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父と娘 part1



 月曜日。

 土曜日に誕生日を迎え一歩大人に近づいた私は、朝早くからC組の教室の前で藤崎さんを生暖かい目で見つめていた。



「さっきから私を見て笑ってくるの何なの?気味が悪いんだけど……話って何?」


 藤崎さんは冷たい目をしてそんな私を一瞥した。しかし、そんな目で見られたって痛くも痒くもない。何故なら彼女は……


「私の誕生日プレゼントの為に、トンくんに刺繍の仕方を教えてくれてたんだって?それならそうと教えてくれれば良かったのに……変な誤解しちゃった。藤崎さん、ありがとうね」



 トンくんに聞いた話によると、藤崎さんは手芸屋の紹介だけでなく、縫い方のレクチャーまでしてくれていたらしい。


 あの時見たのはそう言うことだったのかと、喫茶店で見た風景を思い出す。



「言うわけないでしょ?サプライズだって八城くんが言ってたし……別に安堂さんの為に教えてたわけじゃないから」


 そう言うと、藤崎さんはフイッとそっぽを向いてしまった。




「本当に?私、てっきり藤崎さんに嫌われてると思ってたから、その話を聞いて嬉しかったんだけどなぁ」



 私がションボリしていると、藤崎さんは少し慌てた様に付け足す。


「べ、別に嫌ってる訳じゃない……!けど……安堂さんの事はライバルだと思ってるから」


「……!」



 藤崎さんの「嫌ってない」という言葉に気を良くした私は、笑顔で藤崎さんの手を握った。



「うん!ライバル同士、これからも仲良くしようねっ」


「ちょっと、ライバルの意味分かってる!?仲良くなんてしないってばっ」


 C組の教室の前で握手を求める私と、それを拒否する藤崎さんの攻防が続く。




「成美っちー!1限目は移動教室だから早く行かないとー」


 声のした方を見ると、廊下の向こうで百花ちゃんと芹菜が私を待ってくれていた。




「はーい、今行く!じゃあね、藤崎さん」


 私が踵を返して立ち去ろうとすると、藤崎さんが咄嗟に呼び止める。


「あっ、待って……土曜日が誕生日だったんでしょ?」


「うん、そうだよ?」


 何かを言いたそうにしているが、なかなか話し出さない藤崎さんに私は首を傾げた。



「……えっと、だから……誕生日……おめでと」


 やっと絞り出された言葉は歯切れ悪く、最後は消え入りそうなくらい小さいものだった。

 しかしライバルと言いつつ誕生日をお祝いしてくれる藤崎さんの姿が愛らしく見え、私はクスリと笑みをこぼした。



「フフッ、藤崎さん可愛い。ありがとう!」


「なっ……か、カワッ!?」


 突然の称賛に顔を真っ赤にして驚く藤崎さん。



「私が可愛いって……そんな事初めて言われた……変な子ね」


 遠ざかって行く私に向けて、藤崎さんはポツリと呟いた。






「やっと来た。成美、あの子と何話してたの?」



 漸く合流した私に、芹菜はやれやれと言う様に首を竦めた。


「ごめんごめん。誕生日プレゼントのお礼をね」


 球技大会の時のイメージが強いのか、2人とも藤崎さんと私の仲が良くないという印象を持っている。



「へぇー、なんだかんだ藤崎って子と仲良くしてるんだ?それよりさ、土曜日の夜にスマホで送って来たメッセージは何だったの?」


