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25・蜂の銃声

「守備を固めろ。手薄なところを作るな」


 晩餐で使われた広間は、総司令部としての役割を果たすこととなり、煌々と輝いていたシャンデリアの明かりは半分以下に落とされた。

 晩餐会は、その名前の通り晩餐室で行われることが多い。

 敵の攻撃個所を分散するために、アルフォンソは最初から晩餐室は囮として準備していた。どこよりも明るく華やかに見えるように、照明を多くの鏡で反射させ敵の注意を誘った。

 実際初期の銃撃は晩餐室に集中していて、表側に面した窓硝子は見事に全壊させられたと報告を受けている。

 うまく敵を釣り上げたおかげで、敵兵は確実に消耗していると報告を受けたが、アルフォンソは相手がすんなり撤退をするとは思っていなかった。

 これが戦時中で、正しい知識を持った指揮官の采配で戦っているのであれば、既に撤退を始めるべきである。


 しかし、これは怨嗟の戦いだ。人間の強い感情による戦いである。

 憎き西軍の裏切者を、まとめて処刑することを戦闘目標としている。実際問題、アルフォンソとファウスティノがここで殺されたところで、国がすぐに揺らぐことはない。王にとっては痛手には違いないだろうが。

 それでも彼らは戦いを挑んだ。


 もはや目的は王位簒奪ではなく──復讐である。


 人間の復讐心は、決して馬鹿にできるものではない。冷静さも計算高さも打算も必要ないからだ。刺し違えても目標を仕留めれば勝ち、という執念はとても馬鹿にはできない。

 敗戦濃厚になればなるほど、敵はどんどん理性をかなぐり捨てる。だからアルフォンソは油断なく敵を消耗させ、包囲殲滅しようと指示を出した。


「“ナーダ”」

「……っ!?」

 アルフォンソの判断は決して間違ってはいなかったが、敵の怨嗟のすべてを包囲できたかというと、そうではなかった。

 突然広間の明かりは、全て消え失せた。聞き覚えのない男の声と共に。

 セシリオも使う明かりを消し去る呪文──それを誰かが唱えた。味方でないことは、アルフォンソも分かっていた。ということは、敵はまだ魔法使いを抱えていたということになる。

 とっさに声の方を向くが、屋敷に残された明かりは遠く、広間にいる人間の輪郭さえはっきり描ききれていない。

 多くの人間の銃や剣を構える音は聞こえたが、誰もむやみに武力を行使しない。できない。この広間にいる人間のほんの一握りを除けばみな味方である。同士討ちをしかねない状況だ。

 シュッと誰かが壁でマッチの火をつけ空中に放り投げたのと──「“アビエット”」という男の声はほぼ同時だった。

 小さな小さなマッチの火に浮かび上がる賊を見た。その手が壊す、温室の膜を見た。エウフェミアが作った防御をいともたやすく、乱暴に壊した敵を見た。

 その無作法な敵の手が、膜のあった向こう側へと伸ばされたところで、マッチの火は落ちて消える。

「きゃああああっ!」

 暗闇を引き裂くのは女の悲鳴。

 アルフォンソもよく知っている、彼の大事な婚約者の声だった。


「こんばんは、バルラガン三位……そして、レオカディオ五位……いや四位か」

 小さな明かりがともった。

 そこにいた男は二人。一人の顔は知っている。西軍の貴族の残党だ。その男が、短剣の切っ先を白く細い首に押し当てている。いや既に少し刺さっている。白い首に一筋の赤が縦に線を描いていた。

