空耳かと首を傾げていると芹菜がその様子に気づく。
「あぁ……こちらこそ朝早くから舞凛の店を手伝って貰ってすまないね。舞凛の相手は大変だと思うけど、成美ちゃんの事が大好きだから会えるのを楽しみにしていると思うよ。って言ってる。ちなみに成美達が車に乗った時からずっと天気の話とか学校の話もしてた」
芹菜がおじさんの言葉を通訳してくれたようだ。
いやいや、声ちっさ!
っていうか、ずっと喋ってたのね!?
「う、嘘っ!?気づかなくてすみません!」
おじさんからずっと話し掛けられていたという事実に、隣に座っている百花ちゃんも驚いて反応する。
「私達もバイトを楽しみにしてたので、頑張ります!」
私達がそう言うと、おじさんは満足そうに頷く。
そうこうしてると、車は目的地へと到着した。
車から降りると、すぐ目の前に青く透き通った海が広がっている。夏休み中ということもあって、海岸沿いは人で溢れ返っていた。カップルや友達、家族連れ……いずれの人も思い思いに海を満喫していて楽しそうだ。凪いだ水面に太陽の光がキラキラと反射して、よりその光景が眩しく見える。
あれ?待って……
そういえば私、今まで海に遊びに来たことないかも!?
実家は自営業だからあまり家族で出掛けた経験もないし、友達も居なかった私にとって海は縁遠い場所だった。
「うわぁー!海だー!テンション上がるー!」
私が感傷に浸っていると、後ろに居た百花ちゃんが大はしゃぎで砂浜へと走って行く。
「百花ちゃん待って!まずは舞凛さんに挨拶に行かないと!」
私は慌てて、今にも海へ飛び込みそうな百花ちゃんを引き留めた。
「ちぇー成美っちはお堅いなぁ。でも休憩時間は絶対遊びに行こうねっ」
百花ちゃんはそう言って、口を尖らせ渋々戻って来る。
「フフッ、分かった。私も楽しみにしてるね。さっ、舞凛さんのお店を探そう?」
百花ちゃんを無事連れ戻し、3人で舞凛さんのお店を探す。
「えっと、店はこっちの方かな……」
海岸沿いには何軒か店が並んでおり、その中から目的の店を探す。
そして探し始めてすぐ、その中に1軒電飾や手書きの看板で装飾されたド派手な店を発見した。
「あぁ……これかな」
「すごい!この店が一番目立ってるね」
百花ちゃんはド派手な店構えに大はしゃぎで喜んでいるが、昼間でもピカピカ光るネオンが異彩を放っており、他の店と比べてもかなり浮いている。
改めて看板の文字を確認すると、”海の家マリン”と書かれていた。
「あ、叔母さん」
芹菜の声に視線を下げると、入り口からこれまた派手な格好をした女の人が出てきた。
「ちょっとヤダー!芹菜と成美、チョー久しぶりなんですけどー!こっちのちっこい子もチョー可愛いじゃーん」
そう言って近づいてくる舞凛さんの姿は、ガンガンに日焼けした肌に、目の回りと鼻筋を白塗りして強調したメイク。目が痛いほどの原色をあしらった洋服や風になびく金髪ヘアーは遠目から見ても凄く目立つ。
そう……
舞凛さんは所謂、ヤマンバギャルである。
舞凛さんの姿を初めて見た百花ちゃんは、その見た目の衝撃に口を半開きにして固まってしまっている。
そんな百花ちゃんの反応を見て舞凛さんは大笑いする。
「アハハッ!ウケるー。百花だっけ?そんなにウチの見た目ヤバイ?」
「へ……?い、いえッ……すみません!」
我に返った百花ちゃんは慌てて首を横に振り、自己紹介した。
「初めまして、井上百花です。よろしくお願いします!」
勢いよくお辞儀する百花ちゃんを見て舞凛さんはクスクス笑う。
「皆大体珍獣を見る様な目で見てくるからさーもう慣れっこっしょ。気にしないで?ウチは舞凛。気軽に舞凛さんって呼んで?ヨロシクネー」
「えっと、舞凛さんとセリセリのお父さんは兄妹なんだよね……?」
百花ちゃんは困惑したように確認する。
わかる……わかるよその気持ち!
