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神装戦記ガルディアン・エスパーダ  作者: 旗戦士
Prologue: 運命の先へ
2/12

第一伝: 英雄の剣

<魔導連邦フレイピオス・学術都市ディアテミス郊外>


 「うわぁっ⁉ 」


 深緑の木々が白い光によって煌く朝。赤毛の青年、フェイト・エクスヴェルンは悪夢にうなされていたのか大声を上げて自分が寝ていたベッドから飛び起きた。半袖の寝間着にはじっとりとした汗が染みており、フェイトは息を荒げながら周囲を見渡す。いつもと変わらない、彼にあてがわれた部屋の景色にフェイトは深く息を吐いた。ここはアナトリス孤児院。フェイトが孤児となってから、5年間もの歳月がここで流れていた。


「もー、フェイト兄ちゃんどうしたの? いきなり大声出して」

「ユリス……あぁ、ごめんごめん。兄ちゃんちょっと怖い夢見てたんだ」

「大丈夫? 」

「大丈夫だよ、ユリスの顔見て安心した」


 ユリス、と呼ばれた青髪のおさげの少女はベッドの上にいるフェイトを物珍しそうな視線で見つめている。お玉を手にしている事から、この孤児院に住んでいる皆の朝ご飯を作ってくれているのだろう。よし、とフェイトはベッドから立ち上がると部屋の壁に飾られていた一振りの剣に目配せをした。黒い十字型の鍔に、王冠を模した柄頭。彼を守ってくれた護国の英雄――ハインツ・ディビュラールの剣。まさかな、とひとり言葉をこぼすと彼を待つユリスの下へ歩み寄った。


「朝ごはん作ってくれてたんだな。ありがとユリス。もういっちょ前にお姉ちゃんじゃないか」

「う、うん……。本当は、フェイト兄ちゃんの為に作ったんだけど……」

「あはは、ませた事言っちゃって。好きな子でも出来たか? 」

「そ、そんなんじゃないもん! 」


 顔を赤くしながらワンピースの裾を揺らしつつ、彼女は階段を駆け下りていく。そんな微笑ましい光景を見ながらフェイトは笑みを浮かべ、彼女の後を追うように階段を下りた。一階のリビングには既に孤児院に住む4人の孤児たちが食卓に着いており、フェイトの姿を見るなり満面の笑みを浮かべる。ここにいる子供たちは皆フェイトと同じように両親を亡くした孤児であった。テーブルの一番奥で優し気な笑顔を浮かべるエルノア・ウォーノックがこの孤児院の院長となり、彼女によって運営されている。


「兄ちゃんおはよー! 」

「おうみんな、早起きだな」

「兄ちゃんがねぼすけなだけだよ! 」

「なんだとマックスぅ? そんな事言うやつはこうだーっ! 」


 マックスという6歳くらいの少年の身体をフェイトは椅子から軽々と持ち上げ、笑い声と共にその場を駆け回る。二人の様子を呆れた表情と共にユリスが人数分の目玉焼きとベーコンを更に盛りつけ、温かい匂いを放つ焼きたてのパンが入ったバスケットをテーブルの中心に置いた。


「もう、二人とも子供なんだから」

「姉ちゃんだってほんとはこうしたい癖にぃ~」

「そんな事あるもんですか。ほら、さっさとご飯食べる! 」

「こらこら。朝からそんな大声出すもんじゃないよ。フェイト、顔は洗った? 」

「おはようおばさん。今起きたばっかだから後で洗っとくよ。そんじゃみんな、いただきまーす! 」


 席に着いたフェイトの声と共に一斉に子供たちはパンなりベーコンなりを頬張り始める。一番年長者であるエルノアが一番遅れて食べ物を口にし始めた。


「兄さん、今日も狩りに行くの? 」

「勿論だぜ。なんだレニー、ようやくお前もそういう事に興味が湧いてきたか? 」

「ち、違うよ。今日僕らは学校だし……兄さんも学校とかには行かないのかな、と思って」

「はは、心配してくれてるんだな。ありがとう、レニー。でも俺はみんなの飯を取ってこないといけないからよ。気にすんな」


 眼鏡をかけた12歳くらいの少年、レニーが不安げな表情を浮かべながらフェイトを見つめる。そんな彼の頭をフェイトは乱暴に撫で、安心させるように笑みを向けた。現在、このフレイピオス国内では子供への就学普及率が非常に低いという観点から18歳未満の子供に限り学費などの教育費を全て免除する政策が大統領であるゼルギウス=ボラット=リヒトシュテインから施行されている。故に彼らのような孤児院の子供達でも十分な教育を受ける事ができ、将来への就学に従事できていた。


