最恐魔王、捨て子を拾う 〜捨てられたようだが関係ない、俺が育てる。やっぱり返せだと?今さら遅い、俺の家族に手を出すな〜
「ヘル、貴様は我が一族を不幸に陥れる、禁忌の子だ。だから貴様を、村から追放する」
獣人族として生まれたヘルは、十二歳の誕生日にその村を治める村長にそう告げられた。
数百人の獣人族が暮らす森の中の村で、村の行く末を見守るようにほとんど全員が村の真ん中に集まり、十二歳でまだ子供のヘルを囲んでいる。
ほとんど全員がヘルを睨んでいて、汚いものを見るような視線だった。
ヘルは獣人族では禁忌と言われている、白髪を持つ子供であった。
両親の髪色など全く関係なく、生まれた瞬間から白髪だった。
禁忌の子だということは誰でも見ればわかったので、すぐに殺そうという話になった。
しかし獣人族の言い伝えで、禁忌の子を殺すのもバチが当たるという言い伝えがあったのだ。
だから殺せずにいたのだが、村人全員がヘルに対して腫れ物扱いをして、ほとんどいない者として扱っていた。
だが今回、獣人族として狩りをし始める年齢の十二歳になったから、ようやく村を追放出来る。
村人や村長はもちろん、両親までもヘルを追い出すことが決まって、とても嬉しがっていた。
「ようやく禁忌がこの村からいなくなる!」
「この十二年間、いつこの村が滅ぶんじゃないかと思って冷や冷やしてたわ」
「村長達に感謝だな、あんな禁忌を置いていても、この村は十二年間ほとんど魔物に襲われなかった」
「早く出てけ! この村に、この森に近づくな!」
村の真ん中にいるヘルに対して、石を投げつける獣人族の村人達。
ヘルは無表情でそれらを避けることもせず、頭に石がぶつかりそこから血を流す。
どこを見ているのかわからない、ずっと虚空を眺めているヘル。
「ヘル、貴様をこの村、森から追放する。そうだな……この森から出たところ、魔王領の荒原まで送ってやろう」
村長はニヤリと笑いながらヘルにそう告げた。
すでに村長からどこに追い出すかを聞いていた周りの男達も、ニヤニヤと笑いながらヘルを見る。
魔王という邪悪な王がいるというのは、この世界では有名だ。
いろんな種族を見境なく襲い、滅ぼしている血も涙もない王、それが魔王。
ほとんどの国の規則などで「魔王には近づくな」という決まりがあるぐらいだ。
魔王に近づいたら最後、命は奪われるから。
そんな魔王領に獣人族の子供が一人転がっていれば、殺されることは間違いない。
事実上の死刑みたいなものだった。
さすがにヘルも魔王のことを知っていたからか、少しだけ表情が変わった。
それが恐怖なのか、諦めなのかは村長達はわからない、興味もなかった。
「よし、ヘルを縛って連行しろ」
「はっ」
村長が周りにいる男達にそう言って、男達は座っているヘルを立たせて手足を縛る。
そして馬車の荷車に雑に入れて、魔王領の方へと出発した。
村長や村人達はようやく、禁忌を追い出して安心して暮らしていける……そう思っていた。
ヘルを乗せた馬車が魔王領に移動し始めて、数時間後。
ようやく森を抜けて魔王領となる荒原に辿り着いた。
この荒原も昔は国があったという話だが、それも魔王に滅ぼされてこんな荒野になったという話だ。
草も木もなく、地面は枯れているのか亀裂が走っているところが見える。
水も食料もなく、こんなところ普通の生物が生きていられるはずがない。
「ここが魔王の領地か……噂通り、人が住めるような場所じゃねえな」
そう言いながら魔王の領地へ村の男達は踏み込み、手足を縛って動けないヘルを投げ捨てる。
「あうっ……!」
受け身も取れずに地面へと落ちたヘルがそう呻くが、男達は笑っている。
「はっ、お前はここで死ぬんだ。うちの村は禁忌を抱えながらも、よくあそこまで発展したよ」
「本当だな。禁忌がいなくなれば、もっと発展していくことだろう」
ヘルのことを見下しながら笑いながらそう話す男達。
それを聞きながら、ヘルは無表情ながら死んだ目で考える。
(あぁ……私は、生まれちゃ、いけなかったんだ……)
生まれた瞬間から嫌われていて、一人の世界でずっと生きていた。
その一人でいた時間、何度も何度も考えた「自分はなぜ生まれてきたんだろう」と。
答えは今まで出なかったが……今ようやくわかったかもしれない。
(間違いだったんだ……生まれたことが、全部……)
十二年間、一人で生きてきて出た答えが、これだ。
その答えを知ってヘルの心に生まれた感情は、なんだろうか。
この感情を、ヘルは知らない。
ただ……それに似ている感情は知っていた。
(……寂しい、なぁ)
ずっとずっと、一人だった。
何度そう思ったかわからない。
なぜ生まれてきたのかと思った数よりも、心を埋め尽くしていた感情だった。
