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純くんの素顔


 放課後の教室。

 窓の外からは生徒達が笑い合う声や部活動に励む声が聞こえてくるが、ここは場違いな程静まり返っていた。



 教室の中には私と純くんの2人きり……

 私は目の前の出来事に唖然とし、暫く言葉を失う。




 先にその静寂を破ったのは純くんだった。


「成美ちゃんさぁ……本当、間が悪いよね」


 そう悪態をついた純くんが、ゆっくりとこちらに向かって来る。



「純くん、どうしたの?いつもと何か違うよ……?」


 私は目の前の純くんに、動揺を隠せない。

 近づいてくる純くんに対し、ジリジリと後ずさる……しかし背後にはすぐ壁があり、退路を塞がれてしまった。


 咄嗟に横に逃れようとするが純くんは両手を壁につき、私を腕の中に閉じ込めた。

 その威圧的な雰囲気に、私は小さくなって下を向く。




「いつもって何?成美ちゃんが俺の何を知ってるの?」


 普段の明るい笑顔は見る影もなく、冷たく吐き捨てる。




「わ、私の知ってる純くんはあんな事しない!」


 私はゴミ箱を指差し、咎める様な視線を向ける。

 その態度に純くんは顔をしかめ、やれやれといった風に首を振った。



「だって考えてもみなよ……知らない人から貰った食べ物なんて気持ち悪くて食べられないでしょ?」


 さも当然だと言わんばかりの態度で、こちらに同意を求めてくる。



「そんなっ……あの子は純くんを思って渡してくれたのに」


 私が反論すると、純くんは眉間の皺をより深くする。


「またそれだよ……相手が可哀想とか、嘘は良くないとか、琢斗もよく言ってくるけどさ……そういう綺麗事、もう聞き飽きたよ。……そもそも俺は断ったけど、あっちが勝手に押しつけてきたんだし」


 純くんは開き直った様子で続ける。


「そんなに言うなら、君があそこから拾って食べてあげれば?」


 純くんが右手で私の下顎を掴み、グイッと上を向かせる。




 まるで知らない人が目の前に居るようで、何だか恐い……




「は、離してっ」



 私は恐怖を打ち消すように、涙目でキッと睨みつけた。



 すると純くんはクスリと笑い、愉しげに私の顔を覗き込む。



「良いねその顔。もっと泣き顔も見てみたくなる」


 そう言って、純くんはゆっくりと顔をこちらに近づけてくる……



「ッ……!」



 眼前に純くんの顔が迫って来て、鼻先が触れそうになる。



 へっ?もしかして……これってキスされちゃう!?

 ダ、ダメッ……!



