アナタ達ナニしてるんですか
いつもより朝早く起きた私は、毎日の日課をこなし、早めに家を出る。
すると店ではパパとママが開店準備をしていた。
「成美、もう学校行くの?いつもより早いのね」
「今日は用事があるの。帰りは少し遅くなるかな」
ママと話しているとパパと目が合った。結局前に口論になってからちゃんと謝れていないため、少し気まずさを感じる……
「……気をつけて行けよ」
パパはぶっきらぼうにそう言うと、また作業に戻ってしまった。
良かった、怒ってはないみたい。
「うん、行ってきます」
私はその事に安堵しつつ、2人に手を振りながら家を後にした。
……さて、私が何故早起きして家を出たかというと、理由は昨夜のトンくんとのメッセージのやり取りにある。
私達の家から学校までは少し距離があり、電車通学をしているのだが……その間、片手が不自由なのは色々危険だし不便だろうと思い、私が一緒に登校することを願い出たのだ。
トンくんの事だから心配いらないと断られると思ったが、案外すんなり許可してくれた。
「成美ちゃん、おはよう」
私を呼ぶ声が聞こえたため声のした方向を見ると、トンくんがこちらに手を振りながら立っていた。
「おはよう。トンくんの家まで迎えに行くって言ったのに……」
私はトンくんに駆け寄り不満を漏らすと、トンくんは首を振って否定する。
「成美ちゃんは気にしすぎ。そこまでして貰わなくても大丈夫だよ」
「じゃあ、何で一緒に学校行くのは許してくれたの?」
私が首を傾げて尋ねると、トンくんはニコリと微笑んだ。
「うん?それは、僕が単純に成美ちゃんと一緒に登校したかったからかな」
「へっ?」
思ってもみなかった回答に、顔に熱が集まるのが分かる。
私もいつかトンくんと一緒に登下校するのが夢だったけど……!
こんなことをサラリと言うなんて……さてはトンくん、人たらしな面があるな?
「早く行こう」とトンくんが歩き出したため私も急いで後を追った。
道中気が付くと、トンくんが車道側を歩いており、これではどちらが送迎されているのかわからなかった……
――――――――――――――――
学校に着き、教室に入ろうとすると後ろから声を掛けられる。
「あらあら……」
「今日は一緒に登校ですかぁ~?」
「俺を置いて行ったと思ったら、そういうことかー」
振り返るとそこにはニヤニヤとこちらを見ている芹菜、百花ちゃん、純くんの姿があった。
「さ、3人とも何か勘違いしてない?私のせいでトンくんが怪我したから、何か力になりたいと思っただけで……」
3人の反応に恥ずかしくなった私は、焦って反論する。
「コラコラ、君達。教室の入り口で話し込んでたら邪魔になるぞ」
すぐ側で私達を注意する声が聞こえた。見るとそこには背の高い女性が立っていた。
何処かのクラスの先生かな?
ショートカットの髪を耳に掛け、力強い瞳が特徴的な綺麗な人だ。
私は慌てて入り口から離れるが、トンくんと純くんは目を点にしてその場で呆けている。
「志摩さん……?」
「えっ?何で志摩がここに居るの?」
志摩さん?つい最近その名前を聞いたような……誰だっけ?
「先生を付けろー、先生を。アハハッ、2人共久しぶりだなー」
そう言って、志摩さんは笑いながらトンくんと純くんの髪をぐしゃぐしゃに撫でる。
2人の知り合い?
