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神装戦記ガルディアン・エスパーダ  作者: 旗戦士
Prologue: 運命の先へ
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第四伝: Rising Hope

<ハルシャガ村・噴水広場>


 心臓が脈を打つ音が耳に響き渡る。右手で抜きはらった騎士剣の先が揺れ、腕が振るえているのを感じる。だがフェイトは、それ以上に憤怒の炎を燃やしていた。自分のようやく手に入れた大切なものを、突如として現れた化け物が奪い去ろうとした。その事実だけでも、彼には耐えがたい怒りに変わる。フェイトの背後には茫然とした表情を浮かべる孤児院の子供たちが怯え、全身を震えさせていた。何としても、彼らを守らねばならない。その使命感と怒りが、フェイトの身体から痛みをかき消した。


『右からだ! 来るぞ! 』


 脳内に響いたディルグリウスの声にフェイトはしゃがみ、化け物の横薙ぎを躱す。その拍子に足払いを仕掛け、化け物を転倒させると頭部に空いた左手を伸ばした。炎を纏う腕が化け物の頭部分にあった宝玉を掴むと、そのまま左手に力を込める。


「砕け散れェッ‼ 」


 纏っていた炎が一瞬で光となり、膨大な魔力が注ぎ込まれた。そのまま掌で魔力の塊は炎と融合し、轟音と共に熱風を撒き散らす。その絶大な威力に宝玉が耐えられるはずもなく、跡形もなく灰と化した。


「フェイト君! その技は威力が大きすぎる! 周囲も巻き込んでしまうぞ! 」

「⁉ ユリス達は……! 」

「一旦は無事だ! 僕が逃がした! 」


 背後からフィルの声が聞こえ、2匹の化け物と距離を取りつつフェイトは彼の隣に移動する。フィルの言葉にフェイトは頷くと、正面の化け物に視線を戻した。


「フィルさん……! 俺は左の奴をやる! あなたは右を! 」

「任せてくれ! レクシェル! 」


 フィルがそう名前を叫ぶと彼の背後にはディルグリウスと同じように白いサーコートを身に纏った老練の騎士の姿が現れる。だがフェイトの視界には以前のようにぼんやりとした輪郭ではなく、まるでその場にいるかのように姿形がはっきりと映った。


『ほう……! レクシェルを使役するとはな。あの男、中々できる奴らしい』

「いいから集中しろディルグリウス! 今はあの野郎をぶっ倒す事だけに……! 」

『お前のような小僧に言われなくとも分かっている。それより貴様、さっきのような真似は控えろよ』

「なんだよ! 勢いに任せちゃダメか⁉ 」

『ダメだ。貴様の身体が持たん』


 そんな会話を繰り広げていると、しびれを切らしたのか化け物が一気にフェイトとの距離を詰めてくる。殺気を真正面から全身に浴びたフェイトはしゃがんでから横殴りの攻撃を回避すると、立ち上がる表紙に炎を纏った剣を振り上げる。横薙ぎされた腕は炎剣に焼き斬られ、地面に物音を立てながら落ちた。その隙をフェイトが見逃すはずもなく、勢いに任せて袈裟斬りを見舞う。化け物の胴体に大きな切り傷が出来上がり、そのままフェイトは逆袈裟に剣を振り下ろす。X状に傷が広がり、化け物は命の危険を感じたのか後方に飛びのいた。


「逃がすかァッ! 」

『待て! これは――――』


 ディルグリウスがそう制止する間もなくフェイトは真正面から化け物を追撃しようとする。しかしながらフェイトの突進を臆する事なく化け物は切り落とされた腕を一瞬で再生させ、今度は両腕を伸ばしてきた。鋭い両爪はフェイトの両肩口を易々と切り裂き、周囲に鮮血を舞わせる。思わずフェイトは痛みに顔を顰めるが、化け物を睨み付けた後に勢いを殺さず距離を詰めた。


「そんなもんで――――」


 剣が届く距離までフェイトが迫った瞬間、彼は片手に握っていた剣を両手に握り替える。炎が剣に集中し、瞬く間に業火を纏っていった。


「――――止められるかよォっ‼ 」


 炎をまとった剣を振り上げつつ、身を屈めてX状に出来ていた胸の傷目掛けて剣を突き立てる。


「凰覇、鉦炎剣ッ‼ 」


 その瞬間握っていた剣先に炎が集中し、膨大な魔力と共に業火が奔流した。化け物は瞬く間に灰燼に帰し、二度と立ち上がる事はない。化け物の身体だけでは衝撃を殺せなかったのか、残骸の背後には爆発が起こったようなクレーターが出来上がっていた。フェイトは自分が放った技に理解が追い付いていないのか、その場で立ち尽くた。


