イノベーション・コアコンピタンス ~転移手続き中に口を滑らせたら意識高い系(笑)なチートスキルを付与された件について~
「――では、秋谷君をこのプロジェクトのリーダーにアサインしようと思う。ステークホルダーとコンセンサスを得ることをファースト・プライオリティとして、よろしく頼むよ」
――――は?
こう思ったあなたはごく正常なので、安心して頂きたい。
しかし悲しきかな。俺、秋谷啓之には、もはやこの程度日常会話と化してしまっているのだ。
「了解です、部長。フレッシュかつフレキシブルなメソッドで、必ずこのプロジェクトを成功させてみせます」
自分でも、何言ってんだコイツと全く思わないではない。
しかし、染みついた習性とは恐ろしいものだ。学生時代の自分が見たらどんな顔をするやら。
IT系のベンチャー企業に就職して、今年で三年ほど。概ね上手くやれており、今もプロジェクトリーダーという大役をアサイン……じゃなくて、任命されたところだ。同僚や上司も基本的には皆優秀かつ善良で、人間関係にも何ら困っていない。ここまで見れば、理想の職場だろう。実際良い職場なのだ。ある一点を除けば。
その一点とは……もう言うまでもないだろう。
(はぁ……俺も含めて、どいつもこいつも……)
意識が、高すぎるんだよ……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
残業を終え、駅までの道を歩きながら改めて溜め息をつく。
そう。つまりこの企業、いわゆる「意識高い系」の企業なのだ。
実際業績はあるので、この言葉が適切なのかはわからないが……とにかく、一般人がぽかーんと口を開けてしまいそうなカタカナ語がそこかしこで飛び交う職場、という訳だ。
(全く、毎日疲れるな……。残業上がりは、やっぱ音楽に尽きる)
街灯が静かに照らし出す車道沿いで、俺はワイヤレスイヤホンを耳にかけ、スマホを手に取る。
疲れた時こそ、音楽は心の癒しだ。通勤時間を潰す方法は色々あるが、仕事帰りには俺は大体音楽を聴いて帰る。幾度となく繰り返した、いつものルーチンでしかない。
――そう、思ってた。
それは、あっという間の事だった。
お気に入りの音楽が流れだして、スマホをポケットに入れて、顔を上げて、数歩歩いて。
その時、俺の視界の隅に眩しい光が映った。
怪訝に思い、顔を向けようとする。その瞬間、俺は何かに突き飛ばされた。
見ると、そこにはトラックがあった。
すぐに理解する。俺は、撥ねられたんだ。
今さっきまで流れていたはずの音楽が聞こえなくなる。景色が、急に止まったように感じられる。
死の直前、人は走馬灯を見るって言うが、今ならわかる。確かにこれは、人生を振り返るには十分な時間だな。
とは言っても、突然すぎてもはや何考えていいかもわからん。未練、未練……。ああ、せっかくプロジェクトリーダーにア……任命されたのに、これじゃあプロジェクトも台無しだよな――
――そんなことを、考えたところで。
何百倍にも圧縮された、コンマ一秒の時間が終わって。
俺の身体が、ブロック塀に叩きつけられる。すぐにそこに、トラックが突っ込んでくる。
やがて、身体が潰れる感触がして。目の前が真っ暗になって。
とうとう――俺は、死んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おはよーございまーーーーーす!!!!」
突然耳元で叫ばれ、慌てて身体を起こす。どうやら、俺は寝ていたらしい。
あれ、でも俺、さっき死んだような……。
「お目覚めですね!! 初めまして! わたし、転生を司る女神です! よろしくお願いしますね!!」
声のした方を見ると、そこには少女が立っていた。
白いドレスのような服を着ていて、髪は薄いピンク色。顔立ちは幼く、どちらかと言えば派手で大人っぽいその服とはややギャップがあるが、それがなかなか可愛らしい。
「女神……? 転生……? というかここ、何処だ……?」
寝ぼけた頭を何とか叩き起こし、状況を分析する。
つまり、俺が死んだのは夢ではなくて、ここは死後の世界……のようなもの、なのか?
辺りを見渡しても何もない。どこまでも無機質で殺風景な、白い景色が広がっているだけだった。
「あ、やっぱりいきなりだと混乱しますよね。残念ですがあなたは不慮の事故で亡くなってしまったんです。でも、一度肉体を失ったあなたは、魂の情報をもとに再構築され、こうしてここにいるんです!」
女神を名乗った少女が、ニコニコの笑顔で話しかけてくる。
完全に理解できたわけではないが、要するに俺は死んでから、一度ここで復活したようなもの……で、いいのか?
この少女の語彙も、見かけの割に妙に豊富だ。やっぱりここはもう、俺の常識を離れた場所なんだろうな。
「転生の女神様、だったか。とりあえず、俺の状況は何となく理解できた。でも、転生ってなんだ? 人生二週目なんてありえないんじゃないか?」
女神様に対する口の利き方として適切かはわからないが、フレンドリーに話しかけられるのでどうしてもこちらも口調が軽くなる。ビジネスじゃ、敬語は基本中の基本だが……もう、そんなことも考えなくていいよな。きっと。
「かいつまんでお話しすると、世界にも色々あって、持ち込めるモノも世界によって違うんです。あなたの居た世界はその基準がとても厳しいので、傍から見ると何も引き継いでいないように見えちゃうんです」
ふむふむ、なるほど。俺は損な世界に生まれたのかもしれないな。まあ、それはそれでいいかもな。
「でも安心してください! あなたの次の転生先は、肉体を含めたほぼすべてのモノを持ちこめますから!! 転生というよりは、転移ですね!!!」
ほほう、そりゃまた面白そうな。それならできれば無駄に死にたくはなかったが、色々世界があるとか言うし、前の世界じゃ死ぬくらいしか世界を出る術がなかったのかもしれない。
あとさっきも思ったが、やたらテンション高いなこの娘。
「なるほど。世界に、そんなサイクルが隠れてたとは。これは俺もフレキシブルなマインドセットが必要だな」
何の気なしにそんなことを言うと、なんか女神様がぽかーんとしてる。
あっやべ、意識高い系ってこういうことじゃん。もうこんな言葉使う必要ないのに。ウザいだろこれは。
「あ、いや、すまん。生きてた頃はベンチャー系のIT企業に勤めてて、癖というか――」
「――――すごいです!!!」
え、何が?
「わたし、実は代替わりしたばっかりで、まだまだ新米なんです! でも、言語関係の調整はしっかりしたつもりだったんですよ!? なのにあなたは、わたしの知らない日本語を知ってるんです!! もっと教えてください!!」
……えぇ…………。そんな目を輝かせて詰め寄って来なくても……。
「いや、そもそもこれは英語かぶれの日本語というか、君の語彙ならわからないことはないと思うんだが……」
「少なくとも、今のわたしのIMEじゃ認識できないんです! 世界を渡るのに、言語の調整は必須です! わからないことがあったら困るんです!! ですから、協力してください!!!」
わからん。なんだそれ。つまりアレか。意識高い系の言動を学びたいって言ってるのか、この娘は。
俺の上司なら喜んで解説するだろうな。でも、そんなもん学んだって何の意味も無いと俺は思うんだが……
「色々言いたい事はあるが……まあ一旦ペ……置いておいて。協力って言っても、具体的には何をすればいいんだ?」
「はい! ちゃんと説明させていただきます!! でもその前に、今何か言いかけましたよね!? 遠慮なさらずおっしゃって下さい!」
うわ、ちゃんと聞かれてた。
「……今言いかけたのは、ペンディングだ。保留って意味だよ」
「なるほどなるほど! 会話の中で、日本語に英単語を混ぜ込むのですね!! でも、それなら最初から英語で話せばいいのではないですか?? それに、英単語のそれとは発音も違うような……」
やべぇ、割と正論だ。というかやっぱ英語わかるんじゃん君。
「……意識高い系って言ってな。日本人だし日本の会社に勤めてるから、当然日本語を話すんだが、無駄に横文字を使いたがるんだ。中にはそういう単語ばっか知ってて、全く英語が話せない奴もいるが……要するにまあ、カッコつけたいんだよ」
「ふむふむなるほど! でも系って言うくらいなら、やっぱり一定程度そういう方もいらっしゃるんですね!?」
「多くはないぞ。頼むから日本に……というかウチの世界に変な偏見は持たないでくれ」
俺は溜め息交じりに答える。一方、女神様の方はと言えばもう興味津々と言った様子で目を輝かせている。何がそんなに面白いんだ。
「わたし、いろんな世界の言語を調整しないといけないので、どうしても俗語や流行語までは学びきれないんです! ですから、ハルユキさんが話す言葉から、そういった……えっと、意識高い語録の単語とか、会話の中での使い方を学びたいんです!!」
単語に関してはもう絶対知ってるじゃん君。……と思ったが、発音の違いとか言ってたし、たしかにカタカナ語と英語は違うよな。ジャストアイデアとか、よく文法間違ってるって言われるしな。
「ですから、ハルユキさんが転移するにあたって! 学習のお礼も兼ねて、わたしが『創造神の加護』を付与してさしあげます!!」
「創造神? なんか凄そうだが、なんだそれ?」
「これは、わたしの学習用システムの一環です! いわゆる『スキル』のようなものだとお考えください! この加護を通して、ハルユキさんに創造神としてのわたしの力を一部提供できるんです!! ハルユキさんが次に行く世界でなら、わたしの力もより強く発揮できますから、考えたことは大抵引き起こせます!!」
それってつまり、何でも出来るってことか? ……というか創造神としてのって、もしかしてこの少女、俺の想像以上に凄い存在なのでは……?