ヘルがそんなことを思っているとは知らない男達は、ようやく自分達の村に帰れると思いながら来た道を戻ろうとした、その時……。
男達とヘルがいるところに、大きな影が出来た。
いきなりのことで驚いた男達だが、その影の正体を知るために周りを見渡し……そして上を見た。
「なっ……!?」
「あ、あれは、なんだ……!?」
男達とヘルの上で太陽光を遮っていたのは、大きな魔物。
姿形は普通の鳥に近いのだが、体長は十メートルを超えるような魔物。
村の周りの危険な森にすら、あんな大きな魔物はいない。
そんな大きな魔物が、上空に軽く十匹は飛んでいた。
「な、なんだあの化け物は……!」
一人がそう言った瞬間、一匹の上空を飛んでいた魔物が男達のもとへ降りてきた。
「あ、ああぁぁ!?」
「に、逃げろ、早く……!」
男達は獣人の村の中でも強い方だったが、そんなデカい魔物と戦ったこともないので、最初から戦意を喪失していた。
十メートルを超える巨体とは思えない速さで降りてきた魔物が、地面ギリギリまで降りて滑空し――一人の男を嘴に咥えた。
「ああぁぁ……!」
嘴に咥えられた男はそんな叫び声を上げるが、上空へと上がっていく魔物が少し口を開け……そのまま呑み込まれてしまった。
それを見た男達は恐怖し、我先にと魔王の領地から出て森の中へ逃げる。
「は、早く……!」
「し、死にたくない……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
魔王の領地にいる魔物を全て操っているという魔王。
勝手に入ってきた自分達を殺そうとして、この魔物を操っているのか。
男達はそれぞれ謝罪の言葉や恐怖の言葉を叫びながら、森の中へと入っていく。
幸運にも巨大な鳥の魔物は男達に興味を示さず、男達は森の中へ逃げ帰ることに成功した。
しかし……男達に縛られて地面に転がっているヘル。
もちろんそんな体勢では、逃げることも出来ない。
横向きでやはりどこか虚空を眺めている。
数秒もすると大型の鳥の魔物が数匹、地上に降りてきてヘルの周りを囲んだ。
体長が十メートルを超えている魔物は、嘴だけでヘルの身長を超えている。
その嘴をまた大きく開けてヘルを喰らう……そう思ったのだが。
嘴が咥えたのはヘルの手足を縛っている縄のみで、鳥の魔物はそのまま縄を食いちぎった。
「……あり、がとう」
ヘルは身体を起こし、鳥に囲まれながらもその場に座り込む。
普通の人ならば命の危機に瀕しているこの状況だが、ヘルは村人に囲まれるよりも落ち着いている。
ヘルは昔からなぜか、どんな魔物にも好かれた。
村で暮らしていた頃も、村に住んでいた大人や子供達からイジメられていたので、村の外に何回も追い出されたことがある。
自分達で殺しはしないけど、森にいる魔物に殺してもらえればいい、というも目論見で。
しかしヘルはなぜか魔物に一度も襲われたことがない。
簡単な意思疎通も出来て、魔物に村まで送ってもらったこともある。
今回は別にお願いもしてないのに、手足を縛っている縄を解いてくれたのだ。
それだけヘルはなぜか、魔物から好かれる才能があった。
「……これから、どうしよう」
鳥の魔物に囲まれながら、ヘルはどうするべきか考える。
村から追い出されたヘルはもう何もすることがない、生きる目的がなかった。
自分を囲っている鳥の魔物達を見上げて……。
「……私を、喰ってくれる?」
そう問いかける。
すると鳥の魔物達は意思が通じたようで、一瞬だけ固まる。
数秒ほど、ヘルと鳥の魔物は向き合って目線を合わせる。
そうしていると鳥の魔物が目を瞑り、一粒の涙を流した。
ヘルの思いが本気だということがわかったのだろう。
その思いを汲み取り、涙を流してくれた。
鳥の魔物は脚を振り上げる。
食べるといっても鳥は丸呑みをしてしまうので、魔物の腹の中でしばらくヘルは生きてしまうだろう。
そんな苦しい思いをさせてはならないと思ってくれたのか、鳥はまず息の根を止めてから食べくれるようだ。
「ありがとう。辛いことさせてごめんね。私、美味しいといいね」
今日初めての笑みを見せたヘル。
目を瞑り、その時を待つ。
そして――。
「俺の領地に獣人の子とは、珍しい」
そんな声が聞こえて――瞬間、大きな音が目の前から聞こえた。
誰かが何かを殴って破壊したような、メキャというような音。
少しビックリしながら、ヘルは目を開けると……そこには、一人の男がいた。
下から見上げてその男を見るが、獣人ではないようだ。
獣人の特徴である、獣の耳や尻尾が生えていない。
黒髪で長身の男、横顔しか見えないが凛々しい顔立ちをしている。
ヘルの目の前が開けている。
どうやら先程の音は男がヘルを食べようとしてくれていた鳥の魔物をぶっ飛ばした音だった。
その魔物は数十メートル離れたところで仰向けになって倒れていた。
