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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

罰ゲームのせいで、それは本心とは真逆で。~嫌い!嫌い!大嫌い!~

作者: 平野十一郎

閲覧ありがとうございます!

2021/9/5 航以外の男子達の葛藤の一節を追記しました。

 これは、松島(まつしま)(こう)が高校一年の頃。

 (こう)は他の生徒と比べても、特に目立つところのない平凡な男子高生である。

 入学からまだ間もないこともあり、浮ついた気持ちの航とクラスメイトの男子達数人は、放課後にタチの悪い罰ゲームに興じていた。


 「はい次!数学!

  最下位は……航で~す」

 「よっしゃあ!何とか回避」

 「俺、ちょっと危なかった」

 「イェー!じゃあ、航の番~」

 「逆だからな、逆。うっかり本心言うなよー」

 「わかってるよ。……ったく」


 それは、各ジャンルの小テストで最下位となった生徒が、本心とは真逆の言葉で、秘密を告白するというもの。

 国語・社会・化学のそれぞれの最下位と順番に巡り、今は数学の最下位である航の番だった。


 「あ~、えっと、なんか恥ずかしいな。

  あっ、違った。

  恥ずかしくない恥ずかしくない」

 「ちゃんと逆で言えよ~」

 「俺たちだって恥ずかしかったんだからなー」


 ドキドキする。

 真逆の言葉でとはいえ、秘密を暴露するのは。

 今までの人生で、誰にも言わなかったあの事を、まさかこんな形で口にするとは。


 「あ~。うん。あー。


  俺は、実は……


  幼馴染の諸角(もろずみ)ひかりが!!


  大っ嫌いです!!」


 思いのほか声がセーブできていなかったのか、校舎にそれが響き渡る。


 「おお~!」

 「マジか!」

 「よく言った!」


 「ふう。はい終わり……。

  これ言うだけで俺は力尽きたよ……」


 額から汗を一筋流し、椅子に、もたれかかる航。

 航としても、これ以上の秘密は無い。

 残りのテストでは最下位になっていないよう、祈るばかりだ。

 

 だが、航たちは、すっかり油断していた。

 放課後のそこそこ遅い時間だったため、まさか新入生である一年で、自分たち以外に残っている者が居ようとは。


 誰かが、隣の教室のドアを、思いきり強く開けた音がする。


 「……ん?」


 そして早歩きで校舎の玄関口から出てきたのは。


 あの肩口までのボブカットの女の子は。

 

 ひかり?


 ひかりが、校舎からどんどん遠ざかっていく。

 まるで、何かから逃げるように。


 「おい、航……」

 「あれ、もしかして……」


 まさか隣の教室に?なぜ?


 聞かれてた?あれを?


 「追いかけろ!早く!」


 くそ……。マジか!

 友にも急かされ、焦りからか机を蹴飛ばしながら、航は教室から飛び出る。

 【廊下は走るな】の貼り紙。今は気にしている場合じゃない。

 隣の教室の入り口からは、数人の女子が心配そうな顔を出していた。

 そうか、きっとひかりはこの時間まで、隣のクラスの友達と会話していたのだろう。


 急いで外履きに履き替え、玄関口を駆け抜け、既に早歩きで校門の外に出た、黒髪のボブカットの少女を追いかける。


 どこから聞かれていた?

 どこまで聞かれていた?


 『逆』という単語は、小声だった気がする。

 ならば『大嫌い』だけが耳に入ったのか。


 「最悪だ……!」


 すると少女はちらりとこちらを振り返り、航の姿を認めると、全力で走り出す。

 当たって欲しくなかった推測が、当たってしまったのか。


 航もそれに追随するように、走る。が……。


 -あいつ!速えっ!-


 あの少女は、あそこまで高速で動けるものだったか。


 少なくとも航の記憶にある限りは、割とおっとりとした性格のひかりは、運動はさほど得意ではなかったはずである。

 今だけが感情の力でブーストされているのか。

 それとも、航も知らないひかりの側面があったのだろうか。


 航はひたすらに、ひかりを追いかけるも、差は広がるばかりで、そのうち、ひかりはとうとう見えなくなってしまった。


 脚も肺も限界だった航は、道端に座り込み、乱れた息をつく。

 そこで航は、電話の存在をようやく思い出した。

 汗ばむ手で、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。

 ひかりに電話をかけようとしたところで、航の指は止まった。


 (……何て言えばいいんだ?)