 恐怖に震えるエウフェミアを傷つけた西軍貴族。そのすぐ後ろには見知らぬ男。おそらくこちらが魔法使いだろう。手のひらの上に火のあかりを灯して薄く笑っている。

「このお嬢さんの命が惜しければ、全員武器を捨てるんだな……下手な動きをすれば、まずこのお嬢さんが死ぬぞ?」

「い……いや……っ」

 身をよじろうとしたエウフェミアは、しかし喉に触れている短剣の切っ先の痛みにかすぐに動きを止めた。

「何故我々が、その女性を見捨てないと思うのか?」

 ファウスティノが冷静な声で返答する。それは領地を預かる領主としては、とても正しい行動だ。

 人質をとった敵の言うことを聞いたところで、より多くの犠牲が出るだけである。人質を取っても無駄だ、という毅然とした態度が当然だった。

 ましてはエウフェミアは、ここにいる誰とも血縁ではない。そして肩書は九位の娘だ。冷静に考えれば価値は低い。


「や……助け……っ」

 囚われた婚約者が、アルフォンソにすがるような視線を向ける。

「女性を見捨てる? ええ、それでも全然構いません。どうぞバルラガン三位、足手まといのこの娘を撃つといい。レオカディオ四位の婚約者であるこの娘を」

 裏切者同士が仲良く交流していた晩餐会。その集まりで、アルフォンソの婚約者の命を直接、あるいは間接的にファウスティノが殺害するということは、せっかく作られかけていた両者の関係に“感情的に”ヒビを入れることになる。お互い貴族なのだから、表面上は上手に付き合うことになるだろうが。

 しかし、そんなものは敵の本命ではない。

 敵はエウフェミアを盾にこの場に混乱を生み出し、皆殺しをしたいのだ。後悔の岩に押しつぶされ、苦悶の表情で死ぬ姿を見て満足したいだけである。


 だからそう──隙を与えてはならない。


 アルフォンソに迷いはなかった。

 その決意は、音となってこの広間に反響することとなる。

 火薬が爆ぜ、空を切り裂く短い音。

 それがアルフォンソの斜め後方で空間を大きく振動させた直後、「あ」という短い誰かの声を聞いた。

 その声を発したのは、驚愕の表情の敵の魔法使い。その側でゆっくりと崩れていく貴族はもう、何の音も発することはできなかった。

 撃ったのはウィルフレド。人質を抱えた貴族の眉間を一発で撃ち抜いていた。


 慌てたのは敵の魔法使いだ。突然上官が殺された。優位に立っていたはずが簡単に覆されたのである。残された魔法使いとしては、この場に出来うる限りの打撃を与え、逃げるのが最善策だろう。


 首から血の筋を垂らしながらも立っているエウフェミアに向けて、その魔法使いは悪意の手を伸ばした。火を浮かべている方の手だ。そして悪意の魔法を紡ぐためかその口を開いた。

 エウフェミアは振り返った。敵の魔法使いの方へ。

 アルフォンソからその表情は見えない。一体どんな顔をしているのか分かりはしない。

 けれど、聞こえた。

「“キャラーテ”」

 それは、女の声──伸ばされた手を掴み返したエウフェミアが発したものだった。

 敵の魔法使いは、その口を空回らせた。ぱくぱくと開けては閉じ、閉じては開け、それでも何の音も発することは出来ないでいる。

「"ケーマ"」

 そんな目の前の事象など気にする様子もなく、エウフェミアが微笑むような声で言った。

 広間の明かりが戻り、視界はようやく鮮明になる。

 次の瞬間、部下たちが一斉に魔法使いを拘束し、さるぐつわを噛ませていた。


 エウフェミアがこちらを向く。

「アルフォンソ様ぁ、怖かったですぅ」

 涙を浮かべてアルフォンソに、甘えすがるような目を向ける。

 だからアルフォンソは、こう(ねぎら)うことにした。


「よくやった……セシリオ。だがその顔と声を勝手に使うな……さっさと戻れ」


「えー、つまんないですよ。せっかくですから、もうちょっと遊ばせてください」

 エウフェミア──の顔と声をしたそれは、壁際で小さくなって固まっている女性たちの中に手を伸ばし、ひとつの腕を引っ張り上げる。

「きゃっ」

 出てきたのは、不安と困惑をいっぱい抱えた同じ顔の女性だった。

 同じ顔同士、頬をくっつけるように抱き寄せながら、エウフェミア(偽)はアルフォンソに微笑んだ。

「アルフォンソ様ぁ、どっちがどっちか分かりますぅ?」


 アルフォンソの返事はただひとつ。


「い、い、か、ら、離、れ、ろ」


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