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身勝手な働き者

盗蜜売り

作者: 与太話 ヒロ

 ある村にスズメの群れが住み着いていた。稲を食害するスズメのことをよく思っていない村人も多く駆除してしまおうという声もあったが、害虫も食べることを知っていた一部の村人の意見で見逃されていた。その判断は正しく、スズメがいることで村は豊かな実りにあずかることができていたのだった。

 平和な農村ではスズメの数も増える。そうすると群れの中での掟は増え、各々が口にできる餌の数は減る。これもまた自然の摂理だが、低い地位へ押しやられたスズメたちにとってはたまったものではない。


「平和だが退屈で窮屈だ。いっそのこと都にでも引っ越そうか」

「やめておけ。近所の鼠に聞いた話だと、確かにおいしいご馳走をいただくチャンスには恵まれているが、どうも都の人間にとっては俺たちスズメは手ごろなオヤツらしい。田舎者はのんびりしているからからすぐに捕まって焼いて食われるだろうな。田舎の鼠は田舎が一番だと本当によく言う」

「そうだったのか。いいや、それもいいかもな。こんな一生が続くなら、もういっそのこと俺のことを美味そうに喰ってくれ」

「卑屈になるなよ。ここには都会にはない綺麗な花がいっぱいあるじゃないか……食えはしないが」


 そう言ってクチバシで乱暴に黄色い花をむしりとるスズメ。だがその時、思いがけないことが起きた。


「なんだこれ……甘い。甘いぞ!」

「なんだって?」

「花の蜜だ。そうか、今まで蜜なんか気にもかけていなかったが、こんな楽しみが身近にあったなんて」


 ひょんなことから黄色の花から盗蜜(とうみつ)することが考え出され、その技術は瞬く間に群れに広まり洗練されていった。だが蜜を吸うのが不得意なスズメもいるわけで、不器用なスズメは盗蜜に対して抗議するようになった。酸っぱい蜜という負け惜しみは使えないからなおのことだ。


「元々は虫の主食なんだから我々が過剰に採っていいはずがない。そのせいで虫の数が減ったら責任を取ってくれるのか」

「きっと虫にとっては花粉を運ぶのが花への代価なんだ。花ごと取るやり方はよくないと思う」

「聞けば花を摘むのが得意なのをいいことに少数で大量に独占しているらしいな。他の蜜が欲しい奴のことを考えたことはないのか」

「蜜を吸う権利は平等に公平に与えられるべきだ。自分さえよければそれでいいのか」


 だが盗蜜できるグループも言い返す。


「お前らも欲しいなら蜜を採るための努力をすればいいじゃないか」

「何を基準に良くないって決めてるの? 自分が気に入らないからって妬まないで」

「俺たちの苦労も知らないくせに。盗蜜だって楽じゃないし才能のいる立派な仕事だ」

「極端な話、世の中は競争とか奪い合いで成り立ってるんだよね。これを一律禁止にすると皆の生活も成り立たなくなるでしょ」


 季節が変わって違う樹が花をつけるとそれも漁りつくした。盗蜜が上手いスズメたちは蜜をほぼ独占するだけに飽き足らず、それを使ってさらに利益を上げようとした。花についている蜜や花粉を使って虫をおびき寄せて捕まえたり、盗蜜が苦手なスズメに取り引きを持ち掛けたり、上手く狩りができなくなったスズメを使って代わりに花を摘ませたり……おかげで盗蜜グループの生活レベルは盗蜜をしないスズメたちと比べて格段に高くなっていた。


「さて、ここでは十分に儲けたし都にも行ってみようかな」

「奴らびっくりするだろうな。都でもこんな良質の蜜を大量に扱えまい」


 村では盗蜜売りと呼ばれる成金になっていた彼らは更なる儲け話に胸を膨らませていた。だがその目論見は外れることになる。


 受粉していないのに花だけ持ち去られていく異変に気付いた樹の精は、このことを他の樹の精と相談するようになった。そして盗人同然のスズメに対抗する方策を考えだし、次に花をつける時に実行することにした。

 それから、その村で採れる蜜の量が明らかに少なくなっていた。(がく)が分厚くて食い破りにくいものもあれば、蜜腺(みつせん)の位置が分かりにくいものもあった。花粉は粘り気が強くなり盗蜜の作業効率は下がった。極めつけにスズメには耐えがたく虫には心地よい異臭を放つものさえあった。

 都からわざわざ出向いてきたスズメは鼻を羽で覆いながら言う。


「田舎だとこんなに少量の、しかも酷く臭う蜜をありがたがるようですな。臭いがキツすぎて涙が出てきましたよ」

「昨年はこんな感じではなかったんだ。おかしいな。どうだろう、今年の分は諦めて来年の分について話をしませんか?」

「いいや結構。ブランド名はスズメの涙とでも名付けるのがよいでしょう。都のスズメが騙されて買わないように広めておいてあげますよ」


 商談は失敗に終わったが自分たちの食い扶持(くいぶち)のためにも盗蜜しないという選択肢はなかった。いまさら他のスズメのように真っ当な仕事をする気も起きない。

 大量の厄介な花粉がまとわりついてうまく羽繕い(はづくろい)できなくなり、目にも花粉が入って見えづらくなる。じっとしていれば虫が花粉をとってくれるかもしれないと期待もしたが、虫は前のように食べられるのが怖くて近づいてこない。村人たちはそんな花粉塗れで忙しく花々を飛び渡る盗蜜売りを見て言うのだった。


「スズメのくせに精が出るもんだ。何の得があってあんなことをしているんだろう」

「いいや、どうせ砂浴びに飽きて花粉浴びでも始めたんだろう。遊んでいても不自由しないなんて、わしらと違って気楽なもんだ」

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