「それと、ガルルバードか。こいつらも珍しいな、あまり俺の領地に来ない魔物、まず人を襲うことがない魔物だが……」
男はヘルの側に立ち、まだ周りにいる数匹のガルルバードを睨む。
「この子を喰らおうとするのであれば、容赦しないぞ」
瞬間、男から周囲に異様な圧が発せられた。
十メートルを超えるガルルバード達が、その圧を受けて一歩後ずさる。
空を飛んでいるガルルバードもいるが、今の圧を受けたのかビクッとしてからさらに上空へと羽ばたいた。
地上にいるガルルバードは動けなくなる。
目の前の男が自分達を一瞬にして自分達を殺せるほどの化け物だということに、本能で理解させられたから。
「や、やめて、その子達には、手を出さないで……!」
「むっ?」
ようやくヘルが状況を理解し、その男を止めるために声を上げた。
まさか殺されかけていた女の子からそんなことを言われると思っていなかった男は、目を丸くしながらヘルのことを見た。
そして、ヘルが説明をした。
自分は村から捨てられた存在だと。
捨てられたところにガルルバードが来て、もう生きても意味がないから食べてくれと頼んだこと。
そこまで話すと、男は頭を抱えた。
「……つまり、俺は早とちりをしたというわけか」
「……うん」
「……すまん。一匹、ぶっ飛ばしてしまったな」
男はぶっ飛ばしたガルルバードに近づいて、手をかざして魔法を放つ。
すると優しい光がガルルバードを包み込み、殴られたところや吹っ飛んで地面に削られた翼などが治っていく。
全て治って優しい光がなくなると、ガルルバードはゆっくりと立ち上がった。
「治ったか? すまんかったな」
男がそう言うとガルルバードが「グエッ」と鳴いた。
「大丈夫、だって」
「むっ、言葉がわかるのか?」
「なんとなく」
「そうか、先程も自分を食べて欲しいっていう願いを聞いてもらってたみたいだが、素晴らしい才能だな」
「……そうなの?」
「ああ、いろんな奴を見てきたが、魔物に願いを聞いてもらえることが出来る奴なんて見たことない」
「……そうなんだ」
ずっと閉鎖的な村で暮らしていて、その村の中でも関わりをほとんど持たなかったヘルは、自分の能力がどれだけすごいかを全く知らなかった。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はラウノ・アールベック。この辺りの領地を治めてる」
「……王様? この辺りの? じゃあ、あなたが魔王?」
「まあ、巷ではそう呼ばれているようだ」
男、ラウノが魔王だということを聞いて、ヘルは驚く。
村で大人が話していた魔王とは、全く雰囲気が異なっていたから。
とても恐ろしい化け物で、見る者全てを滅ぼすという話だったはず。
それなのにヘルが殺されそうになっていると勘違いして、助け出そうとしてくれた。
噂で聞いていた話とは全く違う。
「それで、お前の名は?」
「……ヘル」
「ヘルか、お前はなぜ死のうとしていた?」
「……さっきも言ったけど、もう生きる意味がないから」
いや、もう生きる意味がない、ではない。
ずっと、生きる意味はなかった。
「ヘルはそれでいいのか? 生きたくないのか?」
「……わからない。だけど別に生きていても、いいことなんて何もなかったから」
「……お前がその歳でどれほどの苦悩を抱えて生きてきたのか、俺にはわからん。だがこれから生きる意味を見つければいいのではないか?」
「……どうやって見つければいいか、わからない」
今までも特に生きる意味というのがなかった。
だけどいつか何か出来るのでは、何か楽しいことが起こるのではと信じていた。
しかし生まれた村からは禁忌の子として捨てられた。
もうこれ以上生きていても、何があるのだろうか。
「では、俺がそれを見つける手伝いをしてやろう」
「えっ?」
ヘルの疑問の声を聞かず、ラウノはずっと座っているヘルを持ち上げて背中に乗せた。
「聞く限りお前は世界を全く知らない、小さな森の小さな村の中で虐げられてきたようだが、この世界にはもっと素晴らしい世界が広がっているぞ」
「……魔王って、世界を滅ぼす存在って聞いたけど」
「それは虚偽の情報だ。俺はむしろ世界を正そうとしている立場だ」
「……それも魔王がいいそうな台詞」
「お前、意外と精神図太くないか?」
そう言いながらもラウノはヘルを背中に乗せたまま、浮遊魔法を自分にかけて異常な速度で飛び始めた。
「これから俺が、お前の面倒を見てやる! お前の生きる意味を見つけるまで!」
「ちょ、ちょっと、は、速すぎ……!」
その後、数十分かけてラウノは自分の城へと戻った。
城へと戻った時には、ヘルはとても疲弊していた。
「……ラウノ様、そちらの方は?」
城で待っていたのは一人の女性、眼鏡をかけていて、長い赤髪を持った美女だった。
