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弱虫な心 part2(琢斗視点)

 道場からの帰り道、気分を変えたくて僕は普段通らない神社の参道に繋がる小道へと足を向けた。

 途中にある公園の前を通り過ぎようとしたとき、誰かの啜り泣く声が聞こえてきた。

 気になって覗いて見ると、地面にしゃがみこんで1人の女の子が泣いている。


「君……どうしたの?何処か痛いの?」


 僕が声を掛けると少女はビクリと肩を震わせ、顔を上げた。


 あれ?この子何処かで見たことあるぞ。えっと確か……


 見覚えのある顔に記憶を辿っていると、少女は震える声で僕に言う。


「もう……食べ物は持ってないの。でも、何でもするから……お願い、意地悪しないでっ」


 僕は人の食べ物を奪う程、意地汚く見えるのだろうか……


 心外だ!と思いながらも、いつまでも地べたに座っているのも良くないので、立たせようと手を差し伸べる。


「僕は食べ物なんて要らないよ。ホラッ、立てる?」


 すると少女はビックリしたのか、顔の前で手を交差して身構える。その手には擦り傷ができ、血が滲んでいた。


「怪我してるじゃないか。コレ使って」


 僕は母さんのくれたハンカチを差し出す。

 それを少女はキョトンとした顔で見つめる。


「いいの……?貴方、優しいんだね」


 ハンカチを受けとるとやっと少女は笑った。


「わぁ……綺麗なハンカチ」


 少女はハンカチに施された刺繍を見つめ、感嘆の声を上げる。


「それは僕の母さんが縫ってくれたんだよ。僕の宝物なんだ」


 褒められたことに気を良くして、得意気に話す。


「素敵なお母さんだね。……これは文字?」


 少女はハンカチの隅に縫われた文字を指でなぞる。


「あぁ、それは僕の名前なんだ。僕の名前は――……」


「私この字知ってる!お店で見たことあるもん」


 僕が読み方を教える前に、少女は自信満々に答えた。


「豚でしょ!」


「えっ?……豚?」


 まさかの回答に目を丸くする僕……


 何で豚……?まさか“琢”を“豚”と読み間違えたのか!?“斗”の所は読めてないし……


「豚……ブタはトンとも読むから……分かった!トンくんだっ」


 今日一番のいい笑顔で、僕の事を豚呼ばわりする少女……


「プッ……フフッ……アハハハ!うん、いいね。トンくん!」


 僕はあえて否定しなかった。理由は自信満々な彼女の笑顔を崩したくなかったのと、彼女にトンくんと呼ばれる事が何だかしっくりきたからだ。


「私は成美。よろしくね」


 少女は笑顔で手を差し出す。

 これが、僕と成美ちゃんの出会いだった。

 僕は差し出された手を掴み、成美ちゃんを助け起こす。


「ごめん。……重いでしょ?」


 ぽっちゃりとした体型の彼女。確かに、多少重たいかもしれないが、僕は男だ!


「これくらい大丈夫だよ」


 僕は笑顔で答える。

 そして成美ちゃんに泣いていた理由を聞くと、先程まで3人組の男の子に体型の事を揶揄され、「豚が共食いしてる」とまで言われて持っていたメンチカツを奪われたのだと言う。