 航は、頭の中で、弁解する言葉を一通り並べてみた。


 『あれは、真逆の意味だから』

 ダメだ。これではもう、告白だ。

 告白をいつかするとしても、罰ゲームなんかで、茶化してもいい程度の気持ちだと思われるのはマズかった。

 振られる。

 これは、今は言ってはいけない。


 『本当は好きだ』

 これも同じくダメだ。

 どう聞いても、嘘としか考えられないだろう。

 友人たちの前で、大嫌いと宣言した直後に、好きと言われても、ただの弁明以上には思われない。


 『あれは、嘘だから』

 これが一番最悪だ。

 ひかりが居ないところで、ひかりを踏みにじる言葉を吐いて、バレたから「嘘でした」と言い訳するなんて、最低男以外の何者でもない。


 航は、後悔と混乱の中で、何が正解かわからなくなっていた。

 もしかしたら、この時点で既に、正解なんて全部潰れて存在しなくなっているのかもしれない。


 航は、カバンを取るため、一旦教室に戻った。

 罰ゲームを行っていたみんなが、不安そうな顔で航に呼びかける。

 だが、フラつく頭で、何を言われ、何を聞かれ、何を答えたのか、航の記憶には残らなかった。


 帰り道。

 航の通う学校は、実は家から徒歩圏内で、幼いころから、ひかりと遊んだ公園が、通学路の途中にあった。

 航は、なんとなく公園に寄ってみる。


 (なんだかここに来るのも久々だな)


 まだ小学生のころ。無邪気で純粋な気持ちだけを口にしていたころ。

 航とひかりは、ジャングルジムの隣の広場がお気に入りで、夜になると星がきれいで、そこでよく幼い愛を語り合っていた。


 『ひかり大好き!』

 『私も、航ちゃん大好き!』


 ふたりで手を繋いで、互いに身を寄せていたあのころ。

 思い出で、航の目の奥に涙が(にじ)む。


 いつのころからか、ふたりの間に少しずつ(みぞ)ができ、高校に上がるころには、他の女生徒との距離感と変わらなくなっていたのであった。

 だが、航の心の奥の奥には、ずっとひかりが居続けていた。


 (俺はいったい、どうすればいいんだろう。

  教えてくれ、ひかり……)


