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おかえりなさい

 私は今まで、トンくんの何を見てたんだろう……


 八城くんから聞いた話は全くの初耳で、お母さんが大変だった時や、トンくんが悩んでた時、何も力になれなかった事が悔しい……


「ごめんなさい……そんなに大変な状況だったって、全然気が付かなかった」


「仕方ないよ。僕だって君に悟られないようにしてたからね」


 八城くんは昔と変わらない、優しい笑顔を向けてくれた。


「八城くんは私に罪悪感を持ってるかもしれないけど……貴方の言葉で私が変われたのは本当だよ?只の偽善だったとか、そんなの関係ない。貴方にとっては何でもない一言が、私にとっては救いだった……」


 私のありのままを受け入れ、優しく励ましてくれるトンくんの言葉に、どれ程勇気づけられたか……


「それだけは分かって欲しいの!」


 私は八城くんの右手を咄嗟に握りしめ、懸命に訴えた。


「うん、ありがと――……イタタタッ!?」


 私が手を握った瞬間絶叫する八城くん。


「ど、どうしたの!?」


 その手を見てみると人差し指が赤く腫れ上がっている。


「もしかして、ボールから庇ってくれた時に怪我したの?」


「そうみたいだね。さっきまで何ともなかったのになぁ……緊張がほぐれて痛みが出てきたのかも」


 八城くんは私を心配させないよう落ち着いた様子でいるが、その額には冷や汗をかいていた。相当痛みが強いのだろう……


 そこへ席を外していた保健室の先生が慌てた様子で帰ってきた。


「悲鳴が聞こえたけど、何の騒ぎなの?」


「せ、先生!八城くんの手がっ……」


 先生が八城くんの手を見て眉をしかめる。


「何故早く言わないの。骨が折れてる可能性もあるし、病院で診て貰いましょう。取り敢えず動かさないようにしないとね」


 先生は手早く応急処置を行いながら、私に向き直った。


「安堂さん、貴方はどこも怪我してない?」


「は、はい。大丈夫です。えっと……」


 八城くんに対して何か出来る事はないかとオロオロする私を見て、先生は「落ち着きなさい」と声を掛ける。


「心配なのは分かるけど、後は私に任せて。貴方は教室に戻りなさい。体調が悪いなら早退してもいいけど……」


「いえ……教室に戻ります。八城くん、私のせいでごめんなさい」


「ううん。僕がしたくて助けたんだから、安堂さんのせいじゃないよ。気にしないで」


 八城くんはそう言って笑った。


 笑顔で手を振る八城くんに見送られ、私は後ろ髪を引かれる思いで保健室を後にした。



 教室に戻ると丁度6限目の休み時間で、芹菜と百花ちゃんが駆け寄ってくる。


「成美、怪我は?」


「心配したよー。あれ?琢トンは一緒じゃないの?」


 また百花ちゃんが変なあだ名をつけている。琢トンとは八城くんの事だろうか……


「私は大丈夫だけど……八城くんは手に怪我をして、病院に行ってるの」


「あちゃー……それは心配だね。でも驚いたよね。琢トンってば、あの見た目で機敏なんだもん!誰も動けなかったところを琢トンだけが成美っちを助けに行ってさー……」


 百花ちゃんはまるで武勇伝を語るように、大立ち回りを演じながら、その時の状況を説明してくれる。


「成美の事、保健室に運んでくれたのも八城くん。凄く心配してた……私達もだけど」


 普段あまり感情を表に出さない芹菜が、今だけは本気で心配してくれていた事が見てとれた。


「2人共ありがとう。心配かけてごめんなさい」


 2人の優しさが心に染みる……


 やっぱり八城くんは気にしなくていいって言ってたけど、怪我の具合も気になるし、改めてお礼を伝えたい……


「あのっ、純くん」


 私はクラスメイトと談笑中の純くんに声を掛けた。


「成美ちゃん、もう体調はいいの?」


「うん、もう大丈夫。それより、純くんって八城くんと従兄弟なんだよね?八城くんの連絡先教えてくれないかな……?」


「それを知ってるって事は、琢斗話したんだ?……うーん、俺が教えてもいいけどー」


 純くんは思案した後、イタズラっぽく笑う。


「本人に直接聞いちゃえば良くない?」


「……へ?どういうこと?」


 私が尋ねるも純くんは詳しく語らず、「放課後、俺に付いてきてよ」とだけ伝えられた。




――――――――――――――――



 放課後、純くんに連れて来られたのは柔道場……ではなくその横に立っている立派な日本家屋だった。


「ここ……もしかして八城くんの家…… ?」


「そう。正確には俺たちのお祖父ちゃんの家」


 純くんは玄関の扉を開けると、仰々しく私にお辞儀した。


「ようこそ、お姫様。琢斗はもう病院から帰ってるみたいだよ。ついておいで」


 八城くんは私が来ること知ってるのかな……?


