楽しんだもん勝ち
球技大会当日――
空には青空が広がり、絶好の球技大会日和だ。
体育館では全校生徒が一同に集まり、開会式が始まった。
「僕達はスポーツマンシップに乗っ取り、最後まで全力で――……」
生徒会長の選手宣誓の後、各チームの代表が前に出て、クジでトーナメントの対戦相手を決定していく。
「ミッチー頼んだよ!」
「上級生とだけは当てないでくれ……」
皆、口々に林くんを送り出す。
壇上の方では次々と対戦相手が決まっていき、その結果に生徒達が一喜一憂している。
そんな皆の様子を見ていると、肩を叩かれ声を掛けられる。
視線を向けると、そこには壇上の方から戻って来たらしい純くんの姿があった。
「やぁ、成美ちゃん。毎日練習頑張ってたんだって?試合が楽しみだね」
「うん、トンくんも皆も頑張って練習してきたからね。絶対勝つよ!」
私は気合い十分とガッツポーズをしてみせる。
それを見て純くんはクスリと笑った後、私の頭を軽くポンポンと撫でる。
「試合の時間が被ってなければ応援に行くよ。じゃあ、頑張ってね」
「う、うん。私も純くんの応援行くねっ」
純くんは手を振りながら、颯爽と立ち去って行った。
ヒャー!イケメンの頭ポンポンはエグいって!
私が内心悶えていると、トンくんが近寄って来た。
「……さっき純と何話してたの?」
「え?あぁ、純くんバレーの応援に来てくれるって言ってたよ。頑張ってだって!」
私は言われた通りの言葉を伝えると、トンくんは微妙な表情になる。
「そっか……あ、僕らの対戦相手が決まったみたいだよ」
「え!どこどこ?」
私は壇上に貼られたトーナメント表を見る。
「1年C組……藤崎さんの居るチームだね」
あのチームか……!
偶然か必然か……私達の初戦は、あの練習の時に対峙した藤崎さん達のチーム。
「これは、益々負けられないね!」
「うん、林くんや井上さん達も張り切ってるよ」
そう言ったトンくんの表情がなんだか暗い気がした……
「トンくん、何か――」
「おーい、2人とも!こっちで円陣組もー」
私がトンくんに声を掛けようとした時、百花ちゃんが私達を呼んだ。
「はーい、今行くー!……行こっか?トンくん」
「あっ……待って成美ちゃん」
私が皆の元へ駆け寄ろうとすると、トンくんに引き留められる。
「どうしたの?」
「あー……えっと……」
私は首を傾げながら振り向くと、何やらトンくんがソワソワしながら片手をこちらに伸ばした。
しかしその手はしばらく宙を彷徨った後、何をするでもなくそのまま引き戻された。
……?
「えっと、だから……今日は目一杯、楽しもうね!」
そう言うと、トンくんは自分の両頬をパシンッと叩いて気合いを入れた。
その表情からは先程の暗さは一切感じられない。
良かった……いつものトンくんだ。
「うん、私も全力を出すよ。一緒に楽しもうっ!さっ、皆の所へ行こうか」
「うん」
私達は揃って皆の元へと向かった。
……………………………………………………
ピィー!
「試合終了!3年A組の勝ち!」
ホイッスルが鳴り、第2試合が終わったことを告げる。
私達の試合は第3試合なので、急いでコートへと整列する。
「そういえばお前の名前を聞いてなかったな。俺は林。林通孝だ」
林くんは例のC組の長身の男の子に対して、自己紹介する。
「オレは将来、バレー部のキャプテンになる男(願望)……高田浩二郎だ。覚えておくといい。……フンッ、まさかお前らと試合とはな。この勝負、勝ったも同然だな」
高田くんは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「まだ分からねぇだろ!こっちには秘策があるんだよ!」
「何だとぉ?」
林くんと高田くんがネットを挟んで睨み合う。
そんな中、藤崎さんがこちらに向かって声を掛けてきた。
「安堂さん、この勝負に私が勝ったら……お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「お願い?私に出来る事なら大丈夫だよ?」
藤崎さんは真剣な表情のままコクリと頷いた。そしてそのままトンくんの方を向くと、胸の前で両手を重ねた。
「八城くん。私も今日に向けてたくさん練習してきたの……私の頑張り見ててね!」
彼女はそう言い残すと、チームメイトのもとへ帰っていく。
「何なに?藤崎さんだっけ……前にも思ったけど、成美っちと琢斗トンに対する態度が違い過ぎない?」
私達の会話を聞いていた百花ちゃんが、側に来て耳打ちする。
「うーん……そうなんだよね。多分なんだけど彼女、トンくんの事が気になってるみたい」
私も耳元で囁くと、百花ちゃんは声を大にして驚く。
「えー!ウソ!?ということは成美っちのライバルじゃん!」
「シー!百花ちゃん、声大きいよ!それにライバルって……そんなんじゃないよっ」
私は慌てて百花ちゃんの口を塞ぎ、トンくんに聞かれていないか様子を窺った。
「どうしたの2人とも?」
トンくんは不思議そうにこちらを見ている。幸いトンくんには聞かれていなかったようだ……
「おいおい、もう試合が始まるぜ?早く位置につけって」
林くんに急かされ私達はポジションへとつく。
今大会のルールでは、コートに出られる選手の数は6人、控え選手との交代は自由に行える。1セット25点制で、予選では1セット先取、準決勝・決勝では3セット先取で勝利となる。
つまりこの戦い……1発勝負、負ければ即敗退!