 ジャングルジムの隣で、航はひとり。

 星が瞬き始める、薄暗くなる空を見上げていた。




 翌朝。

 教室に来てみると、ひかりの周りには、要人警護のように、女子達の壁ができていた。

 みんな、嫌悪の視線を航に向けている。

 ひかりは、机に伏せていて、顔が見えなかった。


 男子生徒が数人、航の元にやってきて、航の袖を引き、教室の隅まで誘導した。


 「……航。俺達、今ちょっとヤバい」

 「昨日のこと、変な形で女子達に伝わってるっぽいんだ」


 -松島航は、諸角ひかりを嫌っている-


 -その事を、男子達みんなで笑いものにしていた-


 航の顔から血の気が引いた。

 根も葉もない噂、なんて決して言えない。

 完全に自業自得であった。

 罰ゲームなんて、もっと適当な秘密でもでっちあげて、やり過ごせばよかったのだ。


 今は、女生徒達の壁で、ひかりに話しかけられない。

 いや、仮にひかりに話しかけられたとしても、一体何と言えばいいのだろうか。

 昨日と同じ、正解のない自問自答を、頭の中で繰り返す。


 結局、その日はひかりに話しかけられなかった。

 次の日も、そのまた次の日も。

 いくら月日が経ったところで、解決できるわけがなかった。

 航の中に答えがないのだから。


 一緒に罰ゲームを行った男子達も、女子達との関係は最悪のままだった。

 誰が誰に何を言おうとしたところで、結局は『嘘だった』『罰ゲームだった』と説明するしかない。

 突き詰めて考えると、航が思案したことと同じ結果で、どうしたって嫌われることになるのは明白だった。

 誰かが言った。

「しばらく様子を見てみよう」

 それは、ただ現状から目を()らすだけだったかもしれないが、かと言って他にいい案がある訳でもない。

 それはそれで悪手かもしれない。

 しかし、航を含め、男子達みんなも、どうしたらいいのかが、ただ分からなかったのだ。




 航を含めた男子達と、ひかり達との関係は改善されないまま、丸々一年が過ぎていった。




 二年生になったある日、航の前の席には、柘植(つげ)アリスが陣取っていた。


 「航、アンタがバカ過ぎなのはもう今更だけど、ひかりちゃんのこと、どうすんのよ」


 アリスは、二年生になってから仲良くなったクラスメイトである。

 明るく茶色く染めた長髪にゆるくパーマを当てた、ギャルっぽい女子であったが、とても優しい女性であることを航は知っていた。


 また、アリスは女子の中で唯ひとり、航が『ひかりが大嫌い』と言ったことが、罰ゲームの結果で、本心とは真逆であることを知っている。


 だからと言って、アリスは他の女子達に、そのことを取りなしてくれることはなかった。

 アリス曰く「航達が悪すぎ。もっと反省して」だそうだ。


 一年前は、きっと時間が解決してくれると思っていた。

 だが、一年経って、ますます溝は深まるばかり。


 恋愛経験の無い航は、ひかりについては未だにどうすればいいのか分からず、一年間、ひとことも話すことはできなかった。


 アリスの問いにも、(うめ)き声でしか返答できない。

 アリスもそれに、ため息で返す。


 「航。今日の放課後、駅前のコーヒー屋で。アンタの(おご)りで」


 ここ最近すっかりお世話になりっぱなしの、アリス先生のお悩み相談室である。

 その後の授業が全て終わると、航はアリスを伴って、コーヒー店に入り、カフェラテを二人分注文する。


 「ひかりちゃんのこと、もう諦めた方がいいんじゃない?」


 カフェラテをストローで吸いながら、アリスから切り出した。

 それは、もうここ数か月間、航も悩み続けてきたことだった。

 しかし、アリスから明確に口に出されると、思いの外、深く航の心に突き刺さった。


 ひかりのことは一日たりとも忘れたことはなかった。

 だが、そんな毎日に疲れを感じていたのも事実であった。


 「それも、いいのかもな……」

 「そうしなよ。ちなみに、アタシからひかりちゃんには、これからも何も言う気はないからね」

 「ははは。なんでそこまで意地悪するの」

 「ひかりちゃんに、本当の事、知られたくないから」

 「……?」


 「航には、アタシと付き合ってもらいたいから」


 一瞬、航はその言葉が何のことだかわからなかった。

 何度も頭の中で反芻(はんすう)し、ようやくその意味の欠片(かけら)を理解する。


 ストローを(くわ)えたままのアリスをみると、林檎(りんご)のように赤い(ほほ)

 

 「それって……。えと、本気で?」

 「本気」


 ちょっと釣り目のアリスの瞳は、航を見つめて離さなかった。


 「最初はまだ友達からでいいから。

  航は今まで、ひかりちゃんしか見てなかったけど、これからは、アタシのことも見てほしい」


 正直に言うと、航の心はこの一年で乾ききっていた。

 そこに垂らされた、一滴の水。

 ほんの少しだけ、気持ちが動く。


 航の心の中では、ひかりが微笑んでいた。

 でも航の目は、アリスを見つめていた。


 「えっと、急すぎてうまく言えないけど……

  友達からって言うなら、よろしくお願いします?」


 「やりぃ!」


 ガッツポーズをするアリス。

 航にとっては人生で初めての彼女。

 アリスにとってもそうなのだろうか。

 航の胸には、意外なほど大きな期待感と、少しの罪悪感だけが残った。




 その日から航は、放課後はアリスと遊び回った。

 便宜上『友達から』ということだったため、まだ手を繋ぐことすらできてはいなかった。

 でも、それも時間と逢瀬(おうせ)がいつか解決するだろう。

 きっとふたりの時間が積もるにつれて、手を繋いで、キスをして、その後も……。

 幸せな妄想が、航の頭を満たす。

 ひかりの欠片(かけら)を押し込めて。




 航とアリスが付き合い始め、二か月経ったころ。

 今日は休日。航とアリスはショッピングモールに来ていた。


 「航、いま幸せ?」

 「幸せだよ」

 「へへ……。アタシも」


 笑顔で見つめ合うふたり。

 今日はふたりで洋服を見て回るつもりであった。

 お互いを、自分好みのコーデに染め合うのだ。

 