その女性がラウノを冷たい目で見ていた。
「ふむ、拾ってきた。これから俺が育てる」
「はぁ、またですか……かしこまりました。お名前は?」
「ま、待って……息を、整えさせて……」
「ヘルという名だ」
「そうですか。ラウノ様、また連れてくる時に飛びましたね?」
「もちろんだ、その方が楽しいだろう」
「前にも言いましたが、あの速度で楽しめるのはラウノ様と私くらいです」
「そうか、では今後はエイラとだけ楽しむとしよう」
「……そうしてください」
エイラと呼ばれた女性は耳を赤くしながらそう答えた。
「あー、またお母さんとお父さんがイチャイチャしてるー」
そこにもう一人、褐色肌の女性がやってきた。
肩くらいの長さを持った金髪の女性は、小走りで三人の元にやってくる。
耳が尖っているので、どうやら身体の特徴的にはエルフのようだ。
「マルファ、私とラウノ様をそう呼ぶのはやめなさい。私とラウノ様は結婚していませんし、あなたは私の子供でもありません」
「あれ、その子は?」
「マルファ、聞いていますか?」
「ヘルだ。俺が拾ってきた」
「ヘルちゃん! 私マルファ、よろしくね!」
「よ、よろしく……」
ようやく息を整えたヘルだが、マルファにいきなり手を握られて挨拶をされて驚く。
生まれ育った森では誰にも手を握られたことなんてなかった。
初めて握られた手は、とても柔らかく温かった。
「というかお父さん、こんな可愛い子をどこで拾ってきたの?」
「魔窟の森のあたりだ。あそこで捨てられていたから、俺がこれから育てる」
「そっか……ヘルちゃん、事情はわからないけど、捨てられたからって自暴自棄になっちゃダメだよ、私みたいに」
「……私、みたいに?」
マルファは優しく微笑み、一つ頷いた。
「うん、だけどヘルちゃんは落ち着いてるみたいだから、大丈夫かな? 何か辛いことがあったら言ってね、お父さんみたいに強いわけじゃないけど、力になるから」
「っ……」
その優しい言葉に思わず言葉が詰まってしまうヘル。
自分の頬に温かい何かが流れたのを感じた。
「わ、わっ! 大丈夫!? 私、何か気にさわること言っちゃった!?」
「えっ、何が……」
「だってヘルちゃん、泣いてるよ?」
マルファに言われて、初めて自分が涙を流していることに気づく。
村を追い出され荒野に捨てられた時も、ガルルバードに喰ってと頼んで死のうとした時も、涙なんて一滴も流れなかったのに。
「う、うぅ……!」
「……大丈夫だよ、私やお父さん、お母さんもいるからね」
マルファはヘルを優しく、強く抱きしめた。
ヘルは人の温もりを初めて感じて、泣きながらそれを受け止めた。
そうしていると、頭に温かい何かが置かれた。
背中にもまた温かいものを感じた。
ヘルの頭に置かれたものはラウノの手で、背中に置かれたのはエイラの手だった。
「今は休め。これからのことは心配するな。お前が生きがいを見つけるまで、俺が守り育ててやる」
「ヘルさん、ラウノ様の言う通り、貴方は私達が守ります。だから今は、何も心配せずに休みましょう」
生まれて初めてこんなに優しい言葉をかけられ、人の温もりを感じたヘル。
止まらない涙を流し、目の前にいるマルファの身体に腕を回して抱きつく。
「っ……あり、がとう……!」
そしてヘルは、今は静かに、生まれて初めて温かい眠りについた――。
それから数日間、ヘルはしばらく身体を休めている間、魔王ラウノが治めている国の状況を聞いた。
「この国は多くの種族が共存して住む国です」
魔王ラウノの補佐を務めるエイラが、休んでいるヘルに教えてくれた。
この世界にはいろんな種族がいるが、普通は共存など全くしていない。
同じ国や街、村に異なる種族が一緒に住んでいるということはありえなかった。
しかしラウノが建国したこの国は、いろんな種族が共存する国だった。
そんな国があるのであれば普通とても噂になるはずだが、なぜ全く噂になってないか。
「それはこの国が理想郷すぎるからです」
いろんな種族がいるこの国だが、この国の民はほとんどが他国で追い出されたような難民だった。
国に追い出されたような民がこの国に来て、とても幸せな暮らしを送っている。
追い出しされた難民が幸せに暮らしていると知れば、他国の民でも「魔王の国で暮らしたい」となってしまうかもしれない。
だから「魔王はとても恐ろしく、あそこの国は地獄だ」という噂を他国が流しているのだ。
自分達の国民が、理想郷である魔王の国に行かないように。
「ヘルさんも身体が休まったら街を見てみるといいでしょう。この国はとても幸せに溢れています、どこの国よりも素晴らしい国だと断言します」
エイラに言われた通りに、ヘルは魔王の城から出て街を見て回った。
森の中にある村にいたヘルからすれば街というだけでとても新鮮な光景だったが、それ以上に本当にいろんな種族がいっぱいいた。
