第13章 千人の移民 3
第13章
千人の移民 3
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「「「大変、申し訳ありませんでした!!」」」
僕の前に、ずらりと並ぶオッサン達の土下座。
薄暗い倉庫の中で、こんな光景だと、僕はまるでマフィアのボスの様だ。
まあ、狼弾会の真のボスである“キングウルフ”こと、僕は似た様なモノかもしれないが…………
「いいよ、僕もこう云う人間が混ざっていても見せしめに使えば良いと思っていたから。
まあ、僕のその考えがちょっと甘かった。
キミ達の評価でも、最初からB評価で、本来なら今年は選ばれない筈の人物だった訳だしね。
みんな、立って良いよ。
今回の事は、ツナフォーテには悪いが、僕にとっても、ルベスタリア王国にとっても良い教訓になったし、キミ達にも来年の人選に役立てて貰いたい」
「はい、二度とこの様な事の無い様、評価基準を改めます」
「うん、そうして。
来年の5,000人はあくまで目標で、人選内容の方を優先してくれて良いから」
「「「はい!!」」」
「じゃあ、ソレの処分も任せるね」
僕の指差す先には、黒い棺桶が転がっている。
中身はまだ生きているが、人を入れるには棺桶が丁度良い。
両目、両腕、記憶を失った強姦犯、ゴノードだ。
ゴノードを逮捕してから、僕はアエルゲインの下へと向かった。
僕は、初めてアルアックス王国に来た時から、秘密を守る為にトレジャノ砦に記憶消去の魔導具を準備していた。
しかし、僕はこれまで出逢いには恵まれていたので、使った事は無かった。
なので、アエルゲインから記憶消去の魔導具のマニュアルに書いてある事以外の内容が無いかを聞きに行ったのだ。
そこで、アエルゲインから記憶消去の魔導具の弊害を教えて貰った。
先ず、マニュアルに有る『若干の痛み』は、記憶を消す時間が長ければ長い程増幅されて、10年以上ともなれば、凄まじい激痛になるだろうと云う事だった。
まあ、今回は犯罪者なので、問題無い。
そして、『記憶の消去』の為、『記憶喪失』と違い絶対に思い出す事が無いそうだ。
まあ、これも僕にとっては都合が良い。
しかし、最後が都合が悪かった…………
記憶を消した者は、何故か、しょっちゅう純真無垢な性格になってしまうらしい…………
此れは、完全な予期せぬ副作用らしく原因も不明で、防ぐ方法も無いらしい…………
なので、もしかしたら、とても清らかな心を持った、身体は19歳、心は5歳な天使の様なゴノードになってしまうかもしれない。
そんなヤツを腕も無く、目も見えず、突然両親が居なくなった状況に叩き込む訳だから、監視を命じられる狼弾会のメンバーには、ちょっと申し訳無い感じだ。
一応、その記憶消去の副作用もちゃんと狼弾会のメンバーに伝えて、念の為、監視と共にビデオの魔導具での撮影もさせる事にした。
ウルフバレット モルツェンには、監視する者が余りにも辛い様なら、殺しても良いと伝えておいた。
罰を与えた者の監視で、本来の国民予定者が、精神を病んでしまったら本末転倒だ。
「……じゃあ、其れでよろしく。
因みに、直ぐに連れて行った方が良さそうな急患は居る?」
「……その、ゴノードの事の後なので、お伝えし難いのですが…………」
「いいよ、連れて行くか行かないかは、後で決めるから、一応教えてくれる?」
「はい、2年程前から貧民エリアに住み始めた双子なのですが、其れ以前の情報が一切有りません。
ハンターであれば、流れて来る者も居ますし、商人で有れば、新たな開拓の可能性も有るのですが、彼らは何方の行動もとっていません。
そして、恐らく戦闘技術も持っています。
非常に怪しくはあるのですが、現在、四肢の壊死する病いで、かなり進行しています。
恐らく、来年までは保たないでしょうが、判断し兼ねています」
「…………ねぇ、其れって、イカルツウィンとデンツウィンの双子?」
「ええ、そうです。ご存じでしたか」
「うん、知ってるよ。
僕の行き付けのお店の常連だからね。
あの2人はね、アルコーラル商国よりももっと東の国の元暗殺者だよ」
「んな?そうでしたか、申し訳ありません。
リストから排除を……」
「いや、ちょっと会ってみよう。
知らない仲じゃ無いしね。
まあ、現在の国との関係によりけりだから、助けない可能性も十分にあるしね」
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そこは、とてもくたびれたアパートだった。
しかし、ベランダの窓からは、僕の行き付けのお店が良く見えそうだ。
「……イカルツウィン、デンツウィン。ノッドだけど、入っても良いかな?」
『……少々、お待ち下さい……』
ノックをして呼び掛けると、部屋の奥から声がした。
僕は、その声に従って暫く待つ。
すると、車椅子に座ったイカルツウィンが、ゆっくりと慎重に扉を開いた。
イカルツウィンは、白髪に黒い瞳で、40代くらいの男だ。
いつも、白髪をオールバックに撫で付けていて、口元の髭も切り揃えている。
病床に伏せっていても、変わらずの様だ。
因みに、デンツウィンとは全く同じ見た目で行き付けのお店の娘達も見分けがついていなかった。
「おお、本当にノッド殿でしたか。
おや?今日は美しいご婦人と、其方の御仁は狼弾会の」
「はっは……、久しぶりだね、イカルツウィン。
確かに以前よりもとっても綺麗になったけど、グレーヴェの事は知ってるでしょ?
