第2章 一人暮らし 1
第2章
一人暮らし 1
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この世界は三回滅んだと云われている。
1回目は、恐竜時代の滅亡だ。
恐竜と云われるドラゴンの遠い祖先と考えられている生き物が世界を席巻していた時代があったらしい。
この世界に生き物が生まれて、最初の栄華を極めた時代だと云われている。
しかし、“ファーストストライク”と云われる巨大隕石の衝突によって、恐竜時代は滅亡したらしい。
2回目は、古代科学文明の滅亡だ。
“ファーストストライク”の後、世界の生き物は大きく姿を変えて行った。
そして、その中に人間も生まれた。
この時代は、人間と動物と虫の時代だ。
その中で人間は、石油と電気と云うエネルギーを持って、科学の力で世界を支配した。
その力は、ボタン1つで街を焼き払い、誰もが世界中と連絡を取り合い、海の底から空の果ての月に迄活動範囲を広げたと云われている。
しかし、その古代科学文明も、“セカンドストライク”と云われる巨大隕石の衝突で滅亡した。
3回目の滅亡、これが僕が辿り着いた小山で見つけた手紙にあった、古代魔導文明の滅亡だ。
“セカンドストライク”の後も世界の生き物は大きく姿を変えた。
世界は、魔導士と人間、ドラゴンと魔獣の時代になった。
古代魔導文明は、“セカンドストライク”によって齎された“魔素”と云うエネルギーによって成り立っていたらしい。
その“魔素”の影響で人間や動物、虫の中に“魔法”を使える生き物が現れた。
其れが、人間であれば魔導士に、恐竜の末裔であればドラゴンに、動物や虫であれば魔獣になったと云われている。
魔導士達は、古代科学文明の全ての技術を“魔法”の力で再現し、空に街を浮かべ、人間を支配した。
魔導士達は、地上に暮らす人間から文明を奪って行き、奴隷として扱う様になった。
その後、栄華を極めに極めた古代魔導文明だったが、賢者 ウィーセマーの手紙にあった通り、大厄災戦争が起こった。
その所為で、古代魔導文明は大きく衰退した。
恐らく、この後、賢者 ウィーセマーは、文明から離れて暮らし亡くなったのだろう。
何故なら、古代魔導文明が完全に滅んだのは、大厄災戦争よりも遥かに後だと云われているからだ。
大厄災戦争の終結は、今でも物語として残っている。
『伝説の賢者』の物語だ。
伝説の賢者は、奴隷扱いを受けていた人間の両親から生まれたそうだ。
なので、伝説の賢者は人間への差別を良しとしなかった。
そして、始めたのが、魔獣の体内に有る“魔石”を使った魔導具の作成だ。
本来、魔導具は魔導士達が魔法を補助する為に使い、魔導士にしか扱えなかった。
しかし、伝説の賢者は“魔石”を使って、魔導士以外でも使える魔導具を生み出したのだ。
だが、その技術は直ぐに魔導士達に独占されてしまう。
其処に、大厄災戦争が勃発した。
此れをチャンスと見た伝説の賢者は、人間にも扱える魔導具を人間達に次々と配り、100年続いたと云われる大厄災戦争に最終的には勝利した。
その後、空に浮かぶ街は全て地上に降ろされ封印されて、魔導士は人間の職業の1つになり、魔導士と人間とが共存する社会になり、誰もが使える魔導具の文明が発展して行ったそうだ。
だが、その古代魔導文明も滅亡する。
“サードストライク”だ。
“サードストライク”は、古代魔導文明で云われる“魔素”を、現代で云われる“魔力”に迄、引き上げてしまった。
此れにより、またも、世界の生き物は大きく姿を変えてしまった。
世界は、人間と魔物と魔獣の時代になった。
“魔素”が“魔力”に迄強化された事で、殆どのドラゴンは、理性を失い知性の無い亜竜と云われる魔獣に成り下がってしまった。
その事に怒った理性を残したドラゴン達は、殆どの亜竜を駆逐して行った。
『伝説の勇者』の物語では、世界にはもう5体しかドラゴンは残って居ないと云われている。
そして、魔導士達は、魔物となってしまった…………
ゴブリンやオーガ、オークにミノタウロス…………
レイスにリッチにスケルトン…………
死した魔導士達すら…………
その為、人間は魔物の跋扈するかつての都市を放棄して、誰も住んでいなかった土地や、小さな農村だった土地に街を作り生きながらえている。
現代の世界は、かつてに比べて、とても狭くなった…………
つまり、何が言いたいかと云うと、賢者 ウィーセマーの手紙に書いてあった、『魔導の深淵を覗く者』なんて居ない。
そもそも、魔導士が居ないのだ。
僕の不老不死の法を移す手段が見つかる訳が無い…………
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「はぁ〜〜…………僕は一体何をしてるんだろう…………」
この呟きも、既に5回目だ…………
僕は所謂、名誉の戦死をする為に王都から旅立った筈だ…………
なのに、不老不死になんてなったら、父上と兄上とした契約違反だ。
僕はドラゴンに捕まったんだから、もちろん、死んだ事になってるだろうけど、『嘘を吐かず、約束を守る』事だけが、僕の唯一の良い所だったのに…………
「…………いや、待てよ。そもそも、不老不死なんて有り得ないよな?
