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せみのおんがえし  作者: 忠野つまみ
2/8

1日目

これから毎日12:20に投稿します。

 今思うと、「先ほど助けてもらいました」と言われた時点で証拠は提示されていた。

 なぜなら、昨日僕がせみを助けたことを知っているのは僕だけなのだから。


「わかりました。信じます」

「敬語、だめですよ?」

「わかりま……わかった」


 まさかこんなアニメや漫画であるようなやり取りを僕がすることになるとは夢にも思わなかった。


「それじゃあ私の言うこと、聞いてもらいますね」

「え?」

「何でも言うこと聞いてくれるっていう約束、覚えてないんですか?」


 確かにした。あの時僕は調子に乗ってそんなことを言ってしまった。


「だったらそれは敬語をやめるっていうので終わったんじゃ?」

「一個だけとは言ってなかったじゃないですか」

「そんな屁理屈……」

「屁理屈を言える隙を作ったのが悪いんですよ」


 ニーナさんが小悪魔のような笑顔で言ってくる。

 かわいい。

 昨日よりも一段とかわいく見える。気のせいだろうか。


「じゃあまずは一個目。私のことはニーナって呼び捨てで読んでください」

「……わかった。……ニーナ」

「はい!」


 僕の小さい声にニーナが嬉しそうに返事をした。

 女の子を呼び捨てにするなんて小学生以来なかったので、少し恥ずかしい。


「じゃあ、二個目です」

「ほんとにするの?」

「当然です」


 恩返しに来たのではなかったのか。本来の目的を忘れているようなニーナに、思わず苦笑いがこぼれた。


「わかったよ。何でも言うこと聞くよ」

「言質、取りましたよ」


 そう言ってジャンプして部屋に入ってきた。

 距離が一気に縮まり、呼吸が止まりそうになる。


 今着ている服は昨日と同じ白のワンピースだ。だが夜見た時よりも明るい印象を受ける。アニメの中にこのまま混ぜても違和感がない程にかわいい。


「私と付き合ってください」

「ふぇ?」


 ニーナに見惚れていると耳を疑うようなことが聞こえてきて、僕はまた間抜けな声を出してしまった。


「ふふっ、何を驚いているんですか?私は恩返しに来たんですよ? ちゃんとしゅん君が喜ぶようなお願いをするに決まっているじゃないですか」


 ニーナは僕の反応を見て鈴を転がすように笑った。


 僕は何を言おうかと考えていると、振られた時のことを思い出してしまった。

 僕が表情をゆがめるとニーナが僕の頬に手を伸ばしてきた。


「え?」

「とてもつらそうな顔をしています。もしかして昨日のことを思い出しているんですか?」

「……どうして、それを?」

「昨日ずっと聞いていました。それを聞いてつい出てきてしまったんです。助けたいと思って。結果的に助けられたのは私でしたけど」


 ニーナは優しい声色で僕を包むように答える。温かい。


「私の目を見てください。きっとしゅん君ならわかるはずです」


 そう言ってニーナは僕の目を見つめてきた。

 ここまでしっかり目を合わせたのは母親以外いない気がする。


 ――昨日はどうだっただろうか。

 思い返してみると僕は話すときにはずっと先輩の目を見ていたが、目が合った状態で話をした記憶はない。


 考えている間もニーナはずっと僕の目を見つめている。


 人の考えていることはわからない。口では簡単に嘘をつけるし、表情や仕草、感情だって演技で取り繕えてしまう。


 実際に僕は優しいと思っていた人に騙された。

 もう誰も信じることなんてできないと思った。


 でも、違った。

 ここに、いる。

 僕だけを信じ、僕だけが信じられる、そんな人が。


 ニーナの目を見て僕はそう思った。


「うん、わかったよ」


 僕もニーナの目をしっかり見て答える。


「ニーナは信頼できる。ちゃんと僕を見てくれてる」


 僕の言葉を聞くとニーナはちゃんと見てますよと言って笑った。

 かわいい。


「もう一つ分かったことがあるんだ」

「何ですか?」


 僕は昨日の夜からずっとニーナのことを考えていた。そしてさっきの温かい感覚。これはきっと――


「僕はニーナが好きだ」

「へ?」


 ニーナは表情がころころと変わるのでこの短い間でもいろんな表情を見れたが、驚いた顔は初めてだ。

 かわいい。

 ちょっと顔が赤くなっているのを見てこちらまでも恥ずかしくなってくる。


「えっと、なんというか、説明しにくいんだけど、目を見つめられてた時にすごく温かい気持ちになったんだ」

「温かい?」

「落ち着くというか、安心するというか。とにかくずっと見ていたいっていう感覚」


 うまく言葉で言い表せないことに歯がゆさを感じるが、それでも伝えたいという思いが湧き出てくる。

 


