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信じてくれる人(純視点)




 次の日、今日はお祖父ちゃんが稽古を見られないため、学校の武道場で稽古が行われた。



 俺がひたすら対人で技の練習をしていると、怪我のためマネージャー業に専念している田中くんが休憩を促してくる。


「アラムくん、今日は気合い入ってるッスね。でも少し休憩も取った方がいいッスよ」


「ああ……そうだね」




 昨日の成美ちゃんとの会話が頭から離れず、俺はムシャクシャした気持ちを体を動かす事で昇華していた。



 道場の隅に座り込み、頭にタオルを被る。出来るだけ意識を周りから遠ざけ、1人の世界に閉じ籠った。



「負けたい奴なんているわけないだろ……」


 つい口をついて出た言葉にハッとする。




 そうだ、俺だって勝ちたい……

 

 でもいくら努力したって、全てが報われる訳じゃない。

 それは嫌という程思い知らされた。


 あんなに負け続けた俺が、柔道から逃げた俺が……

 今更本気になったからって勝てるわけない。




 そんな事をぐるぐると考えていると、主将から召集がかかる。


「皆居るか?今日は後藤先生が急用で学校に居られないため、部活動はここまでとする。各自自主練や休養を取ってくれ。以上、解散」


「「ありがとうございましたっ」」



 解散した後も、殆どの生徒は筋トレや走り込みなどの自主練習を行うようだったが、俺はそんな事する義理はない。



「純はどうするの?もう少し練習するなら付き合うよ」


 琢斗が俺のもとへやって来て、練習相手を申し出る。

 しかし俺は首を横に振り、帰り支度を始めた。


「いや、今日は帰るよ。琢斗も疲れたでしょ?一緒に帰ろうよ」


「そっか、今日の純はオーバーワーク気味だったし、それがいいかもね」


 琢斗も納得し、一緒に帰り支度を始めた。




「お疲れ様でした。お先に失礼します」


 道場を出ると、入口で成美ちゃんが待ち構えていた。

 俺達が出てきた事に気がつくと、気まずそうに話し掛けてくる。


「お、お疲れ様。あの……純くん、昨日は改めて思ったら、私言い過ぎたよなって思って……純くんの気持ちも考えずにごめんなさい!」


 成美ちゃんが謝罪と同時にガバッと頭を下げる。


 俺が何も答えずにいると、琢斗はその様子をオロオロしながら見守っていた。



「過去に何があったか知らないけど、本当はまだ柔道を続けたいんじゃないかと思ったの。だから純くんにも本気になって欲しかった……さっきの稽古も見てたよ。凄かったね。きっと純くんなら――」


「……もういいよ。怒ってないから」


 俺は話の途中を遮って、別に怒っていないことを伝えた。



 すると安心したのか成美ちゃんと琢斗の表情は柔らかくなる。



「あ、そうだ。折角成美ちゃんも居るんだし、帰りにお茶していかない?」


 琢斗が空気を変えようと、提案してくる。


「私はいいけど……」


 成美ちゃんが俺の顔を伺うがうように見てくる。俺は何でもないようにニコリと笑顔を作り、「俺もいいよ」と承諾した。



「それ、自分も行っていいッスか?」


 何処からともなく田中くんが現れ、会話の輪に交ざる。


「あれ、田中くんももう帰るの?」


「自分は今日病院に行く日なんス。けど部活が早目に終わったから、予約の時間まで暇潰しがしたくて。ご一緒してもいいッスか?」


 田中くんは包帯で巻かれた方の腕を見せて笑った。


 俺達は田中くんの同行を快諾すると、成美ちゃんのオススメでカフェ・パーチェへと向かうこととなった。



――――――――――――――――――


「ここが富岡さんのご両親が経営してるカフェか」


「うん、大体放課後は芹菜もお店に居ると思うよ。……あれ、入口に何か貼ってある」



 カフェ・パーチェに着くと、入口に“本日貸し切り”の貼り紙が貼ってあった。



「えっ、今日入れないの?」


 成美ちゃんが困った顔をしていると、中から富岡さんが出てきた。


「ごめん成美。今日は団体さんの予約で席いっぱいなの」




 団体?