 航は、アリスの手にそっと触れる。

 アリスは、それをそっと握り返してくれる。

 少し冷たい、やわらかいアリスの手。

 今日は、きっといい日になる。

 その時


 ひかりが、いた。

 見知らぬ男と手を繋いで。


 航もアリスも、ひかりも見知らぬ男も、全員が互いを見て、動きが停まる。


 最初に動いたのは、アリスだった。


 「行こ」


 航の手を引っ張り、無理やりにその場から離れようとするアリス。

 アリスに引かれるまま、その場から去る航。

 航は、ひかり達から目を背けていた。

 ひかりと手を繋いでいたあの男は、確か隣のクラスの男子生徒だったと、航は思い出す。


 『ひかり大好き!』

 『私も、航ちゃん大好き!』


 幼いころの()()いの言葉が、なぜかよみがえる。

 頭がフラつく。気持ち悪い。


 「ちょっと、航!大丈夫?」


 きっとひどい顔をしていたのだろう。

 アリスが航をベンチに運んで休ませてくれた。


 「お茶、飲む?」


 アリスがペットボトルのお茶を、航に一口飲ませる。

 献身的なアリスを隣に、航の頭はひかりのことでいっぱいだった。


 ひかりと、その隣の男。

 ひかりと繋いだ手。

 ひかりの隣。

 それは、本当はいつか自分が在りたかった場所。


 「ごめん、アリス……。

  今日は具合が悪いみたい……。

  帰ってもいいかな」

 「……うん」


 アリスも、尋常ではない航を見て、今日はもうデートどころではないと悟った。

 きっとアリスは、航の不調の原因は分かってる。

 でも、それを口にしないのは、優しさからなのか、それとも。

 航はアリスに見送られ、駅の中に入っていった。




 それから、さらに一か月が経った。

 航は、ひかりをよく目で追いかけていた。

 休み時間、ふと居なくなると、手を繋いでいたあいつに会いに行っているのではないかと邪推し、不安になった。

 アリスは、あれからも航の隣にいてくれた。

 アリスの優しさに溺れながらも、こころはひかりの元に飛んでいく。

 航は、どんどん自分が嫌いになっていった。

 

 教室でアリスと話している時、強い視線を浴びるのを感じることがよくあった。

 視線の元を辿(たど)っていくと、いつもひかりが居た。

 もし、ひかりが自分を見てくれているならばいいと、不義理な妄想をもてあそぶ。

 航は、またひとつ自分が嫌いになった。




 「航の家、行っていいかな」


 アリスからの提案。

 今日は航の家は、両親が外出中で、夜まで誰も居なかった。


 航の心臓が跳ねる。

 恋人同士が家でふたりきり。

 また一歩、恋人として深めるチャンス。

 航も健全な男子高校生で、そういうことを考えてもいたため、避妊具は実はこっそり買ってあった。


 「……うん。いいよ」


 放課後になり、アリスと共に帰るころ。

 航の目は無意識に、教室の中のひかりを探し、クラスの女子とお喋りをしているひかりを見つけ、少し安堵する。

 あの男子生徒と一緒ではないことに。


 帰るときに、またもや背後に視線を感じた。

 振り返ると、まだお喋りしているひかりが見えた。




 航の部屋に入ると、(あた)りを見渡すアリス。


 「へ~、航の部屋、こんななんだねー」

 「あんまりジロジロ見んなよ、恥ずかしいから」


 ベッドに腰掛けるアリス。隣に座る航。

 香りが色っぽくてドキドキした。


 ふと、思う。

 ひかりは、あの男とはどこまで行ったのか。

 もうキスはしたのか。それとも、その先も……。


 「航」


 航は、アリスの一言で現実に戻される。

 アリスは勘が鋭い。

 顔に出てしまっていなかったか、すこし不安になった。


 「なに?」

 「あのさ、アタシたち、付き合って三か月くらい経つよね?