俺も男に生まれた身。全知全能の超能力などと言われれば、少しはわくわくしてしまう。
「それはまた凄そうだな。しかし、それと学習がどう繋がるんだ?」
「はい! この加護には、解析・送信の機能もあります! ハルユキさんの発言から、私のIMEがまだ対応していない言葉……『意識高い語録』を感知して、その会話データをわたしに送信してくれるんです!! あ、それ以外の発言を勝手に盗聴したりは出来ないので、安心してくださいね!!」
……ん?
「それと、あくまで学習のお礼ですから、わたしの力を引き出せるのは意識高い発言をした直後、数十秒くらいの間だけですよ! わたしも一応神ですから、意味も対価もなく力を濫用されては困るんです!」
……んん!?
「えー、ちょっと待てよ。俺は君に加護を与えられる。その加護は俺の意識高い発言を検知して勝手に君に送信する。そしてその加護があれば、俺は考えたことを大抵実現できる。でもそれは、俺が意識高い系の発言をした直後だけ……」
つまり――
「つまりですね! 意識高い系の話し方をしている限り、なんでも思い通りにできるってことですよ!!」
なんだそれ……。
その後改めて受けた説明によれば、俺が意識高い系の単語を呟いたり、会話の中で意識高い系の単語を出したりすると、一言につき一回、この女神様の力を分けてもらえるらしい。
分けてもらった力……言うなれば女神様パワーは、思い通りの形に変化させることができる万能リソースらしい。数十秒なら蓄えておくこともできるとか。
それと単語でもOKっていうのは、やっぱり俺の考えた通り、英語とカタカナ語じゃ割と色々違うからということだ。その他細かいルールは、元々特例的な措置なのでアバウトらしい。
「でも、そんなの俺の頭の中でも読み取ればいいんじゃないか? 話を聞く限り、君ならそれくらい簡単なんじゃないか?」
「確かに、頭の中に入ってる情報を読み取るくらいならできます。でもそれだと関係のない記憶まで読み取ってしまってご不快だと思いますし、何より実践的な用法は学べませんから! 人の思考ってとても難しいので、わたしでもそこまで器用にはできないんです!!」
そういうものなのか。
――『創造神の加護』。正直、手放しで喜べない提案ではあるが……
「……まぁ、そういうことなら仕方ない……か? 気乗りはしないが、そんな凄そうな力への憧れもなくはないしな」
俺が一応承諾する旨を話すと、女神様は嬉しそうに顔をほころばせる。
「わぁ、ありがとうございます!! わたしに、色んな言葉を教えてくださいね!!!」
うーん。本当に女神様なんだよな、この女の子。
屈託のないその笑顔は、とても可愛らしい。正直、女神様と言われてもなかなか実感が湧かない。
「それじゃあ、加護は転移の際に付与しておきますね!! 異世界生活、是非とも楽しんでください!!」
女神様がそう言うと、俺の足元に魔法陣のようなものが現れ、白い光を放つ。周りも白いもんだからよく見えないのが残念だ。
「……言うなればウィンウィンな関係、パートナーシップだよな。直接は会えなくなるみたいだが、これからよろしくな。女神様」
「……!! はいっ!! あちらの世界でも、その調子でどんどん意識高い系の言葉を使ってくださいね!!!」
ああ! とは答えられんお願いだな。どうしてこうなったやら。
でも、光の向こうに居る彼女の、その笑顔を見たら。
(まあ、彼女に喜んでもらえるなら……)
それも、悪くないかもな。
そんな風に考えた時、不意に目の前の景色が切り替わったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして最初に見たのは、何やら教会風の広間。
いかにも神聖な雰囲気を放つその空間に、一人の女性が居た。
「――転移者の方ですね。ようこそいらっしゃいました。こちらの教会で転移者の方の案内をさせていただいております、僧侶のアリシアと申します。以後、お見知りおきを」
アリシアと名乗った女性はそう言うと、スカートの裾を摘まんで恭しくお辞儀をした。
その優雅な仕草に、意識の高い気取った若者の挨拶ばかり見てきた俺は何と答えればいいかわからず、
「あー、こちらこそ初めまして。私は……」
咄嗟にビジネス的な挨拶を返そうとして、そういえば今は会社の名前なんて言ったって伝わる訳ないということを思い出す。
情けないことにそれで完全に詰まってしまい、すっかりたじろいでしまう。
「ふふ、緊張なさらなくても大丈夫ですよ? 不慣れな事もおありでしょうから、自然な形でお話し頂いて大丈夫です」
対するアリシアさんは完全に大人の対応だ。俺も一応大人のはずなんだが、なんだか格の違いを見せられたような気がする。
「すいません、俺も自己紹介しようと思ったんですが、何て言えばいいのか……。とりあえず、名前は秋谷啓之です。よろしくお願いします、アリシアさん」
よし、なんとか最低限の自己紹介はできたぞ。
あと、自然に話せって言われたから自然に話す。ビジネスマンとしちゃ立派ではないかもしれんが、今となっちゃビジネスとも無縁なんだ。気軽に話させてもらうさ。
「ハルユキさん、ですか。素敵なお名前ですね」
アリシアさんはたおやかに微笑む。
「では、ハルユキさん。こちらの世界に来たばかりで、まだわからないことばかりなのではないかと拝察いたします。お時間を取らせてしまう事にはなりますが、こちらの世界には転移者の方に行って頂く幾つかの手続きがございますので、僭越ながらご案内させて頂きます。どうぞ、こちらへ」
アリシアさんはそう言うと、広間の出口を手で示す。
先導してくれるアリシアさんの後に続いて、俺も広間を出た。
中世ヨーロッパを思わせる石造りの通路を歩きながら、アリシアさんが説明してくれたところによると……まず、俺はこれから能力試験を受けるらしい。
転移者には大抵何かしらのスキルが備わっていて、通常は観察期間を経て試験が行われるが、俺は今期のギリギリで転移してきたので、これからぶっつけで試験という形になるという。
試験の種類も、他の転移者は大抵観察期間中に判明した傾向毎に行われるが、俺のような場合は全種類の試験を受ける事になるらしい。
ちなみに俺のスキルについても質問を受けたが、俺自身何ができるかよくわかってなかったので、全く知らない事にしておいた。その時のアリシアさんが言うには、転移者のスキルは転移時にランダムに付与され、本人は使い方だけを本能的に知っている、という場合が多いらしい。
「こちらが最初の試験、攻撃科試験の会場になります。もしスキルの種類が違っても、試験官に一言説明すれば試験を終了できますので、思うようにいかない時は遠慮なさらずおっしゃってくださいね」
アリシアさんはそう言うと、両開きのドアを開く。その向こうには先程の広間よりもさらに大きい、闘技場のような雰囲気の空間があった。椅子がいくつも並んでいて、一つを残し、その全てに人が座っている。
「私はここでお待ちしております。試験が終了したら、またお越しください。ハルユキさんのご武運をお祈りしております」
「ありがとうございます、アリシアさん。それじゃあ行ってきます」
アリシアさんに答え、俺は扉を通り、残っていた最後の椅子に向かう。
見れば、俺の他にもおよそ数十人程度の人物が集まっている。おそらくは他の転移者だろうが、意外と沢山居るんだな。
俺が椅子に座ると、集団の前に立っていた甲冑姿の男が声を張る。
「今の一人で、今期の受験者が全員揃った。これより試験の説明を行うので、聞き漏らしのないように」
男はそう前置きし、試験の説明を始めた。
「初めに、私は王国騎士団の騎士団長だ。今回の試験を監督させてもらう。試験の結果如何では、私の下で騎士として働く者も出るやもしれぬ。そうでなくとも、今は危機的な情勢なのだ。くれぐれも無様な醜態は晒さないよう、頼みたいところだな」
なるほど。ここで優秀なスキルを見せたりすると、騎士団からお声がかかるわけか。まあ一種の能力を測る訳だから、当然そういうシステムもあるよな。
あと、若干態度が鼻に付くなこのオッサン。本物の意識高い系って、もしかしたらこういう奴の事を言うんじゃないのか?