 確かに貸し切りとは貼り紙があったが、カフェを貸し切りにするほどの大人数の予約とは……?




 そこへガヤガヤと野太い声が近づいて来る。後ろを振り返ると、紺色のジャージを身に纏った、図体のデカイ男達の集団があった。


「あの、予約してた南陽学園(なんようがくえん)柔道部です。あ、2人遅れて来るんですけど、先に中に入っても大丈夫ですか?」


 富岡さんに向かって、集団の中から1人が声を掛ける。


「お待ちしてました。大丈夫です。中にどうぞ」



 富岡さんに促され、男子学生達はゾロゾロと店の中に入って行く。




「……南陽学園の柔道部ってもしかして」


 先程の集団が言っていた言葉を思い出す。


「そうッスね。間違いないッス」


 俺の言葉に田中くんも頷く。



「え?何かあるの?」


 成美ちゃんはその名を聞いてもピンと来ないのか、首を傾げた。


「南陽学園って言うのは、純達が練習試合で戦う相手校だよ」


 琢斗が教えてあげると、成美ちゃんは驚愕の声を上げる。



「えっ、まさにさっき南陽学園の柔道部って……じゃあ、あの人達と戦うって事!?」


 成美ちゃんの問いに琢斗が頷く。




 あまり詳しくは聞いていないが、どうやら南陽学園の柔道部にはジュニア選手権で優勝した事もある実力者が居るんだとか。

 益々、練習試合勝てるかどうか不安になってきたぞ……




「でも確か南陽学園ってここからちょっと遠いよね。何でその人達がここに居るの?しかもあんなに大勢で……」


 この疑問には富岡さんが答えた。


「アレが原因かも」



 富岡さんが1枚のポスターを指差す。

 そこには“求む、挑戦者。新メニュー超デカ盛りパフェ。完食出来ればお代無料”の文字が書かれていた。



「ウチは学生のお客さんも多いから、面白半分で頼む人が居て……それがSNSなんかで広まって、遠方からのお客さんも増えたの」


「この新メニューって、芹菜が前に考えてた……」


 成美ちゃんが尋ねると、富岡さんはその通りと言わんばかりにピースサインをしてみせる。





「吉野くん早くー。もう先輩達、中に入っちゃってるよ」


「分かってるって。せやかて、先生に雑用頼まれて遅くなったんやから仕方ないやろ」


 さっき言っていた、遅れてくる予定だった2人だろうか?

 先程の集団に居た人達より少し小柄な2人は1人が焦った様子で走るのに対し、もう1人は堂々と歩いている。



「主役は遅れて来るもんやろっ。デカ盛りパフェはワイが倒したる!」


「もー、吉野くんはまた調子良いこと言って……」



 ん……?吉野?


 俺はあの喋り方と名前に聞き覚えがあった。



 俺がまさかと思い、吉野と呼ばれた男子生徒を観察していると、向こうもこちらに気づいたのか目が合った。


「あん?ごっつ見られてると思ったら……君もしかしてアラムくんか?久し振りやなー。アメリカで会った以来やから、3年振りか?」



 やはり、間違いない!