 百花ちゃんがスマホの画面で私の送ったメッセージを見せながら聞いてくる。



「そうだよ、聞いてよー!パパってば本当にあり得ないんだけどっ」


 私は誕生日の日の夜の事を思い出し、憤慨した。






――――――――――――――――――




 時は土曜日の夜まで遡る――


 その日は私の誕生日を祝おうとパパとママが準備をしてくれていた。




「ただいまー」


「成美、おかえり。夕御飯もう出来てるわよ。貴方のリクエスト通りのメニューね」


 リクエスト通りというのは、ママから数日前に誕生日の日に食べたい物を聞かれて、希望を伝えていたのだ。



「わぁっ、ありがとう!美味しそー……あれ?」



 食卓には私が頼んだ通りの健康的でヘルシーな料理が並んでいたが、その中に茶色い揚げ物が積まれた皿が1皿あった。



「ああ……アレはね」


 ママが私の目線に気づいて説明しようと口を開いたところに、パパがリビングへと入ってきて遮ぎる。


「やっと帰ってきたのか。折角パパ特製メンチカツも作ってやったのに、すっかり冷めたじゃないか」



 帰ってきて早々、パパのお小言にムッとする。



「私そんなの頼んでない。揚げ物は食べないようにしてるっていつも言ってるでしょ!」




 ダイエットを初めて9年……

 その間私は1回も揚げ物を口にしていない。

 大好きだったメンチカツも一切口にしなくなった私に、当初は何かの病気じゃないかと両親が心配して、病院に連れていかれた事もあった。



「琢斗くんと再会するために痩せようとしてたんだろ?ならもう会えたんだから、いいだろう」


 眉根を寄せてパパが指摘するが、私は首を横に振った。



「私はトンくんに見合う女の子になるために痩せたの。だからこの状態を維持しなきゃ」



 それを聞いたパパは吹き出して笑う。


「プッ……琢斗くんに見合うって……今の琢斗くんに見合う様にって言うなら、もっと食べて太らないとだろう。ハッハッハ!」


「は……?」



 そのパパの発言を聞いて、私は怒り心頭に発した。


「ちょっとそれどういう事!?トンくんに失礼じゃない!」


 私が声を荒げるとパパは流石に失言だったと理解したのか、ばつが悪そうな顔をした。

 その後何やら言い訳をしていたが、私は全く聞く耳を持たなかった。



 ママもこの事にはフォローしきれず、その後の誕生日会はお通夜状態だった……というのが事の顛末だ。




――――――――――――――――――



「うーん、それはパパさんやっちゃったねぇ……」


 私の話を聞いた百花ちゃんが苦い顔をする。



「本当にパパってば、デリカシーってものがないのよっ」


 思い出すとまた怒りが込み上げてくる。

 折角藤崎さんと話して、嬉しい気持ちになっていたのに……今の気分は最悪だ。



 結局この日、私は1日中鬱々とした気分で過ごした。





「今日はなんだか元気が無いみたいだけど、大丈夫?」


 帰り道、一緒に並んで歩いていたトンくんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「だ、大丈夫大丈夫!ちょっとパパと喧嘩しちゃって……モヤモヤしてただけだから」