なんだか、普通にこの手紙を信じそうになってたけど、こんなの誰かの悪戯に決まってるよな?
危ない危ない、お腹が空き過ぎて、こんな小さな子供でも騙されない様な悪戯に引っ掛かる所だった。
其れより、此れからどうしよっかなぁ〜…………
唯一実感したのは、餓死だけは絶対に嫌だなぁ〜…………
やっぱり、魔獣に一思いに食べられる方がよっぽど良いよなぁ〜…………
でも、魔獣に全く出会わないんだよなぁ〜…………
…………そもそも、此処はもうレードウィーン大森林じゃないよな?
僕はきっとドラゴンに殺された事になってるだろうし、この際、自殺でも問題無いんじゃ…………
幸い、剣は有るんだから…………」
僕は腰の剣を抜いて、その切っ先を見詰める。
今思えば、この旅の間ずっと腰に下げていたが、全く使っていない。
まあ、魔獣に全く出会っていないんだから当然だが。
思ったよりちゃんとした剣だ。
アフィスターウィン家の者として恥ずかしく無いモノを父上が準備してくれたのだろう。
でも、其れが逆に良く無かった。
“ノッディード•アフィスターウィン”
僕の名前が刀身に刻んであったのだ…………
これじゃあ、僕が自分の剣で自殺したのが分かってしまう…………
僕は自殺を一旦取り止めて、久しぶりのベットで眠る事にした。
“あのカルボナーラ”は誰かの悪戯だろうし、その内、この小屋の家主が戻って来るかもしれないけど、食欲が落ち着いた所為で、睡眠欲のベットで眠りたい欲求を抑えられなかったのだ。
僕はそのまま、久しく忘れていたベットでの安眠を享受した…………
後になって気付いたのだが、剣は何処かに捨てて、この小屋の包丁で自殺すれば、僕だと分かる可能性は低かったかもしれないと思った。
まあ、何方にしろ自殺は無駄な行いだった訳だが…………
翌朝、僕は昨日のカルボナーラとの運命的出会いを思い出しながら、ゆっくりとベットから身体を起こした。
そう、目を覚ましたのは翌朝だ。
結局、昨晩はこの小屋の家主は帰って来る事は無かったのだ。
僕は、水を飲む為に、小屋のキッチンに行った。
食器棚から勝手にコップを取って、流し台へ行く。
すると、なんと蛇口には、赤と青の2つのハンドルが付いていた!!
「此れって、もしかして給湯の魔導具なんじゃ…………
何で、こんな高価なモノがこの粗末な小屋なんかに…………」
給湯の魔導具は、古代魔導文明の遺跡都市から見つかる魔導具としては比較的ポピュラーな魔導具だ。
しかし、其れでも冒険者達が命懸けで取って来る代物、勿論非常に高価だ。
一般家庭はおろか、侯爵家で有るアフィスターウィン家の屋敷ですらたった3箇所しかついていない。
其れが、こんな小さな小屋に使われているなんて…………
とりあえず、僕は気持ちを落ち着かせる為に水を飲んだ。
そして、キッチン周りを確認する。
冷蔵庫の魔導具にオーブンレンジの魔導具、何方も給湯の魔導具と同様に非常に高価なモノだ。
他にも僕の知らない魔導具らしきモノが幾つも有る。
キッチンの戸棚や引き出しの中にも、調理器具の魔導具が沢山ある。
僕は驚きを未だ落ち着けられないまま、奥へと続く扉を開けてみた…………
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「…………はぁ〜〜〜………………
やっぱり、あの手紙は本物かも…………
此処は古代魔導文明の賢者の家かも…………」
奥の扉の先を確認した僕は、テーブルに突っ伏して頭を抱えていた…………
扉の先は凄まじかった。
扉の先は左右に扉が有るだけだったのだが、左の扉はトイレだった。
しかし、トイレも完全に自動化された魔導具で、僕が入ると自動で便座カバーが開き、壁に付いたパネルで操作も体調管理もしてくれる。
そして、右の扉は、エレベーターだった。
エレベーターの魔導具なんて、王国内には王城にしか無い。
更に、エレベーターの階層は地下10階迄有る。
こんなモノ、古代魔導文明の遺跡都市の中にしか無い。
僕は地下に魔物が居るかも知れない恐怖心を抑えて、全ての階を見て周った。
地下1階は、全てが揃った生活空間だった。
地上のモノよりも広いトイレに、王城にある様な広いキッチン。
更にキッチンには、初めて見たとんでもない魔導具が有った。
