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神装戦記ガルディアン・エスパーダ  作者: 旗戦士
第一章: いざ、新天地へ
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第七伝: 立てば芍薬、座れば牡丹、刀を握れば藤の花

<花の都ヴィシュティア>


 そうして、数日の月日が空けた。フェイトとフィルは列車の扉から降り、多くの乗客で賑わうヴィシュティアの駅に降り立つ。このフレイピオスでは国内全土を回れる魔導列車が開通しており、国民や外国からの入国者などの交通機関として愛用されている。見違えた光景にフェイトは周囲を見回し、思わず感嘆の声を上げた。


「ヴィシュティアに来るのは初めてかい? 」

「前に何度か来たことはありますけど、だいぶ前で……。こんなに変わってるとは思いませんでした」

「そういえば君は人魔大戦の復興員としてここに住んでいたんだってね。じゃあ、エルさんやラーズさんの事は覚えてるかな? 」

「もちろんです。俺に学校へ行くことを勧めてくれたのはエルさんとラーズさんですから。忘れるわけありませんよ」


 ディニエル=ガラドミアとラーセナル・バルツァー。両者ともこの世界を救ったとされる八英雄の一人であり、ラーズはフレイピオス有数の観光地・セベアハの村の村長を務め、エルは毎年多くの入学生を集めるヴァルメール都立士官学校の校長を務めている。久々の再会に胸を躍らせるフェイトはフィルと共に駅を抜け、数年の時を経て復活したヴィシュティアの地へと降り立った。


「まずは中心街を抜けて学生寮に行こうか。荷物も重いだろうしね」

「わぁっ……」


 茶色を基調としたレンガ造りの建物の数々。その横を通り抜ける、幾つもの人だかり。魔導核(コア)によって動力機関を動かす魔導車と、昔ながらの馬車群が交じり合い、まるで自分の生きてきた世界とは別世界のように見える。


「おーいフェイト、聞いてるかい? 」

「あ、あっすいません! 前とは違い過ぎて……」

「街の散策なら荷物を置いたらしてくるといい。じゃあ、行こうか」


 先を歩くフィルの後を追うようにフェイトは恐る恐る足を動かし始めた。横断歩道を渡り、駅から離れると二人は早速市場の区画に足を踏み入れる。


『周りに気を取られ過ぎてあの男から離れるなよフェイト』

「う、うるせえ! 子ども扱いしやがって……」

『全く……先が思いやられる』

『そんな事を言うな、ディルグリウス。こやつを見ておるとお主の子供のころを思い出すぞ』

『れ、レクシェル! 馬鹿な事を言うな! 俺がガキの頃はもっと聡明だったろうが! 』

「へぇ~? こいつ俺に偉そうに指図する癖に意外とやんちゃしてたんだなぁ~? 爺さん、もっと聞かせてくれねえか? 」

「ほらフェイト。市場で立ち止まっちゃダメ。それに今の君の姿はいくぶん奇妙に見えるよ」


 立ち止まったフィルに言われるがまま周囲を見回すと、フェイトを怪訝そうに見つめる視線や嘲笑したような小さな笑い声が聞こえた。一気に顔を赤くしたフェイトはその場から逃げるようにフィルに追いつき、市場を抜ける。


「ど、どうして言ってくれないですか⁉ 俺てっきりみんなもディルたちが見えるもんだと……」

「大精霊は普通の人には見えないんだよ。だから見える人は通常より魔力を感知する力が強い人か、選ばれた人間にしか見えない。だからこそこれがあるんだけどね」


 そう言うとフィルはポケットから長方形の端末を取り出した。彼がレクシェルの名を呼ぶと、フェイトの視界に映っていたレクシェルが瞬時に消える。


「あれ、レクシェルさん? どこに……」

『ここじゃよ、フェイト』


 声が聞こえる方向に視線を向けると、そこには端末の画面に映るレクシェルの姿があった。


「これは導話媒体(ハスト)と呼ばれるものだ。これで大精霊は他の人にも見えるようになる。あと、この端末を持つもの同士で連絡を取り合ったり色んなことが出来るんだよ。詳しい事は僕もイマイチわかってないんだけど」