「そうよレニー。お兄ちゃんの事を気に掛けてくれるのはうれしいけど、今は自分のやりたい事に集中してね」

「そういう事だ。ほら、早く食べないと遅刻しちゃうぞ? 」

「う、うん……」


 そうお互いに会話を広げる事数十分。フェイトたちは並べられた食事を綺麗に完食し、テーブルから離れる。全員が各々の食器をキッチンに片付けると、やがて子供たちは学校の送り迎えによって孤児院を後にした。リビングには院長であるエルノアとフェイトの二人だけが取り残される。


「フェイト……ちょっといいかい? 」

「ん、どうしたのおばさん。そんな神妙な顔して」

「……あんたは、チビたちを食わせてあげるために毎日狩りに行ってくれてるけど……本当は、フェイトにもやりたい事があるんだろう? 」

「そりゃあそうだけど……そうも言ってられないだろ。夢を見るのはもう少し落ち着いてからにするよ」

「でも……」


 心配そうな表情を浮かべるエルノアを押し切り、フェイトは言葉を続ける。


「俺は大丈夫だって。ありがとな、おばさん」


 それだけエルノアに言い残し、フェイトは再び自分の部屋に戻った。寝間着を脱いで畳むと、いつもの狩りの服装に着替える。部屋の隅に立てかけてあった弓矢を手に取り、壁に掛かっていたハインツの剣を腰のベルトに差す。


「……諦めたくなくても、今は諦めなきゃいけないんだ」


 かつて、フェイトにも夢があった。自分の命を救ってくれた騎士、ハインツ・ディビュラールのように剣を取り、人々の為に戦う騎士のようになりたいと。フレイピオスの首都・ヴィシュティアに士官学校がある事は幼いころから知っていたが、それでもこの孤児院を助けていく為には人手が足りていないのは明らかだった。騎士になるという夢。その夢はあまりにも、現実に対して牙を剥くものだった。そうして狩りの準備を済ませるとフェイトはエルノアにいってきます、と告げて孤児院を出る。玄関口のすぐそばに建っていた犬小屋から茶色の毛並みを携えた猟犬でありフェイトの相棒、クラウスが主人を待っていたかのように立ち上がった。

 

「よし、行くか! 」


------------------------------------------------------------------------------

<ルフペリの森>



 そうして彼らは、この深緑の大地に身を置いていた。茂みの間に息を潜めながらフェイトは手にした矢を弓に番え、静かに息を吐きながら視界に移った獲物を見つめ続ける。再び息を吸うと同時に弓の弦を一気に引き絞り、狙いが定まった瞬間に弦を離した。風切り音と共に矢は真っ直ぐ木々を駆け抜け、フェイトが狙った鹿の右後脚に突き刺さる。殺気を感じ取ったのか鹿の群れはフェイトの眼前から一目散に逃げようとするが、フェイトがそれを逃がすはずもなかった。


「クラウス! 」


 相棒である猟犬・クラウスの名を呼んだと同時に茶色の弾丸はフェイトの足元から一気に解き放たれる。クラウスが四つの足で駆け始めた瞬間、フェイトも同じように彼を追い始めた。茂みを抜け、小川のほとりを飛び越え、フェイトはクラウスの行く後を一目散に追う。


「よし……! 」


 今日は大猟だ、とフェイトは内心ほくそ笑むとクラウスが立ち止まったことを察知し、その下へ駆けた。先ほどのフェイトの矢によって機動力を失ったのであろう、立派な角を生やした鹿が大木の下で横たわっている光景を目にする。彼はその瀕死の鹿の近くでしゃがむと、右腿に差していた狩猟用のナイフを引き抜いた。


「……いただきます」


 そう口にするとフェイトはナイフの穂先を鹿の首に突き立て、一刀のもと絶命させる。鹿の瞳に生気が宿らなくなったことを察知したフェイトは鹿の両足をひもで縛り上げ、軽々とその身体を持ち上げた。