「この試験では、諸君らのスキルの攻撃性能を測る。内容は単純だ。私の後ろにクリスタルがあるが、これが訓練用標的だ。これに自らのスキルをぶつければよい」
騎士団長のオッサンはそう言うと、自分の背後にある透明なクリスタルを示す。
人間の背丈くらいの大きさはある、巨大なクリスタルだ。しかもよく見ると、若干浮遊している。いかにもファンタジーって感じの代物だ。
「ダメージに応じて変色する仕組みだ。各々、このクリスタルを破壊する意気で挑むように。もっとも、そのようなことはまず起こり得ぬが」
いや一言余計だろ。一々言わなくていいんだってそういうのは。
あ、でもなんか周りの奴はちょっと自信ありげな表情してる。意外と燃えてるみたいだな。前向きな奴らだ。そう考えると、あのオッサンって実は上手いのかもな。こういうの煽るのが。
「では、試験を開始する。受験者は一人づつ前へ」
オッサンが言うと、集団の先頭に居た奴が椅子を立ち、前へ歩み出る。これ多分来た順だな。つまり俺は最後かチクショウ。
内心げんなりしながら一人目の奴を見ていると、右手を突き出し、なにやらスキルの名前か、あるいは技名らしき言葉を呟いている。するとその手のひらから火球が飛び出し、クリスタルにぶつかった。
クリスタルは特に燃え上がるようなこともなく、わずかに赤く発光し、やがて元の透明に戻った。
その後も他の奴の様子を見るに、どうもダメージが大きければ大きいほど、クリスタルの色が濃くなって、光も強くなるらしい。それと、これはあまりよくわからないが、どうも属性のようなもので色の種類も変わるみたいだな。さっき雷を出してた奴なんかは、クリスタルも黄色っぽく光ってた。
などと考察も交えつつ、俺は進んでいく試験を眺める。
「ハハハハハッ! ボクの力、ついに発揮する時が来たみたいだねっ! 見せてあげよう、この†漆黒の貴公子†の力を!!」
うわぁ……。なんか出てきたよ、それこそ意識高い系ばりに痛いのが……。
騎士団長のオッサンもちょっと引いてんじゃん。俺も昔はあったけどさ、そういう時期……。
それこそ中学二年生くらいの年齢に見える、ちょっと可愛らしい感じの顔立ちのその少年は、なーんかいかにもって感じのポーズでクリスタルの前に立ってる。どうやら集中を高めているらしい。
「喰らえッ! †究極煉獄撃・アルティメットヘブン†!!」
キッツ……。というかまず、煉獄か天国かどっちかにしとけよ……。
などと思いながら見ていると、どうやら口だけではないらしく、実際結構強そうな闇の塊っぽいものが飛んで行って、クリスタルを真っ黒にしてる。
「ほう、今の所、最大の威力のようだな。なかなか見どころがある。……言動に少々、問題はあるようだが……」
オッサンもそんなことを言ってるし、本人からしたらこれは楽しいだろうな。
「フハハハハハッ! 他愛ない! 実に他愛もないことだよ!! †究極煉獄撃・アルティメットヘブン†の力をもってすればね! やはりボクは最強だ!!」
めちゃくちゃ楽しそう。でもそれ究極とアルティメットで二回同じこと言ってるからな、君。
とはいえ、こういう状況だと厨二病患者って流石にイキイキしてるな。その活力は見習わなければ。
と、そんな問題児から更に数人の後、ようやく俺の番が回って来た。
席を立ち、前に出ると、オッサンが何やら手元の紙を見ながら話しかけてくる。
「アキタニハルユキ……あぁ、能力観察を受けていない新顔か。全く、このシステムは時間の無駄としか思えん……。能力が発動しなければ直ちに申し出るように」
そう言うと、オッサンはこれ見よがしに溜め息をかます。
恐らく、こういうパターンは少なからずあって、最後に回ってくるもんだから興が冷めるんだろうな、このオッサンからしたら。そうだとしても、流石にムカつくな。見とけよオッサン。
「……コミットさせてもらいますよ。折角頂いてるお時間、無駄にしないこと」
オッサンに首を傾げられながらも、俺がそう言うと。
その時、俺の身体の中に何かが湧き上がってくるような感覚があった。
きっとこれが、『創造神の加護』の力……あの女神様の、女神様パワー……魔力的な何かだろう。
恐らく、このまま念じるだけでも何らかの攻撃は出せるだろうが……
「――エビデンス」
せっかくなので、もう一押し呟いてみる。右手の人差し指を、銃に見立ててクリスタルに向けながら。
……やっぱちょっと恥ずかしいかもな、これ。
「……? 先程もだが、妙な言葉を使うものだな。粋がっているつもりか?」
「はぁ、ボクのと違ってセンスのない詠唱だね。それじゃあ結果も知れたものだよ」
なんか後ろからそんな声が聞こえてくる。
こんの野郎共……もういい、結果出して黙らせてやるよ……!
俺が集中しながら、クリスタルを見据え、あのクリスタルを吹っ飛ばしたいと念じた――その瞬間。
ズドオオオオオオオオオオンッ!
閃光と轟音が、部屋中に吹き荒れた。
「……ッ!?」
撃った俺自身、何が起こったんだかわからなくなる。あまりの光と音にじっと耐え、ようやくそれらが収まってきて……目を開けてみると。
そこには、何もなかった。
クリスタルも、さっきまでその向こうにあった、大きな壁も。
ただ青々とした草原だけが、穿たれたその大穴から顔をのぞかせている。
冷静に考えろ。冷静に考えてこれは、
(やっちまった……よな)
迂闊だった。いくら煽りに煽りを重ねられたからと言って、あの女神様の言葉を信じれば――本気を出せばどうなるかなんて、いくらでも想像できたはずだ。
それがいい年こいてムキになって、その結果がこれだ。
ぶっ壊したクリスタルやら壁やらの弁償――は、別にどうとでもなるだろう。今まさに振るった、この力があれば。
問題は、こんな力を見せてこの国が放っておいてくれるはずがないってことだ。
間違っても今後平穏無事には暮らせないだろうし、最悪身柄を追われるようなことになってもおかしくない。
人は、一人じゃそうそう生きていけない。この力にだって、限界はあるだろう。そうなれば俺は、一体どうやって生きていけばいいんだ……?
「き、騎士団長さん……。これは、その、何というか……」
とにかく、敵意がないことだけはまず示さなければ――と思い、俺がしどろもどろにそんなことを口ごもっていると。
「――救世主殿ッ! 先刻までの無礼千万、心よりお詫び申し上げるッ!!」
と、騎士団長のオッサンが凄い勢いで土下座してしまった。
これは――もしかしてラッキー、なのか?