あ、思い出した。昨日話で聞いた、道場の門下生の……
「何を騒いでいるんですか、後藤先生」
大津先生が呆れた様子でこちらに近付いてくる。
後藤先生……
ということは――
「先日話した通り、改めて紹介します。副担任の後藤志摩先生です」
朝礼の際、大津先生が生徒達に向かって紹介する。
「はじめまして。3日程お休みを貰っていたので入学式に参加出来なかったのが残念です。でも、これから関わっていく時間の方が長いので、皆との楽しい思い出をたくさん作れたらと思います。よろしくお願いします」
ハツラツと話す志摩先生は人好きのするような笑みを浮かべながら、生徒一人一人の顔を確認する。
「大津先生は、大学の先輩で私も大変お世話になったんだ。凄く頼りになるから、皆も色々相談するといい」
「……後藤先生、貴方も頼りになってくれないと困ります」
大津先生は眼鏡の縁を持ち上げながら、後藤先生を冷たい目で見ている。
「アハハハッ、先輩は相変わらず手厳しいなっ。私の自己紹介は以上です。あ、柔道部の顧問もしてるので、興味のある生徒は是非!」
最後にそう付け足して、先生達は教壇を後にした。
休み時間、私はトンくんのために丁寧にノートを書き写していく。
それを横で見ている野次馬が2人……
「成美っちの字キレイだねー」
「成美、私のも書いて」
芹菜が白紙のノートを私に差し出してくる。
「何で何も書いてないの!?芹菜は何処も怪我してないでしょう!自分で書きなさい」
「カフェの新メニュー考えてたら、授業終わってた」
「えー!新メニュー?どんなの?」
芹菜はドヤ顔で百花ちゃんに新メニューの草案を見せている。
この子は本当にカフェの事しか頭にないらしい……
私が呆れていると、トンくんが席までやってくる。
「成美ちゃんノートありがとう。でも次移動教室だから行かないと」
「そうだった。ありがとうトンくん」
私がノートを片付け、次に必要な教科書を準備していると、百花ちゃんが芹菜の手を引いて教室から出る。
「琢トンと成美っちはゆっくり来なよ。アタシ達は先に行ってるねー」
「えっ……百花ちゃん!?」
何だか百花ちゃんが無駄に私達に気を遣ってくるが、そんな態とらしく2人きりにされたら余計気まずいよー……
「アハハ……僕達も行こうか」
トンくんも少し困った様な顔で笑っていた。
目的の教室へと向かっている途中、話は部活動の話題になった。私は勉強のために入るつもりはないが、トンくんは調理部に興味があるようだ。
「私も一緒に見学していい?」
「勿論だよ。一緒に行こうか」
そんな話をしていると、廊下の曲がり角で志摩先生と鉢合わせた。
「おっと、琢斗少年と……安堂さんだったかな?」
「は、はい」
志摩先生、もう名前を覚えてくれてるんだ。
「失礼、邪魔したな。……そうだ少年、放課後ちょっといいか?」
すれ違いざま志摩先生はトンくんに声を掛ける。しかしその表情と声色は、朝の元気な志摩先生の印象とは大分違っていた。
トンくんもその様子を察したのか真剣な顔になる。コソコソと志摩先生がトンくんに耳打ちし、「……分かりました」とトンくんが応える。
一体何の話だろう……?
私はそんな2人の雰囲気がとても気になってしょうがなかった。
そして放課後、トンくんは私に頭を下げる。
「ごめんね、成美ちゃん。放課後は部活の見学に行こうって話してたのに……先に行っててくれる?」
「う、うん。わかった」
正直、志摩先生の話が何なのか気になって部活見学どころではない。
「成美っちは部活見学?アタシ達はセリセリが考えた新メニューの試食会するんだー」
「またね、成美」
「2人共、バイバイ」
芹菜と百花ちゃんを見送ると、私は急いでトンくんの後をつけた。
そんな私達をもう1人……コソコソと覗き見ている人物が居ることは、この時の私は知らなかった。
トンくんは社会科準備室に入った。ここに志摩先生が居るのだろうか……
私は閉ざされた扉に耳をくっつけ、中の会話を盗み聞く。
「最後に会った時、何か思い詰めたようだったから気になってな……元気だったか?」
「はい、あれはもう吹っ切れました」
中では他愛のない会話が続く。
「志摩さんも何か伝えたくて僕を呼んだんじゃないですか?」
「ああ、君には話しておきたいと思ってさ……実はな、前に話した私の弟……つい先日亡くなったんだ」
「えっ……」
しまった……これは部外者の私が聞いていい内容じゃない。
これ以上は聞くべきではないと、私は後退りドアから離れようとした。
その時――
「――でさ。だから少年……慰めてくれるか?」
「ちょっ……志摩さん!?こんな所でダメですって……」
えっ……?何なに!?こんな所で何しようとしてるの!?