折角皆と練習したんだもん……1試合で終わるなんて嫌だ!
ピィー!
試合開始のホイッスルが鳴る。
まず初めのサーブは芹菜だ。
「芹菜、頑張れ!」
「富岡!かましてやってくれー」
「……そんな事言われても」
練習の時から、私達とは圧倒的な温度差がある芹菜……
練習でも殆んどサーブが相手コートに届く事はなかった。
これはダメか……と思われたその時、百花ちゃんが芹菜に叫んだ。
「セリセリー!この試合で勝ったら、学食のとろける黄金プリン奢ってあげるよー!」
その言葉を聞いた瞬間、芹菜の目がカッと開いた。
百花ちゃん……段々芹菜の扱い方が分かってきたな。
「モモチ、その言葉忘れないで…………ハッ!!」
芹菜は高く上げたボールを力いっぱい打ちつける。ボールはネットを越え、高田くんの目の前に飛んでいく。
「こんなボールを取るなんて朝飯前だ!」
高田くんがニヤリと笑ったその時、ボールは高田くんの手前で垂直に落下した。
「な、何だと!?一体何をしたんだ!?」
そんなの私が聞きたい。一体何が起きたの?
「凄いじゃないか!よーし、なら先生も勝ったら皆にジュースを奢ってあげよう!」
外野で応援していた志摩先生が更に報酬を吊り上げる。
「これなら勝てるかもしれねぇ……次も頼むぜ、富岡!」
林くんも大興奮で応援する。
「優勝は無理かもしれない。けど、プリンとジュースは……私のものだっ!」
芹菜は先程同様にボールを高く上げ、思いっきり腕を振った――
ヒュンッ………………ポトッ
しかし芹菜の手は無情にも宙を切り、ボールはその場に落ちてしまった……
「…………」
シーンと静まり返る会場。
二兎追うものは一兎をも得ずとはこの事か……
「ド、ドンマイ富岡さん!まだまだこれからだよ!」
トンくんがこの冷えきった空気を変えようと、声を出す。
「そ、そうだね。まだ同点なんだから、切り替えて行こう!」
私も必死に芹菜を励ました。
そうこうしている間にも試合は進んでいく……
次は高田くんのサーブだ。
「初めに謝っておくよ。実力が違い過ぎて手も足も出ないだろうから。いやー、悪いなぁ」
「ぐぐっ……アイツ……いちいち癇に触る奴だな!」
林くんは顔を真っ赤にして怒る。
「ソレッ!」
バシィインッ!
高い打点から、豪速球が飛んでくる。それは見事に私達の間をすり抜け、地面へと落下した。
「こ、こんなの取れるわけない……」
チーム内に動揺が走る……
「もういっちょ……ソレッ!」
バシィインッ!