  最初はさ、友達から始めようって、言ったけど……。

  まだ、アタシのこと友達としか見らんない?」


 実を言うと、航は当然アリスをひとりの女の子として見ていた。

 アリスの事は好きだった。恋人としても。

 だけど、身体はアリスを求めて、こころはひかりを求めて。

 航の迷いと自己嫌悪は、頂点に達しつつあった。


 「航。

  アタシ、やっぱり航が好き。

  友達のままじゃイヤ」


 いつのまにか、手と手を重ね合わせているふたり。

 そして、アリスの唇が、航の唇に近づく。







 『航ちゃん大好き!』


 航の耳には、ひかりの声が。

 航の目には、ひかりの幻が。


 振り向く、制服姿のひかりの影が。







 航は、アリスからのキスを避けていた。







 「……あ」


 どちらからともなく、ついこぼれた声。


 アリスの目に、怒りの涙が溜まる。


 「……バカぁ!」


 バチンと、航の頭をひっぱたくアリス。


 「バカ!バカ!


  どうせひかりちゃんのこと考えてたんでしょ!


  アタシは、身体だけでもよかったのに!


  今はまだ都合のいい女でもよかったのに!


  そしたら、いつか振り向いて貰えると思ってたのに!


  なんで!



  なんでぇ……」


 力なく項垂れるアリス。

 もうその目には怒りがなく、ただ涙が溢れていた。


 「……ごめん」


 身体だけでもアリスを求めてると思ってた。

 でも、違った。

 自覚してまった。

 もう、後には戻れなかった。


 「……アタシ、絶対応援なんかしてあげないから。

  航なんか、ひかりちゃんにフラれちゃえばいいんだ。

  それで、慰めてなんか、あげない」


 アリスは(そで)で涙をふき取ると、カバンを引っ掴み、部屋を出ていく。


 「……バイバイ」


 そのひとことだけを残して。




 航は、スマートフォンを手に取る。

 かけるのは、ひかりへの電話。

 いくつか、コール音が鳴ったあと。


 「……航ちゃん?」


 「ひかり」


 久々に聞く、幼馴染の声。

 一年と少しぶりか。


 「話したいことがある。

  公園まで来てくれるか?」


 「……うん。わかった」







 航は、あの公園に、ひとあし先に着いていた。

 幼いころ、ひかりと過ごしたあの公園。

 ジャングルジムの隣の広場が、ふたりのお気に入りで。

 今も、航はその広場で、星を眺めて待っていた。


 「航ちゃん」


 後ろから、声がかけられる。

 今まで、ずっと見てきた、最愛の幼馴染。

 あのバカな罰ゲームのせいで。

 自分が愚かなせいで、傷つけて、遠ざけてしまった。


 「よお」


 「どうしたの、こんな時間に」


 何から説明したらいいのか。

 航が逡巡(しゅんじゅん)していると、ひかりから声がかかる。


 「私、知ってる。

  航ちゃん、私のこと嫌いなんでしょ。

  一年生の時、聞いちゃったから。

  ……それで、なんなの」


 そうだ。まずは()()からだ。


 たぶん、これを言うと嫌われる。

 それは何度も自問自答していた。

 でも今は、それでもいいと思えた。


 「ごめん。あれは、嘘。

  嘘っていうか、罰ゲームで、本心とは真逆のことを言うってやつだった。

  だから、嫌いっていうのは、本音と逆」


 ひかりは目を見開く。


 「……え。

  なにそれ」


 つかつかと足音を立て、ひかりが近寄ってくる。


 「逆って、じゃあ!


  なに!?


  私、ずっと辛かったんだよ!


  航ちゃんに嫌われたと思って!


  一年以上も!」


 「ごめん」


 「なにそれ!信じらんない!

  罰ゲームってなに!