気になる会話に、再び私はドアに張り付いた。
「安堂さん……?貴方何してるの?」
そこへ大津先生がやって来て、私を不審者でも見るような目で見つめる。
「貴方も後藤先生に用事?それなら一緒に入りましょう」
「ちょっ……ちょっと今は入らない方がいいみたいです」
大津先生が近付いてドアノブに手を伸ばそうとするのを私は必死に止める。
「昔はよくシタじゃないか。減るもんじゃあるまいし……」
「こんな固い床の上でするようなことじゃないでしょうっ」
私が大津先生を引き止めている間も、中では何やら如何わしい会話が繰り広げられている。
「安堂さん、何をしているの」
尚もドアを開けようとする大津先生。
「今はダメなんですっ」
声を潜めて、抵抗する私。
「ちょっ……志摩さんソコ触らないで」
中で志摩先生に何かされてるトンくん。
何してるの2人共!ここ学校だよ!?
「もう、いい加減にしなさい」
ドアを開けようとする大津先生……
「ダメなんですっ」
抵抗する私……
「志摩さん……うわっ!」
悲鳴をあげるトンくん……
だ……だから……
「だから、ダメだってばぁああ!」
ガラガラガラッ
パニックになった私は叫びながら社会科準備室のドアを勢いよく開け放った。
その瞬間皆の動きが停止し、私を一点に見つめる。
私は恐る恐る中を確認すると、そこには志摩先生に背負い投げされそうになっているトンくんの姿があった……
「……へ?」
私は気の抜けた声を出すと、状況が呑み込めずに首を傾げた。
「後藤先生、貴方生徒に何してるんですか……」
沈黙を破ったのは大津先生で、志摩先生を呆れた様子で見つめている。
「え?モヤモヤしたときはやっぱり稽古に限るだろ?琢斗少年に相手をお願いしてたんだ」
「了承してません!一方的に投げられそうになってます!」
トンくんは背中に背負われた状態で必死に抗議する。
「なんだよー……昔はあんなに素直で可愛かったのに」
志摩先生は文句を垂れながら、トンくんを床に降ろした。
「なんだ……稽古か」
私はホッとし、胸を撫で下ろす。
「まったく……後藤先生、しっかり仕事をしてください。コレ、この前の職員会議で話した内容です。目を通して下さい。貴方達は用事が終わったなら帰りなさい」
大津先生はそう言うと、志摩先生に何やら書類を渡した。
「はい、成美ちゃん行こうか」
「う、うん。失礼しました」
私達は先生に頭を下げ、部屋を出た。
部屋を出た後トンくんは私に向き直る。
「成美ちゃんがいきなり入って来た時はビックリしたよ」
「ご、ごめん……2人の様子が気になって付いて来ちゃった。トンくんの悲鳴が聞こえたから助けないとと思って……」
私は会話を立ち聞きした罪悪感もあり、俯き小さくなる。
「別に怒ってないよ。心配して来てくれたんでしょ?」
トンくんの言葉に私はホッとする。
「ところで。いつまでも隠れてるつもりなの?……純」
トンくんはそう言って、廊下の柱の影を見た。
「え……純くん?」
釣られて、私も柱の影を見つめていると笑い声が聞こえてきた。
「ププッ……アハハハッ。バレてたかー」
すると柱の影から必死に笑いを堪えている純くんが出てくる。
「何か君達、面白そうな事してるなーと思ったけど……フフッ……成美ちゃん、さっきの最高」
目に涙を浮かべ、純くんはいつまでも笑っている。
「なっ……もしかして全部見てたの?」
私はさっきの醜態を思い出し、頭を抱えた。
「ねぇ、これから部活見に行くんでしょ?面白そうだから一緒に行ってもいい?」
面白そうだからというのは喜んでいいものかわからないが、拒否する理由はない。
「私は大丈夫だよ?」
「純が関わると面倒臭い事になりそうだなぁ……」
トンくんも嫌々ながらも、純くんが同行する事を許した。
こうして私は純くんも含めた3人で調理部の見学へ向かうことにした。




