表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の王様  作者: 山司
26/144

第7章 来春 3

第7章

来春 3





▪️▪️▪️▪️





今年も3月に入って、雪が溶け始めた。


移民の受け入れ準備も滞り無く終わっている。


そんな、まだ其れなりに雪が残っている中、僕達は全員揃ってルベスタリア王国の北東、ルベスタリア森林に遠征をしている。


この遠征の目的は、全員に実戦経験を積んで貰う為だ。



みんなの戦闘技術と各種魔導具装備は、現状Aランクの魔獣が相手でも、恐らく勝てるだろうと云うくらいにはなっている。


しかし、レアストマーセ以外は、魔獣と戦った事が無い。


移民の移送も物資の運搬も分担して行おうと思っているので、もしかしたら、移動中に魔獣と遭遇してしまうかもしれない。

其れがいきなり初めての実戦では、幾らみんなが強くなっていても、どんな危険があるか分からない。


なので、魔獣との戦闘を経験して貰って、自分達の強さに自信と正確な把握をして貰う為に魔獣の多いであろうルベスタリア森林に来たのだ。




「じゃあ、みんな。出発するよ」


「「「はい!!」」」



みんなの緊張した返事を聞きつつ、僕達は森の中へと入って行った。


先頭は僕で、殿はレアストマーセ。

中心に4歳になったハンジーズを抱いたサウシーズで、他のみんなが其れを囲う感じだ。


みんなは各人の装備に加えて、僕が愛用していたコートと同じ効果のフード付きのローブを羽織っている。


“アグリアブルローブ”、着ていると、気温と湿度を無視して快適に調整してくれ、防水で強風も感じないと云う優れ物だ。


僕のコートと同様にカラーバリエーションが有ったので、其々、好きな色を選んでいる。


ティヤーロがグレーに近いシルバー、ティニーマが薄い紫、サウシーズが空色、ハンジーズは薄いピンク、リティラが明るめの赤でレアストマーセが落ち着いた感じの赤、ディティカが濃い青でイデティカが薄い青、ペアクーレが白で、グレーヴェが深い緑でネクジェーが黄緑だ。