「すっげえ……都会にはこんなものも出回ってるんだ……」

『ここにいると窮屈なんじゃがのう。ま、他のカワイ子ちゃんたちにも見える事だし良しとするかの』

「やたらめったら他の女の子に声かけるのは止めてね。お蔭でルシアにも疑われちゃうんだから」

『ぐぎぎ……この朴念仁め……』


 そんな会話を繰り広げているうちにフェイトとフィルは新しい住まいとなる学生寮に辿り着く。先ほどとは打って変わり赤い色のレンガで出来たこの建物はフェイトにとってより大きく映った。さて、とフィルが口を開きながらフェイトの方へ振り向くと、彼にあるものを差し出す。


「これを君に渡しておく。さっき僕が教えた導話媒体だ。君専用のものだから、無くさないようにね」

「い、いいんですか⁉ 」

「君が過ごすことになる学校では不可欠なものになるからね。さっそく使ってみてくれ」


 言われるがままにフェイトは深紅の導話媒体をフィルから受け取る。端末を起動し、画面が映し出されるとフェイトは自身の背後に立つディルグリウスへ導話媒体を向けた。


『ぬぉっ⁉ 身体が吸い込まれ……⁉ 』

「おっ、映った映った。へへ、これでもう怪しまれることはないな」

『いかんせん窮屈だなここは……』

『ほっほっほ、じきに慣れるじゃろうて。ま、しばらくはそこで過ごすと良い。ディルグリウスにも良い薬になるじゃろ』

『どういう意味だ、この……! 』


 ディルグリウスとレクシェルの会話を横目に、フェイトは正面に立つフィルへ視線を向ける。


「フィルさん。俺をここに連れてきてくれたこと、改めて感謝します。俺、この恩は忘れません」

「気にしないでくれ。いずれ近いうちにまた会うだろうから。それより明日から入学式だ。今日はこれからの生活に備えて日用品なり揃えてくると良い。それじゃあ、またねフェイト」

『肩の力を抜くんじゃぞ、フェイト。緊張せず、焦らずにしっかりと自分の道を進むんじゃ。おのずと道は開ける』

「はい! ありがとうございます! 」


 それだけ言い残し、フィルはフェイトの下から立ち去った。よし、と肩から提げたカバンを握り締め、フェイトは学生寮の中に入る。エントランスに入ると豪華なシャンデリアが一階を照らしており、寮長室と書かれた部屋がまず目を惹いた。彼が寮に入ったことを知らせるチャイムのようなものが鳴り響き、寮長室の扉が開く。中から出てきたのはフェイトと同じような深紅の髪を揺らす眼鏡を掛けた女性で、フェイトを見るなり近寄ってきた。


「あ! 君がもしかしてフィル君の言ってた新しい子かな? 」

「は、はい、フェイト・エクスヴェルンって言います! 今日からお世話になります! 」

「うん、噂通りの元気な子だ。私はカミラ・カークシー。ここの寮長だよ、よろしくね」


 二人は握手を交わし、カミラの案内によりまずフェイトは寮長室に招かれる。


「長旅で疲れたでしょ。そこに座ってね。ちょっと書類持ってくるから」


 言われるがままフェイトは荷物を床に置きつつソファに腰掛けた。間もなくカミラが書類を手にしフェイトと向かい合わせに腰掛け、書類を彼の前に差し出す。


「これは……? 」

「入寮届けよ。ついでにここの説明もしておこうと思って。規則についてはこのしおりを読んでおいてね」


 渡された小冊子を開くなり、フェイトは挟まれていた鍵を手にする。ひし形をかたどった鍵で、無くさないようにキーチェーンが取り付けれていた。そしてフェイトは入寮届の項目に自分の名前を記入し、カミラに手渡す。