そしてどの種族の人達も仲良しで、しっかりと共存して助け合っていた。
ヘルの目から見てもとても幸せそうで、すごい国だと感じた。
「だから私としてはラウノ様が恐ろしく最低な魔王、という噂がとても許せません。そんな噂を流している者には、いつか痛い目を見てもらいます」
ヘルを案内してくれていたエイラは、無表情でそう言っていた。
やっぱりエイラは魔王ラウノのことが好きみたいだった。
だけどヘルも自分を助けてくれて、この国に連れてきてくれたラウノが好きになっていた。
「ヘル、この国はどうだ?」
「……ラウノ、様」
エイラと一緒に街を散策していたヘルのもとに、ラウノが様子を見に来た。
ラウノが街に来たことにより、その近くにいた街の人々が嬉しそうに「ラウノ様ー!」と手を振ったりしている。
国民に慕われていることがとてもわかる光景だった。
「すごくいい国だった」
「それは何事にも代えがたい褒め言葉だな」
「私も住んでいいの?」
「当たり前だ、お前は俺が育てるのだから、ここに住んでもらわないと困る」
ラウノがニヤッと笑いながらそう言うと、ヘルも笑みを浮かべる。
「……ラウノ様は、なんで私にそこまでやってくれるの?」
それは単純な疑問だった。
魔王であるラウノがたった一人の子供に対して、なぜここまで優しくしてくれるのか。
「……俺も昔、お前と同じように追放されたからだ」
「えっ……ラウノ様が?」
「ああ、そうだ。理由は少し違うが、俺の場合は一族の中で強すぎるからだった」
「強すぎる、から」
「飛び抜けた強さはいつか災いを招く。そう言って俺は村の皆から総攻撃をされながら追い出された。まあ、攻撃はされたが無傷で自分から村を出たがな」
そう言って笑うラウノだが……やはりその当時のことを思い出して、先程よりも悲しそうな笑みだった。
「そう、だったんだ……」
「エイラからも聞いたかもしれないが、この国にいる者のほとんどが国から追い出されたものだ。追い出された者だからこそ、皆が協力して生活をしている。だからこの国は発展したのだ、俺の力じゃない」
「……もしかして、マルファさんも?」
マルファが前に「私みたいになるな」という風に言っていた。
それがヘルは少し気になっていた。
「そうだな。あいつはエルフの村で育てられたが、一人だけ肌が褐色なダークエルフ。魔力は他のエルフよりも高いが、それ以上に疎外感を感じて生きてきて、最終的に捨てられた。一番、ヘルに境遇は近いかもな」
「……そう、なんだ」
まさかあんなにいつも笑顔で明るくて優しいマルファに、そんな過去があったなんて。
今の姿からは想像がつかない。
「昔のあいつは自分でも言ってたと思うが、自暴自棄になってなかなか手がつけられなかった。気になるならこの話は直接本人から聞くがいい」
「……わかった」
ヘルはそう言ってから周りを見渡す。
街にいる人々、種族は違うのに誰もが協力して生活をしている。
ラウノが自分のお陰ではないと言っていたが、みんながラウノを慕っていることから、ラウノの働きは大きいのだろう。
「……この国に連れてきてくれてありがとう、ラウノ様」
「礼を言われるまでもない。ここでやりたいことも見つけられるといいな」
「……もう、見つけたかも」
「ほう、そうか。何をやりたい?」
ヘルは今まで一番の優しい笑みを見せながら。
「ふふっ、秘密」
ヘルが魔王の国に来てから、一ヶ月が経った頃。
魔王の国にある訪問者、否、侵入者達が現れた。
即刻捕らえられた侵入者達、そいつらは獣人族だった。
荒野の方から魔王の国の領地に侵入してきたようで、何やら魔王に話があるということらしい。
しかしいきなり侵入してきて、その国の王に会えるわけもなく捕らえられていた。
その知らせを聞いて、まずエイラがその侵入者達の話を聞きに行く。
最近はずっとエイラと一緒にいるヘルも、それについていく。
場所は荒野から国へ入る門の前で、そこに行くと五人ほどの獣人族が縄を巻き付けられて座っている。
「おい、これを解け!」
「こっちは重要な話があるっていうのに、ふざけんな!」
捕らえられたことが不服なのか、殺気立っているようだ。
無断で国の領地内に入り、その上で「魔王を出せ!」と言う輩を捕らえない兵士はいないだろう。
捕らえた兵士達はしっかりと仕事をしただけだ。
「話は私が聞きます。そのまま話してください」
エイラが獣人達の前に出て、見下ろしながら言う。
獣人達はエイラの言い分にさらにイラっとしたのか、また口悪く暴言を吐く。
「女になんて用はねえんだ! 魔王を出せって言ってんだよ!」
「まずはこれを解け! 殺されてえのか!?」
二言三言、暴言を聞いた直後、エイラから殺気が放たれる。
「ひっ……!?」