 突然の純くんの行動にパニックになりながら、咄嗟に目を瞑る。




 ――ガラガラガラッ


 お互いの唇が触れそうになったその時、教室のドアが開く音がする。



「何してるの?……純」


 見るとそこには、トンくんが恐い顔をして立っていた。



「トンくんっ……」



 その姿を見た途端、張りつめていた緊張の糸が切れる。


 トンくんはこちらに歩み寄ると、私から純くんを引き剥がした。そして私を背に庇って、純くんと対峙する。




「もう一度聞くけど……成美ちゃんに何してたの?」


 いつもより低く唸るような声に、トンくんの怒りが伺えた。




「別にお喋りしてただけだよ?嫌だなぁ、恐い顔しないでよ」


 純くんはさっきとは打って変わって、笑顔を見せる。



「俺、ごみ捨て頼まれてるんだよね。もう行かないと……ホラ成美ちゃん、忘れ物はいいの?」


 純くんが一歩下がると、トンくんはそれ以上追及する事はなかった。




 私は急いで、自分の机の中に忘れていたスマホを取りに行く。


「あ、あった!」



「見つかって良かった。……もう行こう成美ちゃん」


 トンくんが私の手を引いて教室の出口へと向かう。


「うん……」


 私はなされるがまま、トンくんに付いて教室を出る。その間も純くんはニコニコと笑顔で手を振っていた。




 教室から離れるとトンくんは振り返り、心配そうな顔で私の両肩を掴む。


「大丈夫だった!?ごめん、僕も最初から一緒に行っていれば良かった……」


 悔しそうに呟くトンくんに、私は首を振る。


「ちょっと恐かったけど、トンくんが来てくれたから大丈夫。ありがとう」




 トンくんはハァーっと大きく息を吐き、脱力した。



「なら良かった……さぁ、林くん達も待ってるし、行こうか」


「あ、待って……さっきの純くん、いつもと様子が全然違ったけど……アレが純くんの素顔なの?」



 先程の冷たい態度を取る純くんの姿を思い出して私が尋ねると、トンくんは少し躊躇いがちに話し出す。


「えっと……普段ああいう素の姿は、僕の前でしか見せないんだ。昔はそこまでじゃなかったけど、ある時から純は僕以外の前では良い子の姿を演じるようになったんだ……」




 なるほど……けど私には貰った差し入れを捨てるところを見られてしまったから、素顔を隠す必要が無くなったという訳か……




「純なりの処世術なんだと思う。ごめん……僕が教えられるのはここまでかな」


 トンくんは困り顔で謝罪する。



「ううん、いいの。ごめんね、込み入った事を聞いちゃって」



 本人抜きで、詳しい事情を勝手に聞くわけにもいかず、この話はここでやめにした。




 この後私達はカフェ・パーチェで皆に合流したが、私の頭の中は先程の出来事でいっぱいだった……





――――――――――――――――――



 翌日、トンくんは日直のためいつもより早めに学校へ行ってしまい、私は1人で教室の扉の前に立っていた。

 純くんに会ったらどんな反応をしたらいいのか……迷いながら教室の扉を開ける。



 教室に入るなり、私はキョロキョロと純くんの姿を探した。

 すると、いつものように笑顔でクラスメイトと話している純くんを発見した。



 途中で目が合った気がしたが、すぐに逸らされる……


 と思ったらクラスメイトに何やら告げて、こちらの方に歩いてきた。



 咄嗟に身構えるも、純くんは何も無かったかのように笑顔を見せ、挨拶してくる。


「おはよう、成美ちゃん。昨日はお疲れ様」


 純くんがいつも通り過ぎて拍子抜けしてしまい、数秒間言葉を失う。


「……あ、うん。……おはよう」




 昨日までの私ならこの笑顔に癒されていただろう……

 今でも、昨日の事は夢だったんじゃないかと思ってしまう程だ。



 すると私の様子にプッと純くんは吹き出して、耳元に口を寄せる。


「そんな間抜け面してどうしたの?……あ、もしかして実は昨日、俺とキスしたかった?」


「なっ……!」



 純くんの言葉に私は顔を真っ赤に染める。


 声にならない声を上げ、純くんをキツく睨んで反論した。



「ハハッ、ごめんごめん冗談だよ。ホラ、俺なんかよりさ……アレ放っておいていいの?」


「……?」



 純くんの指差した方を見てみると、教室の一角にガタイの良い男子生徒の集団が居た。

 よく見ると、その集団に囲まれ、トンくんが困ったようにチラチラこちらを気にしている。


 集団の中には、上履きの色からして2、3年生も混じっていると分かる。

 上級生も居るためか、周りのクラスメイト達もその様子を只遠巻きに眺めていた。



 何あれ!

 複数人で寄ってたかって、恥ずかしくないの!?

 とにかく、トンくんが困ってる……助けないと!



 昔、3人組の男の子達に虐められていた苦い記憶が甦る……



「ちょっと、トンくんに何を――」



 私がその集団に詰め寄ると、さっきまでトンくんを囲んでいたが高い壁が、一斉に低くなる。



「お願いだ、八城……いや、八城さん!我々を助けると思ってっ!」


「「お願いしますッ」」



 へ……?



