プロローグ: 胎動
拙作「ワンダラーズ 無銘放浪伝」の正統続編となります、神装戦記ガルディアン・エスパーダを執筆していきたいと思います。前作を読んでいらっしゃなくとも世界観などを分かりやすく描写していきたいと思いますので、よろしくお願い致します。
<5年前、王都ヴィシュティア>
少年は、目の前の光景に茫然とした表情を浮かべていた。本当に悲しいときは涙も出ないと本で読んだことがあるが、それは事実なのかもしれない。首元まで伸びた深紅の髪を揺らす少年は、自身の足元に転がっている変わり果てた姿の母親をただ見つめていた。彼女は死ぬ時まで、彼に苦しい表情を見せず、笑顔で死んでいった。彼を、魔物から守るために。
「あぁ……あぁ……⁉ 」
創国歴1499年。魔導連邦フレイピオスにて、王権を揺るがす大規模のクーデターが発生した。大樹の大戦と呼ばれ、フレイピオス国内で王国軍、反乱軍、国民を含め多くの死傷者を生み出した忌まわしき大事件である。この親子のように市民が巻き込まれている大きな原因として、国王ヴィルフリートが人工魔獣に変貌し多くの魔物の軍勢を引き連れたためだ。現に、少年の母親は複数の魔物に嬲られて殺された。
「はァッ……はァッ……」
戦火に呑まれたこの町は、目まぐるしく事態は変化する。茫然と母の死体の前で立ち尽くす少年の視界に、無慈悲にも魔物の返り血を浴び手に剣を握った騎士が映った。少年の呼吸は再び遮断され、死の恐怖で覆われてしまう。思わずその場に尻餅をつき、少年は恐怖で縮こまってしまった。だが、対する騎士の男は我に帰ったように剣を鞘に納め、少年の前で膝をつく。
「安心してくれ。君を助けに来たんだ。私は敵じゃない」
「……あ、あぁっ……」
不器用ながらも、優し気な声。少年は思わず両目に大粒の涙を浮かべながら騎士の男――ハインツ・ディビュラールの胸へと飛び込む。少年の背中や頭にハインツの手が触れ、金属音と共に温かみを感じた。やがて彼の手は少年の頬に伸び、浴びた返り血を拭う。
「……もう大丈夫だ。一緒に安全な所へ逃げよう。君の母親が残念だが……」
「……お母さん……」
ハインツが少年を安全な場所へ連れて行こうと手を握った瞬間だった。、大通りへと続く道から片腕だけを失ったリザードマンが現れるがハインツは気づいていない。少年だけが突如として現れた魔物の姿に気づき、恐怖の表情を浮かべた。
「お兄さん!! 後ろッ!! 」
「何……ッ!? 」
咄嗟に背後へ振り向くも、少年の目には既に剣を振り上げている亜人の姿が映る。ハインツは少年を守ろうと彼の身体を後方へ突き放し、庇うようにしてリザードマンと対面した。剣を引き抜いて刃を目の前の魔物に突き付けるも、一歩相手の方が速かったようだ。リザードマンの曲刀はハインツの鈍色の鎧を易々と貫き、酷く苦しそうな表情を浮かべている。しかしそれで黙っている彼ではあるまい。抱き合う形でハインツはリザードマンの腕を掴み取り、剣を握った腕を振り上げる。彼の剣は魔物の急所を突き、一瞬で命を奪い去った。その後力なく地面に倒れる魔物を蹴り飛ばし、剣が刺さったままのハインツが壁に寄り掛かると少年は急いで彼の下へ駆け寄る。
「あぁ……そんな……! ごめんなさい、ごめんなさい……っ!! 僕の、僕のせいで……! 」
再び涙を浮かべる少年の頭を撫で、ハインツは力なく微笑む。
「い、いい……んだ……。君を、守る事が……出来た……」
「今助けを呼んでくるからっ! 死なないで、お兄さん! 」
立ち上がって人を呼ぼうとする少年の腕を掴んで引き留め、ハインツが首を横に振る。
「君の、名前を……」
「……フェイト。フェイト・エクスヴェルン」
赤髪の少年――――フェイトは泣きそうな顔でハインツを見つめた。
「そ、そうか……フェ、イト……。よく、聞く……んだ……。この先、に……大通りが、あるのは……分かるな……」
「喋っちゃダメ! 」
「そこ、を……真っ直ぐに進め……。助けて、くれる……人たちが……」
元気づけるように笑みを浮かべるが、フェイトの目にはどう見えても無事ではない事は分かる。それでも、ハインツは少年に行け、と告げた。そして次の瞬間、ハインツからはっきりとした言葉が聞こえる。
「目覚めよ。契約者」