冥界の番犬は、現実世界で癒やす側!
ピーンポーーーン! ピーンポーーーン!
むっ!? これは……この場にたどり着いた来訪者を知らせる鐘の音か!? いや、不審者やもしれぬ!
ふっ……この世界にも恐れ知らずがいるとはな。ここには、この門を守護する我等がいるとは知らずに無鉄砲なヤツめ。
「「「ヴーーーッ……」」」
もしこの門を破って侵入してこようものならば、そヤツの喉笛を噛みちぎって我の贄にしてくれる。それが嫌ならば早々に立ち去るが良い。
『ごめんくださぁい。お届けものでぇす。誰かいませんかぁ』
――――ぬぉっ!!!
突然鳴り響く、全く聞き覚えの無いその声。出処が分からない。しかも、我の威嚇にも全く動揺していない口調。
くっ……さすがはこの場までたどり着いた者。かなりの猛者とみた。
ならば、やはりここは我の本気を出さざるをえんようだ。不審者め、心してかかってくるがよい。
「キャンキャンキャンキャンッ!」
「ウーーーッ! キャンッ! キャンッ!」
「キャンッ! キャキャンッ!」
『んんっ……誰もいないみたいだなぁ。仕方ない、不在届を挟んでおくか』
そんな声がして暫くし、扉の向こうから気配が消えた。察するに、我の咆哮に恐れおののき逃げていったのだろう。
かなりの猛者と思ったが、単なる臆病者だったとは。せっかく気を引き締めたというのに張合いのない。
とは言え役目は果たせたようだ。何人たりとも扉のこちら側に来させないようにする。それが役割であり、存在そのもの。
それが我等!
「キャンッ!(ケルっ!)」
「キャンッ!(ベロっ!)」
「キャンッ!(スーっ!)」
そう、我ら三匹は冥界の王であるハーデス様に使えし番犬。門の守護者だったもの。
何故か今は三体に別れている。しかし、ひとたび使命となれば、昔と変わらぬ意思で侵入者を撃退する存在だ。
我の名は"ケル"。同一体の頃はセンターをやっていた。いわゆるリーダーだ。
今もその立場はかわっておらず、有事の際は真っ先に扉に向かう。そして、他の二匹よりも前に立ち、威嚇するのだ。
「なぁ、儂よ」
「何だ? 我よ。慎重な面持ちで、何事だ?」
今、話しかけてきたのは"ベロ"。昔はライトポジョンにいた作戦参謀だったヤツだ。洞察力が鋭く、状況判断に長けた存在だった。
「このような名乗り口上、いつまで続けるつもりだ。お主は羞恥心というものを持っておらぬのか?」
「何を言うか、我よ! あれのどこが恥ずかしいというのだ!」
そう、呆れた表情で抗議をするベロに声を荒らげた時だった。我とべロの間に、もう一匹がトコトコとやってきて我の方に視線を向けた。
「まぁ待て、俺よ。ヤツの言っていることには一理ある。実は俺もそう思っているからな」
「なんと! お主もそんなことを考えていたのか?」
ヤツの名前は"スー"。レフトポジションだった武闘派だ。顎の強さは我等の中では一番で、ヤツが噛みきれないものは無いと言われたほどだ。
ただ、同一体の頃はこの二頭とも意思疎通は出来ていた。常に仲違いをしていたオルトロスと違い、頭ひとつ多い我等は上手くやれていたハズ。
なのに、個々になってしまえばここまで考え方が違ってくるというのか?
いや……ヤツらも元は"ケルベロス"。我と同体だった存在。きっと話せば分かるはず。
「よいか、我よ。この鏡で我等の姿を見てみるがいい」
我は扉の横にある大きな鏡に自らの姿を写し、その全体を眺める。そのうち傍の二匹もやってきて、その姿をマジマジと見つめた。
「見よ我よ、この愛らしい姿。こちらの世界では"ポメラニアン"と呼ばれている個体だそうだ」
「うむ、そうだな儂よ。儂も初めて確認した時は驚いたぞ」
「そうだな、俺よ。俺も驚愕を隠せなかったな」
「だろう、我よ。我等はもう、あの頃の威厳は微塵も残っていないのだ。だったらせめて、名乗り口上だけでも格好よくキメておきたいではないか」
「「…………」」
我の考えを聞いた二匹は言葉を失い口を噤んだ。そのまま時が過ぎてゆく。やはり、個体となってしまった我等に意思の疎通は無理なのか?