 この吉野という男……俺が過去に大敗を喫したあの時の選手だ……



「ああ……本当だね。元気だった?」


 内心動揺が隠せないが、表には出さずいつものポーカーフェイスで対応する。


「元気元気。いやー、こんなところで再会できるとはなー。何?君もパフェ食べに来たんか?」


 吉野くんの無駄に大きい声が周囲に響き渡る。

 琢斗も、彼の存在に気づいたようだ……少し表情が固くなる。



「いや、そうじゃないけど……今日は貸し切りみたいだしお暇するよ」


「気にせんといてやー。4人くらいまだ入れるやろ?なっ、店員さん」


 田中くんが富岡さんに笑顔で尋ねる。



「相席でいいなら……」


「冗談じゃないッス!敵と馴れ合うなんてごめんッスよ!」


 富岡さんがこちらを伺ういながら答えると、田中くんが難色を示した。



「敵?何のこっちゃ?」


「あ、田中くん見て。あのジャージは今度の練習試合の相手……誠英高校(せいえいこうこう)じゃない?」


 そう言ったもう1人の男子学生は田中くんが着ていたジャージを指差す。


 誠英高校とは俺達の通う学校の名だ。



「誠英高校の……柔道部?」


 吉野くんは顎に手を当て、考え込むポーズをとりながら俺の事を見つめる。



「ワイに負けた後から全然名前を聞かんようになってしもたから、てっきり柔道辞めたんかと思ってたんやけど……違ったんやなぁ」



「……柔道は辞めてたんだけどね。今度の練習試合では、助っ人として出場するんだ」



 それを聞いて、吉野くんは笑い出す。


「助っ人?アラムくんがか?そら、よっぽど他に頼める人がおらんかったやな?誠英の柔道部も大変やなー」




 イラッ……


 それ、どういう意味だよ……



 苦い思い出だから記憶の奥底に封印していたが、段々と思い出してきた……


 この吉野って奴、悪気があるか無いかは知らないが妙に勘に触る話し方をするんだったな。

 それで余計にコイツに負けた事が許せなかったんだっけ……




 当の本人は全く悪気の無い顔をしている。



「まぁ、この分なら、今度の試合もワイら南陽学園が勝たせて貰うわ。がっはっは」




 吉野くんが豪快に笑っていると、さっきら黙って話を聞いていた成美ちゃんが、しびれを切らして反論する。


「あの、ちょっとさっきから失礼じゃないですか?」


「成美ちゃん……いいから」


 俺が成美ちゃんを止めようとするも、彼女の怒りは収まらないようで……



「だって悔しいじゃない!純くんが助っ人に選ばれたのはそれだけ実力があるって事でしょう?それに皆だってあんなに練習頑張ってるんだから、勝つのはウチの学校だよっ」


「な、なんや?この嬢ちゃんは……」


 吉野くんが成美ちゃんの勢いに面食らっていると、店の中から1人の男子学生が出てくる。



「さっきから何を外で騒いでるんですか?」


 丁寧な物言いとは裏腹に、眉間にはシワが寄っており、眼光鋭く吉野くんを吉野くんに向ける。


「しゅ、主将……すみません。ここで誠英高校の柔道部の人達と会ってしまって……」


 吉野くんと一緒に居た男子学生が慌てて弁明する。



「誠英の……?すみません、ウチの吉野が迷惑を掛けましたね」


 主将と呼ばれた男子学生は、こちらに向き直ると頭を下げる。



「主将!ワイは何もしてへんで!?」


 吉野くんが心外だと言わんばかりに反論するも、主将の鋭い一声がそれを制する。


「お前は自覚無くても、余計な言葉が多過ぎる。少しは反省しろ!」


「うッ……」


 主将の一括に吉野くんは黙ってしまった。




「では、我々はこれで失礼します。そちらの主将さんにも宜しくお伝え下さい。……行きますよ、2人とも」


「は、はい。行こう吉野くん」


 南陽学園の主将が店の中に消えると、2人も後を追いかける。




「アラムくん、また練習試合の時にな」