少なくとも、敵認定はされてないっぽい。
「その絶大なる力、まさしく伝説に謳われし救世主の御力に相違ない! どうか、この国の窮地をお助け頂きたい!!」
「お、落ち着いて下さいよ。俺にも何が何だか……」
俺も俺で焦ってたもんだから、話がこじれるのなんの。
その後お互い落ち着いてきて、ようやくまともな話が出来るようになり……。
「なるほど。つまり俺は救世主である可能性が高いから、この後他の試験も受けて……結果によっては、国からの勅命を受けて、魔王とやらを討伐してほしい……と」
「左様に御座います。手続き故、正式な任命は後程になるでしょうが、私は確信しております。あなたこそが、伝説の救世主であると」
騎士団長の話によれば、この国は魔王に脅かされてるから、いわゆる勇者を募集してるっぽい。
で、俺はこの騎士団長のオッサンに伝説の救世主と見込まれ、正式な手続きはまだだが前倒しで魔王討伐を頼まれている、と。
なんか凄い流れになったな。魔王とはまたベタな。あと気持ちはわかるが、態度変わりすぎだぞオッサン。
「そういうことなら、お力添えしますよ。俺も平穏な暮らしは望むとこなんで」
「おお、なんと有難いお言葉……! 国王陛下もお喜びになるに違いない……!」
まあ、いいか。『創造神の加護』のチートっぷりは垣間見えたし、魔王なんてさっさと倒して自由気ままに暮らしてやる。
「とりあえず、俺はまだ次の試験を受けるって事になってるそうなんで。色々ありましたけど、ここは一旦ゼロベースにしときます」
そう言って、さっきまで壁があった場所と、クリスタルがあった場所を見やる。
すると思った通り、消えてなくなっていた壁とクリスタルが、突然ふわっとそこに現れた。
多分、機能とかも再現できてるはずだ。
「それじゃあ、俺は次の試験に。試験、ありがとうございました」
そう言い残し、俺はアリシアさんの待つ通路へと歩き出す。
色々な人間からの色々な視線を、背に受けながら。
「アリシアさん。試験、終わりました」
「お、お疲れ様です、ハルユキさん……。あの、さっき物凄い音が聞こえてきたんですが、一体……?」
そりゃやっぱ聞こえるよな、あの音なら。
「いやー、まあ……気にしなくて大丈夫ですよ。それより、待ち時間が退屈だったんですよね。贅沢な要求だとは思いますが、何かこの世界の本とかありますか?」
「は、はぁ……。本なら、近くに図書室がございます。ご案内いたしますね」
アリシアさんは不思議そうにしながらも、それ以上追及はしてこないようだった。
まぁ……いずれわかるだろう。なんか俺から説明するのも気が引けるしな、さっきの一連の事件。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後、暇潰しがてらに魔法やスキルに関する本を何冊か貰い、次の試験にも同じように向かった。
まず、治癒・強化の試験。死にかけのマウスを治療したり、強化したりするらしい。もう変に手を抜く必要も無いだろうし、俺も『創造神の加護』の性能が知りたかったので、何ら出し惜しみせず臨んだのだが……。
「グオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
「な、なんだこのドラゴンは!? た、助けてくれええええっ!!」
虫の息だったはずのネズミは、俺がちょっと意識高い語録を呟いた後、「強く生きろよ」と念じて触れただけで――瞬く間に、なんかクッソ強そうなドラゴンに変身してしまった。おかげで会場は一時大混乱に陥ったが、俺が試しにジェスチャーしてみると、それ以降は部屋の隅でおとなしくおすわりしてた。賢いな。
その次は防御の試験で、王国の魔術師や狩人からの攻撃を、できるだけ長く防ぎ続けるというものだったが……これも、俺はそれらしい意識高い語録を一言呟くだけで堅固なバリアを貼れてしまい、結局席を立つことすらなく試験が終わった。その間ずっと読書できたもんだから、この世界の魔法やモンスターについての知識もぐっと深まった。
そして、すっかり疲れ切った様子の攻撃役の方々が退場し、俺もアリシアさんのところに戻ろうと、通路へ続くドアの前に立つと……
「つまり、ハルユキさんこそが救国の勇者であると……?」
「左様。既に陛下の勅命も下った……。失礼なきよう、丁重に陛下の下へご案内せよ……」
ん、なんか話し声が聞こえるな。アリシアさんと……知らない人だ。声音や口調から察するに、ご年配の方っぽい。
このまま立ち聞きしようか迷っていたが、結局そこで会話は終わり、老人もどこかへ行ったっぽいので、俺はドアを開ける。
「いつも待たせてしまってすいません、アリシアさん。防御試験、終わりました」
俺がそう話しかけると、アリシアさんは少し慌てたような様子で……
「い、いえ! 滅相もございません、ハルユキ様! それと、先程までの失礼、どうかお許し下さい……!」
そんなことを言っている。さっきの会話から察するに、どうやら俺を国賓か何かのように扱う指示でも出たらしい。
「いきなり何言ってるんですか。様付けなんて、こっちこそ滅相もない。それに、アリシアさんはずっと丁寧で、失礼なんてこれっぽっちもありませんでしたよ」
――どこぞの騎士団長と違ってな。
「で、ですが、ハルユキ様は救国の勇者様であると……」
「なんか……そういうことになったらしいですね。でも、気にしないでください。むしろこっちの方が変な気を遣っちゃいそうなんで、今まで通りでお願いします」
俺がはっきり頼むと、ようやく少し落ち着いたような様子でアリシアさんが話し始める。
「――ハルユキさんがそうおっしゃるなら、わかりました。それでは、ある程度の事情は既に把握なさっていることと存じ上げますが……」
アリシアさんはそこで一呼吸置いて、やはり緊張を感じさせる口調で続ける。
「ここまでの試験の結果により、ハルユキさんは救国の勇者に任命されました。使命はただ一つ――魔王の、討伐です。これから、国王陛下の下にご案内させていただきます」
騎士団長のオッサンが言ってた通り、やっぱり正式に……あー、アサインされたらしいな、俺は。
そういうことなら、一つやっておくべきことがあるだろうな。
「……なるほど。それならその前に、一つお願いしたいことが……」
「……はい? 私にできる事であれば、何でもいたしますが……」
俺はアリシアさんに、さっき読んだ本と、自前のメモを渡し――
「――はい、できましたよ。しかし、ハルユキさんの力があれば、こんなものは不要なのでは……?」
不思議がっているアリシアさんから「それ」を受け取る。
「ありがとうございます。これはまぁ、保険みたいなもんですよ」
アリシアさんの疑問には、曖昧な答えを返しておく。
今思うと、俺って結構物事をはぐらかしがちだな。特にアリシアさんに対して。
帰ってきたら、今度はできるだけ色々説明するようにしないとな。そのためにも、魔王なんてさっさと倒してやる。
そして、案内されてやってきた玉座の間らしき荘厳な部屋……の、扉の前で。
「これより先、私は同行することができません。最後に、申し上げておかなければならないことがあるのです。救国の勇者とは、これまでに一度も……」
アリシアさんが語りだし、すぐに言葉を詰まらせる。言いづらいことなのだろう。
そしてその内容くらい、俺にだって察しは付く。
制度化されているのなら、過去にも類はあったのだろう。しかし、未だに魔王が健在ということは……そういうことだろうな。
「俺の心配なら、大丈夫ですよ。魔王なんぞすぐ討伐して、また帰ってきますから。帰ってきたら、また色々お礼させてください」
我ながら根拠のない自信だな。だが、根拠なら俺の胸の内にある。
「……私にはただ、祈ることしかできません。この扉の先が、玉座の間です。どうかハルユキさんに、神の御加護があらんことを――」
アリシアさんはそう言って、両手を合わせて祈ってくれる。
そうだな。祈るにも及ばないよ、アリシアさん。
神様の御加護なら、もう貰ってるからな。
巨大な両開きの扉を開けると、そこには縦に長い部屋があって、その一番奥に――王様らしき人物がいた。