だって物静かな見た目のおじさんとド派手な舞凛さん。2人のギャップが凄すぎる。
「そーだよ。アニキもあれで結構お喋りだし、似た者兄妹だよネー」
舞凛さんは腕を組ながらウンウンと頷く。
いや……全然似てないんですけど。
そんなツッコミを心の中で入れていると、そこに1人の人物がやって来た。
「すみません、遅くなりました。今日からお世話になります、純・T・アラムです」
純くんは急いで来たのか少し額に汗をかき、息を切らしている。舞凛さんは純くんを見ると興奮した様子で駆け寄った。
「ちょっ、マジヤバイじゃん!話で聞いてたよりイケメンじゃん」
そう言って、純くんを上から下まで舐めるように見つめる舞凛さんに純くんは苦笑いしていた。
「これは集客力見込めそう!この海の家はウチの知り合いから2週間だけ間借りしててさー。短い期間だけど、皆ヨロシク!」
自己紹介も終わり、各々の配置につく。
「百花と純はホールを任せたよ。芹菜はウチと厨房で、成美は――」
舞凛さんが私達に次々と指示を出していく。
「任せてください!調理部に入ってはや3ヶ月……部長に鍛えられた料理スキルを披露しますよ!」
私が自信満々で厨房に向かおうとすると、芹菜に全力で引き留められる。
「違うから。成美は絶対ホールだから」
「な、なんでよっ!ちょっとくらい包丁も使えるようになったのに!」
私は半泣きで抗議するも、この決定は覆らなかった……
「アハハッ……まぁ成美ちゃんの料理の腕じゃしょうがないよね」
純くんが愉快そうに笑っているのがまた悔しい。
「アタシは成美っちと一緒で嬉しいよ?ホール係頑張ろうッ」
百花ちゃんが屈託のない笑顔を向け、励ましてくれる。
「うん、百花ちゃんがそう言うなら頑張る!」
私が改めて気合いを入れていると、舞凛さんが思い出したように声を上げた。
「あ、店は10時開店だから。あとコレ制服ネー」
そう言って舞凛さんは1人ひとりに袋を手渡す。
「制服……?」
Tシャツか何かだろうかと袋の中を開けて覗いてみる。
こ、これは……!
――――――――――――――――
「やーん、皆似合ってるー!やっぱりウチの見立ては間違ってなかったっしょ!」
そう言ってガッツポーズをする舞凛さんの目の前には、先程手渡された制服……
基、水着を来た私達が並ばされていた。
「ま、舞凛さん本当にコレ着なきゃダメなんですか?」
舞凛さんから渡された水着はビキニタイプで、ピンクの小花柄がとっても可愛い……ただし見てるだけなら!
今まで友達と海やプールに行く事などしたことがない陰キャな私は、勿論人生の中で水着と言ったらスクール水着しか着たことがない。
それがいきなりビキニだなんて、ハードルが高すぎる!
何これ!?
布面積少なくない?お腹とか太股とか全然隠せないよー!
