第11章 賢者の子孫 2
第11章
賢者の子孫 2
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「「ノッディード様ぁ〜……!!」」
「ノッディード様、ご無事でなによりです」
13歳とは思えない弾力と、13歳らしい慎ましやかな弾力を両腕に受ける僕に、ネイザーは13歳らしからぬ丁寧なお辞儀をして来た。
「ネイザー、全然無事じゃ無いよ。
前髪が焦げちゃって、チリチリだよ」
そう言って前髪を摘む僕に、ネイザーは苦笑しながら、
「S級の方々に見られる前に切っておきますか?」
と、聞いて来た。
多分、冗談半分、気遣い半分だろう。
気遣いは僕じゃなくて、S級代理官のみんなに対してだ。
心配させない様にと云う事だ。
さすがネイザーだ。
ネイザーは、料理以外はパーフェクトな男だが、僕のところに来た時には、薄汚れ、片腕を失い、衰弱し切って死に掛けていた。
スラムで売春をして生活していた母から生まれ、幼い内から母の客引きの手伝いをさせられて生きていた。
しかし、歳を重ねた事で母の商売は上手く行かなくなり、無茶をし始めた母は悪い客に当たってしまい殺されてしまう。
生来頭の良かったネイザーは母の死後、貧民街を練り歩いては、残っていた僅かな金で商品を安く買っては、少し高く売る事を繰り返しながら日々を生きていた。
しかし、その生活も長く続かない。
僕が以前逮捕した前ウルフバレットに、『目の前を横切った』と云う、どうでも良い理由で腕を斬られたのだ。
頭の良いネイザーは、自分で処置をして何とか一命は取り留めたが、片腕では大きな物は持てない。
転売での生活は日に日に苦しくなった。
いつ死んでもおかしく無い限界状態だったところに、ネイザーの事を覚えていたグレーヴェがやって来た。
グレーヴェは、ネイザーに聞いた。
「このまま死ぬ?其れとも生きたい?
私の最も信頼出来る人の為に此れからの人生、尽くすんなら助けてあげる」
と…………
「ネクジェーの下に着けって事か?」
「ネクジェーじゃないよ。
ネクジェーも私と一緒にその人の下に居る」
「…………その人は何者だ?
いや、言えないから、そんな言い方をしてるんだな。
…………その人は正しい人か?」
「…………私達をこんな街に生まれさせた神様なんかより、よっぽど正しい人だと私は思う」
「くっく……はは………
神様よりもか…………
…………グレーヴェ、助けてくれ。
このまま死ぬよりも、その神様以上の人に賭けたい……」
その後、グレーヴェは僕に無許可で自分の緊急用のポーションを使った事を謝って来た。
ネイザーの状態は其れ程だったのだ。
もちろん、怒ったりしない、寧ろ誉めてあげた。
そして、どうしてそんな話しをしたのかグレーヴェに聞いた。
本来、去年の移民の条件は『10歳前後』此れだけだった。
最悪、トレジャノ砦で様子を見ている間にダメそうなら、記憶を消して、また、スラムに放り出せば良いと思っていたからだ。
なので、性格に問題が無いなら僕への忠誠心は、ルベスタリア王国に戻ってから教育の中で持たせれば良いと考えていたのだ。
グレーヴェの答えは、
「ネイザーが死にたそうに見えたから……」
と、云うモノだった…………
グレーヴェの目には、ネイザーが全てを諦め切っている様に見えたらしい。
後日、其れは正解だったと本人も言っていた。
そんな経緯でやって来たネイザーは他の子供達よりも早くから、僕のルベスタリア王国の発展に貢献するつもりで精力的に学んで、其れを活かそうと努力している。
失った腕が戻った事への感謝の気持ちも強い。
「ノッディード様の為なら、僕は神すら討つ」と言っているらしい。
僕のところに来てからのネイザーは、しっかり食事も摂って、燻んでボサボサになってしまっていた水色の髪に艶も戻り、茜色の瞳には知性を強く感じさせる、誰もが認めるイケメンとなった。
因みに、全国民から愛される僕よりモテる。
此れは間違いなく年齢が近いからだ。
そう、間違いない!!