いかにもって感じの椅子に座って、いかにもって感じの服装してる。正にファンタジーと言った光景だ。
「よくぞ参られた、勇者殿」
「騎士団長とアリシアさんから、大体話は聞いてます。魔王を討伐しに行けばいいんでしょう?」
長話をしても仕方がないので、俺は単刀直入に要件の確認をする。
「いかにも。必要な物は可能な限り手配する。王国内の各施設も、自由に使ってもらって構わぬ」
一応、支援は惜しまない姿勢なんだな。
だが、既に『創造神の加護』のコツは掴んでる。今の俺に、支援なんて必要ないだろうよ。
「ありがたいお話ですが、気にしないでもらっていいですよ。今日中に終わらせますから」
「は……? き、今日中と……?」
俺の言葉に、王様は目を丸くしてる。
「悪い事は言わぬ。無理はなさらぬ方が良いぞ、勇者殿。もう日も暮れる。長い旅になるだろうから、今日は諸々の準備を――」
「なりませんよ、長い旅になんて」
王様の言葉を途中で遮り、俺はプランを説明する。
「本で読みましたけど、魔王城の場所は既にわかっているんでしょう。場所さえわかれば、多分瞬間移動くらいはできます。それにその地域の周辺は常に薄暗く、時刻の概念を感じさせないとか。それなら、一晩待ったって何も変わりませんよ」
「な、なんと……しかし、いくら何でも突然すぎるのではないか……?」
王様はどうもまだ不安らしく、未だに信じられないような目で俺を見てる。
「いいですか王様。『善は急げ』、『先手必勝』。どちらも俺が居た世界の諺ですが、何事もアジャイルな行動が大事なんですよ。突然だ何だと言って尻込みしてたら、チャンスは逃げてっちゃいますからね」
なんで俺は一国の王様に対して説教臭いことを垂れてるんだろうな。しかも無駄に意識高く。
しかし、それでようやく王様も俺の自信を理解してくれたらしく……
「そうか。そこまでの自信があるなら、もう余からは何も言うまい。最後に、この国の全ての民を代表して、改めてお願いする。どうか、魔王を討伐し、この国に平和をもたらしてもらいたい」
「任せて下さい。完璧なソリューションを提供しますよ」
なんか楽しくなってきてしまって、特に意味もないのに意識高い語録を使ってしまう。程々にしないとな。
いやしかし、こういう言葉をどんどん使った方が女神様が喜ぶし、周りから痛いとも思われないんだったら、もう自重する理由もないんじゃないのか? ま、今の王様も意味はよくわかってないっぽかったが……
そんなことを考えながら、俺は玉座の間を出て、アリシアさんに案内してもらった図書室へ向かう。
さっきはああ言ったが、一応地図は持っておきたいからな。それだけ貰って、とっとと出発するとしよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
図書室で地図を貰って、城の外に出る。見れば、もうすっかり夕方だった。
地図と空を交互に眺めながら、魔王との戦いをイメージしていると……
「おいテメェ、止まれ」
突然、後ろから声を掛けられた。知らん声だな。
振り向いてみると、なんかいかにもガラの悪そうな、高校生くらいの男が数人立っていた。
「――誰だ? 俺はスケジュールがタイトなんだ。要件はサマれ」
わざとらしく意識高い語録を織り交ぜながら、体内に漲る力をしっかりと感じ取る。
「意味わかんねェこと抜かしてンじゃねェよ。テメェのおかげで、オレらのメンツは丸潰れだ。テメェを潰せば、国の連中の目はオレらに向く。つーわけで、死ねや」
男が言うと、その辺の建物の陰やら木陰やらからゾロゾロと人が出てくる。
こいつの話から察するに、こいつらは今期の転移者か。俺が調子乗って目立ちすぎたんで、ぞんざいに扱われてるっぽいな。
「そうかそうか。悪かったな。だが魔王を倒せば、お前らにもまっとうな仕事が回るだろうさ。その後は俺も出しゃばらねぇよ。つーわけで、帰れや」
皮肉も交えつつ、一応対話での解決を図るが……
「ンなこと言ってんじゃねェんだよ。俺らはテメェが気に入らねェから潰す」
やっぱそうなるよな。仕事を盗られたとか言っちゃいるが、結局本心はそこだろう。
正直こいつらは転移者だし、意識高い系のセリフにイライラしてる節もありそうだよな。
こいつらを無視して魔王城に向かうのは簡単だ。だが、俺は売られた喧嘩はなるべく買う。
魔王との決戦の前に、ここで一発練習試合とさせてもらうぜ。
「はぁ……お前らごときが束になったところで、俺に勝てると思ってるのか?」
しれっと、一度は言ってみたかったセリフを言ってみる。やっぱ力があるとどうしても調子に乗っちゃうな。
「言うまでもないことだね。そのために、ボクが来たのさ」
さらに後ろ――さっきまで向いてた方から声を掛けられる。見ると、すっかり俺は囲まれており――
「お前、こんな連中とつるむのか。意外だな」
「つるむ? 違うね。哀れにも助けを求めていた弱者に、ボクが手を差し伸べてあげているだけさ」
そこには、例の厨二少年がいた。
どうも気になったので、もう一度後ろにいるチンピラに声を掛けてみる。
「おいお前ら、アレに泣きついたのか? それでよく面子を語れたな」
「あァ? ンな訳ねぇだろ。利害の一致で手ェ組んでるだけだ。アイツはクソいけ好かねェが、テメェを潰してェのは一緒だったからよ」
なるほどな。利害の一致か。なんか認識の違いがあるみたいだが。
「そうか。いやーいいことだと思うぞ、アライアンスを組むって発想は。世の中、気に入らない奴と握手しなきゃいけない場面もあるよな」
俺は会話にサッと意識高い語録を混ぜ込み、さっきまでの発言の分も含めた女神様パワー……加護の力を、少しづつ身体に流し込む。
さて、位置取りからしてそろそろ始まる頃だろうな。
「御託ばっか並べやがって。――おいテメェら、かかれェ!」
チンピラ男の号令を合図に、厨二少年を除いた男共が一斉に襲い掛かってくる。予想はしてたが、こいつら遠距離攻撃してこないんだな。
だが、加護の力を身体強化に回したおかげで、今の俺には実によく見える。
最初の一人が、俺に手を伸ばしてきて――
「――遅すぎだな。退屈極まりない」
いくらでも躱しようはあったが、俺はあえて少しテレポートして厨二少年の背後を取る。文字通り、瞬く間に。
「なっ……!? いつの間に、ボクの後ろに……!?」
いきなり俺が消えたんでそのまま揉みくちゃになってるチンピラ共と、びっくりしながら振り向いた厨二少年を眺めながら、
「それにしても……やっぱ俺だけ一人ってのは不公平だよな。手加減すんのも面倒だし」
これも少し気取って言いながら、既に日も落ちかけたオレンジ色の空を見上げる。そして――
「――来い。えーっと……ネズ太郎」
小さく、呟く。なんか名前考えるのを忘れてたせいで、後半物凄く残念な感じになったが……。
すると、巨大な影が飛び上がり、城の陰から姿を現す。あの後、結局城の周りでウロウロしてたみたいだな。こいつの扱いも考えないと。
やがて、その影は降り立つ。厨二少年とチンピラ共の間を塞ぐような位置に。完璧だな。
「グウウウウオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!」
影の主――ドラゴンが、咆哮を世界に響かせる。
なんか黒い。なんかクソ強そう。名前はネズ太郎。命名一秒。
……どうしても元のネズミを見てると、印象引きずるなぁ……
「こ、コイツ、あの時の……! テメェ、飼いならしてやがったか!」
「飼いならすも何も、そりゃ俺がこんな有様にしたんだから当たり前だろ。さあ行けネズ太郎、そこのチンピラ共を死なない程度に捻ってやれ」
「グオウッ!」
割と器用な鳴き声だな。この調子なら、安心して任せられるだろう。
さて、これでこの厨二少年とのんびりタイマンできるな。
「き、汚いぞ! こんな強そうなドラゴンを……!」
「おいおい、お前らは頭数ばっかゾロゾロ揃えてきたのに、そりゃギャグで言ってんのか? これも俺の力なんだから、文句言われる筋合いはねえな」
話しながらも、厨二少年はすげぇ羨ましそうにネズ太郎をチラチラ見てる。何ならくれてやってもいいが、それはこれが終わった後の話だな。
「さーて。これでタイマンだぜ、厨二小僧。どっからでもかかって来い」