もうちょっとダイエット頑張れば良かったかな……
「成美っちはスタイル良いからよく似合ってるね。可愛い!」
私がそわそわしてるのを知ってか知らずか、百花ちゃんが私の水着姿を褒めてくれる。
そう言う百花ちゃんは、肩と太股の所にフリルのついたレオタードタイプの水着を着ている。元気な百花ちゃんにピッタリの黄色いカラーも可愛くてよく似合っている。
「これは……琢斗が見たら何て言うかな……」
何やら私を見て純くんが険しい顔をしている。
「な、何!?やっぱり似合ってない?陰キャがこんな水着着るなって事だよね!?」
私は真っ青な顔でその場にしゃがみこむ。
「インキャ……?よく分からないけど、水着は似合ってるよ」
「ほ、本当?」
私はホッとして純くんを見上げた。
純くんというと、ダボッとしたシルエットのサーフパンツに上半身は裸で、鍛え上げられた腹筋や背筋が正直目に毒だ。今も何処を見て良いか分からず、直ぐに視線を逸らす。
これはかなりの女性客が純くん目当てにお店に詰め掛ける事だろう。
「というかこの水着、恐いくらいサイズがピッタリなんですけど……」
私が疑問に思って舞凛さんに尋ねると、代わりに芹菜が答えた。
「私が叔母さんにサイズを教えたの。大体のサイズなら見ただけで分かるから」
そう言って、親指を立てる芹菜は水着姿ではなく、海の家マリンと書かれたTシャツを着ている。
「何で芹菜は水着じゃないのよ!?」
「料理するのに水着姿は危ない」
うぐっ……正論で返された。
「でもそんなTシャツがあるなら、皆それでいいんじゃ……」
「そんなのウチが水着姿を見たいからに決まってるっしょ!はい、成美は開店までにこのチラシ配って来てくれる?」
「あ、それなら俺が行きますよ」
舞凛さんは私にチラシの束を差し出すが、純くんが私の前に出てそれを受けとる。
「そう?じゃあヨロシク。ホラホラ、開店まで時間無いから皆頑張るよー」
私の抵抗も虚しく、舞凛さんはその場を解散させた。
「成美ちゃん諦めなよ。ボスの言うことは絶対だよ」
純くんはそう言って私の頭をポンポンと撫でた後、チラシの束を片手に客引きのために外へと向かってしまった。
「しょうがない……やるしかないか」
残された私達は店内の掃除をしたり、メニューの名前やレジの使い方を覚えたりとやることがいっぱいだ。おかげでその間だけは自分の水着姿の事は忘れられた。
そして、10時。開店の時間がやって来た。
店の入り口にオープンの看板を掛けていると、海の方から沢山の女性の声が近づいて来る。
声のする方を見ると、純くんを先頭に軽く10人は越える若い女性達が群れを成してこちらに歩いて来ていた。
「流石イケメン……なんかもうホストみたい……」
「成美っち何を見てるの?って何あれ!?」
私の様子を見にきた百花ちゃんも、純くんが連れてきたお客さんの多さに驚愕していた。
「はい、店に着きましたよ。成美ちゃんと百花ちゃんも皆さんを席へご案内して?」
純くんは店に着くと、慣れた様子でお客さんを席へと誘導する。
「う、うん。いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ!」
私達は言われた通り店にたどり着いた女性達を順番に席へ案内し、お冷やを出す。
「沢山注文するからサービスしてね」
「仕事が終わったら私達と遊ぼうよー」
「一緒に写真いいですか?」
注文をとって回る純くんに、お客さん達が口々に声を掛ける。それを純くんは嫌な顔ひとつせずに笑顔で対応していた。
「何だか意外……」
「そう?学校でも女の子に囲まれて、王子様スマイル振り撒いてるよね?」
私がポツリと呟いた言葉に、百花ちゃんが反応する。
確かにそうなんだけど……私が知ってる純くんはそもそも率先してチラシを配りに行ったり客引きをしたり、自ら面倒な事などしない。
「何か企んでるのかな……」
「失礼な事言ってないで、出来た料理運んでくれる?」
「わあっ!?純くんいつの間に?」
突然背後から純くんに囁かれ、驚いて距離を取る。
「3番テーブルに焼きそばとかき氷ね。俺はまた呼び込みに行って来るから」
そう言って、純くんから料理の乗ったお盆を渡される。
「でもさっき行ってくれたし、今度は私が行くよ?」
親切心でそう言ったにも関わらず、純くんは私を一瞥して盛大に溜め息を吐いた。
「はぁー……お願いだから成美ちゃんは店の中に居て」
えっ……溜め息を吐く程?
それって、私の水着姿は世間様には到底見せられないレベルって事!?
「そ、そんなに私の格好ヤバイかな!?やっぱりここ最近食べ過ぎちゃったから……」
「何でそんなにマイナス思考なのかなぁ……まぁ、いいや。とにかくすぐ戻るからお客さんの対応は頼んだよ」
そう言って純くんは、再度外へと行ってしまった。