「ダメ!間に合わないっ……」
2球目もあまりの球速に、ボールに触る前に落ちてしまった。
「ハッハッハ、このままだとサーブだけで試合が終わりそうだな」
「クソォ……」
余裕の笑みを浮かべる高田くんに、林くんが歯を食い縛る。
「もう1点貰ったぜ!ソレッ!」
「負けてたまるか!……オリャッ」
少しサーブを打つタイミングがズレて、先程より球速が緩くなったボールを林くんが打ち上げる。
しかし力強く放たれたボールは思うように前に飛んでくれず、後ろへと軌道を描いて飛んでいく。
「まだまだぁ!」
コートから飛び出したボールを百花ちゃんが必死に追いかける。
「百花ちゃんナイス!」
そして百花ちゃんがなんとか打ち返したボールを、私が相手コートに入れた。
「チッ……返されたか」
「高田くん、気を緩め過ぎよ」
悔しそうに舌打ちする高田くんを藤崎さんが嗜める。
「次は俺のサーブだ!」
林くんが気合いを入れてサーブするも、流石はバレー部経験者が4人も居るチーム……
いとも簡単にボールを取られ、相手の強烈なスパイクが地面に突き刺さる。
その後もなかなか手出し出来ずに点差が開いていく一方で……
「このままだと負ける。八城……行けるか?」
林くんが小さな声でトンくんに確認する。
トンくんがコクリと頷くと、皆の目つきが変わった。
「何だ……?何か企んでいるみたいだが、そんなのねじ伏せてやるぜ!藤崎、やってやれ」
高田くんは余裕の表情のままだ。
「ちょっと高田くん……その悪役みたいな台詞やめてよ……ねっ!」
そう言いながら、藤崎さんが打ったボールは速いスピードで私の方へ向かってくる。
バシンッ――
何とか打ち返そうとするも、私の腕に当たったボールは後ろへと飛んで行ってしまった。
「やった……八城くん、見ててくれた?」
藤崎さんはトンくんを確認するも、当のトンくんは私に駆け寄って声を掛ける。
「凄い音がしたけど大丈夫?惜しかったね、もう少しで打ち返せたのに……」
「ありがとう、大丈夫だよ」
「ちょっと2人ともー。こんな時にイチャつかないでよー?」
百花ちゃんが私達を茶化す。
「なっ……そんな事してないよっ」
私は真っ赤になって反論した。
「…………」
そんな私達を見て、藤崎さんの目つきが更に鋭くなる……
「私だって……負けないんだからー!」
冷静さを欠いた藤崎さんの放ったボールは、トンくんの方へ飛んで行く。
「よし、上がった!」
そのボールをトンくんが上に打ち上げ、次に林くんがトスを上げる――
「いっけぇえ!」
林くんの掛け声と共に、トンくんが力強く地面を蹴った。
トンくんの腕を振る音が、離れた所に居る私にも伝わってきた……
ドォオオオンッ!
雷鳴にも似た音が体育館に響き渡る……
ボールは相手コートへと叩きつけられ、高田くん達は微動だに出来ずに立ち竦んでいた。
僅かな静寂の後、会場中が大歓声に包まれる。
「ワァアアア!何だ今の!?」
「アレは取れないよっ」
「凄い!あの子あんな事出来るの?」
口々に飛び交う称賛と驚きの声に、私達はトンくんを取り囲み喜びを顕にする。
「凄いよトンくん!練習の成果が出たねっ」
「俺の目は間違ってなかったぜ……八城、よくやってくれたっ」
「まだ勝ったわけじゃない。油断しちゃダメ」
「そうだね!琢トン、この調子でドンドン打っていこう!」
高田くん達も暫く放心状態だったが、我に返り闘志を剥き出しにする。
「少し嘗めすぎていたようだな……こちらも本気で行くぜ!」
「八城くん……カッコイイ」
その後も一進一退の攻防が続き、24―23でC組のマッチポイントとなった。
「これで終わりだっ」
高田くんのスパイクが飛んで来る。
「まだまだ!」
それを百花ちゃんがスライディングして、レシーブする。
「トンくん!」
私がトンくんにトスを出すと、トンくんがネットに向かって走り出す。
「頼む八城、決めてくれ!」
「させるかぁ!」
トスを上げた先にはC組のブロッカー達が待ち構えていた。トンくんが跳ぶのと同時に相手チームも跳び上がる――
バシィインッ――……
トンくんが打ち出したボールは相手のブロックにより弾かれ、地面に落ちた……
ピィー!
「試合終了!1年C組の勝利!」
「「やったぁあ!」」
C組の子達がガッツポーズで喜ぶ。
そんな…………
「トンくん、ごめん……私のトスを上げる場所が悪かったから……」
「成美ちゃんのせいじゃないよ。それにホラ、僕達がこんなに接戦だったなんて凄いと思わない?」
トンくんは息を切らしながら、晴々とした顔で笑っている。
「そうだよ、成美っち!観客の声聞いた?アタシ達が一番会場を盛り上げたんじゃない?」
百花ちゃんの声に、周りに耳を傾けてみると、観客が私達に歓声と惜しみ無い拍手を送っている。
「まぁ、やるだけやったし……良い試合だったんじゃね?」
「後藤先生が、皆頑張ったからジュース奢ってくれるって」
皆、試合には負けてしまったが良い顔をしている。
「僕はこの試合、楽しかったけど……成美ちゃんは?」
トンくんに尋ねられ、私は迷いなく答えた。
「うん!スッゴク楽しかった!」
「フフッ、なら良かった」
トンくんはそう言って私の頭に手を乗せ、優しくポンポンと撫でた。
「ト、トンくん?」
「ご、ごめん!つい……」
慌てて手を退けるトンくんの耳は、真っ赤に染まっていた。
「ううん……」
つられて私も顔が赤くなっていく……
「おい、俺らも居ること忘れてないよな?」
林くんがトンくんをジト目で見ながら、肘で突っつく。
「い、痛っ……忘れてないよ?」
トンくんが林くんに連れていかれ、私はその様子を笑いながら見ていた。
「安堂さん……」
その声に振り向くと、藤崎さんが恐い顔をしてこちらに近づいてくる。
そういえば、勝ったらお願い事を聞く約束をしてたっけ?