俺が少し挑発すると、
「なっ……誰が厨二小僧だ!! この†漆黒の貴公子†への暴言、死んで償えッ!!」
あっさり挑発に乗って、俺に両手を向けてくる。恐らく、技の準備動作だろう。
「ほら、プロモーションしてみろ。お前のスキルってやつをな」
しれっと意識高い語録を混ぜ込み、加護の力を補充しておく。
「見せてやる――ボクの力をッ!」
厨二少年が叫ぶと同時に、その周囲に無数の黒い光球が浮かび上がり――次々と、俺に向かって飛んでくる。
バリアを貼るまでもないと思ったので、既に強化済みの感覚を頼りに全部スレスレで避けていく。
外れた光球が砂煙を巻き上げ、徐々に俺の視界が制限されていく中……
「――はぁっ!」
最後の光球が地面に当たった直後、砂煙を切り裂いて厨二少年が飛び掛かってきた。
その手には、何やら黒い剣のようなものが握られている。あれもスキルの一環だろう。
横一文字に薙ぐような一撃を、俺はバックステップで躱す。
その後も次々と斬撃を繰り出してくるが、全て俺には丸見えだ。勿論身体強化のおかげもあるが、これは素人目に見たって本格的な剣術じゃないからな。
「くそっ、ちょこまかと……! 喰らえッ!」
なおもめげずに斬りかかってくる厨二少年。よし、そろそろこっちも反撃してやるか。
上段からの斬り下ろしを避け、俺の真横を通過したその腕をしっかり掴んでやる。
「よっ、と」
そしてそのまま、雑に近くの木に放り投げる。厨二少年はいともたやすく吹っ飛び、結構太い木の幹にモロに叩きつけられた。
「ぐっ、うぅ……!」
すかさず、俺は吹っ飛ばされた厨二少年に右手の人差し指を向ける。
指先からは白い光の玉が生じ、形を為しながら飛来していく。
そして、光の短剣と化したそれらが、厨二少年の頭のすぐ横に突き刺さる。
「ほら、力の差はわかっただろ? さっさと降参ですって言え」
俺がそう声を掛けるが、厨二少年はなおも健気に立ち上がってくる。
「こ、こんなこと……認められるか……! ボクは、†漆黒の貴公子†……最強なんだ……!」
そう言って、試験の時に見せたあのいかにもポーズを取ってる。来るか、例のツッコミ所満載技――
「これで、終わりにしてやるッ! †究極煉獄撃・アルティメットヘブン†!!!」
叫びと共に、巨大な闇の塊が俺目掛けて飛んでくる。あの時より大きい気がするが、こういう場面だと意外と根性あるのかもな。
「これで終わりにしてやる――か」
まっすぐ飛んでくるその闇を、俺は――
片手で、受け止める。あたかも、投げられたボールを取るかのように。
「な……バカな! ボクの†究極煉獄撃・アルティメットヘブン†が……!」
「ならお望み通り、これで終わりだな」
そしてそのまま、投げ返す。
「あ、ありえない! ボクの最強の技が、こんな……ッ! う、うわあああああああっっ!!」
闇の塊は、無慈悲に空を裂き――
悲痛な叫び声を上げる、厨二少年……の目の前の地面に当たって、真っ黒な爆発を起こした。
「お、おいおい。やっぱ意外と強いんだな、それ。狙いは外したが、死んでないだろうな……?」
爆発で上がった黒い煙を払い、さっきの木の幹に倒れ掛かっている厨二少年の様子を窺うと……
気絶はしてるっぽいが、死んではないっぽい。多分そのうち起きてくるだろうし、最悪ここなら誰か見つけてくれるだろう。
「全く。これに懲りたら慢心せず、自分自身の絶え間ないブラッシュアップを心掛けろよ?」
そう言って俺は、加護の力で以前読んでいた自己啓発書を召喚する。
前の世界の産物だが、普通に召喚できちゃうんだな。流石は『創造神の加護』だ。
「もしかしたら、痛いもの同士なのかもな。俺も、お前も」
気絶してるので聞こえてはいないだろうが、俺は厨二少年に語り掛け、そのすぐ横にそっと自己啓発書を置いた。
その後、チンピラ共の様子を窺うと、全員コテンパンに伸されていた。
死なない程度にと言った通り、死人は出てないっぽい。
「ありがとな、ネズ太郎。何人もいると手加減が面倒だから、手間が省けた」
「グオオオオオッ!」
どうやら見た目通りかなり強いらしく、全然傷を負ってる様子がない。
とはいえ、魔王との戦いに連れていくのは不安が残る。どうせ勝てるだろうから、無駄な犠牲は出したくない所だ。
「よしネズ太郎、お前はここでこいつらのお守りをしとけ。まず問題ないとは思うが、容体がヤバそうなら誰か人を呼ぶように。起きたら、そこの厨二少年の言うことでも聞いてやれ。喜ぶはずだ」
「オウッ!」
――そのうち人語喋り出すんじゃないか? こいつ。
それはさておき、これで準備運動にもなっただろう。
改めて地図を確認し、しっかりとイメージを固めておく。
「さて、それじゃあ行くとするか。ASAPでな」
誰に言うでもなく俺が呟くと、この世界に転移してきた時と同じような光が地面から立ち昇る。
どうやら、長距離のテレポートだとこういう準備時間もあるらしい。単に気分の問題もあるかもしれないが。
そして、俺の視界が光に包まれた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
目を開けると、そこはもう魔王城の目の前だった。
本に書いてあった通り、空は薄暗い紫色で、太陽はどこにも見えない。言うなれば、いかにもな魔界って雰囲気だ。
さて。ゲームなんかのお約束だと、過程をすっとばしていきなり来たりすると……
「お、いるいる。なんか強そうなヤツ」
門の前に、一体の魔物がいた。比較的人間に近いフォルムに角やら翼やらを備えた、いわゆるガーゴイルのような魔物だ。
サイズは大きめで、目測3メートル弱といったところか。
「悪いが、お前に無駄なリソースを割く気はない。とっとと消えてもらうぞ」
そのセリフでリソースを稼いだ俺は、クリスタルの時のように右手を銃に見立て、魔物を撃つ。
今回は使い方を意識した。まず小さな光の粒が魔物を吹き飛ばし、遥か上空まで打ち上げた所で――
――――ドォォォォォォォン……――――
轟音を響かせ爆発する。きたねぇ花火だ、と言いたくなる光景だな。
魔物を秒殺した後は、魔王城の巨大な門の前に立つ。
なにやら鍵がかかっているようだが、これも無視だ無視。門の前に手をかざし、一気に吹き飛ばす。
入口の扉をぶっ壊して中に入ると、まず中央に大きな階段があって、四方八方に通路が伸びている。が……
「やっぱこういうのは、ど真ん中が玉座って決まってるもんだよな」
ここも中央突破だ。階段を上り切り、とりわけ禍々しい気配を放つ扉の前に立つ。意外なことに、雑魚魔物の類は全く出てこなかった。
禍々しい気配などこれっぽっちも気に留めず、俺は扉を壊して中に入る。
部屋の中には禍々しくも豪華な玉座が置かれているが、そこには誰も座っていない。
「――――よもや、このような勇者が現れようとはな」
不意に、部屋中に男の声が響いた。
「お前が魔王か。もったいぶってないでデフォで出てこいよ」
普通に会話に応える風を装いながら、俺は加護の力を身体に流し込んでいく。
スキルの発動条件は、隠せる内は隠しておきたい。いずれは怪しまれるだろうが、なるべくは会話の中で自然に出していきたいところだ。
「此度の勇者は、随分と性急らしい。人間風情が力を持てば、生き急ぐというものか――」
声と共に、黒い靄が空の玉座を包み込み、渦を巻いていく。
やがてその中から、魔王が姿を現す。
「人間風情って言うが、お前も随分人間らしい姿だな。それでハレーションは起きないのか?」
「……」
あ、この間。経験あるぞ。意味はわからないけどとりあえず触れないで流しておこうみたいな、そんな間だ。女神様が通訳してくれているようなことを言っていたが、魔王でも知らないとなると、やっぱりこの世界の住人は意識高い語録がわからないんだな。
「――人間如きの姿を取るは、言わば余興に過ぎぬ。最後に我が真の姿に迫った勇者は、何百年前の事だったか……」
「そうか。しかし真の姿って言うからには、やっぱデカいんだろうな。ここじゃスペースがタイトだ。だが、俺にジャストアイデアがある」
そう言いながら、俺は右足を振り上げ――
「ということで、こんなハコモノは――いらねぇよなっ!!」
一気に、踏み抜くッ!