  バカじゃないの!」


 一日に二人の女の子にバカって言われた。

 本当に俺はバカだ。


 「ごめん。

  それで、嫌いってのは逆だから……


  ひかり、あの隣のクラスのやつと、付き合ってるの?」


 聞かずにはいられなかった。攻める側に立つ資格などないはずなのに。


 「……航ちゃんには関係ない」


 「関係なくない。俺はひかりが……。

  俺は、もう遅かったのか?

  それとも、最初からチャンスは無かったのか?」


 ひかりはうつむいて動かない。

 沈黙が数時間にも感じられた。


 「……罰ゲーム」


 「え?」

 

 「今から罰ゲーム。私を傷つけた罰。

  本音と逆で喋って」


 「……わかった。


  ひかり、俺はひかりが嫌いだ」


 不思議だ。『好き』と伝えるには、あんなに抵抗があるのに。

 同じ気持ちで真逆の言葉は、すんなり出てくる。


 「うん」


 「スッゲェ嫌い。大嫌い。

  子供の頃から死ぬほど嫌い」


 真逆だからこそ、言える本音もある。

 素直な言葉じゃ、恥ずかしすぎて。




 「じゃあ、私も今から()で言うね。


  私も、航ちゃんが大嫌い」


 ……え?


 「隣のクラスの男の子とは、付き合ってるよ。

  手は繋いでないけど、キスもしたし、えっちもしちゃった」


 一瞬、その言葉が航を傷つけるが、すぐに冷静になれた。


 ちがう。逆。逆なんだ。


 「航ちゃん、アリスちゃんとつきあってるんでしょ。


  どうなったのか知りたくもない。」


 「アリスとは別れてない。


  キスもしたし、今もまだ続いてる」


 ひかりが顔をあげる。

 その目からは、涙が零れそうだった。


 「航ちゃんなんて嫌い。


  嫌い!嫌い!大嫌い!


  子供の頃から、ずーっと、大っ嫌い!」


 その言葉は全部、逆で。


 もしかしたら、これは航がずっと聞きたかった言葉で。


 「俺も!ひかりが嫌いで嫌いで大嫌いだ!


  一緒になんていたくない!


  ずっと!ずっと一緒にいたくなかった!」


 「私、一年以上も!それよりもっと、何年も!


  さみしくなんて、なかった!


  航ちゃんが離れてくれてよかった!」


 涙が出てきて止まらない。ひかりも泣いている。

 俺達ふたり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


 「俺、ひかりと、死んでも一緒にいたくない!


  死んだあとも一緒にいたくない!


  産まれ変わっても、一緒にいたくない!


  絶対にゴメンだ!」


 「私だって!何度、産まれ変わっても、絶対一緒にいたくない!


  世界で一番、大嫌い!」


 「俺も、ひかりのこと、


  この世で一番、嫌いだ!」


 もし俺達を(はた)から見たら、なんて滑稽(こっけい)なのだろう。

 泣きながらお互いを罵倒しあってるなんて。


 航は、ひかりと触れ合う寸前の距離だ。


 「俺、ひかりのことなんて、触りたくない。


  手なんて繋ぎたくない」


 「私も、航ちゃんになんて触られたくない」


 航は、そっとひかりの手に触れる。


 あのジャングルジムの隣で。

 空に瞬く星はきれいで。


 航は、おそるおそるひかりを抱きしめる。

 ひかりも、それに応えるように静かに、航の背中に腕をまわしてくれた。


 俺とひかりは、泣きながら抱き合った。







 俺は真逆の言葉で傷つけて。


 俺達は真逆の言葉で癒し合って。


 俺はアリスの思いも踏みにじってしまって。


 俺は愚かさの塊だけど、愚かなまま生きていくしかないと思う。


 罪と罰なら幾らでも背負うけど。


 それでも、生きてきてよかったと思えた。







 「ひかり。大嫌いだ」

 「航ちゃん。大嫌い」






お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] ? 手をつないでた男の子はいったい何者? なんで手をつないでたの?
[一言] 焦らされる感覚に目覚めそうです(続きが読みたい)
[一言] ドラえもんの話を思い出しました。
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