 吉野くんは去り際にそう言い残して店の中に入って行った。



 それを見送って、俺は盛大に溜め息を吐いた。


「ハァ……成美ちゃんが怒ったってしょうがないでしょ。何で君はいろんな事に首を突っ込んで来るかな……」


「だって純くん達が負けるって決めつけて……」


 成美ちゃんは悔しそうな表情を浮かべる。



「正直、向こうと実力差があるのは事実だよ。試合までの短い時間で、努力したからってどうこう出来るもんでもないし……」


「勝てるよ!純くん達なら絶対勝てる」




 昔に嫌と言うほど聞いた、何の確証もない口だけの励まし……




「口で言うのは簡単だよ……」


 俺はうんざりしながら、頭を振った。



「うん、それでも私は言い続けるよ。だって……信じてるから。純くんが勝てないって思っても、私はそんなこと無いって信じ続けるよ」


「……ッ」




 そんな事言って……皆結局は負ければ期待はずれだと落胆し、離れて行くんだ。




 あの時の、皆の失望に満ちた目が記憶から離れない……


「僕も信じるよ。純はそうやって自分で自分を縛りつけてるんだよ。あの時は確かに結果には繋がらなかったかもしれない……けど、純の努力は絶対ムダじゃない」




 琢斗まで……

 でも恐いんだ……


 いくら君たちが俺の努力を認めてくれても、周りは違う!

 勝つか負けるかが全てだろう?



「何3人で盛り上がってるんスか!自分達柔道部も絶対負けませんよ?練習試合は団体戦ッスよ?1人負けても、その勇姿が仲間の背中を押してくれんス。1人で勝てば良い訳じゃない、絶対全員で勝つんッス。ね、アラムくん!」




 1人じゃなく、全員で勝ちにいく……



 少し胸の中に渦巻く、不安や恐怖が薄れていくような気がした。


 3人は真っ直ぐに俺を見つめ、言葉を待っている。




 ……本当に俺に出来るだろうか?


 今回は、このお人好し達の言葉を信じてみても良いだろうか……



「分かった……もう最初から負けていいなんて思わない。出来る限りの努力をしてみるよ」



「……!うんっ!」


 俺の言葉に成美ちゃんが嬉しそうに破顔する。





 それからの俺は以前よりも真摯に練習に打ち込んだ。


「アラムくん、最近オーラが違うッスね!自分も負けてられないッス!」


「いや、田中くんは怪我してるでしょ……大人しくしてなよ」



 まぁ、こうやって夢中で体を動かしてると、余計な事考えなくて済むし……悪くないかな。



 練習試合まで後わずか……


 後悔の残る試合はしたくない。絶対、勝ちに行くんだ――





――――――――――――――――――――


 そして練習試合当日。

 今日は土曜日ということもあり、何処から噂を聞きつけたのか俺を見に来たらしいギャラリーが大勢学校の武道場に集まる。

 その中には琢斗や成美ちゃん達の姿もあった。


「純くーん。頑張れー」


「キャー!道着姿もカッコイイッ」


「アハハ……ありがとう」


 俺は辟易しながら、皆の声援に応える。





「モテ男は辛いねー」


 井上さんがニヤニヤしながら肘で突っついてくる。


「アハハ、今日出ることは誰にも言ってない筈なのになぁ……あれ、今日は富岡さん居ないの?」


 いつも成美ちゃん達3人で一緒に居るイメージだが、今日はその姿が見当たらない。俺が疑問に思って、聞いてみると成美ちゃんが困った顔で群衆の方を指差した。



「学園のアイドル、アラムくんが3年のブランクを乗り越え……今日遂に柔道の世界に復帰。皆さんその雄姿をお見逃しなく。観戦には是非ウチのカフェ特製ドリンクを片手にどうぞ。はい、毎度ありー」


 そこには饒舌な喋りと共に、道場の一角で飲み物を売り歩いている富岡さんの姿があった……




 絶対このギャラリーの多さはアレが原因だろっ!