そんなモテモテイケメンなネイザーは、13歳にして既に女性の扱いも分かっている。
なので、S級代理官のみんなにも、ちゃんと線引きの出来た嫌味も勘違いも与えない、パーフェクトな気遣いが出来るのだ。
僕はネイザーの忠告に従い、愛刀となった“天地鳴動”で前髪を切ってから、アプレイションオーガセントピードを倒した後の“エアーバス”運行商会(予想)の地下2階を探索して、みんなと合流した。
しかし、S級のみんなだけで無く、B級代理官の子達にも全員に前髪を切った事を気付かれた…………
1cmくらいだったのに…………
仕方がないので、食後の報告会で僕の失敗談と言える戦闘の内容も詳しく説明したのだが…………
「え?其れで前髪がちょっと焼けただけ?」
「その魔物って伝説の魔王より強そうなんだけど……」
と、唖然とするB級の子達に比べて…………
「ノッド様の前髪を焼くなんて絶対に許せないわ!!」
「その魔物は探し出して根絶やしにしよう!!」
と、怒りに燃えるS級のみんな…………
僕はてっきり、「以外とおっちょこちょいなんですね」とか、「気をつけてください」とか言われると思っていたんだけど、何だか雲行きが怪しい。
この後、「地下はやっぱり危険だから僕と同伴の時以外、不用意に行かない様に」と、言うつもりなのに、地下を探し回って、アプレイションオーガセントピードを全滅させようとしている…………
おかしいな…………
みんなこんなに好戦的だったかな…………
そのまま、B級代理官の子達を置き去りにして、アプレイションオーガセントピード殲滅計画を立てようとし始めたので、強引に話題を今日の報告に戻す。
僕達Aチームの発見は、目的の1つの大型エレベーター。
ティヤーロ、イデティカ率いるBチームは残念ながら特に無し。
ペアクーレ、ネクジェー率いるCチームは、なんと稼働中の給水やお風呂、トイレ、キッチンなどの水周りの魔導具を製作していた工場を発見した!!
水周りの魔導具は生活の必需品だ、絶対に欲しい!!
大型エレベーターも貴重かもしれないが、荒らされる可能性で言えばかなり低い。
此処は工場を先に手に入れよう!!
と、云う訳で先ずは工場引っこ抜き作戦を計画する事にした。
ペアクーレ達は工場の稼働状況を軽く確認してから離れたそうで、少なくとも3階から10階までは工場が稼働していたそうだ。
建物自体は高層ビルの様で100階以上はありそうらしい。
エレベーターは地上100階、地下4階だったみたいだ。
計画の流れとしては、先ず建物内の魔物を一旦一掃する。
次に、建物の管理者権限の習得方法と建物自体の設計図を入手する。
管理者権限は有るかどうかは分からないが、有った場合には直ぐに建物の設計図は入手出来るかもしれない。
その後は、ルベスタリア王国に戻ってエアポートタワーの時と同じく、入れ物作りを行ってから、持って来て被せて、地面を掘り返して、引っこ抜いて、持って帰る。
その時に、ルベスタリア王国では設置場所の準備と戻って来てからの魔物の再掃除も忘れてはいけない。
設置場所については、エアポートと同じく、王都東門の外に魔導具製造工場区画を増設しようと思う。
とりあえず明日は僕達Aチームが100階から降りて行く形で進み、ティヤーロ、イデティカ率いるBチームが奇数階を登って行き、サウシーズ、ペアクーレ率いるCチームが偶数階を登って行く。
2日目からは、初日の進行具合で振り分ける感じだ。
一応、上層階と地下階は僕のAチームが担当する事で話しがついた。
S級のみんなを説得した結果、B級代理官の子達にキャーキャー言われてしまって、ネイザーなんかは僕を拝み始めてしまったが、其処は割愛した方が良いだろう。
翌日、例のビルに来た。
確かに窓の感じ的に100階建てなのだろうが、其れ以上に高いビルだ。
1階1階の高さが高いのだろう、近隣でも飛び抜けて高いビルだった。
もちろん、更に中心部にはもっと高いビルも在るのだが十分に高い。
そして、大きい。
エアポートタワーのビル部分が80m四方だったのに対して、200m四方はある。