ッッッズドオオオォォォォォォォォォッッッッッンンンンンンン!!!
俺が放った衝撃波で、魔王城が一気に倒壊する。
瓦礫すらも吹き飛び、地面にはクレーターのような大穴が穿たれる。
その窪みの底に、俺が着地すると……
「フハハハハハ! 実に面白い! これほどまでの力を振るう勇者は、貴様が初めてだ!!」
魔王が高笑いしながら、平然と宙に浮かんでいる。
「ならさっさと真の姿見せろ。というか、そのまま死んでもいいぞ」
言うが早いか、俺は右手を振るい――形成した光の槍を、目にも止まらぬ速さで撃ち出す。
槍は瞬く間に、魔王の心臓を過たず貫いた。
「ぐッ……クク、ハハハハハ! ならば見せてやろう! 我が、真の姿を……!!」
心臓を貫かれたというのに、魔王は高笑いしながら姿を変えていく。やはりこの程度では死なないらしい。
やがて、その笑い声が徐々に……何人もの人間が混ざって同時に喋っているような、不気味な声になっていく。
身体は二回りほど大きくなり、その背からは深淵の闇を形にしたような巨大な黒翼が現れる。
そして、四肢の先が黒い靄に包まれ、一見するとまるで偉人の胸像のような恰好になった魔王は……
「ハハハハハハ!! 真の姿を解放した我に、適う人間など存在しない!! すぐに冥土に送ってくれる!!」
そう言って、右手の靄を爪のような形に実体化させて振るう。
すると、その爪の軌跡が実体を残し、俺に向かって凄まじい速度で飛んでくる。言うなれば、飛ぶ斬撃の爪版だ。
「おいおい、この程度じゃねえよな? お前のポテンシャルは!」
俺はその爪撃を、身を捻る最小限の動きで躱し、すかさず右手を魔王に向ける。
そしてその動きをトリガーに実体化させた無数の光槍を、光の速さで魔王に放つ――!
しかし――
「そのような棒切れ、今の我に通用するとでも思ったか! 貴様こそ、その程度ではあるまい……!」
何十本もの光の槍は、魔王の目の前で何か別の物に刺さったかの様に止まり、そこで消えてしまう。
恐らく、見えない防壁か何かを展開しているのだろう。
「だったら見せてやるよ。俺の最大出力――!」
俺は意識を集中し、体内に漲る加護の力――女神様の力の存在を確かめる。
そしてその力を、余計な変換なしで放出する――!
「な、にッ……!? その光は、上位存在の……! 貴様、あの女神の刺客かッ!」
俺の身体から光の粒のようなものが溢れ出し、周囲に漂う。それを見た魔王が、半ば異形と化しているその顔に、驚愕の表情を浮かべる。
「ほう、よく知ってんな。だが、俺はあの女神様には何のミッションも言い渡されてない。刺客じゃなくて、言うなれば利害関係者――いや、協力関係だ」
多少無理矢理にでも意識高い語録をねじ込み、加護の力を増幅させる。
変換というプロセスを経ない以上、今は加護の力をそのまま垂れ流しているようなもの。普段より「補給」の回数を増やさなければ、加護が切れる数十秒を待たずして、力が枯渇してしまうだろう。
「さあ、行くぜ――」
俺は右手を横に払う。すると、俺の周囲を漂う光の粒が、その光量を増やし……やがて、レーザーのような光を魔王に放つ。
レーザーは魔王の身体を掠め、あるいは翼を射抜いていく……!
「ぐ、ぬううッ! 馬鹿な……一介の人間が、神の力を無制限に振るえるはずがない……! 必ず何かの制限があるハズだ……ッ!」
魔王は呻き声を上げながらも、巨大な闇の塊を雨あられのように叩きつけてくる。
「仮に、俺にそんなレギュレーションがあったとして……俺がそれを、親切に教えてやると思うか?」
その闇の塊は、全て光の粒に当たってかき消える。
だが、レートは圧倒的に違うようだが……結果的に、俺の攻撃が魔王の闇で相殺される結果になっている。
「貴様の力は、いずれ底を突く。我が無限の魔力、無限の闇で以て、神の力など打倒してくれる……!」
俺も加護の力そのものをレーザーや弾丸にして攻撃しているが、魔王は攻撃の手を緩めない。それどころか、魔王の攻撃はどんどん激しさを増していく。
「ク、ハハハハハ……! 憎き女神の光も、所詮有限……! その光が尽きた時、貴様の命運も尽きるのだ……!」
魔王の言う通り、徐々に光の量は減ってきている。
そろそろ――「補給」が必要だろう。
「甘いな。俺にはまだまだバッファがある。イニシアチブを取ってるのはお前じゃなく、俺だ」
俺の言葉と共に、加護の光が溢れ出し、再び光の粒となって俺の周囲を満たす。
それを見た魔王は一瞬表情を歪めたが、すぐに何かに気付いたような顔になり――
「……な、るほどッ……! 見切ったわ、貴様の力の根源……!」
「……だったらどうする。このシチュエーションで、お前にキャスティングボートは無い――!」
魔王はどうやら、俺のスキルの仕組みを悟ったらしい。なら、さっさと終わらせるまで――!
俺は光のレーザーを機関砲のように連射する。と、それまで俺と撃ち合っていた魔王は突然上空に飛び上がり――
「ぐ、おおおおおおおおおおッ!!」
どうやら一気に全力を解放したらしく、世界を覆いつくすと錯覚する程の闇が周囲を包む。
そして闇が砲弾のような形を取り、一気に俺へと殺到する……!
「くっ……うおおおおおおおおおおおお!」
光の自動防御を貫通しかねない巨大な闇の全方位攻撃を、俺は全て迎撃する。
光の粒を球に変え、闇にぶつけて、ぶつけて、ぶつけて――
その時、俺は見た。
魔王が――ニヤリと、笑ったのを。
反射的に周囲を見る。と、俺の死角から、小さな黒い霧のようなものが飛んでくる。
その霧は光の粒をすり抜け、俺の喉元へ……防御も、回避も、間に合わない――!
「……! しまッ――」
驚きから漏れた俺の声が、そこで途切れる。
すぐに声を張り上げようとするが、息が漏れるばかりで、音声にならない……!
「フ……フハハハハハハハハハッ! 油断したな、勇者よ! 貴様の声は奪った! 後は、死あるのみ!」
魔王の笑い声と共に、残っていた闇の砲弾が飛んでくる。
残っていた光で撃ち落とすことはできたが……それで、かなり光量は減ってしまった。
その光も、このままでは数十秒で消えていってしまう……!
「流石に女神の力を使うだけはある。今まで、我が魔力を一瞬でも使い果たさせた者は一人とて居なかった。それを貴様は成したのだ。冥土にて、誇りとするがよい」
魔王は高度を下げながら、勝ち誇ったように語り掛けてくる。
(くっ……まだだ! まだ、手はある……!)
