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せみのおんがえし  作者: 忠野つまみ
5/8

3日目(下)

「さあ、選んでください」


 ノリノリのニーナに手を引かれ、ついにノマクロにたどり着いた。ここまで来たのはいいものの、ネットで無地の白Tシャツと適当なズボンを選んでいた僕にはやはり荷が重い。


 ちなみに今の僕の服装は灰色のズボンに白のTシャツ、上に黒のシャツ的なものを羽織っている。名称は知らない。出かけるときは大体この服装だ。

 これ以外だと黒、ベージュ、緑がある。逆に言えばこれしかない。


 こんな僕がニーナの服を選ぶなんておこがましすぎる。


「やっぱりニーナが選びなよ。僕はほら、こんなだから」

「昨日言ったじゃないですか。これは罰ゲームですよ? ほらっ、早く来てくださいっ」


 ずらりと並ぶ服の横をなんとなく見ている風に歩く。どれ着てもカワイイんだからどれでもいいじゃんと思ってしまう。その度に手を強めに握られる。ダメと言っているのだろう。


 ニーナは楽しそうに鼻歌を歌っている。初めてのショッピングだ。無理もない。というか無理せずにずっと鼻歌を歌っていてほしい。理由は明白、カワイイからだ。


「いい服ありました?」

「え? ああ、これとかどう?」

「適当に取りましたね? やり直しです」


 すべてを見透かすニーナはごまかせない。こうなったらとことん妄想して何が似合うか考えようじゃないか。にやにやとニーナを見ると、少しビクッっとして苦笑いを浮かべた。




***




 1時間くらいたった気がする。大収穫だ。主に恥ずかしがるニーナの表情を中心に。


 あんな服やこんな服を着るニーナを想像しては叱られ、そんな感じの服を持ってきては叱られを繰り返しながらまともな服も見て、最終的には5着に絞られた。


「どれを買いましょうか? 買ってもらう形になっちゃうんですけど……」

「もともとをのつもりだからいいよ」


 ――どうせこれから先、使うことなんてないだろうしね。


「あと、『どれか』じゃなくて全部買おう」

「全部ってそんなにいいですよ。せめて3着にしましょう」

「いいんだよ。それに――」

「『これを着てるニーナをもっと見たいから』ですか?」

「そ、そうそう。それそれ」


 遂に心を完全に読めるようになったのかのだろうか。僕の気障台詞が先読みされるなんてそれ以外ありえない。


「ふふっ、しゅん君は自分が思ってる以上に単純なんですよ。かっこつけるならもっとひねらないとだめですね」


 僕が、単純? 耳を疑いたくなるような話だがニーナが言うことだから間違いないのだろう。いや、間違いない。


「じゃあ勝負しようよ」

「勝負ですか?」

「かっこつけられたら僕の勝ち。できなかったらニーナの勝ち」

「負けたほうが何でも言うことを聞く、ですね」


 「発想も単純ですよ」と暗に言われている気がする。でも、昨日までは主導権を握っていることのほうが多かったのだ。今日はずっとニーナが握っているが一回ぐらいはチャンスがあるはずだ。


