26・花の立ち聞き
レオカディオ四位の屋敷が襲撃された情報は、大事件として号外と共に都を駆け巡った。
ようやく新聞の見出しから暗い話題が薄れかけていたところに起きたその事件だったが、鷹蜂と黒蝶の双璧が無傷であったことと、残党の多くが捕らえられたことにより、多くの市民を安堵させた。
むしろ今回の事件は、アルフォンソとファウスティノの名を、更に高値で売ったと言えよう。残党の死に物狂いの攻撃でさえ、二人やその身内をどうすることもできず、返り討ちにされたのだから。
台無しになった晩餐会については、後日改めて行われることになった──王宮で。
それを聞いた時のエウフェミアは、驚くしかできなかった。どうして私的な晩餐会が王宮で、という話になるのかと。
「王様に怒られたんですよ」と楽しそうに説明し始めたのは、魔法使いのセシリオ。
何でもアルフォンソとファウスティノの晩餐会のことは、王には報告していなかったらしい。ただし、近々残党狩りをするかもしれないという話だけはしていたようだが。
襲撃事件後に詳細を報告した際、王に根掘り葉掘り晩餐会の話を白状させられ、ファウスティノのお見合いだったということが露見。
そんな楽しそうなことから爪はじきにしたと怒られ、残党狩りの褒美に王宮にてやり直しを命じられたという。
アルフォンソは止めようとして、ファウスティノの見合い相手であるカリナが平民籍であることを提示したが、「鼻で笑い飛ばされた」と頭を抱えていた。
その鼻息は簡単にウィルフレドまで吹き飛ばし、カリナは彼の妹として正式に貴族籍となった。
問題は、エウフェミアの護衛としてのカリナだ。五位貴族の妹が、九位貴族の娘の護衛をするわけにはいかない。
しかし近い将来、エウフェミアは四位の妻になるのだから問題はないとカリナが言い張り現状維持となる。正式にはアルフォンソの側近兼護衛の一人として雇用された。
そしてカリナは教会に向かい、貴族の娘としてディローザの温室に携われるようになった。
そんなドタバタした日々を乗り越え、ようやく王宮で晩餐会のやり直しとなった日。
エウフェミアは心臓が喉から飛び出しそうだった。この国の玉座に座る存在と同席なのだから。光栄すぎて目がつぶれてしまうのではないかと思ったほどだ。
けれど嬉しいこともあった。
カリナだ。
今回はカリナの胸にディローザが飾られている。
しかも今日の花は、下賜された王宮のディローザである。襲撃事件の際、アルフォンソは重症の兵に庭のディローザを使った。
温室が空になるほどの花を切らされ、ティアラがアルフォンソの胸に頭突きをしていたのを、慌ててエウフェミアが止めるという一幕もあったほどだ。
そんなアルフォンソに贈られてきたのがディローザの花束である。その花の数に、エウフェミアの分も含まれていた。
エウフェミアはディローザを咲かす。自分とアルフォンソの分だ。
そしてカリナも花を咲かす。自身とウィルフレドの分。
「僕の分は?」
「自分で出来るでしょう?」
「魔法より祈りの方が長持ちしますよ? 陛下に頂いたものだから大事にしないとだめですよね?」
セシリオが掲げたつぼみのディローザからカリナが視線をそらす。今度はつぼみをエウフェミアに向けたため、仕方なさそうにカリナが受け取り、本当に仕方なさそうに咲かせていた。
エスカランテの新王──リアスエロ三世は、輝く金の髪と青い目に好奇心を溢れさせた男だった。
若々しさと知性と熱意と好奇心は、どんなに髪や服装を整えたところで決して隠しきれるものではない。
第三王子の時代から国内外を飛び回っていたというが、その時のまま大人になり王様になっているのではないかとエウフェミアが感じたほどだ。
「カリナと言ったな……ファウスティノのことをどう思う?」
「素晴らしい方と伺っております」