それを感じた獣人達は言葉を詰まらせ、恐怖に怯える。
エイラの眼光が鋭くなり、瞳孔が縦に細く長くなる。
どう見ても普通の人間の目ではない。
それもそのはず、エイラは竜人族であった。
この世界でもかなり強い種族で、とても数が少ない。
竜人族として生まれたエイラだったが、生まれつき目が悪かった。
だから力こそ全てという考え方をする竜人族の中では、戦いが弱くて落ちこぼれだった。
そして最終的には竜人族の村が嫌になって、自分から村を出る。
その後、まだ国を建てていないラウノと出会った。
ラウノに眼鏡という視力が向上する道具を作ってもらい、戦闘がやりやすくなった。
それから今まで目が悪いから戦いが出来なかったので修行をしていなかったが、修行をするとすぐに強くなる。
そして竜人族の村に戻り、今まで馬鹿にしてきた村人を全員蹴散らして、ラウノとまた一緒に行動を共にした……という過去があった。
「黙りなさい。貴方達が生きるか死ぬかは、私次第です。私が殺そうと思えば、数秒で殺せるのです。わかりましたか? わかったのであれば、ゴタゴタ言わずにこちらの質問にだけ答えなさい」
ようやく静まった獣人族の者達に、エイラはなぜここに来たのかを問いかけた。
どうやら獣人族が住んでいる森が、ここ一ヶ月で魔物がいきなり凶暴化したようだ。
一ヶ月間は村人達だけで対応していたが、さすがに犠牲者も出てきてこのままでは森から出ていかないといけなくなるから、手を貸してほしい……とのことだった。
「そうですか。それならばそちらの村と協定を結び、報酬のご相談などもしてから……」
「はぁ!? 話を聞いてたか? 今すぐじゃないといけねえんだよ!」
「報酬とかどうでもいいだろ! というか俺達があの森の魔物を抑えてるからお前らの国に被害がいかないんだ! むしろ金を払ってもらいたいのはこっちだ!」
どうやら獣人族の奴らは、無報酬でこちらの村を助けろ、と言いたいようだ。
エイラはもはや聞いているだけで頭が痛くなるような話だった。
「では申し訳ありませんが助けることは出来ません」
「はぁ!?」
「貴方達が魔物を抑えていなくても、こちらはラウノ様やヘルさんがいるから全く問題ありません。お帰りください」
「ヘル? ヘルだと?」
獣人族の男が、ヘルの名前に反応した。
そしてエイラの隣にずっといたヘルのことを見て、目を見張った。
「まさか、お前、禁忌のヘルか!? 一ヶ月前に魔物に襲われて死んだはずじゃ……!」
「……誰?」
「なっ、貴様をあの荒野に捨てたのは俺達だ!」
「……あー」
どうやらヘルを捨てるために荒野に連れていった者達のようだ。
ヘルは男達の顔なんてどうでもよかったので、全く覚えていなかった。
「なんで貴様が生きて……! そうか、わかったぞ! 貴様のような禁忌がまだ生きてるから、あの森の魔物達が凶暴化したんだ!」
「そうだったのか! やはりお前は禁忌だ! お前があそこで死ねば、村は魔物に襲われることもなかったのだ!」
獣人の男達がそう言って縄で動けないながらもヘルのことを睨むが、ヘルは全く意に介さなかった。
「……別に私としては、貴方達が全員死んだところで、どうでもいい」
「なっ!?」
「私のことを十二年間も忌み嫌って最後には捨てて……そんな人達が死んだところで、悲しめるほど私は聖人じゃない」
冷たい目で男達を見下すヘル。
その目に少し怖気付いた男達だったが、それでもなお威勢よく戯言を抜かす。
「い、忌み嫌うのは当然だろ、貴様が禁忌なのだから! むしろ禁忌なのに十二年間も育ててやったのを感謝しろ!」
「その通りだ! それに今は貴様が生きているせいで魔物が村を襲っているのだ! 今こそ十二年の感謝を示して自死しろ!」
その言葉を聞いて反応したのはヘルではなくエイラだった。
この一ヶ月で仲よくなり、娘のように思っているヘルをここまで言われたのだ。
さっき以上に瞳孔が縦に開き、誰が見てもブチギレていると雰囲気でわかるほど。
隣にいるヘルも男達よりもキレてしまったエイラに意識がいき、少し恐怖するくらいだ。
そのままの怒りでエイラが片手に魔法を発動させ、男達をズタズタに切り裂く魔法を――。
「落ち着け、エイラ」
「っ! ラウノ様……!」
エイラが魔法を発動させる前に、いつの間にか後ろにいたラウノが肩に手を置いて声をかけた。
「その魔法を放ったら殺してしまうだろう。さすがに殺すのは……やりすぎではないが、やめておけ」
「しかし……」
「代わりに――」
エイラの後ろにいたラウノが瞬時に移動し、先程ヘルのことを禁忌だとなんだと言った男二人の顔面を蹴り飛ばした。
「がっ!?」
「ブヘッ!?」
男二人は十数メートルは後ろに吹き飛び、顔面が陥没した状態で気絶した。
「これでいいだろう。貴様らも、あのようになりたくなければ……いいな?」