「ちょっと、何勝手に商売してるんスか!そこー!道場の中でジュースを飲まないで下さいッス!」


 富岡さんに気づいた田中くんが、飛んでいって商売を止めさせる。




 そんな事をしている間にどうやら南陽学園の生徒達が来たみたいだ。



「うわっ、何だこの人集り」


「凄いですね……この高校にそんなに人気の選手がいるんでしょうか?」


 相手の選手達もこのギャラリーの多さに面食らっているようだ。



「どんな相手にせよ、ワイは只ぶっ倒すのみや!」


 吉野くんが腕を鳴らしながら声を発する。



「吉野くん、気合い十分だね。同じ1年で唯一、試合のメンバーに選ばれたんだ。僕達の分まで頑張って」


「任せとき!おっ、アラムくんやないか」


 こちらの存在に気づいた吉野くんが近づいて来る。



「ぎょうさん客が来とるなー。あの威勢の良いお嬢さんも来とるんかいな?確か成美ちゃん言うたっけ……」


 キョロキョロと観客の顔を確認する吉野くんに、俺は真面目な顔で対峙する。



「今日は、勝たせて貰うよ」



 その言葉を聞いた吉野くんはニヤリと口角を上げる。


「その言葉、そのまま熨斗つけてお返ししたるわ」



 お互いに不適な笑みを浮かべて睨み合う。



「まぁ、お手柔らかに頼むよ」


「はぁ?手ェ抜いて勝たせてもろて嬉しいんか?ワイには理解出来へんわ」




 ……ブチッ!



 俺の中で何かが切れた……



 誰かっ……誰か俺を止めてくれ!じゃないと今すぐコイツを殴りそうだ!


 コイツの辞書には社交辞令と言う言葉は載って無いのか!?

 なら今すぐ俺が書き足しといてやるっ!