そう思った瞬間だ。黙りこくっていたスーが反応してきた。首を項垂れ、じっとしていたから眠っているのかと思っていたのだが。
「なるほどな、俺よ。確かにこの姿で俺等を恐れる者はこの世界に存在しないだろう。ただ、少しでもあの頃の威厳を残しておきたいと言うお主のその気持ち、十分に理解出来る」
「おぉ、そうであろう我よ!」
すると、その会話を聞いていたベロがチョコんと床に腰を下ろし、後ろ足で首筋を掻きはじめた。チリチリと鳴る首輪の鈴の音が心地いい。
「ふっ……そういう事だったのならば、儂も反対はしない。例え今はこの様な姿であっても、三位一体の頃を忘れるほど馬鹿ではないからな」
「おぉ……我よ……」
やはり我等の結び付きは、個体になっても衰えてはいないようだ。ケルベロスとして生を受け、三百年も共に過ごした絆は嘘ではなかった。
何故このような姿になったのかは分からない。
いつものように所定の門の前に行けば、菓子が置いてあった。それを食らっていると、どこからともなく琴音が聞こえてくる。
腹も膨らみ、耳心地のよい音に眠気が呼び起こされた。瞬間、首筋に衝撃が走ったような気がした。その後、目を覚ませば子犬となっていたのだ。
傍には二匹の子犬もいたが、直ぐに我の同一体と分かった。その後、目覚めた二匹も同様に気づくことになる。
そして、我等は運良く三匹で今の主様に引き取られたのだ。
カチャカチャ!!
むっ! この音は!!
門の扉に鍵を差し込み、解錠する音。となれば次に扉が開き、そこから現れたるは……
「ただいまぁ。ケルぅ! ベロぉ! スーぅ! いい子にしてたぁ!?」
――――主様だぁぁぁっ!!!
キャンキャンキャンキャンッ!
キャンッ! キャンッ! キャンッ!
キャンッ! クーーーンッ! キャンッ!
この主様はできたお方だ。店で我等が金で売られそうな時だった。三匹固まって威嚇する我等を気に入り、揃って引き取ってくれた。
結構な金額をつけられておった我等を、何の躊躇もなく支払ってくれたのだ。
それに、この主様は本当に良いお方だ。我等を無意味に太陽の元に晒す事がない。散歩などという無駄なことをしない。
その昔、ヘラクレスに囚われた事があった。地上に連れられ、太陽の脅威に晒されたのは今でもトラウマとして残っている。
“犬”なのに“トラ”“ウマ”とは、これ如何に。だ。
「儂よ、ちと……寒いのぉ」
「俺よ、ボキャブラリーというものが足りないのではないのか?」
「言うな、我よ。自分でも恥ずかしいと思っておる」
とにかく、前の主人であるハデス様も悪くは無かった。だが、今の主様は女性でとにかくお優しい。我等三匹を分け隔てなく可愛がってくれる。
「ねぇ、ウチの子って仲良いんだよ。絶対に喧嘩しないし」
「へぇ、三兄弟って言ってたっけ?」
「そうそう。でね、食事の仕方も見ててすっごく癒されるの」
「へぇ、どんな感じ?」
主様は連れてきた客人と楽しげに話をしている。食事の話になり、我等が耳をピクピクッと震わせたその時だ。主様が餌袋を取り出したのだ。
キャンッ! キャンッ! キャンッ!
キャンキャンッ! キャンッ!
キャンキャンキャンキャンッ!