「は、はい……!」
ラウノに見下ろされた男達は震えながら答えた。
「えー、お父さん、あれくらいでいいの? 私の妹を馬鹿にされたんだから、もっと足とか腕とか引きちぎっても良かったんじゃない?」
「……マルファ、そこまでやるのであれば殺したほうが早いのでは?」
ラウノと共に来たであろうマルファの言葉に、男達を殺そうしていたエイラが言葉を返す。
「早い遅いとかの問題じゃなくて、苦しみを与える上ではやっぱり生かしとかないとさ? ヘルちゃんを苦しめた奴らを一瞬にして殺すなんて……もはやそれは救いじゃない?」
こちらもエイラ以上に瞳孔が開き切った目をしながら、残っている男達を見下ろす。
「やめておけマルファ、ヘルが怖がってしまっているぞ」
「えっ、あ……や、やだなぁヘルちゃん、冗談だよ冗談、お姉ちゃんジョーク」
「うん、わかってる」
「そ、そう?」
「うん、お姉ちゃんが一番残酷でヤバい人ってことは」
「それをわかってるの!?」
マルファは「違うんだよー」と言いながらヘルに抱きつく。
それを見てエイラは少し笑みを浮かべて微笑ましそうに見ている。
「さて、貴様ら」
「ひっ!?」
「俺がこの国を治める、巷では魔王と呼ばれている存在だ。一つ貴様らに教えておこう」
男達の前に立っているラウノは一度振り返り、ヘルを見る。
「先程、ヘルがいるせいで貴様らの村が魔物に襲われていると言っていたが、それは違う。むしろ全くの逆だ」
「ぎゃ、逆……?」
「ヘルが貴様らの村にいないせいで、貴様らの村は襲われているのだ」
「ど、どういうことだ?」
この一ヶ月間でわかったことだが、ヘルは魔物に好かれる才能を持っていた。
ラウノが初めてヘルと会った時もそうだったが、ヘルは魔物に襲われない。
ヘルがいた村がこの十二年間、ずっと魔物に村を襲われなかった理由は、魔物に好かれて襲われないヘルが村にいたからだ。
だからヘルを追放したことにより、村は普通に魔物に襲われるようになったのだ。
十二年間もそれを知らず、何も魔物への対策をせずにただ森の中で暮らしていた村人達。
魔物に襲われて何も出来ずに蹂躙されるのは当然だろう。
「そ、そんな……十二年もの間、魔物に襲われずに村を発展出来たのは、禁忌のヘルのお陰だったなんて……」
「それにあそこは魔窟の森と呼ばれる、凶暴な魔物が多い森だ。もともと人が住むのに適した森じゃない。ヘルがいなければそこまで村が発展することもなかっただろう」
ラウノはそこまで言うと、男達の縄を魔法で解いてやった。
「さて、お帰りはあちらだ」
「ま、待て!」
縄を解かれた男達はふらふらと立ち上がりながら、なおも話を続けようとする。
「もともとその禁忌……ヘルは、私達の村の子供だ! 返してもらうぞ!」
「そ、そうだ! お前のような最悪な魔王に、うちの村人を奪われてたまるか!」
「……ほう」
その言葉にラウノはイラっとしながら振り返り、男達を睨む。
「魔王である俺がヘルを奪った……お前らはそう主張するのだな?」
「そ、そうだ!」
「禁忌を、ヘルを返せ!」
瞬間、ラウノは一瞬にして肉薄し、ヘルのことを禁忌と呼んだ男の顔面を殴り飛ばした。
ぶっ飛ばされた男を含め、他の二人もラウノが近づいたのも見えていなかった。
吹き飛んだ男は先程の奴ら同様、気絶していた。
「奪ったというのであればそれでもいい」
「ひっ……!?」
「それならば、奪い返してみろ。俺は構わんぞ、次は気絶じゃすまないがな」
ラウノの本気の言葉に、男達は震えながら尻餅をついて後ずさる。
「ラウノ様、もういいよ」
「……ヘル」
怒っているラウノの後ろから、ヘルが声をかけた。
ヘルは尻餅をついている男達に近づき、無表情で見下ろす。
その顔は男達のことなんて、心底どうでもいいと語っていた。
「貴方達には二つだけ、感謝してる。一つは私を産んでくれたこと。もう一つは、私を捨ててくれたこと」
「な、なんだと……?」
「貴方達が捨ててくれたお陰で、私はラウノ様に、エイラ様に……家族になりたい人に、出会えた」
ヘルはチラッと後ろを見た。
後ろにはラウノとエイラが先程までの怒りを忘れたように、微笑ましそうにヘルを見ていた。
気恥ずかしくなり、その視線から逃れるように目の前の男達の方を向く。
「だから戻ってこいって言われても、もちろん断る。助けて欲しいって言われれば、国として助けるとするんだったらいいけど、個人的には助けには行くわけない」
「くっ……!」
「だけど貴方達はこっちの国に報酬も払わないみたいだし……今のいろいろと失礼なやりとりで、報酬を支払っても助けることはなくなった」
ヘルの言葉に後ろにいるラウノ達も頷く。
ここまで家族を貶されて、助けに行くほどラウノ達は聖人じゃない。
「じゃあ、もう一生会うこともないと思うけど……頑張って」