 なんと、男子生徒達はトンくんに向かって土下座しだしたのだ……



「だから困りますって!頭を上げてください!」


 トンくんが必死に皆を立たせようとする。



「ど、どういうこと……?」


 私は謎の光景に首を捻った。



「成美……こっち」


 芹菜が手招きしながら私を呼ぶ。

 横には百花ちゃんも居り、トンくん達の様子を笑いを堪えながら眺めていた。


 私は2人に駆け寄ると、状況を聞く。



「あれは何が起きてるの?」



「いや……アタシ達もよく分からないけど、あの人達は柔道部の人達らしいよ?」


「八城くんに、練習試合に出て欲しいって頼んでるみたい」



 柔道部?確かに前に聞いた話では、トンくんのお祖父さんは柔道の師範で、トンくんも稽古してたって言ってたな……



「後藤先生から聞いたッス!先生が通ってた道場の師範の孫が居るって……それって君の事ッスよね?」


 左腕に包帯を巻いた、同じ1年生の柔道部員が一歩前に出る。


「恥ずかしながら我が部活は総勢5人……ご覧の通り1年生の田中(たなか)は腕を怪我してしまって、今度の練習試合に出られないんだ」


「ウッス……面目無いッス主将……」


 田中くんは半泣きになりながら項垂れる。



「なんでも、君の段位は一級らしいじゃないか。十分即戦力になるだろう……この通りだ、我々に力を貸してくれまいか?」



 主将と呼ばれた生徒はもう一度トンくんに頭を下げた。



「いや、だから無理なんです。……多分それ、僕じゃないので」


 トンくんが申し訳なさそうに、それは自分の事ではないと否定する。



「どういう事だ……?」


 柔道部の面々はお互いに顔を見合わせる。


「えっと、それは……」


 トンくんは言い淀んだ。




 師範の孫で、柔道をしていた人物……でもトンくんではないとすると――




 私は頭の中で思案し、その人物にピンとくる。



 それは、トンくんの従兄弟である……


「もしかして純くんの事?」



 私の発した言葉が、柔道部の人達のもとまで届いたようで、「純?ソイツは誰だ?」と皆が純くん探しを始める。



「成美ちゃん……」


「っ!?」


 背後から地を這うような声が聞こえ、私はビクリと飛び上がる。

 振り返るとそこには笑顔で微笑む純くんが居た。



「……ちょっとこっち来ようか?」


「ヒィッ……」



 あの……純くん、また目の奥が笑ってないんですが……



 芹菜と百花ちゃんに助けを求めるが、2人とも「諦めろ」と目で訴えていた……




 柔道部員達の目を掻い潜り、私は空き教室まで連れて来られた。



「何なの君?俺に恨みでもあるわけ?」


 昨日と同じように純くんと壁の間に挟まれ、冷たく見下ろされる。


「あ、ありません……」


 私はまたその威圧感に縮こまった。



「面倒臭い事に俺を巻き込まないで貰える?本当に迷惑……」


「面倒って……一度くらい練習試合に出てあげたらいいのに……」



 何もそこまで言わなくても……っと口を尖らせる。



 純くんは一瞬目を伏せると、ポツリと呟いた。


「……。俺はもう柔道はしない」


「何で?前にトンくんに聞いたときは凄く強かったって聞いたよ?」



 私が疑問をぶつけると、純くんはウンザリした様子で溜め息を吐く。


「柔道はもう飽きたんだよ……俺が道着に袖を通すことはこの先も一生ない。成美ちゃんが俺の事バラしたんだから、責任とって柔道部の人達に断っといてね」


 そう言うと純くんは教室とは違う方向に歩き出す。



「どこ行くの!?もう朝礼始まるよ?」



「気分じゃなくなったから帰る」


 純くんは片手を振りながら廊下の先へと消えてしまった。




 何でそんなに柔道を拒むのかな……?



 私は疑問に思いつつも、予鈴のチャイムが鳴ったため急いで教室へと戻った。





――――――――――――――――




 休み時間、柔道部の田中くんがトンくんを訪ねて1人で教室へやって来た。



「八城くん、純って人に取り次いで貰いたいんスけど……」


「あー……純は今日早退しちゃったからなぁ」


 トンくんは困ったように頭をポリポリと掻く。



 その会話を聞きながら、何だか話をややこしくしてしまった責任を感じた私は会話に混じる。



「あの……純くんは柔道はもうしないって言ってたから、説得は難しいかもしれないよ……?」


「それでも直接話をさせて欲しいッス!自分が怪我したせいでこんな事になったので……せめてもの力になりたいんッス」


 田中くんは深く頭を下げ、必死に懇願する。

 その様子を見たトンくんは根負けした様に「わかった」と呟き、放課後トンくん達の家に同行する事を許可した。




「トンくん、私も一緒に行っていいかな?」



 説得なら多い方が良いだろうと私も願い出るが、トンくんは良い顔をしなかった。


「あまり成美ちゃんは純に関わって欲しくないんだけど……」



 すると、私達の話を聞いていたらしい百花ちゃんと芹菜が割って入ってくる。


「何なに?面白そうな事話してるじゃん!アタシ達も行きたーい!ねっ、セリセリ?」


「私は別に……」


 「もー!連れないなぁ……」と百花ちゃんが頬を膨らます。



「あの……百花ちゃん、遊びに行くんじゃないんだよ?」



「分かってるって!純くんに練習試合出てくれるよう説得するんでしょ?」


 百花ちゃんは腕捲りをして、自信満々そうに言った。



「感謝するッス。もし説得に成功したら、何かお礼をさせて欲しいッス」


「そういう事なら任せて」


 田中くんの言葉に、芹菜もやる気になってしまった……



「よーし、純くん説得し隊の結成だねっ」


「頼もしいッス!」


 トンくんの許可がおりる前から、百花ちゃん達は勝手に盛り上がってしまっている。



「はぁ……わかった、もうどうにでもなれだ。皆で純の説得に行こう……」


 頭を抱えたトンくんが投げやりに答えた。



 斯くして大所帯となった純くん説得し隊は、放課後にトンくん達の家にお邪魔する事となったのだった……

 

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