其れが、大きさを変えず遥か上迄伸びている。
“ハイスツゥレージセカンド”で上空から見たところ、最上階の一部だけ僅かに円柱状で、屋上への出入りが出来れば、“ハイスツゥレージセカンド”は、屋上に着陸出来そうだった。
建物には普通に入れて、Bチームは先ず1階の確認から始めて貰う為に此処で別れる。
昨日の探索で10階迄の魔物は一掃している筈だが、念の為だ。
そして、エレベーターで2階へ。
Cチームとも此処で別れて、僕達はそのまま最上階と思われる100階まで上がった。
今日のAチームは、僕とジアンヌ、ティエット、イーブレットの3人だ。
エレベーターから廊下に出るとこのフロアは幹部用フロアの様で、出て直ぐの所に案内板があった。
会長室や副会長室、〇〇部長室や〇〇室長室なんかが各幹部の秘書室と共に明記されていた。
イメージ的にはボス的な存在が会長室に居そうだが、魔物に商会の役職が理解出来て居るかは分からない。
僕達は1部屋1部屋順番に確認をして行く事にした。
此処は普通の商会だった様で、恐らく中から鍵を掛けられているであろう開かない扉も幾つか有ったが、そうで無ければ普通に入れた。
無人と云うか、無魔物と云うか、とりあえず誰も居ない部屋が続き、10部屋を過ぎたところで、とうとう魔物が現れた。
オーガリフレクションインスタントの最上位、エンペラーオーガリフレクションインスタントだ。
オーガリフレクションインスタントは、RI型と言われる、“魔導具殺し”の異名を持つオーガ系の魔物だ。
RI型が“魔導具殺し”と言われる所以は、魔導具による魔法攻撃を跳ね返す事と、更に機動力が非常に高く、大きくなったり長くなったりする形状変化の魔導具も当たり難いからだ。
このRI型は、見た目が分かり難いレイス系以外同じ特徴が有る。
身体の色がメタリックなシルバーで、背中に風魔法を噴出する突起、通称“バーニア”が着いている。
この2点がRI型、リフレクションインスタント型の特徴で、一般的には見掛けたら、即撤退が基本の非常に厄介な魔物だ。
そのメタリックな身体を部屋の照明で僅かに光らせながら、他の部屋よりも少し広い此処、副会長室の真ん中で、どっしりと胡座を掻いて僕達を見下ろすエンペラーオーガリフレクションインスタント。
RI型らしい特徴と共に、座っていても天井まで届きそうなその巨体は正にエンペラーオーガだ。
…………其れにしても、僕は本当に運が良い。
こんな狭い部屋で、この魔物に出会うなんて…………
こんな狭い部屋じゃあ、どっちにしろ大した魔法は使えないから、魔法が効かない事はそんなに気にする必要が無い。
そして、こんな狭い部屋じゃあ、背中のバーニアを使って加速なんてしたら、直ぐに壁に激突してしまう。
更に、こんな狭い部屋じゃあ、この魔物には天井が低すぎて真っ直ぐ立ち上がる事も出来ないだろう。
この状況でこの魔物に出会うなんて本当に運が良い。
Sランクのエンペラーオーガリフレクションインスタントが全く怖く無い。
ついでに言うなら、この魔物の持っている剣も付けている指輪も見た事がない、僕の“ジーニアスグラス”にも情報の無い魔導具だ。
注意すべきは装備品のみ。
此れはどうせ全ての上位の魔物に言える事なので、今更だ。
此処までお膳立てされているなら、3人に任せてみよう。
「あの魔物が分かる?」
「恐らく、エンペラーオーガRI型ですよね?」
「正解、ランクは?」
「間違いなくSランクだと思います」
3人はこの有利な状況に気付いていないのか、其れとも、この状況ですらSランクは怖いのか、若干声が震えている様だ。
「じゃあ、本日の最初の訓練はSランク狩りだ。
さあ、頑張ってみよう」
「ええ?!私達だけでですか?」
「先生達みたいに、一緒に戦ってくれるんじゃぁ…………」
「私達だけじゃ、殺されちゃう…………」
「はは……、大丈夫だよ。
もしもの時は僕がフォローするから。
其れに、こんな有利な条件でSランクの魔物と戦えるなんて、なかなか無いと思うよ?」
「有利な条件?