何の感情も篭ってないような言葉で締めくくり、ヘルはそいつらから目線を外した。
最後まで男達に無関心で、憎しみなどもない。
逆にそれが、男達にとっては屈辱的だった。
「クソがっ! 禁忌のくせに調子に乗るなぁ!」
「おい、もうやめっ……!」
一人の男が目の前にいるヘルに殴りかかろうとして、他二人は止めようとしたが……すでに遅く。
そこに、風が吹いた。
瞬間、血飛沫が上がった。
「ガッ!?」
ヘルを殴ろうした男の右腕が、ズタズタに裂かれていた。
「私の妹に、手を出すな」
風魔法で男を攻撃したのは、マルファだった。
何箇所も骨が見えるくらいの深手を負った男は、痛みに呻きながら蹲る。
「帰れって言ってるよね? さっきからずっと」
「は、はい、すいません、もう帰ります!」
一人だけ無傷でいる男がそう言って、急いで他の奴らをつれて帰ろうとするのだが。
「もういいよ。強制的に帰らせるから」
「えっ?」
「ヘルちゃん、私の魔法に合わせて呼んでくれる?」
「……うん、わかった」
「よし、じゃあいくよ!」
「ま、待って、もう帰りますから……!」
男の言葉を聞かず、マルファは魔法発動させた。
すると先程と同じように風が起こり、男達を宙に浮かせた。
無事な男や腕を引き裂かれた男だけじゃなく、気絶している三人も浮いていた。
「な、な、これは……!」
「それー!」
「なぁー!?」
マルファがさらに大きな風が起こすと、浮いた五人がさらに宙へと舞い上がった。
男五人が上空百メートルくらいまで浮き上がり、唯一無事な男が恐怖に震えていた。
このまま魔法の効果がなくなって落ちてしまえば、確実に死んでしまう。
男がそんなことを考えていると、近くから大きな羽音が聞こえてきた。
そちらの方を見ると、大きな鳥の魔物が五人の男に向かって飛んできていた。
「ひっ、あれは、あの時の……!」
ヘルを荒野に捨てた時にいた、ガルルバードだった。
五匹のガルルバードが男達に向かって飛んできていて、そしてそのまま男達を大きな脚で捕まえた。
「ぐっ……!」
そのまま殺されるのかと思ったら、ちょっと強い力くらいで握られたままそのままどこかへ飛んでいく。
他のガルルバードもそれぞれ一人ずつ捕まえて、森の方向へ飛んでいた。
「これでよし」
下で見ているヘル達は、男達が森の方へガルルバードに連れさられていくのを見届ける。
今のはヘルがガルルバードを呼んで、男達を帰らせたのだ。
その際にガルルバード達には、「別にそいつら喰ってもいいけど、多分不味いと思う」と伝えておいた。
無事に帰れるかはガルルバードの気分次第だろう。
その後、ヘルがいた村は滅びの道を歩んでいく。
もう魔物から村を守っていたというヘルを取り返すことは不可能なので、魔王の国じゃなく別の国に助けを求めた。
しかしどこの国も魔窟の森に住む少数の一族を助けようとはしなかった。
それほど魔窟の森は危険で、しかも助けるメリットが少なすぎた。
村にいた者達は困り果て、最終的には村を捨てて他国の領地に勝手に村を建てた。
しかしそれはすぐにバレて、村を潰されて村人達は全員捕まった。
その後は村人全員が強制的に働かされ、その報酬は十分に支払われないという奴隷のような扱いを受けながら、自分達の運命を恨みながら生きていった。
「ありがとう、ヘルちゃん。それとヘルちゃん、聞きたいことがあるんだけど……」
「ん、何?」
「さっきの家族になりたい人に、私は入ってないのはどうしてかなぁ」
マルファは笑顔を浮かべながらヘルに近づくが、目は笑っていなくて少し怖い。
しかしそれに怖気づくこともなく、ヘルは即答する。
「だってお姉ちゃんはもう家族だから」
「はうっ! 可愛い……!」
不意打ちをくらって心臓を押さえて大袈裟に倒れこむマルファ。
「ヘルちゃーん! 私も家族だと思ってるよー!」
「……うざい」
抱きついてくるマルファを、引き剥がそうとするヘルだが、本気で力を入れてはいなかった。
「ヘルよ、俺もすでに家族だと思っているぞ。なあ、エイラ」
「ええ、そうですね」
「そ、そっか、ありがとう。じゃあ、その……お父さん、お母さんって呼んでもいい?」
「俺はもちろん構わないが、エイラは?」
「……し、仕方ありません。ヘルの頼みならば」
「ふふっ、お母さんが照れてる」
「て、照れてなどいません! マルファ、余計なことを言わないでください!」
エイラに怒られているマルファを見ながら、ヘルは幸せな気持ちでいっぱいだった。
隣にいる父親であるラウノと目線が合い、ニッと笑い合う。
一ヶ月前までじゃ考えられないほど、満たされていた。
その幸せは、これからも続いていくだろう。
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