「じゃあ僕が勝ったらあーんな服着てもらおうかな」

「私が勝つので海に連れて行ってください」


 にっこにこで勝ち宣言とはなかなか好戦的だ。意外な一面を見られるのはうれしいが、勝負には負けられない。

 ニーナには内緒でノマクロにはおいていないお高めの服を買っておいた。ただ、一枚だけであんなにするとは思わなかった。こんなことならカードを作っておけばよかったな。


「あと、さっきみたいないい方しないほうがいいですよ。かっこ悪いですよ」

「さっきの?」

「下心見えすぎてるとさすがに私でも嫌ですよ」

「うぐっ」


 勝負のゴングは不利な形で鳴らされた。




***




「ああやってかっこつけるからお金が無くなるんですよ?」

「……ごめん」


 今怒られている理由は例の服による予算オーバーだ。だが、僕は反省も後悔もしない。必ず勝って金以上の光景を拝んでやる。


「この状況じゃ何してもかっこつかないですからね……」

「たしかに」

「もう負けを認めちゃうんですか?」

「いや、こんなことでは絶対に負けない!」

「何ですかその負けてしまいそうな雰囲気。まあいいです。少しお手洗いに行ってきます」

「え、ああ、行ってらっしゃい……?」


 僕がお手洗いに行く彼女への正しい声のかけ方なんて知ってるわけがない。このままでは本当に負けてしまう。また泣いている子どもはいないだろうか。あれくらいしかもうチャンスがない。


 今更だが主導権を握っているのも、からかっているときだけでかっこよく見せようとしたときには手ごたえを感じた覚えがない。


「お待たせしました」

「ああ、おかえり……え?」

「せっかくなのでアレンジしてみました。どうですか?」


 白ワンピオンリーから腰にギンガムチェックのシャツを巻いたワンポイントスタイルに変わっていた。帽子も柔らかい麦わらからカンカン帽に変わっている。子どもっぽさは少し上がったが、しっかりしているニーナにはちょうどいいアクセントだ。


 ルールが逆でかわいさを見せつけたら勝ちにしなくてよかった。なんてあざといんだ。帽子のつばを少し上げて上目遣いで見つめてくるニーナはこの世に存在する言葉では形容しがたい。というかできない。でも、ありったけの気持ちを込めて感想を伝える。


「似合ってる、カワイイよ」

「お金の件がなければ今ので勝ちだったでしょうに……」


 くそっ、カードさえあれば「カードで」だけでももうかっこよかったのに。使う機会なんてないと決めつけてやめてしまった過去の自分を殴ってやりたい。


「本当はこの後アトラクションに誘おうと思っていたのですが、無理、ですよね?」

「……はい」

「私がお金を持ってないのも悪いですよね」

「デートは男がおごるものだから、そこは気にしないでよ」

「3点です。もうその考えは古いですよ」


 10点満点だと思っておこう。

 それにしてもアトラクション、乗りたかった。ジェットコースターに上から落ちるやつ、今は夏だから水系のものもあったかもしれない。なんてもったいないことを……。明日は山に行くから、明後日は遊園地に行こう。決定だ。


「じゃあ、公園に行かない? お散歩として」

「いいですよ。ここからどうやってかっこつけるか楽しみです」


 圧倒的余裕を感じる。今は余裕でいると言い。僕が考えた最強の作戦「壁ドン」でその表情をゆがませてやろう。


「また顔に出てますよ。やりたいこともなんとなくわかっちゃいました」


 これはブラフだ。僕の言動を操ろうとする小悪魔的なニーナが顔を出してきたようだ。昨日は天使だったから今日は悪魔なのか。だとしたら明日は神かな。


「ッ! ちょっと待ってください!」

「ん? どうしたの?」


 鬼気迫る声で止められた。危機が迫っているのだろうか。眉間にしわを寄せて険しい顔をしている。いつもならカワイイってからかうところだがそうも言ってられない様子だ。


「……あそこに、あの人がいます」


 背伸びをして耳打ちで伝えてくれた。そんな伝え方をされたら話が入ってこないよ。

 いや、入ってきてはいるのだが、そんなことよりもニーナに集中したい。


「人がまじめな話をしてるんだからちゃんと聞く!」

「いててててっ、ごめんごめん」


 耳を引っ張られて現実に引き戻される。ああ、もったいない。


 まあそれはともかく、先輩がいるのか。それは好都合だ。昨日から言いたいことがあったのだ。


「いこ。言いたいことがあったんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。いいんですか?」

「ニーナがいてくれれば何の心配もないよ」


 今のはよかったんじゃないかと思いながら手を引いて先輩のもとへ行く。先輩には一言言っておかないと気が済まない。

 心なしか先輩の服装は僕と会った時よりもおしゃれな気がする。そんなことはどうでもいい。とにかくいってやるんだ。


「北見先輩、お久しぶりです」

「しゅん、君」

「今一人ですか?」

「……ええ」


 明らかに戸惑っている。おびえているようにも見える。僕が何かしでかしそう打とでも思っているのだろうか。だとしたらなかなかに失礼な人だ。自分から始めといてそんなことを思うなんてお門違いだ。