「お邪魔しまーす……」


 私は初めて入る男の子の家にドギマギしてしまう。

 古い家特有の急な階段を上がり、廊下の突き当たりを右に曲がると、1枚の襖が立っていた。


「琢斗、ただいまー。お客さんを連れてきたよー」


 純くんは声を掛けると、八城くんの返事も待たずにその襖を開け放った。


「ちょっ、純くん!?」


 突然の行動に私は慌てる。そして襖を隔てた向こう側に居た八城くんも、唖然としながらこちらを見ていた。


「え……えぇ!?安堂さん?何で!?」


 ……純くん、私が来ること伝えてなかったんかーい!


「成美ちゃんが琢斗に連絡取りたがってたから連れてきた。ホラホラ、後はお若い者同士でご自由に!」


 純くんは私の背中を押して部屋に押し込むと、そんなことを宣って去っていった。


「はぁ……純はいつもマイペースなんだから……」


 八城くんは盛大に溜め息をつくと、私に座るよう促す。


「狭い所だけど、ゆっくりしていって。待ってて、今お茶を……」


「何言ってるの!右手がそんななのに……」


 八城くんの右手には包帯が巻かれ、見ていて痛々しい。私は必死に八城くんを引き止めた。


「これ、見た目ほど重症じゃないんだ。骨は異常なくて、只の突き指だって。医者は3週間もすれば治るってさ」


 八城くんは何でもない事のように言ってみせる。


「それでもダメ!利き手が3週間も不自由なんて大変でしょ?私に出来ることがあったら何でも言って?」


「ありがとう。でも家の事は純にも手伝って貰えるから……」


 それでもと私は食い下がる。何かお詫びしなければ私の気が済まない!


「じゃあ、学校では?ノートとったり、何か運ぶ物があったりしたら私に任せて!ねっ?」


「わ、わかった……じゃあお願いしようかな?」


 私の執念に八城くんが根負けしたように了承してくれる。


「そういえば、保健室に私を運んでくれたのも……八城くん……なん、だって?」


 自分で言いながら、その光景を想像してしまい赤面する。


「うん、そうだよ。安堂さん大丈夫?顔赤いよ?」


 私は恥ずかしくなって、咄嗟に下を向いた。


「わ、私……重くなかった?」


「全然だよ。寧ろ軽すぎてビックリしたよ。……体型の事悩んでたもんね。ダイエット頑張ったんでしょう?相変わらず君は凄いや」


 八城くんは尊敬の眼差しで私を見つめてくる。


 変わらないと言えば八城くんの方だ……

 日直の仕事を手伝ってくれた時やボールから庇ってくれた時、いつも私がピンチの時に助けてくれた。

 怪我の事だって私が気にしないように、痩せ我慢までして……


 昔と見た目が変わっても、私の妄想の中のトンくん像と掛け離れてても……優しいところは変わらない。

 やっぱり八城くんがトンくんなんだ……



「そうだ、連絡先だっけ?今スマホ持ってる?」


「う、うん」


 私達はお互いの連絡先を交換した。


「これでよし。じゃあ改めてよろしくね、安堂さん」


 私は安堂さんと呼ばれたことに居心地悪さを覚える……


「成美ちゃん……」


「うん?」


 私がポツリと自分の名を呟くと、八城くんは首を傾げた。


「だから……もう成美ちゃんって呼んでくれないの?……トン、くん」


「……!呼んでもいいの?」


「いいも何も、今更でしょ?私もトンくんって呼ぶからねっ」


 私は気恥ずかしくなり、つい素っ気ない態度をとってしまう。


 しかしトンくんは気にしてない様子で顔を綻ばせた。


「嬉しいよ。君に再会出来たら言おうと思ってた言葉があるんだ……今からでも言ってもいいかな?」


 もしかして私がロマンチックじゃないと言ったこと……気にしてるのかな?


 私は申し訳ないと思いながら、コクリと頷く。


 少しの沈黙が続き、2人の間に緊張が漂う。

 トンくんは深呼吸して、口を開いた。


「成美ちゃん……ただいま。会いたかったよ」


 トンくんは飛びきりの笑顔で私に笑い掛ける。

 それは正しく私が聞きたかった言葉だったのかもしれない。


 この9年間貴方を考えない日はなかった。

 私も貴方に会いたかった……

 

「うん……おかえりなさい、トンくんっ」


 私は幼馴染みとの9年ぶりの再会を心から喜んだ。

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