「わー!話してるところごめんね。純、志摩さんが呼んでたよ!」


 そんな俺の心の叫びを察知したのか、琢斗が慌てて間に入る。



「……ありがとう琢斗。それじゃあ吉野くん、また試合で」


「おう、ほなまた」




 吉野くんと離れ、俺は大きく深呼吸して気持ちを静めた。


「はぁー……色んな意味で助かったよ」


「アハハ……純がキレてるのが分かったからね。でも志摩さんが呼んでるのは本当だよ。そろそろ試合も始まるみたい」


 俺は琢斗に改めて礼を言うと、柔道部の皆のもとへと戻った。



「来たか純。早速だが試合の流れを説明するぞ。試合は点取り戦で行われ、君は次鋒……2番手で戦って貰う。それが一番君にとって負担が少ないだろうからな」


 志摩から試合の概要が伝えられる。



「分かりました。相手チームの次鋒は誰なんですか?」


「確か君と同じ1年生の、吉野くんだったか。彼が例のジュニア選手権のチャンピオンか……負担に思うかもしれないが、気負い過ぎないでくれ」


 主将に肩をポンッと叩かれ、「頼んだぞ」と声を掛けられる。



「はい」


 期せずして、吉野くんとのリベンジマッチがやって来た。

 といっても、彼との実力差はこの3年で大分開いてしまっているだろうけど……


 いや、俺は1人じゃないんだ。あの時とは違う。




 いざ、練習試合が始まった――


 先鋒は2年生同士の戦いだ。

 どちらも一歩も譲らない攻防の末、判定敗けで相手のチームに1点が取られる。



「主将……すみません。勝って勢いづきたかったところをっ……」


「気にするな、これは団体戦だ……これで終わりじゃない。全員で勝ちを取りに行くぞ!」


「「はいっ」」



 早速1点を取られ、部員達の空気が重くなる。俺の番でも負け続ければ、ピンチに陥るだろう……




 嫌なタイミングで回って来たな……




「アラムくん……頼んだ」


 先鋒だった先輩が涙の浮かんだ目で訴えてくる。




 そうだ……俺もこの先輩の思いを引き継いで、勝たなきゃだよな。





 俺は頷くと、ゆっくりとした足取りで畳の上に一歩踏み出す。

 途端、昔の苦い思い出がフラッシュバックしてくる。


「アラムくん頑張れッス!」


「純くん、負けないでー!」


 部員達や観客から応援する声が飛び交うが、今の俺の耳には全然入って来なかった……



「君、ごっつ人気者やなぁ。羨ましい限りやわ」


「…………」


 吉野くんが軽口を叩いて来るが、反応出来ない俺に首を傾げる。


「なぁ、聞いてるか?……何や君顔色悪いで。大丈夫か?」


「……ッ、あぁ……うん……」



 漸く我に返った俺は曖昧な返事を返す。


 その様子を見た審判員も訝しげにこちらを伺うが、今度ははっきりと大丈夫であることを伝えると納得してくれた。



 俺達は所定の位置に立ち、礼をする。



「始めっ」


 審判員の合図により、試合が開始される。


 互いにジリジリと間合いを詰めると、先手を仕掛けて来たのは吉野くんだった。

 足を掛けられ、体勢が崩れたところをそのまま床に組敷かれる。




 ヤバッ……!



 上半身を抑え込まれ、どんどんカウントが取られていく……観客も息を呑むのが分かった。

 俺は懸命に身を捩り、なんとか脱出した。



「技あり!」


 俺はすぐに立ち上がり、間髪いれずに吉野くんと組み合う。




「純くん大丈夫かな……何だか試合前、様子が変だったけど」


「大丈夫、純を信じよう……」


 琢斗と成美ちゃんが俺を案じてソワソワしている。



 暫く吉野くんと組み合ったままでいると、今度は指導を取られてしまった。



 このままではいけないと思いながらもなかなか攻撃に踏み出せないでいると、観客の方から口々に声が上がってくる。



「さっきから相手のペースだよね」


「ねぇ……これ純くん負けちゃうの?」


「ウソー、ショックなんですけど」


「ちょっと期待外れだね……もう見てられないよ」




 観客からは諦めにも似た言葉が飛び交った。こんなに試合に集中しているのに、そんな言葉だけは鮮明に聞こえて来る……



 結局俺には勝てないのか……

 あの頃のまま、何も成長していなかった。


 俺が負けても、次が居るなら……




 俺はもう手を抜いて負けてしまおうかと諦めかけたその時――


「純くん諦めちゃダメだよ!何のためにあんなに練習してきたの!?」


「な、成美ちゃん?」


 

成美ちゃんの叫び声が聞こえた。隣に居る琢斗も急なことにビックリしている。

 それに端を発して、柔道部の皆からも激が飛んできた。


「アラムくん頑張って下さいッス!」


「諦めるな!まだ反撃できるぞ!」


「今までの練習を思い出して!」



 みんな……



「フフッ……」


「……何や?今笑てる場合ちゃうやろ、君このままじゃ負けんで?」


 苦しい状況の中、俺が笑っている事に吉野くんが疑問に抱く。



「いや……皆好き勝手に言ってくれると思わない?」


「……?何言うとるんや。これは君を応援してくれとるんやないか」



「うん……そうだね。皆が俺を信じてくれてるんだ」



 俺の目に光が宿る。


 俺を最後まで信じてくれてる人が居る……

 そう思うと不思議と力が湧いてきた。


「……ッ!?」


 先程まで不利だった形勢が一気に逆転する。




 ふと場内に設置してあるカウントタイマーが目に入る。

 試合が始まってから3分30秒が経とうとしていた。


 残り30秒……!



「そのままいっちゃえー!絶対勝てるよっ!」


 場内は歓声と熱気に包まれている筈なのに、成美ちゃんの応援がクリアに聞こえてくる。



「クスッ、本当……簡単に言ってくれるよねっ!」



 俺は全身全霊の力を込めて、背負い投げをすると、吉野くんの足が地面から離れて宙を浮く。


 そして物凄い音と共に、背中から床に落ちた――



 ――ダァアアンッ!