そっか、狭い部屋の中じゃあ、高機動でも自由に動けない!!」
「其れに、あの魔物には天井が低すぎるかも!!」
「此れなら勝てるかもしれない!!」
「『かも』、じゃあなくて、『多分』勝てるよ、昨日聞いた報告内容ならね。
相手の装備している魔導具にだけ注意して、慎重に戦えば大丈夫だ。
おっと、どうやら座ったままで戦うつもりみたいだね。
訓練開始だ」
「「「はい!!」」」
どうやら、不安は消えた様で、座ったままで横に剣を振り被るエンペラーオーガRIに対して、3人は、其々武器を構えて前に出た。
僕も念の為に相棒から降りて、いつでも加勢出来る様に構えておく。
「ぐおおおおおお…………」
と、云う雄叫びと共に、振り被ったオーガRIの剣に、光の刃が生まれる。
オーガRIが其れを振り抜くと、なんとその光の刃が一気に伸びて、3人に迫る。
オーガRIと3人の間にはまだ距離が有ったにも関わらず剣を振った事で、3人は光の刃が飛んで来ると思っていたのだろう。
僕もそう予想していたが、以外な事に剣が伸びて来た為、避けようと考えていたであろう3人は、慌てて“リフレクションプロテクト”での防御に切り替える。
「ティエットは魔法、イーブレットは物理、止まらなかったら私がフォローに入る」
「「了解!!」」
慌てた様子ではあったが、ジアンヌが直ぐに指示を出した。
どうやら、レアストマーセやワルトルットゥの“レイブラント”と同様の魔法の光の刃だった様で、ティエットの対魔法の結界に防がれて止まった。
その瞬間、オーガRIは、直ぐに光の刃を短くして、再度伸ばして突きを放って来る。
先程の一合を見ていたジアンヌが前に出て、対魔法結界を張って、この突きも防ぐ。
このエンペラーオーガリフレクションインスタントの剣は、“レイブラント”よりも恐らく優秀だ。
オーガRIの動きを見るに、剣の柄の部分に有るトリガーの様な部分で長さの調節をしている様だからだ。
“レイブラント”には、光の刃を生み出す事とその刃を飛ばす事しか出来ない。
魔導具には基本、機械式、音声式、魔素式の3種類が在る。
機械式は生活用の魔導具なんかによく用いられる、スイッチを押したり捻ったりして動かす魔導具だ。
装備品なんかで言えば、ディティカ達が使っている“ノーサプレット”の様な銃やネイザー達が使っている“スリーソートキャノン”の様な砲、後はネクジェーが使っている“トラッキングナイフ”の鞘に有る帰還スイッチなんかもそうだ。
しかし、同じ“トラッキングナイフ”でも、僕なんかは、“ジーニアスグラス”と連動させて、声で指示して使っていたりもする。
コレが音声式だ。
多くの武器の魔導具はこう云うタイプだ。
“レイブラント”であれば、『光輝け』と言えば光の刃が出来て、『敵を斬り裂け』と言って振れば光の刃が飛んで行く。
だが、『光輝け』と言って伸びる光の刃の長さは一定だ。
僕が以前使っていた、“フレキシビリティーソード”の様に、『〇〇m伸びろ』といった感じで指定して指示出来る魔導具の方が圧倒的に少ない。
なので、サイズ変更の出来るオーガRIの剣はとても貴重だと思う。
因みに魔素式は、ほぼ全ての魔導具に有る方式で、魔素、現代で云う魔力を魔導具に流して操作する方式だ。
但し、魔素式だけの魔導具は、賢者 ラノイツロバー誕生以前の、魔核が組み込まれていない古い魔導具だけだ。
そして、魔素式で魔導具を使えるのは現代では魔物のみの特権だ。
人間には魔法を使える者が居なくなったからだ。
と、云う訳で、3人には是非頑張ってあの剣を手に入れて貰いたい。
そんな事を僕が考えている中、3人は、オーガRIの剣を持つ右腕を着実に削っている様だ。
しっかりと連携して防御を固め、空いた者が右腕への攻撃をしている。
どうしても、物理攻撃オンリーなので、一気に斬り落とす迄には至らないが、着実にダメージは与えて行っている。
ドサッ…………
そして、とうとう、オーガRIから右腕を奪った。
早速拾いに行きたい僕を、先生役の僕が必死に抑える。
もちろん、戦闘はまだ続いているからだ。
武器を失ったオーガRIは、左の拳で抵抗を続けているが無駄な足掻きだろう。
左手には指輪型の魔導具有る様だが、特に変わった事は行わないので、恐らく身体強化系統の魔導具なのだろう。
程なくして、エンペラーオーガリフレクションインスタントは、両腕と首を失い絶命した…………
結局、背中のバーニアは全く使わず、胡座を掻いたまま立ち上がる事も無く殺されたSランクの魔物。
アイツは間違い無く、進化の方向性を間違えた。
エンペラーオーガとなって巨体にならず、普通のオーガリフレクションインスタントのままであれば、きっともっと強かったと思う…………
まあ、しかし、強い魔物を簡単に倒せて、新しい魔導具も手に入ったのだから、僕に文句があろう筈も無い。
装備品と魔核の回収だけして、僕達は次の部屋へと向かった…………