何と、パネルを操作すると自動で料理が出て来る魔導具と、自動で食材が出て来る魔導具が有ったのだ。
此れで僕は餓死だけはしない。
あの苦しみはもう二度と味わいたく無い。
こんな魔導具が有ったら、食べるのを我慢するなんて不可能だ。
その他も凄かった。
最高級ホテルのスイートルームクラスの寝室に、温泉地の様な常時ふんだんにお湯が張られた広い風呂、クローゼットはキッチン同様にパネルを操作すると自動で洋服が出て来る。
広い食堂やリビング、サロンなども有った。
この地下1階だけで全ての生活が最高水準で出来そうだった。
地下2階は、2部屋だけだった。
1部屋は、上の小屋の様な簡易のキッチンとテーブルにベット。
唯一の違いは豪華な机が有る事だった。
その机は多くの文房具の魔導具で溢れる机で、この部屋は書斎の様な部屋だった。
書斎の様なと云うのは、この部屋には本が無いからだ。
本はもう1部屋の方に有った。
その部屋は書庫や図書館なんて代物では無かった。
本棚の森、本棚の街と云う程の途轍も無い広さだった。
この部屋にもパネルが有り、本のタイトルや著者、内容など多様な方法で検索する事が出来、選択すると天井のアームが凄い速さでその本を持って来てくれる。
片付けも、パネルの横のボックスに置くと、自動で行ってくれた。
僕はこの地下で、老衰で死ぬ迄、本を読みながら過ごすのも良いかも知れないと少し思いながら、下の階へと向かった。
地下3階と4階は、凄い場所ではあったが僕にはよく分からなかった。
恐らく、実験施設だと思うのだが、僕には全く分からない魔導具が大量に有って、中には稼働しているモノも有ったので、此処もかなり広かったが、詳しく見ずに下へと降りた。
地下5階は魔導具の倉庫だった。
今迄も驚き続けたが、此処での驚きは一際だった。
4つの部屋に分かれた階だったが、1部屋は剣に槍、鎧などが並ぶ武器庫だった。
その部屋の武器はどれも此れも国宝級の魔導具で、値段の付けられない代物のオンパレードだった。
此れだけの武器が有れば、どんな国と戦争をしても必ず勝ってしまうだろう。
他の3部屋の倉庫は、生活用の魔導具庫、雑貨類の魔導具庫、薬品やポーション庫だった。
全ての部屋に在庫が大量に有り、どんな国よりも豊かな生活がおくれるだろう貯蔵量だった。
其れから下層、地下6階は、恐らく訓練場。地下7階は、恐らく水や食料の生産工場。地下8階は、恐らく魔導具の生産工場。地下9階は、恐らく動力炉だと思われる施設が続いた。
そして、地下10階。
其処は只々真っ直ぐと道が続くだけの階だった。
30分程歩いてみたが、まだまだ先が見えなかった為、引き返した。
もしかしたら、更にとんでもない発見があったかも知れないが、知るのが怖くもあったので、地下10階の事は一旦忘れる事にした。
しかし、こんなのを見てしまうと此処が古代魔導文明の賢者の家だと信じてしまう…………
そうなると、必然的にあの手紙が真実と云う事になってしまう…………
其れはつまり、僕が不老不死になってしまったと云う事で…………
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小屋へとやって来て3日、結局、誰もこの小屋には帰って来ない。
その間僕は地下5階の武器庫から装備を持っては地下6階の訓練場で試す事を繰り返していた。
地下5階の倉庫にも各部屋にパネルが有り、其処に有るモノを自動で持って来てくれる。
そして、パネルにはその魔導具の性能や使い方が表示される。
書かれている内容はどれもとんでもないモノで、最初は空想の魔導具かと思う様なモノも多々有った。
しかし、実際に使ってみると、本当に説明内容と同じ効果が有ったのだ。
僕だって男の子だ。20歳になっても男の子だ。
こんな凄いモノが目の前に有ったら、試してみたくなるし、試して行く内に、自分が物語の勇者にでもなったかの様に真剣に自分の考える最強装備を吟味して行った。
そして今日、僕は小屋から大量の荷物を拝借して最強装備に身を包み小屋を出る事にした。
正直言って、この小屋で、老衰で死ぬ迄過ごそうかと真剣に悩んだけど、やっぱり、其れだと父上と兄上との契約を破った事になる気がして、魔獣と戦って名誉の戦死をしようと決断した。