何となく、みんなのイメージカラーの様な雰囲気だ。


未だ雪と寒さの残る森をこのローブのお陰で震える事無く進めている。




1時間ちょっと進んだ頃、とうとう魔獣を発見した。


今回の遠征では、2人ペアでの戦闘をして貰う。

其れが何度かクリア出来たら、ソロでの戦闘訓練だ。


このペアは、今年の移民運搬で組んで貰うペアだ。


最初に戦うのは、イデティカ、ペアクーレのペアだ。

この2人は、移民運搬の最初にルベスタリア王国に戻って貰うペアだ。


この2人とレアストマーセ、ディティカのペアは、王都アルアックスには入らずトレジャノ砦との往復のみの予定だ。

レアストマーセは有名で目立つからだが、他の3人は、以前貴族に狙われて居たからだ。

4人には申し訳ないが、活動拠点をアルコーラル商国に移す迄は街に連れて行く事は出来ない。


そんな、イデティカ、ペアクーレの向かう相手は、グレートホーンボア。

額と口元の3本のドリル状の鋭い牙とツノが特徴的で、危険だ。


魔獣は基本的には雑食でなんでも食べるが好みはある様で、グレートホーンボアの様なボア系の魔獣は人間は襲っても余り食べない。

どちらかと言えば、畑なんかを荒らす魔獣だ。


かと言って、グレートホーンボアは一般人が近寄る魔獣では無い。

鋭い牙とツノに加えて、2mを超える巨体と1tを超える重量、更に並みの刃物では傷も付けられない硬い毛皮。


危険度もBランクだ。


最初の獲物としては、少し辛目だが、今の彼女達は、僕が初めてキマイラと戦った時よりも遥かに強い。恐らく敵は自分自身の恐怖心だろう。



「じゃあ、イデティカ、ペアクーレ頑張って」


「はい、でも私達だけで本当に勝てるんでしょうか…………」


今迄、訓練だけで実戦経験が無く、他の比較対象も無かったのでイデティカは不安の様だ。


「どうですか?レアストマーセ先生」


なので、みんなの戦闘の先生で、元Aランクハンターとして経験豊富なレアストマーセに振ってみた。

彼女の戦闘に対する客観的なジャッジは不安を取り除いてくれるだろう。


「イデティカもペアクーレも十分に強い。

グレートホーンボアであっても余裕だろう。

だが、初の実戦に代わりは無いから、油断と怪我にだけは気をつける様に」


「はい」

「試してみます。私がどれだけ強くなったか」



若干、緊張し過ぎている感じもある様に見えるけど、自ら死ぬつもりで初戦闘を迎えた僕の様に気楽には行けないだろう。



イデティカとペアクーレがゆっくりと前に進んで行くと、グレートホーンボアも此方に気付いた様だ。


2人とボアの間は、木々に遮られて、ボアも一直線に来る事は出来なさそうだが、逆にイデティカのライフル銃“ノーサプレット”も射線が通り難い。

かと言って、ペアクーレの剣“フライリスターソーズ”も、斬撃を飛ばして引き戻すと云う特性上、魔導具としては使い難い場所だ。


イデティカが此方を向いたボアの正面に立って銃口を向け、ペアクーレはイデティカにボアの視線が集中したのを見て、木々に紛れて回り込む様に近付いて行く。


恐らく、事前に何秒後に撃つか決めていたのだろう。


イデティカの”ノーサプレット”が火を噴いた!!


炸裂音は無く、ピシュゥゥン!!と云う風を切る音だけがあって、


「ブオオオオオ!!!!」


と云うグレートホーンボアの絶叫と共に、ボアの右目が血に弾けた!!


すると、その死角になるであろう左側から透明な刃が首元目掛けて迫り、其れを追うようにペアクーレが飛び出す。


何かに気付いたボアが咄嗟に身を捻り、首への直撃を避ける

しかし、透明な刃はボアの屈強な右前足に深々と喰い込み、更なる血が噴き出す。


「ブオオオオオ!!!!ゴヴォ!!」


痛みにボアが再度いな鳴いた瞬間、イデティカの銃弾がボアの口の中に吸い込まれて、大量の血を吐いた。


恐らく今の一撃で死んだだろうが、そこにペアクーレの双剣による二連撃の斬り上げが入って、ボアの太い丸太の様な首が切断されて宙を舞う。


ズゥゥゥン…………


と、重い音を立てて、ボアの身体が地に倒れた…………




戦い自体はとてもスムーズだったが、イデティカもペアクーレもかなり疲れていた。

肩で息をすると云う程では無いが、呼吸も少し荒い。


しかし、2人の訓練は此処からだ。


「ブオオオオオ!!!!」


元々番いだったのか、はたまた聞き付けて来たのか、グレートホーンボアがもう一体2人目掛けて突進して来る。


「そんな?!」

「もう一体!!」


ペアクーレは剣を構え直し、イデティカは直ぐに銃口を向ける。

木々を薙ぎ倒して現れたグレートホーンボアは先程のモノより一回り大きく、怒り狂っている様だ。


突然の襲撃、疲れた所への追い討ち、作戦を立てられないまま突入する戦闘。

これらは魔獣が現れる可能性のある場所では、当然起こる事だ。



ピシュゥゥン!!

ガキィィィィン!!


「外した?!」


口の中を狙ったであろうイデティカの弾丸は、グレートホーンボアのドリル状の牙に弾かれる。


何の作戦も無かったからだろう、迫り来るボアに2人は揃って右側に避けた。

2人掛かりなら、直進に対しては左右に別れるのがセオリーだ。


その事に直ぐに気付いたのだろう、


「私は左側にイデティカさんは右側に!!」


ペアクーレが再度迫って来るボアの左に避ける。

イデティカも直ぐに反応して、右に避けるとすれ違い様に、ボアの左後ろ足を撃ち抜く。



「ブオオオオオ!!!!」


痛みの鳴き声と共に、止まろうとして体勢を崩したボアに、ペアクーレの斬撃が飛ぶ。

今度は右後ろ足にダメージを負ったボアの動きが止まる。


其処に後ろから次々と弾丸と斬撃が飛来して、痛みに声を上げるボアはとうとう地面に倒れ伏した…………


油断無く、近付いて止めに首を落としたペアクーレは其れでも緊張を解かない。


周囲から3体目が現れないか警戒している。

そのまま、注意しながらも2人は僕達のところに戻って来た。



「2人とも、お疲れ様。

ちゃんと戦えてたし、突然襲われても直ぐに立て直せてたし、良かったと思うよ」


僕がそう言うと、2人はそのまま崩れんばかりに力を抜いた。


『まあ、初戦闘で油断して殺されちゃった僕が偉そうに言えたモンじゃ無いけどね』と、思いつつも、笑顔で2人の頭を撫でた。





次のペアは、ティヤーロとリティラだ。

2人が挑むのは、クラッシュアッシュベアーと云う、2mくらいで前足の爪が蹄の様になっているのが特徴的な灰色のベアー系魔獣だ。


この魔獣の戦い方と食事の仕方は有名で、先ず戦い方は地面を軟化する魔法を使って足場を悪くして、敵が沼の様な地面に足を取られている所を地面を硬化させる魔法で固めて動けなくすると云う戦法だ。

