入学
「――新入生、入場」
司会の教員の号令で講堂の後方扉から新入生達が入場を始める。
それぞれが各自の席までたどり着き、生徒達は校長先生の有難いお言葉を聞く。
しかし今の私にはどんな言葉も届かない。
なぜかって……?
「――新入生代表、安堂成美」
「はいっ」
教員に指名された私はほぼ条件反射の勢いで立ち上がる。
……そう、私はこの高校に首席で入学し、新入生代表挨拶を任されたのだった。
いくら外見を取り繕ったって中身は所詮虐められっこ気質な私は、人前に立つのがあまり得意ではない。
「……成美ちゃん?」
この時心臓がかつてないほどのビートを刻んでいた私は、記憶の中で何回も再生したあの優しい声色で自分の名前が呼ばれたことに気がつかなかった……
入学式は無事終了し、それぞれのクラスへと別れる。私は1年A組だ。
「皆さん改めて入学おめでとうございます。これからの1年、勉学だけでなく精神面でも皆さんを支えていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
キリッと銀縁眼鏡を持ち上げながら自己紹介するのは担任の大津圭子先生。ちょっと堅物っぽい感じのする先生だけど、良い人そう……
「副担任の後藤先生は今日は急用のためお休みしています。後日また挨拶をして頂きましょう。さて、次は皆さんの自己紹介をしてもらいます。その後は諸々の連絡事項をお伝えして、解散となります。では早速ですが出席番号1番のアラムくん、お願いできますか?」
「はい」
そう言って立ち上がったのは、私の前の席に座っている男の子だった。
身長も高く、ガッチリとした肩幅。しかしウエストは引き締まっていて、スラリと伸びた四肢がスタイルの良さを物語っている。
「純・T・アラムです。アメリカと日本人のハーフです。親の転勤でこっちに来ました。昔少し日本の祖父母の家で暮らしてた事もあったけど、あまり日本での生活に慣れてないから、変なことしてたら教えてね」
えへへっと白い歯を覗かせながら爽やかな笑みを浮かべるアラムくん。ブロンドヘアにスッと通った鼻筋やパッチリとした二重、キリッと整った眉はカッコいいと言うほかない。
ちょっとクラスの女子達が浮き足立っているのが分かる。
トンくんが成長したらきっとアラムくんの様にカッコいいんだろうなぁ……
笑うと目尻が下がる所や少し猫っ毛な所などトンくんとの共通点をついつい探してしまう。
そんなことを呑気に考えていると大津先生から「次は安堂さん」と声が掛かる。
よし、まずは第一印象が大事……
私は幾度となく鏡の前で練習してきた笑顔を張り付ける。
「初めまして、安堂成美です。趣味は体を動かすことで、毎朝ジョギングを欠かさずしてます。1学期には球技大会もあるし、皆で一緒に楽しい思い出を作っていきたいです。よろしくお願いします」
「可愛いー」
「あの子、新入生代表挨拶の? 頭良いんだね」
「彼氏居るかな?」
クラスメイト達がヒソヒソと話す声が聞こえる。
私の9年間の努力は無駄ではなかった……
その証拠に誰も私のことを揶揄したり笑ったりしない。あまつさえ、称賛の言葉まで向けてくれるのだ。
昔の自分ではあり得なかったこと……
私は自己紹介を終え、ホッと息をつき着席した。
「アタシは井上百花っていいますっ! 趣味はカフェ巡りでー……」
その後も自己紹介は続き、最後の1人となる。
「八城琢斗です。えっと……僕も家の都合で昨年までアメリカに居ました。高校は日本で通いたかったので、帰って来られて嬉しいです。よろしくお願いします」
八城くんは柔和な笑顔を浮かべ、ペコリとお辞儀した。
「はい、ありがとうございます。皆さんはこれから学舎を共にする仲間です。友に囲まれ、楽しいことも苦しいことも様々な経験をし、より一層成長してくれることを願っています。では連絡事項ですが――……」
――キーンコーン カーンコーン……
校内にチャイムが鳴り響く。
「……あら、もう時間ですね。最後に、部活動の見学は明日から可能です。部活動は強制ではありません。入部希望者は入部届けを私の所まで取りに来てください。」
文武両道を謳う進学校もあるが、うちの学校はあくまで学生の自主性を重んじる校風らしく、勉学に重きを置く生徒、部活をしている生徒は半々といったところだ。
「明日からの日直だけど、出席番号順でいいかしら? アラムくん、安堂さん頼める?」
「「はい」」
私達は同時に答える。
「成美ちゃん、よろしくね」
アラムくんが後ろを向いてウインクしてくる。
それは反則過ぎる! 顔面偏差値高過ぎ!
しかもいきなり名前呼びなんてコミュ力も高すぎるよ! 流石帰国子女……
「それでは今日はこれで解散します。寄り道しないで帰るように。」
大津先生がそう言って教室を出ていく。
途端教室は生徒達の話し声で賑やかになる。
「成美、帰ろ」
後ろからそう呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、中学からの見知った顔が立っていた。
「芹菜ー! 一緒のクラスになれて嬉しい!」
私は親友こと富岡芹菜に飛びついた。
……が、見事に躱される。ひどい!
「ワタシモウレシイヨ。ほら、早く帰ろ」
「棒読みにも程があるよ! それに帰宅願望が強すぎない?」
「今日は学校お昼までだから、午後から店の手伝いができる。いっぱい稼がないと…… 成美もお金落としていってくれる?」
芹菜の両親はカフェを営んでおり、彼女も休みの日や放課後に店を手伝っている。
このお金にがめつい性格とは裏腹に、切れ長の瞳に陶器のようにツルすべの白い肌、胸元までで綺麗に切り揃えられた濡れ羽色の髪は人形と見間違う程完璧で美しい。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とは正に彼女のこと。
……黙っていれば。
「あ、成美も店の手伝いしてくれてもいいよ。勿論ボランティアで」
もう一度言おう……
黙っていれば!
「セリセリのお家はお店やってるの? アタシも行ってみたーい」
何処からともなく声がする。気が付けば私達の輪の中に背の低い女の子が立っていた。その低身長を補うかの様に髪を高くツインテールに結い上げ、クリクリとした可愛い二重が特徴のこの女の子は、私の後ろの席の……
「井上さん!?」
「……冷やかしなら来ないで」
芹菜が井上さんを一瞥し言い放つ。
昔から芹菜は気を許していない相手には冷たい所がある。
「せ、芹菜! いきなりそれは井上さんに失礼じゃ……」
しかし井上さんは笑顔を崩さず、続ける。
「あははっ。セリセリおもろ~あ、井上じゃなくて百花って呼んでよ成美っち。モモチでもいいよ~」
な、成美っち……?
変なあだ名つけたり、急に会話に入って来たり、芹菜の塩対応にも動じない……
この子、メンタルお化け……!?
「2人ともスッゴく可愛いからさ、友達になりたくってー。勿論、お金落とすよ?」
百花ちゃんは手でマネーサインを作り、ニッコリ笑う。
「よろしく、モモチ。ウチは駅前でカフェをしてるの。お勧めは15時の贅沢アフタヌーンティーセット。」
「わーいっ。もしかしてあの駅前のオシャレなカフェ?一回行ってみたかったんだー」
芹菜はマネーサインを見るなり、百花ちゃんがお店に同行することを快諾した。
しかもお店で1番高いメニュー勧めやがった……
「成美、早く行こ」
「行こー行こー!」
こうして私達3人は芹菜の両親の経営するカフェへと行くことになった。