「それに出会ってからずっとニーナのことを考えているし、ニーナと一緒にいるとずっとドキドキしてる」


 僕はキラキラと輝く空色の瞳に訴えかける。


「私も、その、しゅん君が初恋でずっとドキドキしてて。だから、その、こちらこそよろしくお願いします」


 ニーナが笑顔を咲かせて僕に返事をくれた。

 お互いに頬を赤らめながら至近距離で見つめ合う。


「じゃ、じゃあお昼ご飯でも食べようかな」

「そ、そうですね」


 さすがに恥ずかしくなった僕はお昼を提案した。

 言うまでもないが、照れているニーナもかわいかった。




***




「お昼はそうめんなんですね」

「味気なくてごめん」

「いやいや、私にとってはどれも初めてのものなので大丈夫ですよ」


 そういえばそうだった。

 先ほどのやり取りが衝撃を上塗りしていて忘れていた。まあ、恩返しで来たせみであるという話はさほど重要ではない。ニーナが僕と一緒にいてくれるというだけでいいのだ。

 今まで一度も考えたことがないようなことが自然と頭に出てきて、気恥ずかしさを感じた僕は洗面所で顔を洗う。熱くなった顔が水で冷やされて気持ちいい。


 顔を拭いてリビングに行くとそうめんが机の上に準備されていた。小学生の頃によくやっていた流しそうめん機も置いてある。どうやらニーナが準備してくれたようだ。


「何か面白そうなものがあったので出してみたのですが、どうでしょう」

「よくこんなもの見つけてきたね。ほこりかぶってただろうに」

「私は見つけるのが得意なんです。おかげで昨日、しゅん君を見つけられたんですよ」


 そう言ってニーナは誇らしげに胸を張る。

 かわいい。


 気が付くとあまりのかわいさに頭をなでてしまっていた。ニーナは少し驚いた顔をしたがすぐに笑顔になった。


「意外と積極的なんですね。こういうのはもっと時間がかかると思ってました」

「僕もそう思ってたよ」


 人どころか犬や猫ですら触ったことがなかったので嫌がられるかと心配になったが、抵抗されなくて安心した。

 僕を見上げてくるニーナと目が合い、心臓が跳ね上がる。昔の僕だったらきっとここで目をそらしていただろうが、今は違う。

 顔を赤くしながらもニーナの瞳を見つめる。するとニーナはとろけるような笑顔になった。

 かわいい。


 気が付くとまた自然と見つめ合っていた。ニーナとはまだ会ってから一日も経ってないが何回も見つめ合っている。しかし、一向に慣れる気配がない。


 そろそろそうめんを食べようということで僕はもう一度顔を洗ってから席に着いた。テーブルではもう流しそうめん機が水を循環させている。それを不思議そうにニーナが見ている。

 何をしていてもニーナはかわいい。


「なんで二回も顔を洗うんですか。早くやりましょう!」

「いや、ちょっとまだ眠くて」


 バレバレの嘘で答えながら麵を持ってスタンバイする。ニーナは慌てて箸を持つが初めての箸なので持ち方に悩んでいた。その隙に僕は第一投を投下する。

 流水に乗ったそうめんはなかなかの速さでニーナの前を通過した。


「あっ、ずるいです!」

「ちゃんと見てないから」

「むぅ」


 ニーナは不機嫌そうに頬を膨らませ、上目遣いと合わせて僕を攻めてくる。僕は笑いながらごめんと謝り、ニーナの準備が整ったのを確認してから麺を流した。


「やりました! きゃっ」


 今度はうまく掴んだニーナだったが、嬉しそうに掲げた麺から水が跳ねて顔にかかり、驚いた後に少し恥ずかしそうにしていた。

 どうしてただの流しそうめんがこんなにも可愛くなるのだろうか。そんなことを考えながら僕たちは流しそうめんを楽しんだ。




***




「今日は友達でも来てたの? 流しそうめん機まで出して」

「そんなとこ。ごちそうさま」

「もういいの?」

「お昼結構食べたから」

「そう」


 夕食中に母さんに聞かれたが、適当に流して部屋に戻った。部屋には僕一人しかいない。ニーナは一緒にいたいと言っていたが、母さんにばれるといろいろと面倒なので今日のところは帰ってもらった。

 ずっと一緒にいたいと駄々をこねるニーナは言葉では言い表せないほどかわいかった。目の前でぴょこぴょことはねながら「一緒にいたいです!」と言ってくるのだ。かわいくないわけがない。


 明日は水族館に行く約束をした。それで何とか今日は帰ってもらった。山しか知らないニーナにはとても面白い場所だろう。はしゃぐニーナの姿を想像するとそれだけで顔がにやけてくる。


 明日は寝坊するわけにはいかないので、いつもよりだいぶ早く布団に入った。だが、ニーナとの生活の妄想が止まらなくて眠れない。明日のことだけでなくこれからずっと先のことまで考えてしまう。



 僕はこんなにも幸せでいいのだろうか。


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