「よくやったぞクラウス。今日はこれくらいにしておこう。もう十分仕留めたからな」


 クラウスは短く吠え、フェイトの言葉に呼応するかのように歩き始める。やがて彼らは先ほど駆け抜けた小川の辺に辿り着き、そこでフェイトは一旦腰を下ろした。鹿の死体をそのほとりに置くと、今度は臓物を取り出し始める。深紅の液体が小川を流れる様子を一瞥しながらフェイトは肉を捌き始めた。死体を捌き終えたところでフェイトは皮袋に肉を詰め、立ち上がった。


「ん……? 」


 だがその瞬間、彼の視界に妙な光を放つ鉱石のようなものが映る。大きな皮袋を地面に置き、その石に近づくと突然フェイトの脳内に声が聞こえた。


『目覚めよ、契約者』


 その声にフェイトは聞き覚えがあった。今朝夢見た、ハインツから発せられた妙な言葉だ。そして激しい頭痛に襲われ、思わずその場に座り込むが、フェイトは構わずその石に手を伸ばす。見たこともない鉱石だから、売ればきっと大金になるはず。これで孤児院の生活をもっと楽にしてやれる。そんなことを思いながら石を手に取った矢先、フェイトの背中に悪寒が走った。


「なっ……⁉ 」


 攻撃を回避するかのようにほとりを転がり、土ぼこりが上がる様子を一瞥しながら立ち上がるとそこには見たこともない魔物の姿が彼の視界に映った。既に首から上は消失しているが、禍々しい爪が湾曲した両腕から伸びている。足も不気味なほど細く、周囲の景色がその魔物によって歪み始めているのがフェイトには見て取れた。


「クラウス! 先に行って兵士さんたちを呼んできてくれ! 」


 主人の命令を信じ、真っ先にその場を後にするクラウス。彼の走り去っていく姿を一瞥しながらフェイトは、腰に差さっていた騎士剣を引き抜いた。魔物と戦った経験はほとんどない。死の恐怖におびえているのは確かだが、ここで逃げれば孤児院のみんなに被害が及ぶ。フェイトは息を深く吸うと剣の柄を握り締め、息を吐いたところで魔物の姿を再度見据えた。


「化け、物が……! 」


 剣術に秀でているわけでもないが、それでもフェイトは異形の怪物に向かって行きながら剣を振り上げる。だがその大振りな一撃はいとも簡単に避けられ、左方から強い打撃を受けフェイトはその場を転がった。


「このッ、野郎……! 」


 フェイトが未熟であることを見抜いているかの如く、怪物は両腕を靡かせその場に佇んでいる。怒りに身を任せたフェイトは立ち上がった拍子に再度駆け、化け物との距離を詰めた。だが、剣を振り上げた拍子にフェイトの身体は怪物の腕によって静止され、鞭のような形状に変化しつつフェイトの全身を縛り上げる。


「な、なんだ――」


 その瞬間、全身の骨から軋む不協和音と共に激痛が走りフェイトは声を上げた。この怪物は、自分という獲物を弄ぶためにあの鋭い爪を使わなかったのかもしれない。意識が遠のくほどの激痛にフェイトは奥歯をかみしめるが、やがて力を失い剣を地面に落とす。


『目覚めよ』


 声が頭に響き渡る。それでもフェイトの身体に力が入ることはなく、ゆっくりと死の淵に立たされようとしていた。


――――その時だった。


「はァッ‼ 」


 威勢の良い声と共に怪物の腕に白銀の剣が振り下ろされ、瞬く間にフェイトの拘束を解く。騎士が纏う白いサーコートに身を包んだ長身の男性が地面に倒れたフェイトの視界に映り込み、フェイトは徐々に呼吸を取り戻していく。突如として現れたその男は怪物から放たれる鋭い爪の攻撃さえも臆する事なく受け止め、反撃に転じた。


胎動(イグニッション)! 」


 そんな言葉が聞こえたかと思うとその男の背に透明な騎士の姿が具現化し、男と共に怪物に長剣の一撃を加える。その攻撃を受けた怪物は血を流すことなく、文字通り消滅し、虹色の宝玉を地面に落としながら姿を消した。薄れゆく意識の中でフェイトは自分を助けてくれた男の顔を拝む事になる。少し伸びた焦げ茶色の髪に、銀縁の眼鏡。優しげな表情を浮かべるその騎士の顔は、英雄と称えられる男だった。


「間に合ってよかった。大丈夫かい? 」

「あ、なた、は……」


 その男は微笑みながら、自分の名前を口にする。


「僕はフィランダー・カミエール。フィルと呼んでくれ」


 その名前を耳にした瞬間、フェイトの意識は安堵と共に薄れていった。

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