「ファウスティノ……あきらめろ、これは脈がない」
「陛下、まだ私は口説き始めたばかりでございます」
「仕掛けが遅い。口説き始める段階で、周囲を口説き落とせていない時点でしくじっているぞ?」
「私に鷹蜂を口説き落とせと?」
「アルフォンソが口説き落とされてもいいと思うほどの男でない自分を恨め」
「これは手厳しい」
軽妙な会話が流れ、場に小さな笑いが生まれる。エウフェミアはここが笑うべき箇所なのか分からなかったが、あのファウスティノさえもやりこめられる王の話術に感心していた。
晩餐会は前回とは比べ物にならないほど安定しており、何の心配もなかった。テーブルクロスの下には誰も潜んでいないし、誰にも肉を食べさせなくていい。大砲の弾も飛んでこないし、ロベルティナの爆弾発言も鳴りを潜めた。
彼女の愛人発言を、エウフェミアは悩んだ結果、アルフォンソだけに告げた。彼は笑いそうになったが、慌てて笑みを咳払いに変えた。
ロベルティナの型破りさ加減は、やはりアルフォンソを喜ばせるのだと感じた彼女は、少しだけ寂しくなった。身分のことを考えれば、ロベルティナが正妻に、自分が愛人になる方が、すべて丸く収まるのだろう、と。
エウフェミアは、どうしてもロベルティナを嫌いになれなかった。彼女がどこかアルフォンソに似ているせいだろう。もしも彼女が男だったのなら、きっとアルフォンソとよい友人になっていたに違いない。
そんな複雑な気持ちを抱いたまま、晩餐会は終了を迎える。隣室にてゆったりとした歓談の席が設けられたが、王は自分がいると口説くどころではあるまいと引き上げて行った。
「貴女を口説く時間をいただきたい」
ファウスティノが差し伸べる手に、カリナは表情を変えないまま手を重ねる。アルフォンソやウィルフレドが何も言わないところを見ると、最初から想定されていたのだろう。
エウフェミアは、ハラハラしながら二人の背中を見送った。しかし、カリナの方ばかり気にしている場合ではなかった。
「レオカディオ四位を、少しお借りしても?」
ロベルティナが笑顔で現れてしまったからだ。兄妹揃って行動力が高すぎる。
エウフェミアが反応するより早く、「ちょっと行ってくる」とアルフォンソは歩き出す。開け放たれたバルコニーに出てすぐのところ。中から見える場所で止まった二人は、何かを話し始めた。
「いいんですか?」
セシリオが楽しそうにエウフェミアに問いかけてくる。
こういうものは「いい」とか「悪い」ではなく、「気になる」か「気にならない」か、だと彼女は気づいた。
正直に言えば、とても気になっていた。
あのロベルティナがまた予想外の発言をして、アルフォンソを喜ばせるのではないか、と。
それを止める術はエウフェミアにはない。けれど同時に思うのだ。彼が何に心動かされるのか知りたい、とも。
聞こえない会話がバルコニーでやりとりされているのが見える。話が弾んでいるのは明らかだ。
次の瞬間、エウフェミアは彼らの方へと歩き出していた。邪魔をしたいわけではない。そうではなくて、たったいま起きたことがどうしても気になったからである。
アルフォンソが何かを語りかけると、ロベルティナがひどく驚いた顔をしたのだ。
彼が何を言ったのか。それが気になって仕方がなかった。
バルコニーから流れ込む夜風。
驚きの表情を、笑顔に変えるロベルティナ。
楽しそうに目を細めて彼女を見るアルフォンソ。
夜風が二人の声をエウフェミアに届けた。
「まあ、それじゃあ私があの人を倒せば、レオカディオ四位と一緒にいられるのね。とても素敵な提案ですわ」
「そうだ」
そんなバルコニーで語らう二人を、エウフェミアは足を止めて茫然と見ることとなる。
真っ白になりかけた頭の中に思い浮かぶ言葉は──『わたくし、倒されてしまうの?』というものだった。