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1・蜂の誤算

「婚約解消を提案された……」


 アルフォンソ・ファン・レオカディオは、いまだ唸っていた。

 金茶の髪は固く扱いづらいので整髪料で暴れないようにし、生まれて二十六年たってやっと落ち着いてきた赤味がかった茶の瞳もまた、理性や側近の視線により暴れないようにしている。日焼けしたがっちりとした身体を窮屈な服に押し込むのもようやく慣れてきたところだ。

 何かと暴れやすいエスカランテ王国南部の血が入っており、ついた仇名が「エスカランテの鷹蜂」である。彼を「蜂野郎」と呼ぶ相手は敵なので、大変分かりやすい。

 そんな彼の顔に残るのは刃物傷。頬から顎にかけて、ざっくりやられた痕だ。しかしそんな傷、現在のこの国では何ひとつ珍しくはなかった。


 去年ようやく終結した次期王位をめぐる内戦後、国内はまだくすぶりを残している中、勝ち残った貴族たちが国の立て直しに奔走していた。アルフォンソもその一人だ。

 六年前、内戦の火種となった王都での第三王子殺害未遂の場に立ち会っており、王子を守り抜いた立役者の一人である。それから内戦は五年続き、最後の勢力をようやく西の国境まで追い詰めた。西の隣国は、東軍の掲げる第三王子を次期国王として認めており、西軍の国境を越えた逃亡は許されなかった。

 ようやく新しい王を戴いたこの国は、新しい歴史を織り始める。暗い世相を塗り替え、豊かで繁栄した国を取り戻す──それがアルフォンソの使命となった。


 新王より内々に、二昇位した三位貴族に取り立てようという話もあったが、「結婚がしづらくなりますので」と笑い話にして一昇位で留めてもらう。

 正直に言って、この混乱の収まり切っていない状態で、下手な出世は命がけのやっかみを生む。ただでさえアルフォンソの父と兄二人は西軍だった。それどころか親戚の中で、彼一人が東軍だった。家族も親族もなくなったアルフォンソが頼れる人材は少ない。部下になりそうな人間を拾い上げられるだけ拾い上げたが、それでもあまりに足りな過ぎる。


 人を増やす方法は、才能のある人間を掘り起こすか、血族を増やすこと。前者はいつ見つかるか分からないものの、後者はまだ可能性があった。

 結婚である。

 内戦でのごたごたで、前途ある者たちが結婚どころではない日々を送り、貴重な若かりし時間を大砲の弾と共に消し飛ばした。迂闊に結婚相手を選べず、結婚できていない男女も多い。

 部下も縁談を山のように毎日抱えてくる。王の覚えがめでたいということはこういうことなのだなと、アルフォンソは感心しながら見合いの山を見上げた。

 部下の一人の赤毛の女もイライラした顔で「早く結婚して」と言った。

 毎日、政治に残党処理に領地管理と多忙ではあるものの、ようやくアルフォンソは結婚を決意した。


 ただし誰でもいいわけではない。より取り見取りから選べるのなら選ぶ。

 邪魔な妻はいらない。無能な妻はいらない。それが彼が側近に出した選出の条件だった。爵位は問わない。一番使える女を選べ。

 アルフォンソの右腕、いや右翼である男は、彼の言葉に見合いの中から十人に絞り込んだ。そして十人を綿密に調査し、内々に打診をした後、試練を課した結果──全員落とした。

「おい……結婚相手が全滅したぞ。これでは結婚できないだろうが」

「基準を甘くして後々の面倒はいりませんから……まだ向こうから売り込んできた分が消えただけですよ」と、彼の右翼であるウィルフレドがまったく堪えている気配もなく真顔で答えた。

 黒髪に暗い色の瞳。背はほぼアルフォンソと変わらないが、元々文官出身だったために全体的に細い。男臭いのが苦手な女には受けるようだ。胸毛もない。

 しかし、情熱的に女を口説く性質でもなければ愛想もないため、「私を一番にしてくださらない」とか「貴方のお気持ちが分かりかねます」という女性たちからの厳しいふるいにかけられ、多忙さもそれを加速させ、絶賛独身街道まっしぐらである。


 護身のために剣を習おうとしたが向いていないと判断し、戦争の主力は銃や大砲だと言って、無駄だとさっさとやめた男である。その代わり、外国で雷管式拳銃が売られて以来、新型の拳銃が出る度に高い金を払って買い求めている。ウィルフレドの屋敷の離れに住んでいるが、「部屋が拳銃博物館になりつつあります」、とウィルフレドの妹が真顔で語っていた。拳銃部屋となった自室を女性にでも見せようものなら、さらに独身街道が整備されて走りやすくなることだろう。