この辺りで商売してたし、僕が以前狼弾会と揉めてた時も調べてたでしょ?」
「いやいや、気付かれて居ましたか。
拙者の腕も落ちてしまいましたかな?
ところで、今日はどの様な御用向きで?」
「うん、キミ達兄弟が病気だって聞いてね。
お見舞いと何か力になれないかと思ってね。
デンツウィンは奥?
良かったら上がらせて貰っても良いかな?」
「ええ、構いませんとも。
狭いところですが、どうぞ、お上がり下さい」
…………本当に狭いアパートだった。
2つ並んだベッドと2人掛けのテーブルで部屋はほぼ一杯で、他に部屋も無さそうだ。
「ノッド殿、よくいらしてくれた。
この様な格好で申し訳ない」
「いや、大丈夫だよ、デンツウィン、そのままで良いよ。
コレ、お見舞いね。
2人とも、お茶の希望はある?
ヴィアルトのお茶は絶品だよ?」
「……では、緑茶はありますかな?」
「あり、ます。ノッディード様と、グレーヴェは?」
「じゃあ、僕も緑茶を頂こう」
「あ、私も同じで大丈夫です」
ヴィアルトはさすがの手際で、狭いテーブルの上でも、気品すら感じる動きでお茶を淹れて行く。
僕とグレーヴェはその所作に関心しながら、イカルツウィンとデンツウィンは、おかしなところが無いか注意しながら、しばし待つ。
全員で、一口飲んで、「ほぅ……」と、息を吐く。
相変わらず、素晴らしい。
「申し訳無い、お構い出来ないどころか、お茶の用意までして頂いて。
ヴィアルト殿のお茶は確かに絶品ですな」
「はい、大変結構なお手前です」
「喜んで貰えて良かったよ。
じゃあ、一息付いたところで、本題なんだけど、2人は、もう祖国と完全に切れてるの?」
「ハッハッハ……
相変わらず、ノッド殿は、ストレートですな。
しかし、難しい質問です。
我らは祖国の地を逃れて来た身ではありますが、国とは何かとなった時に、ノッド殿の言われる、『完全に切れている』とは言い難いですな」
「…………なるほどね」
「其れがどうかされましたかな?
ノッド殿と我らの祖国に接点は無い様に思いますが?」
「うん、今のところ、アルアックス王国以外の国との接点は無いよ。
キミ達の祖国は関係無くて、キミ達自身の状況を知りたかったんだ。
さっきの言い方だと、国から逃れて、一緒に逃げて来た主君は守ってる的な感じかな?」
「…………本当に素晴らしい、知恵をお持ちだ。
其れを聞かれて、どうなさるおつもりですかな?」
イカルツウィンとデンツウィンから、ほんの僅かに殺気が出ている。
僕は気付いたけど、グレーヴェすら気付いて居ない様なので、本当に素晴らしい技術だ。
「2人とも、漏れちゃってるよ?
多分、大丈夫だよ、悪い様にはならないと思う。
ヴィアルト、ちょっとモルツェンを呼んで来てくれる?