 まあ、今は置いておこう。僕はただ一言いいに来ただけだ。


「ならちょうどよかったです。一言言っておきたかったんです」

「一言?」

「はい。先日はありがとうございました」

「え?」


 そう、僕は感謝をしに来たのだ。


「先輩のおかげでニーナ、僕の本当の彼女に出会うことができました。先輩がいなければこんなにも幸せな時間を過ごしてはいなかったでしょう。だから、ありがとうございました」


 あの瞬間は何も考えられないくらい辛かったが、あれがあったからこそニーナを助けることができたのだ。心からの感謝だ。これで心置きなくデートができる。


「じゃあいこっか」


 僕はニーナの手を引いて目的地であった公園に足を向けた。


「ま、待って」


 突然先輩が大きな声で僕を呼び止めた。周りがざわつく。


「どういうことなの? 言ってることがわからないわ」

「見てわかりませんか? 今はデート中なんです。これ以上話はありませんから」

「……え?」


 やや駆け足で通りを抜ける。せっかくの時間を邪魔されたくない。

 追いかけてくる様子はなかったが、なんとなくこのまま公園に向かった。




***




「ごめん、急に走っちゃって。大丈夫?」

「……うん」


 公園の入り口について止まって声をかける。隣を見るとニーナが泣いていた。




 ――え?

「ど、どうしたの!? どこか挫いた!?」

「いやっ、そうじゃなくて……」

「そしたら、あの、えっと――」

「うれしかったんです」


 焦っていたら意外な言葉が飛び出した。まずは怪我じゃなくてよかった。でも、嬉しかったってどういうことだろう。


「しゅん君にとって、あの事はとてもつらいことだったと思います。それを私と出会えたきっかけって言ってくれて、私と会ったことがつらいことを上塗りするほど嬉しいことだったって感じてくれていて。それが嬉しくて、気づいたら泣いちゃってました」


 涙目で僕の目を見つめながらにへらと笑うニーナを僕は抱きしめた。

 心臓の鼓動が重なる。


「僕はニーナがそう思って涙を流してくれることが嬉しいよ」


 頭をなでながら答える。最初はびくっとしたが、すぐに身を任せてくれた。

 ほんのりと森の香りがする。とても温かい香りだ。僕が抱擁しているのに抱擁されているかのような包容力がある。とても落ち着く。


 僕の腕の中ではニーナが「すんっ」と鼻を鳴らしている。こんなにカワイイ存在に触れられていることが奇跡に感じる。でも、現実にこうしてニーナが僕に体を預けてくれている。こんなに幸せなことはない。


「もう大丈夫です。落ち着きました」


 5分くらいしてニーナが僕に言った。ずっとこうしていていたい気持ちはあるが、やりすぎは逆効果だ。今じゃなくても触れることはできる。

 僕は手を離してニーナと向き合った。


「100点です。私の負けですね」

「やっぱり100点満点だったんだ。まあ、今は勝負とかはいいよ。今はもっとニーナを好きになりたい」

「……そうやって自然体でいたほうがかっこいいですよ」


 そろそろ上目遣いでかっこいいと言ってることの罪深さに気付いてほしい。僕の顔がまた熱くなる。今の顔を見られるとさすがに恥ずかしいのでごまかすことにした。


「なんか暑くない? ちょっとアイス買ってくるから先入ってて」


 そう言って僕は走り出した。後ろで「だからしゅん君は……」という声が聞こえた気がした。




***




 お金をほとんど持ってないのを思い出してコンビニではなくスーパーまで行ったので遅くなってしまった。買ったのは二つに分けられるタイプのアイスだ。


 そういえば、連絡手段がなかった。どこにいるんだろう。

 公園の中は意外に広かった。森ゾーンと広場ゾーンに分かれている。広場ゾーンは見通しが良く、レジャーシートを敷いてピクニックをしている家族が何組か見える。


 ならば、ニーナがいるのは森ゾーンだろう。森ゾーンは葉で光が遮られ、なかなかに暗い。見つけるのは骨が折れそうだ。


「キャーッ!」

「!」


 ――今のはニーナの声! 一体何が!?