 アルフォンソの妻になるためには、まずこのウィルフレドを倒さなければならない。これは難儀をするだろうと思っていたら、右翼がこう言った。

「ティアラを使ってもよろしいでしょうか」

 アルフォンソの脳裏に赤毛の女がよぎる。彼の下にいる者の中で、常識の破壊度は一、二位を争う。「早く結婚して」とアルフォンソに詰め寄った女でもあった。能力があって裏切らなければそれでいい。ティアラは「外に出さなければ」問題ないとアルフォンソは見ていた。

 それをウィルフレドが外に出そうとする。

「何に使う気だ?」

「それは勿論……アルフォンソ様のよい花、を探させるためです」

 用意していたであろうオペラグラスを取り出して、ウィルフレドは真顔で答えた。


 ※


「第九位貴族に興味深い娘を見つけま……」

「あの子と結婚して!」

 夜の書斎。ウィルフレドの報告に、しわくちゃのメイドのお仕着せを着た赤毛の娘が割り込んでくる。まとめられていただろう髪も、バラバラになりかかっている。鬼気迫るその様子は、暗い屋敷の廊下で出会ってしまったら悲鳴をあげて倒れるメイドが出ることだろう。

 いまにもアルフォンソにとびかかりそうな娘を、容赦なくウィルフレドが腕で止め「連れて行け」と使用人たちに命令していた。「早くあの子と結婚して」と言い続けている声が遠くなっていく。


 その喧騒がおさまってようやくウィルフレドが概要を話し出した。第九位貴族。この国の貴族制度は第十位まで。しかし十位は期限つきの爵位だ。平民が一時的に王宮に召し出される時や、特別な働きを認められた時、あるいは八位の貴族の跡継ぎと定められた者に、後を継ぐまでの暫定的な爵位として与えられる。なぜ八位かというと、それより上の爵位の後継の場合は、二位下の爵位を暫定的に与えられることになっているからである。

 ウィルフレドが言ったのは九位貴族。実質この国の最低位の貴族である。十位の中でも傑出した者、あるいは歴史の中で時折起きる政変によって爵位を与えられた者が多く、ほとんどが領地を持たず、王宮や省庁で役人として働いていることが多い。大きな失敗などで、上の方の位から転がり落ちてくることもある。

「どっちだ?」とアルフォンソは聞いた。

「代々、真面目な役人の家です」とウィルフレドは答えた。失敗側ではなかったようだ。

「ティアラがあれほど入れあげたってことは……“本物”か」

「そのようです……詳細はこれから調査いたします」

「ああ、頼む」


 そんな会話を交わしている書斎の片隅で、ふわぁとあくびをする声が聞こえる。

「ねぇねぇ……アルフォンソ様。それよりどうしてもっと大事なことを聞かないんですかー?」

 椅子に片膝を立て、そこに抱きつくようにしながらキラキラの金髪を輝かせる男がいる。愛嬌のある笑顔は胡散臭さの塊だ。その細められた青い目と、アルフォンソなら片手でへし折れる首。

 ティアラを常識問題児の一、二位を争うと言ったが、争っている相手がこれである。

「何を、ですか……セシリオ」

 アルフォンソがやめておけと止める前に、ウィルフレドが真面目に問いかける。にやぁっと青い目の上弦が描かれる。

「二人がしてるのは若い女性の話でしょー。もっと山のように聞くことがあるでしょ? 僕も見てきたから、是非そこは語らせてほしいですねー」

 セシリオの笑いを練り込んだ声に、ウィルフレドは口以外の筋肉を動かさずにこう答えた。

「外見は選考理由に入っていません」

 はははっとセシリオが声を上げて笑う。

「そうですねー、明かりさえなければ見た目なんてどうせ分からないですもんねー……“ナーダ”」

 けらけらと笑いながらセシリオが指を振る。突然書斎が真っ暗になる。部屋に吊るされている油灯を消されたのだ。

「でも、明るい時間の方が多いんじゃないでしょうかー? “ケーマ”」

 再び明かりが灯る。部屋の隅の椅子には誰もいない。扉が開閉する音がして、鼻歌が遠くなっていく。


「あの魔法使い……本当に大丈夫ですか?」

 ウィルフレドが真顔の中に厳しい音を込めてそう問いかける。

「あいつはやるなと言ったことはやらない……裏切るなと言ったら裏切らない。そういう契約だ」

「それは……禁止されていること以外は、何でも自由ということですね」

 ウィルフレドは大きくため息をついた。


 そしてアルフォンソ・ファン・レオカディオは、第九位貴族に娘との婚約を打診した。調査した結果も十分なもの。相手方も家格の差を心配しているようだったが、断ることはなかった。必要な援助を整え、今度こそはとアルフォンソも気合を入れた。ティアラも勝手に気合を入れた。



 その結果──

「婚約解消を提案された……」

 頭を抱える有様だった。





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