「あんなものを見せられてしまっては、僕も黙っているわけにはいかないね。レクシェル」

『なんじゃあフィル坊? 珍しく熱が入ってるのう』

「からかわないでくれよ。一先ずはこいつらを倒す事が先決だ」


 豪快な技を放ったフェイトに感化されるようにフィルは手にした剣の柄を握りしめ、空いた左手で化け物を挑発する。その挑発に乗るかのように、化け物――――煉魔(アンフェル)はフィルとの距離を一気に詰め始めた。


「遅い」


 突き出された鋭い爪を長剣の剣腹で受け流しつつ、フィルはその動作のまま剣を薙ぐ。白い軌跡を残しつつその刀身は煉魔の胸部を捉え、切り裂いた断面へフィルは左手を突っ込んだ。


「レクシェル」

『相変わらず無茶をする』


 フィルの使役している地帝レクシェルは涼しい表情を浮かべつつフィルを助けるかのように煉魔の胸に出来上がった断面図へ剣を突き立てる。直後、煉魔は糸の切れた人形のようにその場から崩れ落ち、瞬く間に灰と化していった。完全に消滅したところでフィルは腕を引き抜き、肩を一回転させる。その横ではフェイトが魔力の消費に耐えられなかったのか、地面に膝をつく様子が見て取れた。


「フェイト! 」

「へ、へへ……情けねえな……」

「最初にしては上出来さ。それよりもあの子たちは……」

「心配いらねえ。傷一つついちゃいねえよ」


 やがてディルグリウスの使役が解除され、煌々とした橙色の輝きを放っていた髪からもとの真紅の髪に戻る。そんなフェイトの様子を案ずるかのように孤児院の子供たちが彼の下へ駆け寄り、胸に飛び込んでいった。


「大丈夫だ……もう大丈夫。兄ちゃんがあいつらをやっつけたから……」

「フェイト兄ちゃんは……? 」

「俺もなんとか……大丈夫、だよ。ありがとな、ユリス」


 疲労しきっていた身体に活を入れながらフェイトは立ち上がり、孤児院に再度向かおうとする。しかし一歩踏み出したところで地面に躓き、転ぼうとしたところで周囲の警戒を終えた兵士たちに身体を支えられた。


「あんたは……」

「よくやった。多少の被害は出たが……此処を守れたのは間違いなくお前のお陰だ。そこの騎士さん……いや、フィランダーさんも助かった。後処理は俺たちに任せてくれ」

「いえ、貴方たちの功績でもある。僕が彼らを連れて行きます。ここはお任せしました」


 フェイトに肩を貸しながらフィルは孤児院の子供たちを連れてその場を立ち去る。その背中はあまりにも大きく、一つの小さな平和を取り戻した、英雄の背中が兵士たちの目に映っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<アナトリス孤児院>


 そうして、一日の月日が流れた。あの騒乱のあとフェイトは魔力の消費に耐えられなかったのか、丸一日自分の部屋へ眠りについていた。煉魔に襲われたユリス達はひとしきりおびえた様子を見せていたが、エルノアのお蔭でなんとか落ち着きを取り戻しつつある。学校からは本人たちの精神的な療養と送迎の馬車を準備するのも加味し、3日間の特別休暇が与えられた。ハルシャガ村を襲った異形の怪物たちがまだ周囲をうろついている可能性も考慮し、フィルもアナトリス孤児院に身を置くことになっていた。そんなフィルは、自分に与えられた客間のベッドに座りながら長方形の機械――――導話媒体(ハスト)の画面を見つめている。


「シルヴィさん、ここの一帯にも既に異世界の侵攻が始まっています。それも、うちの魔導研究所が観測するするよりも早く……」

『……そうですか。やはりだんだん一筋縄ではいかないようになってきましたね。フィル君、ハルシャガ村の転移門(ゲート)はどうなりましたか? 』

「先ほど僕が塞いでおきました。ですが、またこの周辺に転移門が出来ないとは限りません。フレイピオスから特務隊の一隊を警護に当たらせるべきかと」


 シルヴィ、と呼ばれた画面に移る銀髪の女性は考えるそぶりを見せながら頷く。既に日は落ち、暗くなっているというのに画面の光は煌々と周囲を照らしている。


『わかりました。ギルに掛け合ってみます。ありがとうございますフィル君、あなたがいなかったら大混乱に陥るところでした』

「いえ、村の方々を守れたなら何よりです。それとシルヴィさん。――――最後の守護騎士を、ここで見つけました」

『――! 本当ですか? 』

「えぇ。彼の名はフェイト・エクスヴェルン。シルヴィさんも聞き覚えのある名前だと思います」

『……あの、フェイト君が……ラーズさんやエルさんが聞いたら驚くでしょうね』


 フェイトはフレイピオスが大樹の大戦に見舞われている中で家族を失い、やがて国を復興するための作業員として首都ヴィシュティアに何年か籍を置いていた時期がある。八英雄のうちの一人、救国の姫君シルヴァーナ・ボラット・リヒトシュテインが彼の存在を知ったのもその時期だった。