その時に、資料も一緒に持って来させて」
「分かり、ました」
「……ノッディード様、お待たせ致しました」
暫くして、モルツェンがやって来た。
其れまでの間は、僕達の憩いの場所で、どの娘が好みかとか、女の子達から聞いた裏オプションなんかの話しで盛り上がっていた。
グレーヴェは顔を赤くしながらもずっと聞き耳は立てていた。
「ごめんね、モルツェン、急に呼び出して。
確認なんだけど、あそこの移転の件は確定してる?」
そう言って、窓の外に見える、僕の行き付けのお店。
娼館 マーメイドクラブを指差す。
「はい、其方は確定しています」
いきなりの話題に、イカルツウィンとデンツウィンが、訝しげな表情を作るが、此れは演技だ。
マーメイドクラブの移転の件に反応してしまったのを隠したのだろう。
「じゃあ、フチティーブちゃんが移るかは、調査中?」
「んな?!」
「ノッド殿?!」
「少々、お持ち下さい…………
はい、調査中から、進展はしていない様です」
「なるほどね…………」
「ノッド殿、一体どう言ったお話しなのでしょうか?」
イカルツウィンとデンツウィンは、とうとう殺気を隠すのを止めて、僕に向けて来る。
グレーヴェ達が、一瞬で身構えるが、僕が手で制した。
「イカルツウィンもデンツウィンも、さっき言ったけど、悪い様にはならないと思うよ。
順を追って話そうか。
先ず、イカルツウィンとデンツウィンが住んでた国で、戦争なりクーデターなりが有って、キミ達の軍勢が負けちゃって、国から逃れて来た。
此処までは、認めちゃって良いよね?」
「ええ、そうですな」
「仰る通り、我らの祖国は戦に敗れました」
「じゃあ、キミ達は3人で、この国に逃げて来た。
そのもう1人が、フチティーブちゃんで、フチティーブちゃんはキミ達の君主の娘とか、そんな感じだよね?
此れも認めて良いよね?
殺気放っちゃったし」
「…………そう、ですな」
「隠しても無駄でしょうな」
イカルツウィンとデンツウィンは渋々といった雰囲気で頷いた。
「じゃあ、確認なんだけど、フチティーブちゃんは、国を取り戻したいの?
其れと、なんでフチティーブちゃんが娼館で働いてるの?」
「…………確認ですか………」
「既に、察しておられると…………」
「予想だよ?
フチティーブちゃんは、国に未練なんて無いんじゃない?
其れで、娼館では、本人が好きで働いてるんじゃない?
当たってて、理由が言えるんなら、教えて欲しいんだけど?」
「…………当たっています」
「理由ですか………」
「…………そうですな。
此処まで気付かれたならば、理由くらい話しても問題無いでしょう。
フチティーブ姫が、祖国に未練が無いのは、祖国に良い思い出が無いからです。
元々、姫は3歳にして、我らの祖国を滅ぼした敵国へと政略結婚に出される事が決まっていました。
その所為で、隔離同然の生活をしておられたのです。
そして、姫が7歳の時に戦争が始まり、我ら2人が敵国の将の首を取っても、既に出ていた命令は止まらず、姫が10歳の時に祖国は滅びました。
我らの部隊は最後の任務として、若君や姫君の逃亡援助を命じられましたが、敵将の首を取った我ら2人は、敵国からの追ってが押し寄せるだろうと、何方も我らとの同行を拒まれたのです。
そんな中、我ら2人を指名して下さったのが、フチティーブ姫です。
『敵将を討てる程、強いならば、私しを守り切って下さい』と、仰って下さいました…………」
「其れから、我ら3人での逃亡の日々が始まりました。
我らの祖国は魔境の海に囲まれた、半島と島から成っており、城は半島の方に在りました。
其処から他国に逃れるには、先ず敵国を抜けねばなりませんでした。
3年を掛けて、夜闇に紛れて逃げ続け、とうとう敵国を抜けました。
其れからは、街道や“エアーバス”も使える様になり、2年を掛けて敵国より離れ続けて、2年前に、このアルアックス王国に辿り着いたのです。
そして、アルアックス王国に着いた時、姫は成人を迎えられました。
成人を迎えられた姫は、御自身は『市井で生きる』と仰られ、我ら2人も『自由に生きて良い』と、仰られました。
しかし、我らは『命尽きる迄は、姫をお守りする』と言いました。
姫は、『ならば、陰ながら見守って欲しい。そして、2人も其々の生活を送って欲しい』とあの店で働き始めたのです…………」
「「「……………………」」」
「…………ええっと、なんで、あの店で、働き始めたの?」
「おお、そうですな。
姫があの店で働いている理由でしたな。
姫は、元々、娼館での仕事に興味があった様で、成人したら娼館で働こうと前々から考えておられた様なのです」
「そして、初出勤をされた日に、自分の天職であると仰られて、そのまま今も働かれています」
……………………あれ?其れって僕の所為って事?
フチティーブちゃんの最初の体験入店の日のお客さんは、僕なんだよね…………
いや、あそこのオーナーがさ、体験入店初日で、成人したててで、本人も初めてだって言ってるから、1番良いお客さんを付けてあげたいから、指名しませんか?って言うからさ…………
「…………ノッド様?どうかされましたか?」
「いや、グレーヴェ、大丈夫だよ。
思った以上に問題無さそうだから、驚いただけだよ。
イカルツウィン、デンツウィン。
2人は自分の命がもう1年も無いって分かってるよね?