「喧嘩?良かったら話聞くよ?」


 トンくんは私を案じてそう言ってくれているのだろうが、今回の事はとても本人に伝えられる内容ではないため、私は首を横に振った。



「そう……とにかく早く仲直り出来るといいね」


「うん、ありがとう」


 優しく微笑むトンくんに対し、私も笑顔を返す。




「あ、待ってて。信号機のボタン押してくるよ。あそこの信号長いからさ」


 そう言って少し前を駆けていくトンくんの背中に、私は小さく呟いた。


「ごめんトンくん。今回は私、暫く許せそうにないかも……」





 トンくんに私の家の近くまで送って貰っていると、店の前にソワソワした様子でパパが立っているのが見えた。




「おじさん、こんにちは」


 律儀にウチのパパに向かってトンくんが挨拶をする。

 するとこちらに気が付いたパパは、私達に近寄ってきた。



「おぅ……2人ともお帰り。成美……この前は……」



 私はトンくんの目の前で土曜日の話を蒸し返そうとするパパを睨み付け、話を遮った。


「パパ、今その話はいいから。ホラ、お客さん来てるんじゃない?」


 私は店の前に買い物客らしき人が立っているのを見て指差す。



「あ、ああ……そうだな」


 パパは何度も私の方を振り返りながら、渋々といった感じで店に戻った。




「おじさんの話聞かなくて良かったの?」


 トンくんは私とパパの様子に困惑しているようだ。



「いいのいいの。どうせくだらない話だから気にしないで?それより、送ってくれてありがとう」



 トンくんにこれ以上我が家の醜態を見せないよう、話を切り替えた。



「あんまり遅くなるとお祖父さんが心配しちゃうよ?」


「うん、分かった……今日は帰るよ。話したい事があったら、またいつでも相談に乗るからね」



 トンくんはまだ何か言いたそうにしていたが私の心情を察してか、これ以上は追及すること無く帰路に着いた。




 その後もパパとは口を聞かず、微妙な関係が数日間続いた。





 そんなある日の夜。

 テスト勉強の途中に喉が乾いて台所へ向かうと、そこにはパパが居た。



 パパは何か料理を作っていたようだが、私の存在に気づくとコンロの火を止めた。



「テスト勉強か……?」


「うん」


 少し気まずそうに質問してくるパパに対し、私は短く答える。



「そうか、もうすぐだもんな。テスト期間中も毎朝走ってるのか?」


「走ってるよ。もうすぐ夏だし、もっと頑張ってダイエットしないと」




 夏は肌の露出も増えるし、気を抜くと直ぐリバウンドしちゃうから……もっと気合いを入れないと!




 私の返答にパパは、呆れたようにため息を吐く。


「はぁ、頑張らないとってお前……少しくらい気を抜いて、飯も食わないと倒れるぞ?コレ新作のメンチカツなんだ。食べてみろ」


 そう言ってさっき作っていた物を手渡して来ようとする。


 今までにも何度も繰り返されたこの会話に、私はうんざりした。



「もういい加減にして!要らないって言ってるじゃんっ!」


 私の振り払った手がパパの腕に当たった。

 しまったと思った時には遅く、メンチカツはパパの手から落ちて床に転がってしまった。



「あ……ごめんなさ……」


 私は落ちたメンチカツを拾おうと、しゃがんで手を伸ばす。



「触るな!」


「ッ……」


 地を這うような低いパパの声にビクリとし、咄嗟に拾おうとした手を引っ込めた。



「もういい……お前の様な奴は知らん。そんなに親の言うことが聞けないなら、今すぐこの家から出ていけ」



 怒鳴るでもなく淡々と冷たく言い放たれた言葉が、パパの本気度を窺わせる。



「ッ……!分かった。言われなくても、こんな家こっちから出ていってやるから」



 売言葉に買言葉で、私もムキになって啖呵を切った。


「トンくんの事もそうだけど、パパはデリカシーが無さすぎる!どうせパパには私の気持ちなんて分からないよね。……知ってる?私小さい頃、太ってるせいで虐められてたんだよ?」



「……!」


 私の言葉を聞いたパパは目を見開く。



「皆私の容姿の事でバカにしてくるし、意地悪だっていっぱいされた。そのせいで全然自分に自信なんて持てなくて……だから私は太ってるのが凄く嫌だったの!」




 別に虐められたのはパパやママのせいじゃない事は分かってる……




「あんな体型で肉屋の娘とか、恥ずかしくてあんまり人に言いたくなかったし」



 しかし1度溢れだした言葉は簡単には止まってくれない。

 それをパパは黙って聞いていた。


「もうあの頃の自分に戻りたくないの!それなのにいっつも食え、食えって……迷惑なの分かんないの?……私の邪魔しないでよっ」


 私は息を切らせながら、感情に任せて怒鳴りつける。


「成美どうしたの?そんな大声だして……」



 寝室に居たママが私の声を聞きつけてやって来た。




「…………言いたいことがそれだけなら、出ていけ」


 パパは後ろを向いていて表情が読めない。しかしその声は力無かった。



「ちょっとアナタ……何なの?」


 状況把握が出来ないママは私に説明しろと目で訴えて来るが、私は台所を飛び出して玄関へと向かった。



「ちょっと、成美!何処に行くの!?」


「言われた通り出ていくの!」


 慌てて後を追いかけてくるママにそう言い残し、私は着の身着のまま外へ飛び出した。




「成美!待ちなさい!アナタ、あの子を止めてよっ」


 ママが私を引き留める声が聞こえたが、私は振り返ること無くひたすら走った。



 ついには誰の声も聞こえなくなり、真っ暗な中に私の啜り泣く声だけが響いていた……



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