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16・花の称賛

「君たちは魔力の充填をしないように」

 実技の時間、エウフェミアとロベルティナはそう教師に注意を受けた。

 彼女ら二人だけは花師の学校の生徒でありながら、貴族の子女である。貴族の子女としての祈りを、実習で使うと他の生徒との公正性が保たれないからだ。


 花師の仕事に、温室の膜を作ることは含まれていない。学校の場合も同様で、実習用の温室は各生徒用に教師たちが作る。

 仕事の内容は貴族と綺麗に分けられており、花師の仕事に祈りの言葉も呪文も必要はない。

 貴族である家主がディローザの温室を作る時に花師が立ち会える場合は、簡単に登録ができる。膜を張る際に、温室の中に片腕を入れておく。その状態で家主が膜を張る。片腕だけ膜の中に入って張り終えたら、花師の出入りは自由となる。

 既に膜が張ってある温室に登録する場合は、家主が花師の身体に魔力を流しながら温室に押し込む。こちらの方法は家主に不評だ。平民の男に触れなければならないということを、貴族の女性が嫌がるからだ。

 基本的に温室の中で座って行う仕事は、花師の仕事となる。土、水、根、茎、葉、枝の管理。次世代の苗や種については家主と打ち合わせをして数を調整する。

 家主が行うのは一日一度、温室の中へと入り祈りによる魔力の充填をすることと、家族のために一番いい花を選んで切ること。


「どうしてもスカートの裾が汚れてしまうわ」

 にゅっと遅れて隣の温室から出てきたロベルティナが、エプロンの上からスカートを叩く。

 エウフェミアからすると、ロベルティナはまだ上手な方だ。ティアラは裾からエプロンから、すぐ泥だらけにしてしまう。花に夢中になると、どこが汚れようが気にしない。アルフォンソの家のメイドたちに怒られているのをよく見かけるが、本人はやっぱり気にしていない。

「エウフェミア様は汚れていませんわね?」

「膝の裏に……挟んでます」

 言うかどうか悩んだ末、恥ずかしさを我慢して小さい声で呟く。

 花師もどきの仕事は、ずっと家でやってきたことだ。その時に、毎日毎日スカートを汚すわけにもいかない。できるかぎり汚さないようにと思うと、自然にいろいろな工夫をする。

 家でしっかり座って作業をしなければならない時は、実はこっそり木製の洗濯ばさみを使っている。温室の中の作業で、誰も入ってこないからという条件下の苦肉の策でもあった。

 最下位とは言え、貴族の子女としては絶対に見せられない姿だ。だから彼女のエプロンのポケットには、洗濯ばさみが入っていた。

「膝の裏……ふぅん、私もそうしようかしら」

 スカートの脇を軽く手で押さえながら、ロベルティナが少し膝を曲げて確認している。

「でも、いっそのことズボンにするのはどうかしら」

 しかしロベルティナはそこで終わらなかった。不便なら便利な方法を選べばいいじゃないとばかりに、視線を近くに立っているカリナに向けた。護衛のズボン姿を見ている内に、ロベルティナは羨ましくなったのかもしれない。

 本当にこの女性は、アルフォンソ好みのど真ん中だとエウフェミアは思った。そんなことを彼に提案すれば、喜んでズボンを用意してくれるだろう。

 ロベルティナならきっと、ズボン姿でもおしゃれに見えるだろうし、むしろ女性たちに新しい流行を作り出しそうだ。

「ロベルティナ様なら、似合うのではないでしょうか」

 エウフェミア自身は、そこまで思い切ることが出来ない。カリナのズボン姿は格好いいとは思うが、それをエウフェミアが身に着けた場合、ひょろっとした男の子みたいに見えるのではないだろうか。

「ふふ、そうかしら……でもあの子の方が似合いそうじゃない?」

 彼女の手のひらが向けられた先にいるのは、温室に出たり入ったり出たり入ったりしている泥だらけのティアラ。活動的な彼女には、確かにしっくりくる。

「それは思います」

 ロベルティナと意見が合い、顔を見合わせて二人でふふっと笑った。


 昨日──いわゆる婚約者入れ替え提案騒動の翌日、エウフェミアはロベルティナと話をした。そこで仲良くなった、というわけではないが、前よりももう少ししゃべるようになった。

 その時の会話の内容はこうだ。

「アルフォンソ様との婚約は、継続する方向となりました」

「アルフォンソ様、ね……うーん、かなり手強そうですわね」

 エウフェミアの呼び方が変わったことに、ロベルティナは敏感に反応し、その頬に手を当てて考え込む顔になった。

「あの、ロベルティナ様は……どうしてもアルフォンソ様でないといけないのですか?」

「どういうことかしら」

「アルフォンソ様の側近にまだ、二人独身の方がいらっしゃるのですが……その方々では駄目なのでしょうか」

 エウフェミアはあの日ウィルフレドが挙げた三つの候補を思い出した。ロベルティナがウィルフレドかセシリオの結婚相手となるものがあったのだ。

 するとロベルティナが、ぷっと噴き出して笑う。そこだけで終わらず、更に笑い、また笑い、懸命に淑女の笑いの範囲で止めようとしているようだが、こらえきれないようにまた笑った。

 何かそんなにおかしいことを言ったのだろうかと思ったが、その答えはすぐに返される。

「それってレオカディオ四位の部下の方でしょう? ふふ……もし私がその方々のどちらかと結婚したら、エウフェミア様が私の上に立たれるのですね。それは……それで……ふふ、面白そうではありますけど」

 エウフェミアは自分が浅はかだったことに気づいた。単純な貴族の階位だけでなく、派閥の中には上下関係がある。いまのエウフェミアは彼女に対して、「自分の下につけ」と言ったも同然だったのだ。

 まだまだ思考の未熟な自分に青くなり、慌てて「申し訳ございません」と謝罪に膝を曲げようとしたが、指先を軽く揺らして止められた。

「いいのよ、学校にはうるさい人たちもいないのですから。エウフェミア様……ただ分かっていただきたいのは、私はレオカディオ派に入りたいのではなくて、レオカディオ四位という個人にとても興味がありますの。きっとお兄様からたくさん話を聞いたせいでしょうね」

「そう……なのですね」

 恋と言うほどはっきりした形ではないにせよ、ロベルティナからは彼に対して強い好奇心のようなものを感じる。兄に対する信頼と、その兄から聞かされるアルフォンソ像が知りたくてしょうがないようだ。


「そうそう、エウフェミア様は、次の花の会には出られるのでしょう?」

「あ、はい、おそらく……」

 花の会は独身と既婚者でフロアが分かれている。エウフェミアの場合は婚約はしているものの、結婚していないので独身のフロアだ。婚約者がいるので、アルフォンソと同伴が必須となる。

 独身フロアは結婚相手を探す意味も強いため、婚約中の者はどちらか片方が出席できない場合、欠席するのが礼儀だった。エウフェミアは、まだアルフォンソに花の会の予定を聞いていない。だから「おそらく」という返事しかできなかった。

「ふふ、是非いらして。私もお兄様を連れていくわ。是非一緒におしゃべりしましょう」

 ロベルティナは麗しい笑みを浮かべる。緑の瞳を細め、とても楽しそうに。

 これっぽっちもアルフォンソをあきらめていない顔を隠していない。


「ロベルティナ様はお強いのですね」

「あら、エウフェミア様もかなりしぶといと思いますわ」


 しぶといと褒められたのは、生まれて初めてだった。


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