第三伝: 焔の意志
<アナトリス孤児院>
フィルから発せられた言葉に、フェイトとエルノアは言葉を失う。選ばれた、守護騎士という言葉だけで二人を凍り付かせることは充分であった。フィルはフェイトの手に虹色の鉱石を握らせ、足元に座り込む。
「……フェイト。僕と共に来てほしい場所がある。そこで君は騎士の鍛錬を積み、守護騎士となるんだ」
「ちょ、ちょっと待っておくれよ! いきなりそんな話をされたって、受け入れろって言う方が無理なもんだ! 一体あんたはどういうつもりで……⁉ 」
「すみません。ですが、彼がこの石を手にした事で事態は急変しました。急ぎ、戻らねば……」
その時だった。玄関のドアは音を立てて開かれ、そこから肩で息をする夫婦が孤児院に入ってくる。先ほど村でフェイトの身を案じてくれた夫婦で、焦燥した様子が見て取れた。
「マルタの奥さん! それに旦那さんまで! 一体どうしたってんだい! 」
「た、大変だ! 村に見たこともない魔物が出てきて大暴れしてるんだ! 学校から戻ってきた送迎の馬車が襲われてる! 」
「……⁉ じゃあ、レニーやユリスも⁉ 」
「今は村の衛兵たちがなんとか魔物を惹き付けてるが、時間の問題だ! あんたも騎士なんだろう⁉ 頼む、手を貸してやってくれ! 」
突如として起こった緊急の事態にフィルは焦りの表情を浮かべる事なく頷き、孤児院を出ていく拍子にフェイトへ振り返る。
「いいかい、この件は僕がなんとかする。君はそこで安静にしているんだ」
「で、でも……! 俺だって……! 」
我武者羅にフェイトはソファから立ち上がり、フィルと共に事件の現場へ向かおうとした。しかし身体中に激痛が走り、その場から崩れ落ちてしまう。慌ててエルノアが彼の傍に駆け寄り、フェイトを立ち上がらせた。
「無理をしちゃダメだ。君の家族は、僕が助ける」
その言葉と共にフィルの姿は孤児院から消え、フェイトはエルノアと共にリビングに取り残される。ちくしょう、と一人溢しながらフェイトはソファに再び横たわり、マックスやユリス達の無事を願った。――――しかし。
「俺が……いかないと……! マックスが……レニーが……ユリスが……‼ 」
「フェイト‼ 馬鹿なことは止めな! あんた本当に死んじゃうよ⁉ 」
「このまま待ってたらあいつらだって……死んじゃうかもしれないだろ! 頼む、おばさん……! 最初で最後のわがままだ……! 」
エルノアの制止を振り切り、フェイトはリビングにあった騎士剣を手に取り孤児院を出ようとする。あの化け物につけられた傷が痛むが、フェイトには関係なかった。幼いころの記憶が彼の脳裏にはくっきりと浮かんでくる。助けられなかった母親と、自分を守ってくれた騎士の姿。その二人の姿が今はユリス達と重なり、フェイトの身体に力を与える。追ってくるエルノアを振り切るように力を振り絞ってフェイトは真っ先に村へと駆けた。走り始めると彼の身体は瞬く間に風に乗り、自分でも信じられない速さで足が動いていく。
「フェイトォ‼ 」
背後からエルノアの呼ぶ声が聞こえる。彼女にごめん、と胸の内で詫びを告げるとフェイトは正面を向いて一目散に足を動かした。
『契約者。我の力を欲するか』
「うるせぇッ‼ お前みてえな化け物の力、誰がいるかァッ‼ 」
そう吐き捨て、フェイトは更に足の力を強めていく。走り続ける事数分、ようやく彼の視界に村の光景が映し出された。それと同時に、様々な悲鳴が耳を貫く。まるで、あの時と同じような光景だ。人々が死の恐怖におびえ、泣き叫ぶ姿。親が死に、絶望の表情を浮かべる子の姿。そんな光景など、もう二度とは見たくなかった。