餌の時間だ。嬉しすぎて尻尾がちぎれそうになるくらいに振り回してしまう。
ハッキリ言ってこちらの世界の食い物は、あちらの世界の物とは比べ物にならないくらいに美味い。あのカリカリとした食感がたまらない。
だからこそ興奮してしまって走り回ってしまうのだ。
「はいはい、落ち着いて。今あげるから、待っててねん」
我等の動きを嬉しそうに眺めながら、皿に餌を盛る主様。三つの皿に満遍なく、均等に入れてくれる。その皿が、部屋の中央に並べられた。
「まだよぉ……待て! 待てだよぉ……」
ハッハッハッハッハッハッ!
ハッハッハッハッハッハッ!
ハッハッハッハッハッハッ!
そう言って手のひらを我等に向けて制する主様。我等は行儀よく座り、その時を静かに……これでも静かに待っているつもりである。
「ねぇ、どうなるの?」
「ふふふっ、見ててね。はいっ! お名前はっ?」
――むっ! ここは名乗り口上の時だ! 我等、冥府の門番……
「キャンッ!(ケルっ!)」
「キャンッ!(ベロっ!)」
「キャンッ!(スーっ!)」
「すっごぉいっ! ちゃんと言ってることが分かってるんだぁ」
「まだまだ、これからが癒されるんだよぉ。よしっ! 食べていいよっ!」
制する手が解かれる。主様の許可がおりたのだ。
そうして勢いよく飛び出す我等。一目散にたどり着いた餌を食らおうと大口を開け、牙を顕にした瞬間……固まってしまった。
「……なぁ、我よ。何故この皿に集中するのだ?」
「……いや、儂よ。それはこちらのセリフじゃぞ」
「……おい、俺よ。わざわざ同じ所に来る必要はないだろう」
そう……我等は今、三つある皿のうちのひとつの皿に盛られた餌を、三体で食らおうと大口を開けいる。
しかも、この皿に盛られた餌は特別な物でも量が多い訳でもない。均等に分けられた三つの皿の、"ひとつ"の皿だけに我等三匹は集まって食らおうといているのだ。
「言っておくが儂よ、この位置の皿は儂のものだと決められておるだろう」
「いや俺よ、そのような縛りは聞いたことがないぞ」
大口を開け、牽制する元同体たち。このままでは我等の関係性に亀裂が入ってしまう。
だがしかし、この程度で我等の絆が壊れることは無い。と、我は信じている。話せばわかるヤツらなのだと……
「まぁ、待て我よ。まず話を聞いてくれ」
「何だ儂よ、儂がこれを食らうことに不服でもあると言うのか? だがまぁ話くらいなら聞いてやろう」
「そうだぞ俺よ、早い者勝ちでも良かろう? とは言え話があるなら聞こうではないか」
「うむ、我等はあちらの世界では一心同体だった。何をするにも、もちろん餌を食らうのもだ」
「「うむ……」」
「例え今は個体となってしまっても、我はあの頃の絆がそう簡単に無くなるものとは思っておらん」
「「…………」」
「つまり、同じ皿の餌であっても我等揃ってひとつずつ平らげれば良かろう」
「「…………」」
我の話を大口を開いたま静かに聞いていた、元同体たち。返事は帰ってこない。やはり個体となってしまえば個人の欲求が強調されてしまうのだろうか。
そんな事を考えていると、口を開けたまま項垂れていたスーが反応した。眠っているのかと思った。
「なるほどな、俺よ。確かにこんなもので俺等の絆が無くなるとは思えん」
「おぉ、我よ。お主ならそう言ってくれると思っていたぞ」
すると今度はベロがチョコんと床に腰を下ろし、後ろ足で首筋を掻きはじめた。チリチリと鳴る首輪の鈴の音が心地いい。
「確かにその通りだ、儂よ。三皿あるのだ、ひと皿を三体で揃って食らい、三倍楽しもうではないか」
「おぉ……我よ……」
どうやら分かってくれたようだ。さすがは元同一体。これで我等の絆は一層深まった気がする。
何故なら我等は生まれながらに一心同体。三位一体の魔獣。冥界の門番。
その名も……
「キャンッ!(ケルっ!)」
「キャンッ!(ベロっ!)」
「キャンッ!(スーっ!)」
こうして我等はひとつの皿に盛られたを餌を三体で分け合い、三つの皿の餌を順に食らいつくしていくのだった。
「見てみてこの子たち、お皿三つ用意してても絶対にひとつのお皿に集まって仲良く食べるんだよ!」
「可愛いぃ! 癒されるぅ!」
食後は主様とマッタリな時間を過ごす。主様とその友人がタップリと身体を撫で回してくれた。
ハデス様も悪くはなかった。しかし如何せん筋肉質なお方だっただけに、ゴツゴツした手のひらはお世辞にも心地よいとは言えなかった。
それに比べ、今の主様は女性なだけあって撫で方も優しい。しなやかな指先でくすぐられるのが気持ちよすぎて、思わず仰向けで仰け反ってしまう程だ。
クゥ〜ンクゥ〜ン!