ただ、どうせなら強い魔獣と勇者の様に戦って死のうと装備を整え、食料や水もしっかりと準備して出発する事にしたのだ。
そんな僕の装備は、汗や老廃物を吸収し、分解してくれる黒いインナーの上に黄金色の鎧。
腰には4本の剣と2本のナイフ。左腕には小さな盾とゴツ目のブーツに手袋。
背中には大きなバックを背負ってフレームレスのメガネを掛けている。
そして、僕の相棒になる折り畳み式の“エアーバイク”の後ろにも大きなバックを積み込んでいる。
ブーツや手袋、バックなんかは一見革製の様に見えるが素材は分からない。どれも、魔導具だ。
ブーツも手袋もダイヤルが付いていて、魔法の補助で脚力や腕力を強くしてくれる。
ブーツは更に空中迄駆ける事が出来るのだ。
バックは大商人や高ランク冒険者なんかが持っている、どんなに入れても重さが変わらないバックだ。
因みに、僕がこの旅に出る時に背負っていたのも同じ効果のバックだったけど、此処には種類も色々有ったので僕が持っていたモノよりもかなり大きめのバックだ。
折り畳み式エアーバイクは、父上が持っていたのと同型の三輪自転車の様な形状で、車輪の代わりに浮遊用の半球体の魔導具が付いている。
ただ、父上が持っていたモノよりも遥かに速いスピードと高い高度で走行出来る上位版の様だ。
そして、凄いのが初めて見たメガネの魔導具だ。
この魔導具は、連動させた全ての魔導具の情報が見えて、音声操作も出来るのだ。
つまり、「“アクセラレーションブーツ”、2段階アップ」と言えば、自動でブーツのダイヤルが2段階上がり、「“トラッキングナイフ”、ターゲットロック、ゴー」と言えば、2本のナイフが勝手に鞘から飛んで言って敵を攻撃してくれる。
この能力だけでも凄い凄メガネだが、この凄メガネは更に、“アーカイブボックス”と云う小型の箱の魔導具と一緒に使うと、鑑定機能と自動録画機能と地図機能まで有るのだ。
其れも鑑定機能は、ただ、注視して見るだけでも効果が有り、追加情報も聞けば教えてくれる。
自動録画機能は“アーカイブボックス”を操作して映像投影で再生出来る。
地図機能は元々入っている情報は古代魔導文明時代のモノだが、自動録画機能と連動して自動で書き換え迄してくれる。
この小屋も元々は『ウィーセマーの家』となっていたが、僕が、「この小屋は今日から僕の家と云う事にしよう」と言うと、地図の表記も『ノッディードの家』に変わったのだ。
そして、この地図機能によって、古代魔導文明時代のものでは有るが、僕がどのくらい遠くまで来てしまったかを知った。
僕が目指した魔境レードウィーン大森林の距離は、恐らく王国の南北距離の5倍くらい続いていた。恐らくと云うのは、地図が古代魔導文明時代の中期のモノで、大厄災戦争やサードストライクの影響で変わってしまった地形や長い時間を掛けて広がった森や川が反映されていなかったからだ。
そして、遥か彼方に見えていた山脈も大森林と同じくらいの広さがありそうで、その先にはもっと広い荒野と砂漠が有って、その先の山脈の中にこの地が盆地の様にあった。
この盆地はルベスタリア盆地となっていた。
恐らく賢者 ウィーセマーが此処に墜落した古代魔導帝国ルベスタリアから取って付けた名前だろう。
この盆地の周囲の山脈は、レードウィーン大森林の北の山脈よりも更に広大で、この盆地も僕の住んでいた王国よりも遥かに広い。
盆地の外周はその山脈でグルリと囲まれ、その内側に森、草原と続いている。
小屋は盆地の南部方面に有り、西には川が有り、北西には巨大な湖が有る様で、北東には広い森が広がっている様だ。
そして、森を抜け、山脈を越えた先に僕は凄い地名を見つけた。
“ドラゴンランド”
『伝説の勇者』の物語に出てくるドラゴンの国だ。
僕は思った。
どうせなら、そのドラゴンランドに行き、ドラゴンと戦おうと。
其処を僕の死地にしようと。
もちろん、其処に至るまで、広大な草原と深い森、天を衝く山脈を越えなければならないから、途中で命を落とす可能性の方が圧倒的に高い。
其れでも、無作為に死に場所を探すよりも目標を持って行動しようと思ったのだ。
そして、僕は今から旅立つ、目指すは“ドラゴンランド”、未だ見ぬドラゴンの国を目指して…………