 何処にでも3人組の嫌な奴は居るもんなんだな……


 僕は今日絡んできた3人組を思い出し、渋い顔をする。


「トンくん、ハンカチありがとう。クリーニングして返すね。あの、明日もここで会える?」


「うん、大丈夫だよ。また明日ね」


 僕たちはまた会う約束をして別れた。



――――――――――――――――――



 家に帰ると、深刻そうな顔をした父さんと母さんが待っていた。


「琢斗、話があるんだ。こっちへ来てくれ」


 父さんに呼ばれ、3人がダイニングに揃って向かい合う。


「琢斗も母さんの心臓が悪いことは知ってるでしょう?今日ね、病院へ行って検査してきたの……」


 深刻な顔をして話す2人に、僕の心拍数は一気にはね上がる。


「あまり結果が良くなくてね、先生から心臓移植をすることも考えてくれって言われたわ」


 「心臓移植って言うのはね……」と僕にも分かるように説明してくれる母さん。しかしそれが余計に僕を不安にさせた。


「他の人と心臓を交換するの……?それ、大丈夫なの!?手術って事は入院もするんだよね?」


「すぐの話じゃないんだ。ドナーも見つけないといけないし……それでなんだが、ドナーの数や手術の実績の多いアメリカへ行こうと思うんだ」


「アメリカ……?」


 突然の話に頭が思考を停止する。


「向こうに叔母さんが住んでるのは知ってるわよね?純くんのお母さんよ」


「住む所を探すのや渡米の手続きなんかを色々手伝って貰うことにしたんだ。父さんもアメリカの支社に転勤出来ないか、会社に話をしてみる……琢斗、付いてきてくれるか?」


 きっと父さんは僕が日本に残ると言っても、許してくれるだろう……しかし、僕の答えはもう決まっていた。


「うん……分かった。僕もアメリカに行く」


 急にアメリカへ行くと言う話にも驚いたが、何より母さんの体調が手術が必要な程悪いと言う事実が重くのし掛かる。


 その日から僕は、弱っていく母さんの姿が直視出来ず、毎日祖父の家に入り浸った。

 そうすると必然的に祖父に柔道の稽古をつけられるのだか、それでも良かった。いくら厳しい練習をさせられても、いくらあの嫌な3人組に絡まれようとも……

 現実から目を背けたくて、母さんを見ていたくなくて僕はがむしゃらに稽古に打ち込んだ。


「少年、最近頑張ってるなー。何か目標が出来たのか?」


 休憩中、志摩さんが声を掛けてくる。


「そんなのじゃないよ。志摩さんは?志摩さんは何か目標があるの?」


 僕が尋ねると、志摩さんは僕の隣に腰掛け、話し出す。


「私か?私には病気がちな弟が居て、もうずっと入院してるんだ……丁度君と年が同じ位かな」


 志摩さんにも病気の家族が居るんだ……


 僕はドキリとする。


「弟は病室のテレビで柔道の試合を見るのが好きで、いつか自分も表彰台の上に立ちたいって言うのが口癖でね。現実的には無理だって分かってる……けど、私なら。私なら柔道で1番になって、弟と一緒に表彰台に上がれるんじゃないかって思って……まぁ、私の実力じゃまだまだなんだかな」


 志摩さんはそう言って自嘲する。


「そんなことないよ!弟さんのために……凄いね」


 志摩さんは僕と違って弟さんの病気を受け入れ、弟さんのために柔道を頑張ってるんだ……


「誰かのためにって言うなら、道山先生だってそうだろ?この斎藤道場へ婿入りした先生は、亡くなった奥さんに代わって必死に道場を守ろうとしてる。って、そんなこと孫の君の方がよく知ってるか」


 自分以外の人のため……僕にはそんなことができるだろうか?


 今まで自分可愛さに、大切なハンカチを捨てようとしたり母さんを避け続けたりしてきた僕……

 自分には無い強い意思を持った祖父や志摩さんがとても眩しく見えた。


「そうだ、少年これ食べるか?」


 そう言って志摩さんが差し出したのは安堂精肉店と書かれた紙袋だった。


 安堂精肉店……。あ、思い出した!成美ちゃんは商店街にあるこのお肉屋さんの子だ。


 あれから成美ちゃんとも何回か会って話をしたり、遊んだりした。

 お互いコンプレックスがあるところや、気弱な性格……何だか僕と成美ちゃんは似ている気がする。

 いじめっ子の心無い言葉にいつも泣いていた成美ちゃん。その度に僕は彼女に励ましの言葉を掛けた。僕も誰かのために何かしたい。良いことをしたい。

 ……今考えると、それは結局自分が気持ちよくなるための偽善だったのかもしれない。


 成美ちゃんとは今日もこの後会って、この前のハンカチを返して貰うことになっている。


「ここのメンチカツは店主と奥さんが娘さんのために、こだわり抜いて作ったものらしい」


 志摩さんに勧められてメンチカツを1口食べてみる。


「おいしい……」


 僕はあまりの美味しさに目を見張る。衣は冷めてもサクサク、中のお肉のジューシーで、少しシャキシャキした食感が残った玉ねぎは甘く瑞々しい。

 成美ちゃんが以前好きな食べ物はメンチカツだと言っていたが、これは納得だ。


 この感動を是非成美ちゃんに伝えたい。その思いで、稽古後僕はいつもの公園へと急ぐ。



「おい、黙ってないで何とか言えよブス!」


 公園の方から誰かの声が聞こえる。何事かと林の影から中を窺うと、成美ちゃんが3人の男の子に囲まれていた。よく見るとあれはいつも道場で僕に絡んでくる3人組だ。


 成美ちゃんを虐めてるのはアイツらだったのかっ……


 僕は成美ちゃんを助けようと林の影から一歩踏み出そうとするが、恐くてなかなか足が動かない。


 何で動かないんだ……成美ちゃんを助けないと!でも……僕が行ったところでアイツらに太刀打ち出来るだろうか?


 そんなことをクヨクヨ考えていると事態は悪化していく。


「ん?お前の手に持ってるハンカチ見たことあるな……よこせよっ」


「あっ!やめて」


 リーダー格の恰幅の良い男の子が成美ちゃんからハンカチを奪う。


「これ、アイツのじゃん。相変わらず気持ち悪いなっ」


 リーダー格の男の子は鼻で笑う。すると成美ちゃんが思ってもみなかった行動にでた。


「そんなことないっ!それはトンくんのお母さんが縫ったんだよ?トンくんの宝物なんだから……バカにするなー!」


 今まで一切抵抗や反論しなかった彼女が、激怒し男の子に掴み掛かる。

 突然の事に男の子は面食らって、ハンカチと共に成美ちゃんを突き飛ばした。


「急に何だよ。おい、お前ら……もう行こうぜ」


 3人組は成美ちゃんの気迫に興を削がれたのか退散していく。


 僕は成美ちゃんに近づく。するとこちらに気づいた彼女はニコリと笑った。


「ちゃんとトンくんの宝物守ったよ!」


 君は僕と同じだと思ってた……

 でも違ったんだ。君は僕のためにいじめっ子に立ち向かってくれた。僕は助けるのに二の足を踏んでいたというのに……


 何だか急に成美ちゃんが遠い存在に思えた。


 待って、僕を置いて変わっていかないで……


「成美ちゃんはそのままでいいんだよ」


 僕は彼女に聞こえない声で、何度も言ってきた励ましの言葉に被せ黒い感情をぶつけた……



 もう少し琢斗の過去回続きます。

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