キャオ〜ンキャオ〜ン!
キャウァ……キャウァ……
「ねぇ、どうしてこの子たち、名前が"ケルベロス"なの? こんなに可愛いのに、何で怖そうな名前にしたの?」
「んん? それはね……」
ピーンポーーーン!
――――むっ!?
「あっ! 丁度いいとこに! 見てて、すぐに分かるから」
主様たちの会話の途中だった。数時間前にも聞いた来訪者を知らせる音が鳴り響く。
――この匂い……まさか、あの時の侵入者か!?
「キャンッ!(ゆくぞ! 我よ!)」
「キャウッ!(おうよ! 儂よ!)」
「キャウキャウッ!(あぁ、俺よ!)」
「行った行った。前ね、この子たちが初めてここに来た時に彼氏が合鍵で入って来てさ、玄関前ですっごく吠えられたの。門の番犬みたいだって言ってた」
「へぇ、だからケルベロスかぁ」
「そそっ! ほら、見てて!」
「うんっ!」
トテトテと二匹を引き連れ扉の前へ。我は真正面に立つ。そして右にベロ、左にスーが来るのを待って、同時に牙を剥いた。
「「「ヴーーーーッ!!!」」」
カチャカチャ!!
むっ! この音は!!
門の扉に鍵を差し込み解錠する音。しかし、主様は既に帰宅しておられる。
――ということは、やはりあの時の不法侵入者か!
たとえ何人であろうと、主様の許可なくその扉をくぐることは許されない。だからこそ、我等はここにいる。
――主様は、我らが護る!!!
「やぁ! 菜々美ちゃん、居る……って、おわぁぁぁっ!!!」
――――いまだっ! 全力でゆくぞっ!!!
ワゥッ! ワゥっ! ワゥっ! ワゥっ! ワゥワゥワゥワゥッ!!!
キャンッ! キャンッ! キャンッ! キャンキャンキャンッ!!!
キャウッ! キャウキャウッ! キャウキャウッ!!!
「ちょっ! 待って! タンマタンマっ! 菜々美ちゃん、何とかしてよっ! わぁっ! 分かったからっ! 出てくからっ! ひぇぇっ!!!」
「見たぁ! この子たち! 私が玄関開けずに入ってきた人は、絶対に吠えて追っ払ってくれるの」
「ホント、すっごい賢いじゃん! 」
「アイツ、束縛がひどくってさ。ちょうどいいかなって」
「あははっ! 菜々美には頼もしい守護者が出来たみたいだし、彼もご愁傷さまだねぇ」
ふんっ! バカめ。何度来ても同じこと。この我等の目の黒いうちは、一歩たりと敷地内に入れると思わないことだ。
何故なら、我等は冥界の門番。地獄の番犬と恐れられ、近寄るものを食らい尽くす狂犬。今は主様の住まわれる聖域の守護者。
その名は……
「キャンッ!(ケルっ!)」
「キャンッ!(ベロっ!)」
「キャンッ!(スーっ!)」
「「いや〜〜〜んっ! 癒されるぅ!!!」」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おしまい。
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