そして、食事の仕方だが、蹄の様な前足で、グチャグチャになるまで擦り潰してから舐め取る様に獲物を食べるのだ。


最も恐ろしいのは、パーティーで遭遇してしまって捉えられ、仲間の無惨極まりない姿を見ながら自分の順番を待つ事になる場合だろう。


「アレは自害した方が何万倍もマシだ」と、偶然生き残った冒険者が言っていた。

彼は他の冒険者がやって来た事で一命を取り留めたが心が壊れてしまったらしい。



そんなクラッシュアッシュベアーだが、今回戦うティヤーロとリティラには余り相性が良く無い。

2人とも本来なら素早さを駆使して、敵を翻弄する接近戦がメインだからだ。


しかし、ティヤーロの“嵐氷剣”は、空も飛べるし遠隔攻撃も出来る。

此れで削って行けば、得意では無くとも無難には勝てるだろう。と、云うのが僕の最初の見立てだったのだが…………




「リティラ。先ずは私が氷の槍で牽制するから、魔法を使わせない様に翻弄してくれる?」


“嵐氷剣”を正眼に構えて、クラッシュアッシュベアーを見るティヤーロに対して、“レヴォリューションマーダー”を頭上で、左右で、ブンブン回し続けるリティラが否で答える。


「いえ、先ずは私が一度突いてみるので、其れから考えましょう」



そう言いながら前に出て行くリティラ。

小柄な彼女がブンブン振り回す槍は凄い速さで、そのまま浮かんで仕舞うのでは無いかと、錯覚しそうだ。



「じゃあ、ティヤーロさん行きますね。


“穿て”!!“レヴォリューションマーダー”!!!!」



円運動をしていた槍が、突如として凄まじい突きへと変わる!!



ゴォゥン!!!!



途轍も無い音と共に、繰り出された“レヴォリューションマーダー”の衝撃波が、遥か100m先迄、直径1m程の空間を全て抉り取った。


正面に居たクラッシュアッシュベアーの腹は勿論の事、奥の木々も抉り取られている。

クラッシュアッシュベアーは自身の身に起きた事が一瞬理解出来なかったかのように呆けた顔をしたかと思うと、そのまま、潰れる様に崩れ落ちた…………




「…………アレ、ちょっとヤバ過ぎない?」


僕は誰とも無しに思わず聞いてしまった。

僕以外のみんなも驚きで固まっていた様で、ビクッとすると盛大に頷いている。


「今の攻撃なら、もしかするとドラゴンすら倒せるかも知れませんね…………」


「そうかも…………」


レアストマーセの言葉に僕も同意してしまう。

リティラの槍を回す技術とスピードは凄まじいレベルだ。

其れが有るとはいえ、開戦後、僅か十数秒のチャージであの威力はヤバい。


“レヴォリューションマーダー”は回転させた遠心力を溜め込んで放てる槍で、リティラは訓練の成果で、2、3時間なら平気で槍を回し続けられる。


もしかしたら、一撃で、ドラゴンを倒したり、一軍を全滅させたり出来るかもしれない…………



活躍の場が無くて、トボトボ歩いて来るティヤーロ。

褒めて欲しそうに駆け寄って来るリティラ。


ティヤーロには「次に頑張って」と言って、リティラには笑顔で「とりあえず人間相手の時は“穿た”無いで」と言った…………




次はレアストマーセとディティカのペアで、またクラッシュアッシュベアーだったが、ディティカが片眼を撃ち抜くと、レアストマーセが“レイブラント”の光の大剣で一刀両断で終わった。


その次のサウシーズとネクジェーのコンビの前にはキマイラが現れた。

Aランク魔獣との遭遇だし、サウシーズが炎の塊の直撃を受けた時にはヒヤッとしたが、ネクジェーが的確に目や口内に“トラッキングナイフ”を投げ込み、サウシーズがすんなり近づいてストンッと首を落としてしまった。


最後のティニーマとグレーヴェの2人は、ドリルホーンラビットと云うCランク魔獣の群れとの戦いとなったが、ティニーマの“流斬薙刀”の水刃が薙ぎ払い、グレーヴェが取り零しを的確に処理する感じで、そこまで時間も掛けずに倒し切った。



その後も順次戦闘を繰り返して、全員が1対1でもBランクくらいなら普通に倒せる事を実感してから、僕達は、ルベスタリア王国への帰路に着いた。


まあ、もっぱら僕はみんなを労って褒めるのが仕事だった訳だが…………



とは言え、これで移民の移送時に多少の魔獣が現れても恐らく大丈夫だろう。

ついでに暴漢に襲われる心配や誘拐の心配も一気に下がった。


少女や主婦を歴戦の戦士に変えてしまうポーション訓練の効果はやはり絶大だったと実感した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