第六伝: セントラル
<ハルシャガ村>
翌朝。孤児院での最後の日を終えたフェイトはやけに早く目が覚め、ゆっくりとベッドから起き上がる。エルノアが村中を駆け巡って集めてくれた旅の荷物を見やり、嬉しいような悲しいような、そんな表情を浮かべた。
『まるで童のようだな。旅を前にして眠れんとは』
「なんだよ、わくわくしたっていいだろ。ようやく夢が叶う……そんな時が来たんだからな」
『目的を見誤るなよ。お前は自分の夢を叶えるためではなく、この世界を守るために騎士になるのだ』
はいはい、とフェイトは脳内に響くディルグリウスの言葉を軽く流しつつ立ち上がると着ていた寝間着を脱ぎ始め、部屋の壁に掛かっていたハンガーに手を伸ばす。オリーブ色のシャツに腕を通し、麻色の動きやすそうなボトムスに足を通した。シャツの上に茶色い革の胸当てを取り付け、左肩に銀色の装飾が宛がわれたこげ茶のジャケットを羽織る。その後彼は履きなれた赤茶のハイカットブーツを履き、腰のベルトに愛剣を差した。
『恰好だけは一丁前だな』
「いちいち文句付けないと気が済まないのかよ、お前」
『ふん。気を入れ直してやっただけだ』
黒い鞄を肩から提げ、フェイトは部屋を出ようとするも、思わず彼は足を止める。5年以上もの年月を過ごした部屋だ、フェイトが感傷的になるのも無理はない。
『……漸く、だな。フェイト』
「……あぁ」
フェイトはその後踵を返して自分の部屋を出てからリビングへと降りる。そこでは身支度を終えていつもの白いサーコートを身に纏うフィルと、フェイトが来るのを今か今かと待ち侘びていたエルノアたちがそこには居た。
「見違えたね、フェイト。どこの旅人かと思ったわよ」
「へへ、ありがとう。おばさんが用意してくれたこの服、大切にするよ」
「良い服だ。君に似合ってる」
「フェイト兄ちゃんかっけー! 」
照れくさそうに笑みを浮かべながらフェイトはマックスとレニーの目の前にしゃがみ込む。安心させるようにフェイトは満面の笑みを浮かべ、二人の頭を乱暴に撫でた。
「へへ、俺がいなくても元気でやれよ~? 何かいたずらでもしたらお仕置きしに兄ちゃん飛んで来るからな」
「げっ、止めてよ兄ちゃん……。兄ちゃんのげんこつ痛いんだからさ~」
「レニーもしっかり勉強するんだぞ。向こうに着いたら、お前の好きそうな本とか送るよ」
「うん……。フェイト兄ちゃんも気を付けてね! 学校頑張って! 」
レニーの言葉と共にフェイトは頷き、二人の小さい身体を抱きしめる。しばらくして二人を離してやると、今度はユリスの方へ視線を向けた。彼女も覚悟を決めたのだろう、昨日のような泣き顔ではなく寂し気な笑みを浮かべながらフェイトの胸へゆっくりと向かってくる。
「……大丈夫か? ユリス」
「うん。もう私、泣かないよ。お兄ちゃんが帰ってくるまで、皆の事守るから。だから無事に帰ってきてね」
「勿論だ。絶対帰ってくる。何があっても、な」
それだけ言葉を交わすとフェイトは立ち上がり、エルノアの方へ視線を傾けた。
「おばさん……」
「何も言わないで、フェイト。あんたは自分の道を選んだ。いつかこんな日が来るとは思ってたけど……まさかこんなに早いとはね。行っといで」
「……ありがとう。絶対、帰ってくるから」
一度だけエルノアと抱擁を交わし、フェイトは自然と浮かんだ涙を見せないように彼女の身体から離れる。フィルの方へ視線を向けると、彼は一度だけ頷いた。
「じゃあ、行こうか」
「はい。みんな……行ってきます」
そう言い残すとフェイトは一度も振り向かず、孤児院の玄関ドアを開ける。もう一度だけ笑みを見せるとフェイトは、外へ出て玄関の扉を閉めた。孤児院の敷地内をフェイトの愛犬であり猟の相棒でもあったクラウスが走り回っている。フェイトとクラウスは一度だけ視線を交わしたのち、お互いの前へ再度視線を戻した。言葉はいらない。絶対に帰って来いと、そんなことを言われた気がした。
「……さて、フェイト。ここから感傷に浸っている暇はない。ハルシャガ村の南門に馬車を待たせてある。まずはそれに乗るよ」
「……はい! よろしくお願いします、フィルさん! 」
「うん。では、行こうか」
フィルの言葉と共にフェイトは歩き出し、人生の5年間を過ごした孤児院を離れていく。朝日が煌々と照り付けるその光景は、まるでフェイトの門出を祝っているようにも見えた。
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<花の都ヴィシュティア・政府官邸>
一方その頃。魔導連邦フレイピオスの全てを統治する政府官邸が置かれている花の都ヴィシュティア。その官邸の中で、一組の男女が誰もいない客間でティーカップに入った紅茶を啜っている。客人と思わしき水色の長髪を揺らす女は、姿勢を崩すことなく向かいの席に座る男を見つめていた。
「……それで、話とは? 」
「早速本題に入るか……。少しは紅茶の感想の一つくらい言ったらどうだ、ディニエル」
ディニエル、と呼ばれた彼女は眉一つ動かすことなく首を傾げる。
「これ、いつも飲んでるやつなのだけれど。というか、私の質問に答えて」
「やれやれ、可愛げのない……。そんな事だから彼氏の一人すらでき――――」
「それは大統領も一緒。シスコン拗らせてる分そっちの方が遥かにまずい」
お前な、とため息交じりの言葉を吐いたのはこのフレイピオスの代表である、ゼルギウス=ボラット=リヒトシュテイン大統領だ。呆れた様子を見せながら彼はティーカップの持ち手を取り、褐色の液体を啜る。
「フィル君から連絡があった。"最後の守護騎士を見つけた"、とな」
「……! それは……! 」
ディニエルが僅かばかり驚いたような表情を見せた瞬間、ゼルギウスは手元にあった緑色の宝玉に触れた。瞬間二人の間に映像が現れ、6人の若い男女が映し出される。今ゼルギウスが使用した道具は射影媒体という代物で、現代で言う映写機の役割を宝玉の中に記録された魔法が担っている代物だ。現在のプロメセティアではこの射影媒体を駆使した映像での娯楽が全国に広まりつつあり、新しい文化の一つとして受け入れ始めている。
「皆、フィル君やディニエルの活躍によって引き込んだ逸材たちだ。彼らは皆、守護騎士となる素質を持った子たちだ」
「……なるほど。これは重要な話」
「雑談をする為に呼んだわけではない。彼らはこの世界の命運を背負った戦士たちだ」
ゼルギウスは座っていた椅子から立ち上がり、窓から差し込む日の光を仰いだ。
「頼んだぞ。――――ヴァルメール都立士官学校校長、ディニエル=ガラドミア」
そんな緊迫した言葉を投げ掛けれてもなお、彼女は涼しい顔をしながら紅茶を啜るだけだった。