 一気に不安が押し寄せる。体がふわふわする。まるで夢の中にいるような感覚だ。さっきまで走っていたから疲れていたはずなのに、今はそれを感じない。とにかく急がないと。


 声が聞こえたほうへただひたすらに走る。飛び出た根に引っかかり、何度も転ぶ。そのたびに立ち上がり、前に進めと足に命令する。


 ――どこにいるんだ、ニーナ!


 ――しゅんくんっ


 あっちか!

 挫いた左足を引き釣りながら前に進む。すると声が聞こえてきた。


「えへへ、きょうはたくさんつかまえたー。お母さんに見せよ―」


 あれか。近づくとニーナに網をかけていた。


「おい。ニーナは僕のだ。返せ」

「ギャーッ! おがあさーん!」


 子どもでよかった。


「大丈夫!? 怪我はない?」

「大丈夫ですよ。びっくりしただけでひどいことは何も……ッ! 怪我をしてるのはしゅん君の方じゃないですか!」

「僕は何だっていいよ。よかった。ニーナが無事で」

「こんなボロボロで何言ってるんですか! しゅん君? しゅん君!」


 安心したらなんだか急に意識が遠くなってきた。でも本当にニーナが無事でよかった。




***




 ――なんだか柔らかい感触が頭にある。

 頭はまだうまく回らないが、僕の妄想コレクターから今の状況を推理すると、これは膝枕だ。


「気付いたのなら早く目を開けてください」

「あはは、ごめん」

「もうっ、本当に心配したんですから」

「どのくらい寝てた?」

「1分くらいですよ。」


 お約束のやり取りが楽しい。ニーナの心配のまなざしは温かみがあって安心する。

 葉の隙間から差し込む光が神々しい。まるで僕らを祝福しているようだ。


「もう少ししたら今日はもう帰りましょう。怪我が悪化したらいけませんから」

「このくらい大丈夫だよ。ちょっと挫いたり、擦り剝いたりしただけだから」

「それが困るんです! いいから言うことを聞いてください!」

「……はい」


 少ししてから僕はニーナに手伝ってもらってなんとか電車に乗った。そのまま家まで付き添ってもらった。


 僕はきちんとしたデートができないのだろうか。昨日はくだらないことでいじけて台無しにしてしまい、今日は一人にしてしまったがためにあわや大惨事だった。


「気にしなくていいんですよ。楽しかったですし、それにダメだったとは思いません。」


 僕の部屋でシップを貼りながらニーナが言ってくれた。腫れはあまりひどくない。


「でも」

「じゃあ、しゅん君は今日楽しくなかったんですか?」

「そんなことないよ! 楽しかったよ」

「だったらデート大成功です。私もしゅん君も楽しめたんですから。それに今日は私の不注意もありますから。すべてを自分の責任だと考えないでください。……これでよしっ」


 ニーナはいつも僕を励ましてくれる。いつまでもいじけてちゃそれこそかっこ悪いな。


「ありがとう。いじけすぎてた。明日も明後日もこれからもあるんだから、気にしすぎはよくないよね。しっかりするよ」

「そうですよ。いじけすぎは……って明日も行くんですか!?」

「もちろん。こんな怪我、すぐに治るよ。ダメって言わないでよ? 大丈夫だから」

「そんな目されたらダメなんて言えないですよ……」


 ため息をついてあきれるニーナだが、その顔はまるでそういうことをわかっているようだった。


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