何を言われるんだろう……
私は藤崎さんの口が開かれるのを固唾を飲んで見守る。
「次は負けない……」
「へ……?」
負けないって……
「勝ったのは藤崎さんのチームだよね?」
私は意味が分からず首を傾げる。
「……試合には勝ったけど、勝負には負けたの。だから……次は絶対勝つんだからっ」
藤崎さんは涙目で訴え、そのまま踵を返して走って行った。
何だったんだろう……?
私が最後まで頭に?を浮かべていると百花ちゃんに呼ばれた。
「おーい、フットサルの試合始まるみたいだよー」
「今行くー」
考えても仕方ないので、私達は純くんの試合を観に行くことにした。
――――――――――――――――
フットサルの試合はバレーとは比べ物にならないくらいの観客が居た。
お目当ては勿論……
「「純くーん!頑張ってー」」
同級生から先輩まで、大勢の歓声が飛び交う。
当の純くんはと言うと、呑気に欠伸をしている。まぁ、それすらも「可愛いー」と黄色い声が上がってしまうのだが……
いざ試合が始まると、対戦相手は2年生なのにも関わらず、純くんを中心に次々に点を決めていく。
「試合終了!1年A組の勝利ー」
相手チームに大差をつけ、あっという間に勝敗が決まってしまった。
試合が終わった純くんは女の子達に囲まれる。中にはタオルを渡したり、可愛いリボンでラッピングした差し入れを渡したりする子も居る。
「ほー、凄い人気だねぇ……」
「皆よくやる……」
「本当にねぇ……」
私達は呆気に取られ、その光景を見つめていた。
大いに盛り上がった球技大会も、とうとう閉会式がやって来た。
結局1年C組のチームは私達との試合で疲労困憊し、次の試合で負けてしまった。
純くん達のチームも準決勝まで進んだが、急に純くんの動きが鈍くなると全体の指揮が崩れ、そのまま敗退してしまった……
「あー、もう終わったのか……」
放課後、バレーのチームメイトの皆と帰っていると、林くんが溜め息をつく。
「何だかあっという間だったね」
私が頷くと、百花ちゃんがニヤリと笑う。
「何言ってるの。まだメインイベントは残ってるでしょう?それは……打ち上げだー!」
「「イエーイ」」
百花ちゃんの発言に皆が盛り上がる。
「ご飯要らないって言っておかないと……あれ?」
私はママに連絡しようとして、スマホを教室に忘れてしまったことに気づく。
「ごめん皆、スマホを教室に忘れたみたい。先に行ってて」
「了解!ゆっくり行ってるね。場所はカフェ・パーチェだよー」
「7名様ご案内」
芹菜を先頭に皆カフェ・パーチェへと向かう中、トンくんだけがその場に残った。
「僕は下駄箱で待ってるよ」
「ありがとうトンくん。すぐ戻るね」
そう言うと、トンくんに見送られ私は教室へと急いだ。
教室に近づくと、廊下の窓から中に誰かが居るのが見えた。
アレは……純くんだ。
純くんは1人でゴミ箱の前に立っており、手に持っていた何かを捨てた。
それは見覚えのある、リボンでラッピングされた袋だった……
「純くん……?」
私の呼び声に振り向いた彼は笑顔だった。
「あれ、成美ちゃん。帰ったんじゃなかったの?」
「教室に忘れ物をしたの……ねぇ、それより……さっき何を捨てたの?」
私は純くんに質問する。
「え?何の事?」
笑顔はそのままに、はぐらかす純くん。
その目の奥は笑っていないように見えた……
「私見たの……今日女の子に貰ったプレゼントを捨ててたでしょう?」
私が問い詰めると純くんは片手で顔を覆い、長い溜め息をついた。
「はぁー……面倒臭いなぁ……」
ゆっくりと顔を上げる純くん――
その顔からは笑顔が消え、冷ややかな目をこちらに向ける……私の見た事のない純くんが居た。