「一本ッ!そこまで!」



 審判員が俺側の腕を天高く掲げた――


「勝者……純・アラム!」




 一瞬の静寂の後、一気に場内が沸き上がる。


「わー!やったー!」


「純くん流石ー」


「おめでとう!」



 さっきまで諦めムードだった観客達も一転して、勝利に歓喜する。




「ハァ、ハァ……勝った……のか」


 俺は呆然と目の前で床に座り込んでいる吉野くんを見つめる。


「くっそー!今回はワイの負けや。でも、次は負けへんでっ」


 吉野くんは悔しそうに、しかし晴々とした表情でそう言った。




 練習試合の結果は3対2で俺達のチームが勝った。



 あれだけ拒絶していた柔道の試合も、いざ終わってみればあっけなかったな……




「アラムくん、今日は本当にありがとう。君のお陰で我々は試合に勝つことが出来た」


 主将が頭を下げてお礼を言ってくる。


「いえ……そんな、試合内容としてはまだまだですし……」


 俺と主将が話していると、何処からか嗚咽が聞こえてきた。



「うっ……うぅ……」


「な、成美ちゃんそんなに泣かなくても……」


 声のする方を見ると、琢斗に支えられながら泣いている成美ちゃんの姿があった。



「プッ……何で君がそんなに泣いてるのさ」


 俺は可笑しくなって笑うと、成美ちゃんは頬を膨らませてこちらを睨む。


「何で笑うのよ。純くんが……皆が勝てたことが嬉しくって泣いてるだけだよっ」


「ごめん、ごめん。でもさ、俺が勝てたのは成美ちゃんの応援のお陰だよ……ありがとうね」



 一番苦しい時に成美ちゃんの声援が何度もも俺を救ってくれたんだ……




 俺は素直に感謝の言葉を伝えた。


「……!ううん、どういたしましてっ」


 成美ちゃんは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔になった。




「みんなー!今日は祝勝会だ!応援してくれた皆の分も私が奢ってやろう」


 志摩の言葉に部員達や成美ちゃん達が歓喜する。


「ラーメンだって!行こう成美っち」


「う、うん!じゃあ、またお店でね純くん」


 井上さんに手を引かれ、成美ちゃんが遠さがって行く。




「僕らも行こうか」


 ゾロゾロと連なる集団の後ろを、琢斗と2人で歩く。



「ねぇ、前から聞きたかったんだけど……琢斗は成美ちゃんの何処が好きなの?」


「え……えぇっ!?」


 夕日の赤なのか分からないくらい、琢斗の顔が真っ赤に染まる。


「今更好きじゃないはナシだからね。見てれば分かるよ。で、何処が好きなの?」


 逃げ道を無くされた琢斗は、照れくさそうに話し始めた。



「わ、分かったよ。えっと、成美ちゃんは芯が強くて、他人の事を思いやれるいい娘なんだ。僕の情けないところも知った上で受け入れてくれたし……努力家なところも尊敬しちゃうな。まだまだいっぱいあるけど、最後に……笑顔が凄く可愛い、かな」



 琢斗は抵抗していた割に、ツラツラと成美ちゃんの好きなところを列挙する。聞いてるこちらがムズ痒くなりそうだ……



「ふーん、笑顔ねぇ……」




 やっぱり、つくづく俺達は似てないと思う。


 だって俺は……




「泣き顔も良いと思うけどねー」


 俺がポツリと呟くと、琢斗がギョッとした顔で詰めよって来る。



「えっ……何それ、どういう事!?もしかして……純もっ」


「さぁ、どうかな?」


 俺はイタズラっぽく笑うと、スルリと琢斗から距離を取ってはぐらかす。



「ホラ、琢斗。早く行かないと皆に怒られるよー」


「ちょっと、誤魔化さないでよ!純!」



 キラキラと輝く夕日を浴びて、俺達は走り出す。


 なんだか高校生活が楽しくなりそうな予感がした――




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