「はい、これで完了ね。じゃあこっちについてきて。部屋に案内するわ」


 言われるがままフェイトは荷物を手に椅子から立ち上がり、寮長室を出る。カミラの後を追うようにフェイトは階段を上がり、ようやく自分の部屋の前に辿り着いた。


「ここが君の部屋だよ。さ、入って入って」


 カミラが彼の新しい部屋の扉を開けてフェイトを招き入れると、そこにはベッドと机、タンスと言った生活に必要な家具一式が揃っていた。何かを飾れるようなフックが壁に打ち付けられており、生徒が住むのには十分なスペースが確保されている。


「おぉ……」

「どう? 綺麗なもんでしょ? 」

「こんなに広い部屋に住むのが初めてで……。ありがとうございます、カミラさん」

「あはは、私にお礼言ったってしょうがないって。制服はそこのクローゼットの中に3着くらいあるから、着まわして使ってね。洗濯機とか冷蔵庫は共同だから、みんなで分担して使ってちょうだい。じゃ、私はこれで」

「はい、これからよろしくお願いします! 」


 そう言うとカミラはフェイトの部屋から立ち去り、部屋にはフェイトのみが取り残される。よし、とフェイトは一呼吸置いてからベッドに腰掛けるとカバンから衣類などを取り出し、荷解きを始める。下着や部屋着などをタンスに仕舞いこみ、歯ブラシなどの日用品を机の上に置いておく。あれだけ膨れ上がっていたカバンが空になり、フェイトは深く息を吐いた。


『さてフェイト。これからどうする? 』

「買い物に行こうかな。ディルも一緒に……っていつも一緒か」

『……風呂やトイレの時は敢えて席を外しているぞ』

「言わなくていいんだよそういう事は! ったく……」


 そんな会話を交わしながらフェイトは剣の差さっていたベルトごと取り外し、壁のフックに掛けると財布と部屋の鍵、導話媒体をポケットに突っ込むと一気に寮を出る。そのままフェイトは市内へと走り出し、商業施設の多い地区へと辿り着いた。


「おぉ……! 」

『ここが中心街か。なかなか大きな規模だ』

「ディルの時もこんな大きな市場見たことあんのか? 」

『ここまでではないがな。いずれにせよ気を付けろよ、こういうところには必ず良くないことを考える輩がいる』

「そんなこと……」


 フェイトは市場が立ち並んでいる街道に入り、持ってきた買い物リストをポケットから取り出す。洗剤や食料、学校生活に必要な筆記用具など多岐に渡っており、辺りを見回しながらフェイトは通りを進んでいく。そこで日用品店を見つけ、フェイトは立ち寄る事にした。古めかしい木造の外装とは打って変わり、中は携帯の食料品やティッシュペーパーなど、豊富な品揃えがフェイトを迎える。


「いらっしゃい。おや、見ない顔だ」

「どうも! ヴァルメール都立士官学校に入る事になったフェイトです! 」

「あぁ、あの学校の新入生か。ようこそヴィシュティアへ。ここに来るのに大変だったろう。何がほしいんだ? 」

「このリストにあるものなんですけど……」


 店主らしき眼鏡を掛けた男がフェイトから紙を受け取り、少しした後に立ち上がった。店の奥から何やら物を漁るような音が聞こえた。しばらくして店主が腕に商品を一杯抱えながらレジへと戻り、カウンターの上に置く。


「リストにあったのはこれでいいかな。しかしフェイト、君は運がいいな。うちに来て正解だよ、ここは学割が効くんだ」

「学割……? 」

「ヴァルメール都立士官学校にはいつも世話になってるからね。あそこの生徒さんにはうちで特別な割引を適用してるんだ。学生証とかはあるかい? 」

「はい、これです! 」


 フェイトは財布から1000ブランド紙幣を数枚店主に渡し、紙袋に入った日用品群を受け取ると別れを告げて店を出た。また荷物が増えたな、と一人愚痴を溢しながら寮への道を戻ろうとしたその時。道を歩いていたフェイトの背後から女性の悲鳴が聞こえ、振り返ると地面に倒れた中年の女性と、彼女のものらしきカバンを手にその場から逃げようとする人相の悪い男がフェイトの目の前を通り過ぎていく。