「な、なんだこいつは⁉ どんな本にも載ってなかったぞ……⁉ 」
「慌てないで! あなた達は村人の安全を最優先に! 」
「ですが、貴方は……⁉ 」
「僕がこいつを抑えます! いいから早く! 」
次第にフィルの声が聞こえてくる。彼は単身あの異形の魔物と交戦している様だ。頭部がなく、四肢が湾曲した二足歩行の魔物。あれを初めて見たときの恐怖は、今でも鮮明に思い出せる。
「あの馬車の中にまだ子供たちがいる! 助けなければ! 」
「クソッ……! 」
そんな兵士の声の聞いた拍子にフェイトは戦場と化した村の広場へたどり着く。何者にも襲われることのなかった噴水広場が、今は鮮血の舞う血生臭い戦場と化していた。フェイトは横倒しになっていた馬車を見つけ、その中にユリス達がおびえながら息を潜めている光景を目の当たりにする。恐怖が、怒りに置き換わっていく様子が自身でも理解できた。ようやく手に入れたその幸せを、あんな不気味な化け物に奪われてしまうのか。その思いは、フェイトの痛みをかき消した。
「……⁉ フェイト⁉ 安静にしてなさいと言っただろう⁉ 」
フィルが広場にやってきたフェイトの姿に気づき、僅かな隙を生み出した。その隙を異形の魔物が逃すはずもなく、右腕の鋭い爪ごと振り下ろす。フィルの身体は後方に吹っ飛ばされ、地面を数回転んだ。
「フィルさん……‼ 」
魔物からの不意打ちにフィルはその場で膝をつき、立つことが出来ない。戦闘不能と判断したのか、3体の魔物たちはゆっくりと本来の獲物であった馬車へ歩みを進める。
「やめ、ろ……‼ 」
その光景に、フェイトの脳裏が真っ白になった。また、目の前で命を奪われてしまうのか。魔物たちは馬車の扉を引っぺがし、殺意の赴くままに獲物であった3人の子供を見下ろしている。止めろ、とフェイトは叫ぶ。
『どうする。間違いなく、あの子らは死ぬ。だが、お前が我と契約すれば助けられるかもしれない』
声が響く。突如として広がった真っ白な空間に、フェイトともう一人の騎士はそこにいた。
『選べ、契約者。臆して絶望するか。決意し戦うか。選べ』
フェイトは声の主へゆっくりと視線を向ける。オレンジ色の長い髪に、赤い鎧。彼よりも一回り大きい身体に、腰から伸びた二振りの剣。騎士はただ、フェイトの答えを待っていた。
「……力を貸せ。あいつらを助ける為だったら、なんだってしてやる。だから……力を貸せ! 」
騎士は笑みを浮かべ、フェイトに手を差し出した。
『いいだろう、契約者。我が名を――――叫べ』
真っ白な空間はガラスのように砕け散り、先ほどと同じような噴水広場が視界に広がる。まるでスローモーションのようにその場の時間が遅く感じられ、フェイトは一目散にユリス達の下へ駆けた。
「ディルグリウスゥッ‼ 」
今にもその幼い命を手に掛けようとしていた魔物の腕目掛けて剣を引き抜くと、地面に炎が走ると同時にその腕を焼き斬る。そしてユリス達の前に立ち、3体の魔物と対峙した。
「フェイト……兄、ちゃん……? 」
「――――ユリス。みんなを連れて逃げろ。ここは兄ちゃんがなんとかしてやる」
それだけユリスに告げると、フェイトはうごめく魔物たちに視線を傾け、手にしていた炎の剣先を向ける。
『――――これより、契約は為された。我は炎帝ディルグリウス。この世界に仇なす者に、業火の裁きを下さん』
「行くぜ、ディルグリウス……! まとめて、叩き斬ってやらァッ‼ 」