俺は目一杯魔王を睨みつけながら、少しづつ、右手を懐に寄せる。魔王に気取られないように。
「その女神の光、貴様があの不可思議な言葉を口にすることで与えられるものと見た。そして、その言葉を失くしては、やがて光も弱まるのだろう」
右手に闇を集めながら、魔王は語る。クソッ。やはり、殆どの所は見抜かれてしまったらしい。
「貴様は一撃で命を奪う闇にばかり気を取られた。その光も、貴様の命の危機ともなれば――とりわけそれが物理的なものであれば、貴様の意識に関わらず防御するだろう。だが、たかが声を奪うだけのチンケな呪いには反応できなかったようだな。貴様の意識も、女神の光による防御も」
そう。魔王はあえて詰めの一手を、最低限の威力に絞った。
だからこそ高速で、防御も難しく――みすみす喰らってしまったというわけだ。
「所詮、貴様は人間。人如きでは、神の力など使えるはずもないのだ――」
魔王の右手に集まった闇は、既に巨大なシルエットを持つ魔王自身を超える程の大きさになっている。
あの巨大な闇の塊で、まだ極僅かに残っている光もろとも……俺を確実に葬るつもりらしい。
「さらばだ、異世界の勇者よ! さらばだ、女神の使徒よ! 自らの不運を、冥土の果てで悔いるが良い――!」
魔王が、その巨大な闇を俺に向けて放つ。
闇は見た目通り、遅めの速度で飛んできて――俺と魔王の間を、塞いだ……!
(――今だッ!)
巨大な闇の塊が、目の前に迫ってきて。
もう加護の力も切れかけなのに、その塊の飛んでくる速度が――時間が、遅く感じられて。
俺は――
その闇に、手を……伸ばして――――!
「――――コンチプランッ!!!」
叫びと共に、一気に振り払う!
「な……馬鹿、な……確かに呪いは掛かったはず……」
魔王が、驚愕に目を見開く。
「お前は確かに知恵の回る奴だった。だが魔王ともあれば、これくらいは知ってるよな?」
そう言って、俺は魔王に一枚のメモを見せる。
「……ッ! そ、それは、解呪の呪文……! 何故だ! 貴様のような――力を与えられ、それに溺れる異世界の勇者が、そんな呪文を身に着けているはずがない!!」
「俺は身に着けてない。王国の僧侶様にアウトソーシングしたのさ。おかげでギリギリセーフだ」
俺が説明を終えるのと殆ど同時に、役目を果たしたメモ用紙が光の塵となって消えていく。
こういう呪いの類で、俺の何らかの能力が封じられ……結果的に危機に陥る可能性があるということは、本を読んだときに予想がついた。呪いの防御なんて、俺にはまだ直感的には出来ないからな。
まさかこうもピンポイントにやられるとは思わなかったが――何はともあれ、アリシアさんのおかげで助かった。
「さて、そんな訳で形勢逆転だ。随分時間を掛けちまったから、さっさと終わりにするか」
俺は魔王を、ただの光の網で縛り付ける。魔王は完全に魔力を使い果たしたのか、あっさりと縛られて地面に引きずり下ろされた。
代わりに俺が、魔王の前方上空に飛び上がる。
「もう抵抗する余力もないみたいだな。今度こそ、これで終わりだ」
「あ、ありえぬ! ありえぬ!! この我が、ただの人間如きに――!!」
騒ぐ魔王に、俺は右腕を振り上げて――さっき魔王が作ったのと同じような、光の塊を作り出す。
そして、その塊を掴んだまま腕を下げ、魔王に射出するために……
もう会話に混ぜる必要も無い。最後の仕上げを、声高に叫ぶ。
「イノベーション・コアコンピタンスッ!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」
既存の語を二つ組み合わせた造語紛いのものだったが、無事に通ったようだ。
最後は無様な断末魔を上げながら、魔王が消滅する。
それを見届けると、どっと疲れがやってきて……地上に降り立ち、そのまま大の字に寝転がる。
魔王の消滅と共に紫色の空はあっというまに消え去り、地平線の彼方には上りかけの太陽が見えた。
「意外と、キツい仕事だったな……。だが、俺はやったぞ……王様、アリシアさん、それに……」
――女神様。
俺がこの世界にいる限り、もう会えないのか?
なんでだかわからないが、彼女にまた会いたい。あの笑顔を、もう一度見てみたい。
そんなことをぼんやり考えて、眠るように目を閉じていると――
「ハルユキさーーーーーーーん!!! おつかれさまでーーーーーーーーす!!!」
突然耳元で叫ばれ、慌てて身体を起こす。
……あれ?
「ちょ……まさか本物の女神様か!? な、なんでここにいるんだ!?」
見ると初めて会った時のように、俺の隣に女神様が立ってる。
いつもの、弾けるような笑顔で。
「本物か、っていうと難しいですね! でもわたしはわたしですから、安心してください!! 送られてくるデータを解析してたら、いても立ってもいられなくなってしまいまして!!! それで眺めていたら、ハルユキさんが一つ大仕事を終えたようなので、少し遊びにきちゃいました!!!」
あぁ、テンション高いなぁ。やっぱり本物の女神様だ。
「い、色々話したいことはあるんだが……とりあえず、こんなところにいて大丈夫なのか? 女神様って、物凄く忙しいんじゃないのか?」
「気にしなくても大丈夫ですよ!! 細かく説明するとすごく長くなってしまいますが、ざっくり言えば機械が代わりに私の仕事をしてくれてると思ってください!!」
「そ、そうなのか……」
それでいいのか世界の神って。
「それはそうと、ありがとうな女神様。見ての通り、『創造神の加護』のおかげで魔王だって倒せた。これで、俺の望んだ平穏な生活が実現できそうだ」
「お礼には及びませんよ!! わたしも、ハルユキさんのおかげでどんどん語彙が増えていますから!! これからも、うぃんうぃんなぱーとなーしっぷでお願いしますね!!!」
うげ、やっぱり覚えるのか。一度言った言葉は。ちょっと罪悪感あるなこれ。
だけど、この女神様が言うと……なんかムカつくってより、癒されるな。じゃあきっと大丈夫だよな。
「それよりハルユキさん!! この世界は平和になりましたけど、まだ終わりじゃないですよ!!! ハルユキさんには、この世界にいのべーしょんをもたらすというみっしょんがありますからね!!!」
なんだそのミッション。今初めて聞いたぞ。
「イノベーションをもたらすって……具体的にはどうすればいいんだ?」
「具体的に、というものではありません!! これから生きていく上で、その意識の高さを広めるんです!! というかこうでも言っておかないと、ハルユキさんはあまり意識高い系の言葉を使ってくれなさそうですから!!」
あーうん、確かにな……もう魔王も倒したし、俺はそこまで野心のあるタイプでもないし……
「……まあ、それも女神様のためになるんだよな。それなら悪くない」
「おぉ、素直ですね!! どうしたんですかハルユキさん!? もしかして、わたしのこと好きになっちゃいましたか!?!?」
「お、おい! いきなり何言ってんだ! そんな訳あるか!」
「ですよねー!!! 勿論冗談です!! ハルユキさんは、あんまりそういう感じじゃありませんし!!」
そうだ。俺の気持ちは、断じて恋愛感情などではない! ――多分!
というか、見た目はこんなに小さな子なんだから、倫理的にやっぱりアウト――
……って何考えてんだ俺は!
「そういうのじゃなくて、俺は恩返しをしたいんだ。俺に第二の明るい人生を与えてくれた、女神様に」
半ば自分に言い聞かせるようにしながら、そう答える。
「もー! お礼なんて、気にしなくてもいいんですって!! ……でもそういうことなら、ぜひ頑張ってくださいね!! わたしも応援しますから!!」
女神様は満面の笑顔でそう言った。
……ああ。色々理由を飾ろうとしても、結局これなんだろうな。
俺は、この笑顔が見たいんだ。
そのためなら、こっぱずかしい言動だろうがなんだろうがやってやる。
とりあえず、俺は魔王を倒した。こっからは新しいステージに入るんだ。
今くらいは、露骨にカッコつけたって……バチは当たんないよな?
「――ああ。それじゃあ、ここから始めるとするか」
――まだ少し暗い、明け方の空を眺めながら……俺は言った。
「意識高い系の――――イノベーションってやつを、な」
お読みいただきありがとうございました!
さて、ご覧の通りの作品コンセプトなのですが、作者自身はIT企業なんて全く無縁な意識低い系です。グーグル先生に頼りまくりながらそれっぽい語録を並べてみただけです。
なので、恐らく本物の意識高い系の方からするとかなりハチャメチャな文章も多々あると思います。
という訳で、お気づきの点がございましたら是非感想・メッセージ等にてご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!
もちろん、普通の感想・批評も大歓迎です! よろしくお願いします!