「おじさん! これ持ってて! 」

「な、何を⁉ 」

「あいつ捕まえてくる! 」


 紙袋を先ほどの店主に預けながらフェイトはその泥棒の後を追うように走り始めた。男は道を塞ぐ通行人を突き飛ばして市場を駆け抜け、フェイトから逃げようとしている。しかし狩りで獲物を追う事に慣れている彼にとってその行動は無意味に等しく、フェイトは人込みを掻き分けながら泥棒を追う。


『フェイト! 無茶はするな! 』

「わかってるよ! でもほっとけないだろ! 」


 やがて両者は市場から別の地区に移り、住宅街の多い地区に差し掛かった。道中で石を拾ったフェイトは周囲に人がいない事を察知し、彼は距離の離れた泥棒目掛けて投げつける。投擲した小石は泥棒の背中に命中し、体勢を崩して盛大にその場で転んだ。急いでフェイトはその男の下へ駆けつけ、その場でうずくまる泥棒が手にしたカバンに手を伸ばす。


『フェイト! 後ろに下がれ! 』

「えっ――――」


 言われるがままフェイトが後ろに下がった瞬間、一瞬だけ白い閃光が彼の胸部を掠った。負傷したふりをしていた泥棒が血走った眼でナイフを手にフェイトと対峙し、じりじりと距離を詰めてくる。フェイトは腰に手を伸ばそうとしたが、愛剣は既に部屋に置いて来てしまった事に気づいた。舌打ちしながらフェイトは両腕を顔の前に上げ、拳を構える。多少傷ついても仕方がない、と腹を括る。


「ガキがしゃしゃり出てくるからいけねえんだ……! 悪いが死んでもらうぜ! 」


 泥棒がナイフを振り上げた、その時だった。フェイトの鼻孔を香りの良い女性ものの香水のような匂いが刺激し、薄紫色の長い髪が視界を覆う。フェイトと泥棒の間に割って入るように姿を現した"彼女"は得物を仕舞った刀袋ごと振りぬき、その一撃は泥棒のナイフを持った腕に命中した。鈍い音が聞こえたかと思うと男が絶叫と共に地面に倒れ、その騒ぎを聞きつけた市街の警備兵がその男を取り押さえる。


「――――盗みを働き、あまつさえ人を殺めようとするとは……言語道断。しばらく頭を冷やすと良い」


 警備兵がその場にいたフェイトと少女に声をかけるが、二人は学生証を見せる事でわざわざ詰所に行くことは免れた。そしてフェイトは自身を助けた彼女が同じ学校の生徒である事に気づき、隣に立つ少女の顔をじっと見つめている。その視線に気づいたのか、彼女はいきなりフェイトの方へ振り向いてきた。中性的な顔立ちに凛としたその琥珀色の双眸。フェイトは思わず彼女の容姿に視線を奪われ、しばらく見つめあうこととなる。


「……? どうした? 私の顔に何かついているのか? 」

「あ、ご、ごめん! あまりにも綺麗で……って、違くて! その……」

「ふふ。面白い人だな、君は。だが武器を持った相手に向かって行く勇気には感銘を受けたよ、危なかったけどね」


 藤色の女性ものの袴に小菊の花の模様が入った着物を羽織る彼女は、長いポニーテールを揺らしながらフェイトに手を差し出した。


紫音(しおん)長船(おさふね)紫音(しおん)だ。君もヴァルメール都立士官学校の生徒なんだろう? よろしく頼む」


 この出会いが、二人の運命を左右する事になるとは、分かるはずもなかった。

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