痛み止めで、普通にして見せてるけど、薬が切れたら凄い激痛でしょ?」
「……そうですな」
「おそらく、この冬を越えるのは難しいでしょうな」
「だったらさ、此処で死の瞬間のぎりぎり迄、フチティーブちゃんを見守るよりも、他の仕事に就いて、時々でも様子が見れる方が良くないかい?」
「……先程、仰られていた、マーメイドクラブの移転のお話しですか?」
「そう。此れから話す事は絶対に内密で、フチティーブちゃんにも言わないって約束してくれるかな?と、言っても、来年の春にはフチティーブちゃんも知る事になるから、それまでの間だけど」
イカルツウィンとデンツウィンが、お互いに見合って、頷き合ったのを見て、僕も頷き話しを続ける。
「じゃあ、先ず僕の名前から。
僕の名前は、ノッディード•ルベスタリア。
ルベスタリア王国の国王をやっている」
「ルベスタリア王国の」
「国王陛下?!」
「そう。キミ達も僕がスラムの人達を何処かに連れて行ってる事は調べたかな?
実は、国王自ら、国民を集めてたんだよね。
そして、予想してただろうけど、狼弾会は、現在、僕の傘下にあって、移民の人選を担当して貰ってるんだ。
その中で、幾つかの店舗を僕の国に移転させようと思っててね。
あそこのマーメイドクラブのオーナーとは移転の合意が取れてるって訳だ。
ただ、オーナーは良くても、従業員全員が僕の国に来る資格が有るかは別だ。
ルベスタリア王国は、他国に秘匿しているから、他国との行き来は基本的に出来ない。
だから、このアルアックス王国を完全に捨てられて、尚且つ、法律をキチンと遵守出来る人間しか移住させられないんだ。
その点、フチティーブちゃんは、今迄は過去の経歴が分からなくて審査中になってたみたいだけど、其れも解決したし、アルアックス王国への思い入れも無いだろうし、性格的にも問題無い事は僕が知っているから、来年の春には、マーメイドクラブの移転と共に、ルベスタリア王国に移民する事になるだろう。
と、此処までは良いかい?」
「なるほど、国の拡充を行われていたのですな」
「何かしらの組織を作られているのかとは思っておりましたが」
「じゃあ、此処からが、本題、キミ達の話しだ。
僕にはキミ達の病気を治す手段が有る。
その対価として、キミ達の高い忠誠心の対象を、フチティーブちゃんから僕にして貰いたい。
さっきも言った通り、その選択をすれば、時々、フチティーブちゃんの様子を今後も見続ける事が出来る。
一応、サービスで、来年の春、フチティーブちゃんがルベスタリア王国に来るまでは、狼弾会からこっそり護衛も付けてあげるよ」
「……其れは、ノッド殿の下で暗殺者になれと云う事ですかな?」
「其れとも、何処かの国と、戦争のご予定が?」
「いや、暗殺の予定は1件有るけど、コレは僕が自分でやるから暗殺を頼む予定は無いよ。
其れと、戦争の予定も無い。
キミ達に頼む仕事は基本的には情報収集で、いざと云う時の為に、暗殺技術の教育をして貰いたい。
僕は絶対に自分からは戦争を仕掛けないって決めてる。
ああ、とは言っても、相手が仕掛けて来ようとしたら、準備が整う前に潰しに掛かる事はあるかもしれないけどね」
「……情報収集と……」
「……暗殺技術の教育ですか……」
「そして、侵略では無く……」
「防衛の為の戦力……」
「そう、戦争を経験したキミ達なら良く分かるだろうけど、僕はルベスタリア王国全ての国民の幸せを願っている。
戦争は、絶対に不幸な国民を多く生んでしまうから、僕から仕掛ける事は無いよ」
「全ての国民の幸せですか」
「侵略戦争よりも遥かに険しき道ですな」
「まあ、確かに、侵略戦争をして行くよりは大変かもね。
けど、ルベスタリア王国では、全ての国民の幸福は目標であって夢では無いんだ。
それでも、万が一の時の備えは必要だ。
だから、その万が一の備えの為に、僕に協力して欲しい」
イカルツウィンとデンツウィンは揃って目を瞑ると、揃ってカッと見開いて真っ直ぐに僕を見て力強く言った。
「分かり申した」
「拙者達の命」
「「お預け致す!!」」