「ひとまずフェイト君の体力が回復した後、改めて孤児院の院長に話を持ち掛けてみます。世界を救う力を持っているとは言え、選択するのは彼自身ですから」

『なんでも任せちゃってごめんなさいねフィル君。せっかくルシアさんと同棲を始めたっていうのに』

「仕方ありませんよ。ルシアも分かってくれるはずです。では、これにて失礼します」

『無事に帰ってきてくださいね』


 シルヴィの言葉と共に通信は切れ、フィルは短い溜息を吐いた。フェイトを見ていると昔の自分を思い出してくるようで、複雑な感情が入り混じる。家族を殺された復讐心に駆られ、少年時代のフィルはがむしゃらに剣を振っていた頃を思い出す。先ほど会話していたシルヴィと出会ったのもその頃だ。


「運命は繰り返す、か……」


 そんなことをつぶやいていると、フィルの部屋の扉をたたく音が響く。どうぞ、と客人を迎え入れるとそこには孤児院の院長であるエルノアが立っていた。


「エルノアさん。どうかなされたんですか? 」

「……フェイトの事で、ちょっと話があるんだ」


 そのままエルノアを部屋に招き入れ、椅子に座らせる。エルノアは普段のような明るい笑顔は浮かべずに、真剣な表情を浮かべつつフィルの双眸を見据えた。


「……あの子を、ヴィシュティアの士官学校へ連れて行ってくれないか? 」

「エルノアさん、それは……」

「もちろんあたしはフェイトが傷つくのはいやさ。死んでほしくない。例え血が繋がっていなくとも、あの子は大切な家族さ。でも……あの子には力があるんだろう? それに、フェイトには騎士になりたいって夢があったんだ」

「…………決めるのは、フェイト君自身です。夢と現実、どちらを選んでもエルノアさんは決してフェイト君を責めないであげてほしい」

「もちろんだ。フィルさんの出発はいつになるんだい? 」

「明後日にはヴィシュティアへ戻る予定です。ですから、明日にはフェイト君に決めて貰う必要がある。……僕から、話をしておきますよ」


 フィルは出来る限りの笑顔をエルノアに向ける。自分の今の選択がフェイトにとって正しいのかわからない。それでも、フィルはフェイト自身の答えが聞きたかった。その時、フィルは部屋の外に人の気配がある事を感じ取る。誰だ、と扉を開けてみるとそこには不安げな表情を見せるフェイトがそこに立っていた。


「あ、お、俺……」

「フェイト……」


 気まずそうな空気に耐えられなかったのかフェイトは一目散にその場から立ち去る。背後からエルノアとフィルが自分の名前を呼ぶ声が聞こえたが、フェイトはなりふり構わず逃げるように孤児院から出て行った。孤児院を出るなり、フェイトは着の身着のまま村の方へ走り出す。


『……何から逃げているんだ、お前は』

「お前に関係あるのかよ……。言ったって、どうしようもない」

『そう塞ぎ込んでは何も解決しないぞ、フェイト』

「うるっせえよ! だいたい、いきなり出てきたお前になんでそんな事言われなきゃなんねえんだ! 」


 走っていた足を止め、フェイトは自身の背中から姿を現したディルグリウスに迫った。


「お前が出てきてから俺の世界はおかしくなったんだ! ユリス達だって危険な目に遭ったし、この村だって襲われた! 」

『いずれは起こり得たことだ。それともお前は、別の誰かが救ってくれるとでも思ったのか? 』

「…………」

『力を持つという事は、何かを犠牲にしなければならない。お前の日常や今までの生活をな』


 ディルグリウスは淡々と続ける。


『それに、お前が我と契約した理由はお前の日常を守るためだったはずだ。それを忘れたか? 』

「……それは、そうだけど……。なあ、このまま俺や他の連中がさっきのような化け物を放置してたら、世界はどうなるんだ? 」

『間違いなく滅ぶ。運が良ければ連中の奴隷として生きるだろう。お前の日常は、瞬く間に壊される』


 彼の言葉にフェイトは目を見開いた。拳を握り締めながらフェイトは視線を俯かせる。


「……俺は最初、騎士になりたかった。俺の命を救ってくれたあの人のように。でも、俺の夢はあいつらには残酷すぎるんだ。間違いなく暮らしは厳しくなる。負担をかけたくないんだ」

『夢が現実に牙を剥くのはよくある事だ。だが……その守るべきものが破壊されてしまっては、元も子もない。救える命をお前は手放すつもりか? 』

「……! 」

『お前には力がある。人を守れる力を持ちながら、持て余すのは愚行の極みだ。よく見極める事だ、フェイト・エクスヴェルン』


 そんな言葉を残し、ディルグリウスはその場から消える。フェイトが呼び止めたが、既にそこには虚空しかない。くそ、とフェイトは一人言葉を溢しながらだんだんと立ち上る朝日を見つめていた。


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